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作品名:Dragon Sword Saga 第4巻『魔界の王子』 作者:かがみ透

第12回   X.『高位の魔族』 〜 ジャグ族の村へ 〜
 魔の空間から出られた俺たちは、どこかの国の草むらの中にいた。
 トアフ・シティーからジャグの村へ向かう途中の国だろう。

 あの後、ジュニアの家臣の魔族は、ジュニアの命令で術を解き、俺たちを見逃した。
 こんな都合のいいことは、彼が魔界の王子で、なんだか知らないが、マリスに惚れたらしいからだった。

「ジャグ族の村へ戻る前に、ジュニア、ケインのここ、治してよ」
 マリスが、俺の腹を指さした。

「ええっ? それはできないよ。俺、魔族だもん。魔族の場合、再生能力があるんだ。よっぽどの致命傷じゃなきゃ、自分で回復出来るし、そもそも、人間の術とは根本的に違う。、時が経てば回復するんだぜ? 神側の白の魔法なんか使えないよ」

 ジュニアが慌てている。

「なによ、あたしの言うことなら、なんでも聞くって言ったくせに! 所詮、魔族なんか、いたって役に立たないんだから。だから、あたしは、あんたなんていらないって言ったのよ」

 マリスがぷりぷり怒り出した。

「そりゃないよ、マリーちゃん」
 ジュニアは困った顔で、肩をすくめた。

「俺なら平気だ。それよりも時間がない。ジュニア、みんなのところへ急いでくれ」

 ジュニアは、手を腰に当てた。

「お前が命令するなよ。俺は、マリーちゃんの僕(しもべ)だけど、お前の僕になったわけじゃないんだからな」

 それは、そうだが。

「まあっ! なによ! 仲間の命令は、あたしの命令も同然よ。つべこべ言わずに、さっさと行かないと、ぶっ飛ばすわよ! 」

「わ、わかったよ、マリーちゃん! 」

 ジュニアは慌てて、俺たちの肩に手を乗せた。

 景色が変わる。

「大丈夫、ケイン? 痛むでしょう? 帰ったら、すぐに、ヴァルに治してもらうから」

 マリスは、妙にやさしかった。ジュニアの攻撃を受けた俺の腹の部分の服が破れ、赤く痣(あざ)になったところを、痛々しげに見つめている。

「ちぇーっ、なんでえ、せっかく、晴れて、マリーちゃんの奴隷になれたと思ったのに、ケインばっか贔屓するんだから」

 ジュニアが口を尖らせた。

 彼女に惚れるのは、人生を棒に振ってもいい覚悟がないと、と思っていたが、魔族なら、そう簡単には死なないんだから耐えられる。

 ましてや、野盗などの悪に対してドSのマリスと、マリスに対してドMなジュニア。
 案外、二人は、お似合いなのかも? 

 ……と、思い付くと、おかしくて、笑いをこらえるハメになった。


「ちょっとー、まだ着かないの? 」

 マリスの声で、ちらっと目を開けると、未だ空間の中だ。
 地に足が、なかなかつかないと思えば、まだ移動の最中だからか。

「そうは言うけどさ、マリーちゃん、俺の家臣の作ったあの魔空間で、実際は、かなり時間が経ってたみたいで、今はちょうど明け方なんだよ。明け方ってのは、魔族にとって、最も力を発揮しにくい時間なんだ。魔道士だってそうだ。この世の魔の力が、最も弱まる時間帯なんだ。
 完全に魔力の戻った俺様ならともかく、オヤジの呪いがかかったまま、無理に家臣の術で一時的にパワーアップしたのも、なんだかまずかったらしい。疲労感が倍増だぜ。
 ましてや、今の俺は、ヒト程度の魔力しかないんだ。このスピードで進むのが、精一杯なんだよ」

 見ると、ジュニアの額には、汗が粒になって、浮いていた。

「じゃあ、いつになったら、ジャグの村に着きそうなの? 」

「そうだな。このスピードだと、昼ぐらいになっちゃうかもな。だったら、ちょっと休んでおいて、体力も魔力も復活してから一気に戻っても、たいしてかわらないぜ」

 確かに、今までよりも、彼は元気がない。

「魔族だから、魔力は減らないと思ったのに。やっぱり、役立たずだわ! 」

 マリスのキツーイお言葉に、彼は、しゅんとうなだれていたが、口元は嬉しそうに微笑んでいた。つらく当たられるのも、快感なんだろうか?


