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作品名:Dragon Sword Saga 第4巻『魔界の王子』 作者:かがみ透

第11回   11
 二つの青白い炎のような影が、俺とマリスに向き直っていた。

 背の高い痩せた男の姿と、それより少し低いところに、魔界の王子ジュニアの姿がある。

 彼の色違いの目は、それぞれの色に光っていた。

 俺は、いつでも剣に手がかけられるように構える。

「……これは、これは……! よりによって、なんと珍しい人間どもだ! 」

 痩せた背の高い魔族の男が、声を上げた。
 魔道士のような平坦な喋り方よりは、多少抑揚がある。

「そちらの娘は、世にも珍しい獣神を背負っている。このようなヒトを見るのは、実に一〇〇〇年ぶりのことだ! 」

 王子の第一の家臣だというその魔族は、感嘆にも似た声で言う。

「そして、その隣にいるのは、伝説のバスターブレードとマスターソードを合わせ持つ、非常に稀な人間であるな。その二つを同時に手に入れるなどとは、今まで類を見なかった。これは、神側のいたずらか、単なる偶然か! 」

 男の、氷のような冷たい目が、俺に注がれる。
 ジュニアの目の光が、一層強まった。

「なっ? どっちも、俺たち魔族にとって、脅威になる存在だと思わねえか? 」
「それは、もう」

 二人は顔を見合わせてから、視線を俺たちに戻す。

「それにしても、たかが人間のくせに、なんという魔力だ、あの娘は! あれでは、行く先々で、魔物どもを刺激してしまうだろう。それでこそ、獣神を操れるとも言えるが」

 どうやら、奴等のように発光している光が強いほど、それが魔力の象徴となっているらしい。

 俺などは、もともと魔力0(ゼロ)なので、やっと身体の輪郭が見えるくらいだが、マリスは黄金色に光り輝いている。

 他に魔道士や神官などの魔力の高い人間がいれば見比べられ、彼女の魔力が、どれだけ人離れしているかが、もっとはっきりわかったことだろう。

「あの娘の母親は巫女だと。だから、魔力が高いのは生まれつきなんだろう」
「少なくとも、ここまでの魔力になるまでには、巫女や神官の素質が必要でしょうから。でなければ、獣神などが背後についたり、ましてや、呼び出したりすることはできないでしょう。一〇〇〇年前の人物も、やはり、そうでした」

 家臣は、ジュニアに対しては、非常に丁寧な物腰だった。

「そして、伝説の剣の持ち主たちは、例外なく、魔力のあまりないものたちであった」

 ゆっくりと、凍るような視線を、男は、俺に注いだ。

「神との戦いは、我々魔族との間では、いわば宿命のようなもの。別段、珍しくもない。だが、ヒトとの戦いは、楽な面もあれば、非常に厄介な面もある。魔力がないというのは、我々にとって、まず探知がしにくく、予測がつかない。おかげで、予定外のところで、仲間を多く失ったこともあった」

「神に守られたその女のことは、ひとまず置いておくとして、……ケイン、やっぱり、お前は、俺たち魔族にとって、邪魔な存在らしいな」

 それまでの、ジュニアの少々愛らしく思えていた顔立ちが、にやっと獰猛な笑顔になっていく。

「お前が、俺を倒そうとしたのと同じように、俺にとっても、お前は、今のうちに潰しておいた方がいいような気がするぜ」

 そう言い終わらないうちに、ヤツの姿が揺れる。

「うっ! 」

 何かに強く突き飛ばされたような衝撃を感じると、俺の身体は、闇の地面を転がっていた。

「ケイン! 」

 金色に輝いたマリスが駆け寄り、俺は抱き起こされた。
 腹の、突かれたあたりが、痺れ、痛み出した。

 俺は片方の目で、前方を睨み据えた。

「どうやら、この魔空間では、家臣の言ったように、俺の力は戻ってきているらしいな」

 ジュニアは、さっきの位置から、まったく動いてはいない。
 ただ片方の手を、俺に向かって、突き出しただけだった。

「さすが、生身の人間だぜ。他愛もない。この程度の力で、そこまで吹っ飛ぶとはな」
 クックックッと、王子は笑い声を漏らした。

 そして、ヤツは、マリスの取り付けた、ゴールダヌスの発明だという銀色の首輪と鎖を、簡単に外してみせた。鎖は、てのひらの上で、シュボッと青い炎に焼かれて、粉と化した! 

「俺を生かしておいたのを、今さら悔やんでも遅いぜ。ここは魔空間だ。よっぽどでなければ、中等以下の魔族ですら、入っては来られない。魔道士なんかは、なおさらだ。てわけで、泣いても叫んでも、あのヴァルドリューズって兄ちゃんは、助けに来てくれないぜ。ヤツとお前が、俺に与えた何倍もの恐怖を、じっくりと、お前にも味わわせてやるぜ! 」

 ジュニアの身体を、ぼおっと、青白い炎が包み始めた! 彼の獰猛な顔は、ますます邪悪さを増していった! 

「△◎◆、お前は手を出すな。こいつは、俺の獲物だからな」
「御意にございます」

 ジュニアの後ろにいる青白い物体は、彼に深く頭を下げてから、一歩退いた。

 途端にジュニアの身体をまとっていた青白い炎が、一気に燃え上がり、ひとつのうねりとなって、俺に襲いかかる! 

「ケイン! 」
「危ない! どいてろ、マリス! 」
 俺は、彼女を突き飛ばし、俺から離し、マスター・ソードを盾にした! 

 ぎゅるるるるる……! 

 剣を通じて、びりびりと衝撃が全身を走る。

 思わず手放してしまいそうになるが、ぐっと、柄を掴み直す。

 俺にとっては、長い時間だったが、きっと一瞬のことだったのかも知れない。
 でかい炎のうねりは消え、俺は、少しだけ乱れた呼吸を整えながら、変わらない立ち位置のジュニアを見据えた。

 今までの魔道士や、魔獣の攻撃を吸収した時とは、明らかに、剣から伝わる衝撃の度合いが違う! 

 だが、ヤツの方は、たいして大技を放ったわけでもない。

 これが、魔族の力なのか!? 
 こんな奴等をこれから俺たちは、相手にしていこうとしていたのか!? 

「さすが、ドラゴンの巣くう剣。この俺の力でさえも、たいして堪(こた)えてはいない、か」

 ジュニアは、余裕の笑みで、腕を降ろした。

「あの剣には、ダーク・ドラゴンが巣くっておるようですな」
 ジュニアの背後で、家臣の魔族が言った。

「ダーク・ドラゴンか。魔界でも手を焼く最強のドラゴンがあの中にいるとなると、俺たち魔族の攻撃は、すべてそいつに食われちまうってことか。ふん、ますます厄介だな」

 ジュニアが、にやりと笑う。

「しかし、操っているのは、彼の精神によるようです。従って、彼の精神が弱まれば、
ダーク・ドラゴンは使えなくなるでしょう」

「わざわざ精神を弱めることはないぜ。ヤツが死ねば、関係ないんだろ? 」

 そう言