「ねえ、ケイン。ちょっとあそこの町まで行ってみない? 」

 ジュニアが空間の中で、しばらく休んでいる間、俺とマリスは、丘の上から見える町を眺めていた。

「ちょっと欲しいものがあるの」

 ずっしりと金貨の詰まった革袋は、俺の背中にある。
 しかし、この金は、ジャグの村長に払うためのものだ。

「クレアを救うためにも、必要なアイテムなのよ。金貨一〇〇枚くらいなら、ちょろまかして、あたしたちの資金にしちゃいましょうよ。だって、苦労して魔物を倒したのは、あたしたちなのよ」

 簡単に倒しておいて、よく言う。

 ジュニアが回復しなくては、先へ進めないので、仕方がない。
 俺たちは、町へ下っていくことにした。

 ミシア・シティー。
 その名の通り、町の門をくぐると、ミシアの果実がたくさん並んだ市場があった。
 世界中の、種類の違うミシアが、ここでは揃っているのだそうだ。

 カイルがいたら、喜びそうだな。あいつ、ミシアが好物だから。
 お土産に、ちょっと買っていくか。

 町のシンボルのような、大きなハトの像のある噴水広場には、カラフルな布で作られた屋根の露店が、あちこちに並ぶ。
 ミシアを始め、さまざまな果物を売っている店だった。
 道行く人々も、必ずミシアを買っているようだった。


「あっちの方に、魔法道具屋があるみたい」

 お互い軽く探索して戻り、マリスが見つけた店に向かった。

「魔法アイテムって、どんなものが欲しいんだ? 」

 実際に、彼女が魔法を使うところは、ヴァルが言ってたサンダガーを召喚する前の呪文とやらしか見たことはなかった。

 魔力が高くても、彼女が、魔道士のように、攻撃呪文を使うところは見たことがなく、彼女自身も、自分には魔法は向かないと言っていた。

 マリスは、ちょっと微笑んで言った。

「ジュニアの話を聞いて考えたんだけど、今のクレアは、ジャグの巫女ヤナの霊が取り憑いて、神聖な力が強まってるみたいじゃない? そうなると、いくらあたしに巫女の血が流れてるっていっても、神聖度は薄いかも知れないわ。ほら、あたし、ちょっとくらい魔物化した魚とか食べてたし。
 サンダガーの召喚には、別段差し障りなかったけど、もしかしたら、クレアの身体には拒まれちゃうかも。だから、白魔法を強化するアイテムを探しておいた方がいいと思ったの」

 彼女は、ちゃんとクレアを助ける時のことを、考えていたのだった。

「クレア……大丈夫かな。ジュニアのヤツ、ヤナの力が強過ぎて、追い出せても、クレアの人格がもとには戻らないかも、なんて言ってただろ? 」

 途端に、俺は、気が重くなっていた。

 さっきの魔族みたいに、自分が直接敵と戦うのはいいけど、そのように特殊な戦い、しかも、自分は参加出来ない戦いともなると、皆目見当が付かない。

「もう、ケインまで、そんなこと言って。クレアのこと、救いたいんでしょ? だったら、信じるしかないじゃない、『絶対出来る! 』って」

 マリスがアメジストの瞳を、キッと前方へ向けた。

 その凛とした横顔を眺めているうちに、俺の中に、少し希望の光が見えて来たのだった。

「お前なら大丈夫だよな、マリス」

 マリスは、顔だけ、こっちに向けた。

「……って言っても、あたしも、こんなことするの初めてなのよ。 だから、『出来る! 』とは言わない。だけど、やってやるわ! 」

 アメジストの瞳は、きらりと輝いた。

 俺は、そう言う彼女を見ているうちに、自分の中の、ちょっとだけ深い部分に触れていた。


 ……リディアも、こんなふうに……


 昔の恋人にも、マリスみたいなところがあったら……などと、つい考えてしまった。

 彼女が、俺に付いて旅立とうと、ちらっとでも考えてくれたなら、別れとは違う道が開けていたはずだった。

 と思う一方で、リディアが側にいても、マリスに出会えば、俺は一緒に旅をしていたんじゃないか? もし、リディアが反対しても、一緒に行こうと説得したんじゃないか? とも思う。

 だが、今となっては、リディアへの愛を貫いていたのかは疑問だ。

 彼女に対して、絶対誠実なつもりだったこの俺が、なんと不誠実なことか。

 それだけ、マリスの印象は強かった。
 想ったところで、俺のものに、なりはしない女(ひと)なのに……。 

 リディアとの想い出が薄れていくほど、俺には、後悔はなかった。

『私は、あなたの運命の女(ひと)ではないの! 』
『どんなに愛し合っても、私たちは、一緒にはなれない運命なのよ! 』

 それが、彼女の最後の言葉だった。

 俺の隣にいたという、彼女が水晶球で見た人物とは、マリスだったのか? と、最近思えてきた。

 魔道士を目指していた彼女の魔法で覗けるのは、そんなに先の未来じゃなかったはずだし、詳しい関係までも見抜けたかどうか……。

 二年前の話では、「隣にいた」というだけだった。
 一人旅に出てから、好きになった女の子はいなかったから、映っていたとすれば、主従関係だった頃の俺とマリスの姿だったのか? 

 方やただの傭兵、方や大国の王女で超美少女――同国の王子の婚約者で、しかも、獣神を守護に持つ一〇〇〇年に一度の逸材だ。

 おまけに、魔神を召喚できる超天才魔道士で超美形のヴァルドリューズが、バトル・パートナーで。

 例え、隣にいられることが多くても、仲間だと認めてもらってても、いくら俺が伝説の剣を持とうとも、どう見ても平凡な自分とは、ものすごい隔たりを感じる。

 そんな俺とマリスに未来があろうとは、どう考えても有り得ないのだから。

 だが、俺の心が変わっていることは、リディアは、水晶球を通してでも察したのかも知れない。

 だから、別れを切り出したのか……? 
 でも、彼女が、あんなことを言わなければ、俺だって、もっと違ったかも知れない。
 このことを考えると、いつもこうなる。

 そんなふうに、ぐるぐると頭の中で考えているうちに、魔法道具屋に着いた。


 そこには、あまり見慣れない代物ばかりが並んでいた。

 俺のよく行く武器・防具店にあるような厳ついものとは全然違い、細かく繊細なものが多い。

 魔法陣の描かれた布や革、護法印の彫られた綺麗な石のペンダント(これは、以前もらったことがあった)、鏡、指輪、杖、装飾品など、すべてに、見た事のない不思議な、神秘的な模様――ホワイトドラゴンをモチーフにしたと考えられるものが彫られていた。

「わたくし、旅の巫女ですが、この度アイテムを購入するのは初めてですので、説明して頂きたいのですが」

 マリスは巫女の演技のためか、無表情気味に、店主に語りかけた。

 店の主人は、マリスと、その横にいる俺とを見比べた。

 彼女の東方系の衣装が幸いとなって、充分に神秘的な雰囲気は出ていたが、赤とはハデだし、巫女の身で男連れとは、と主人は、疑いを、そのまんま顔に表した。

 それに気付いたマリスが、東洋では、巫女が赤を着るのは当たり前のことだし(ホントは多分違う……)、彼はボディーガードだと説明すると、やっと納得してくれた。

 主人と話し合ったマリスは、白魔法の効果を促進するお香と、白い龍(ホワイト・ドラゴン)の刺繍の入った淡い水色のリボン、同じく、白い龍の絵が彫られた銀色のブレスレット、指輪、ペンダントなどを買った。

「巫女のアイテムって高いわね。結局、金貨一〇〇枚近く使っちゃったわ。儲けの半分くらいは、魔道士協会が取っちゃうんでしょうけど」

 店を出てから、マリスが苦笑していた。

「まあ、終わったらクレアにあげるか、いらないようだったら、高く売って、旅の資金にしましょ」

 彼女は、王女のくせに、そういうところは、ちゃっかりしていた。

「ジュニアのヤツ、まだみたいね。食事でもしようか? 」

 そう言えば、俺たちは、昨日の昼以降、何も食べていない。
 適当に、その辺の食堂に入る。

「ああ、おなか空いたわ。何にしようかしら。これも美味しそうね。やっぱり、こっちにしようかな。食後は、マラスキーノ・ティーが良かったんだけど、ここにはないみたいね。しょうがないわ、ミシア・ティーで我慢するか」

 マリスは、ウキウキと楽しそうだった。

 どう考えても彼女とは隔たりのある俺は、デート気分で喜ぶなんて発想もなく、その上、クレアのことが気になって、落ち着いて食事する気にもなれなかったから、ミシア・ティーだけ頼み、マリスは、いつもだったらガツガツと肉に食らいつくところ、野菜しか注文しなかった。

「巫女は肉類は食べちゃいけないのよね。クレアもあんまり食べないじゃない? 
これからは、巫女になったつもりで、少しでも『神聖な態勢』を作っておかなくちゃ」

 パクパク食べながら、マリスはそんなことを言っていた。

 頼みの綱は、彼女しかいないので、俺は見守ることしか出来ない。


「お待たせ、マリーちゃん」

 昼を過ぎた頃、やっとジュニアが現れた。

「もうこんな時間じゃないの。間に合うんでしょうね? 」

 マリスが腕を組んで、ジュニアを睨む。

「大丈夫だよ。これから、一気にジャグの村へ直行だ! 」

 ジュニアは完全に元気が戻ったらしく、威勢よく拳を挙げると、俺たちを空間の中へ引き込んでいった。


「ほ〜ら、着いた」

 彼の自慢気な声と、地面に足がついた感触で目を開けてみる。

 そこは、ジュニアが復活を遂げた場所であり、出発地点でもあるあの開拓工事現場であった。そこから、ジャグの織物工場は近かった。

「ケイン! マリス! よく帰ってきたな! 」

 工場に着くと、カイルが泣きそうな声を出して、駆け寄ってきた。
 ヴァルが、ゆっくり立ち上がり、ミュミュも笑顔でぱたぱた飛んでくる。

「魔物の死体を換金してきたぜ」

 俺は、背負っていた革袋を、じゃらじゃら言わせてみせた。

 さっそく、クレアの憑依を解く作戦開始だ! 

 ジュニアを引っ込めて、皆で村の中心へ行くと、無銭飲食をした例の食堂から、ちょうどクレアがお供のジャグを何人か連れて出て来たところだった。

「クレア! 」
 マリスが駆けていき、俺たちも後に続く。

「あら、あなたたち」

 とても久しぶりのような気がして、懐かしくもあった、長い黒髪が背を覆う、ピンク色のワンピースを着た、可愛らしいクレアのままだったが、彼女は、心外にも、思いっきりしかめっ面になった。

「あの邪悪な王子は、どうなさったの? まさか、あのまま逃がしてしまったのではないでしょうね? 」

「ああ、あいつなら、やっつけたわ。安心して」

 マリスが、しゃーしゃーと答える。

「それよりも、クレア、あたしたち、もう充分に反省したわ。この村の人々に、本当に迷惑をかけたと改めて思ったの」

「そう。それは、感心なことだわ」

 クレアは、しょんぼりと俯いたマリスと対照的に、見下すような態度で、俺たちを見渡している。

「それでね、もう充分反省したし、どうしても先を急がなくちゃいけないから、あんまりいい方法じゃないかもしれないんだけど……」

 マリスの後ろから、俺が背負っていた革袋を降ろして、クレアに中身を見せた。

「金貨が二〇〇枚ほど入ってる」
「二、二〇〇リブですって!? 」

 クレアがびっくりする。側にいた何人かのジャグたちも、ざわざわし出した。

「ね、お願いよ。これを村長さんにお渡しして、なんとか許して頂けるよう、話してみてくれないかしら? 」

 マリスが両手を組み合わせて、クレアに頼み込んでいたが、そんなマリスが目に入っているのか、いないのか、俺から革の袋を引ったくると、クレアは、それをずるずると引き摺り、お供のジャグたちも、慌てて手伝った。

「ううっ……! クレアが、あんなにがめつくなったなんて……! 」
 カイルも俺も悲しかった。

「だから、これから治すんでしょう」
 小声でマリスが言う。


「あなたたちが、充分反省していることは、村長様にも伝わりました。あのような莫大な金額を一度に払ってもらえるなら、ジャグの民も納得してくれることでしょう、とおっしゃってましたわ」

 村長の家から出て来たクレアは、にこにこと笑顔で告げた。

 その金をどこで手に入れたとかは、どうでもよかったのか、聞いてこなかった。

「じゃあ、もうこの村から出ていいのね? 」
「ええ、もちろんよ」
 尋ねたマリスに、クレアが、にっこり頷く。

「そうと決まったら、こっちのモンだわ! 」
 言うが早いか、いきなりマリスは、クレアを引っぱり寄せた。

「きゃああ! 何をするのです! 乱暴は、おやめなさい! 」

 クレアが叫んで両足をバタバタさせた。
 ジャグの巫女が取り憑いて、余計に神聖な人となってしまった割には、以前の彼女の方が、仕草はもうちょっとおしとやかだったように思える。

「ヴァル! 」

 マリスの一声で、ヴァルの結界が張られ、慌てふためくジャグたちを尻目に、一瞬で、俺たちは消えた! 


 再び地上に降り立ったところは、開拓工事の場所――あの女神像のある場所だった。

 暴れていたクレアは、ヴァルの魔法によって眠らされていた。

 マリスは、さっそく、購入したアイテムを、装着し始める。

「それは、いいアイテムだ」

 ヴァルが、マリスが腕にはめた銀色のブレスレットを見て言う。
 マリスもにっこり微笑み、空中に向かってジュニアを呼んだ。

「ヤツのことはあの鎖がなくても呼べるようになったのよ。後で詳しく話すわ」

 ちらっと、ヴァルがマリスを見たが、何も言わなかった。

「なんだい、マリーちゃん」
 ジュニアがにこにこしながら、空から下りて来た。

「マ、マリーちゃん!? 誰それ!? 」
 やっぱり、カイルが驚く。ヴァルは無表情のままだった。

 いよいよ、ジャグの巫女の憑依を解く時がやって来た! 

 俺とカイルは何も喋らずに、ヴァルとマリスとを見る。
 ミュミュも、俺の肩にとまって、おとなしく見守っている。

 アイテムをすべて装着し終わったマリスが、クレアの横たわっている前まで来て、俺たちを振り向いた。

 赤い装束に、銀色や白やクリスタルのアクセサリーは、彼女の装いに、さらに神秘的な雰囲気を手伝っていた。白魔術を促進するというお香の、ほのかに香る花の匂いも漂っていて、その場は本当に神秘的な境地を思わせている。

「クレアの中には、まずあたしとジュニアとで入るわ。彼の話だと、魔族である彼が入ることによって、ジャグの巫女ヤナの魂が、嫌がって出ていきやすくなるかも知れないの」

「ちょ、ちょっと待ってよ! 」
 ジュニアが血相を抱えた。

「そんな白魔法系のアクセサリーを身に付けたマリーちゃんを運べっていうの? それは、ちょっと無理だよー! 白の力が強過ぎると、今の俺様には、耐えられないんだ」

 じろっと、マリスがジュニアを睨んだ。

 『この役立たず! 』……目がそう言っていた。

「だったら、いいわ。もともとあたしひとりでやるつもりだったんだし。ヴァル、お願い」

 ヴァルが、呪文を唱え始めた。

 ホワイト・ドラゴンの刺繍の入った淡い水色のリボンが、彼女の後ろ髪で揺れている。

「マリス! 」

 俺は思わず一歩踏み出した。

 煙るような紫色の瞳が、俺に向けられた。

「……大丈夫だよな? 」

 彼女の口元が微かに微笑む。

「心配しないで。クレアは、ああ見えても芯の強い人よ。廃人なんかに、なりはしないわ」

 くるっと踵を返した彼女は、もう振り返らない。

『クレアのことはもちろんだが、……お前自身は、無事に戻ってこられるのか? 』

 俺は、そう尋ねたつもりだった。

 マリスの周りにサンダガーの時のような白い煙が立ちこめる。

 背を向けていて見えないが、彼女も呪文を唱えているのだろう。

 女神像の下に横たわるクレアの隣に、マリスが仰向けに並び、目を閉じた。

 その時、マリスの身体から、半透明の彼女が起き上がり、クレアに、折り重なるようにして吸収されていったように見えた。

「憑依は終わった。後は、マリスにかかっている。彼女が、巫女ヤナを、日が昇る前に追い出すまでだ」

 ヴァルが、うっすらと目を開けて言う。

 ミュミュがぱたたたと、クレアとマリスの上を旋回してから、ヴァルの肩に止まった。

「頼むぞ、マリス……! 」

 二人の横たわっている少女を心配そうに見つめながら、俺の隣でカイルが呟いた。


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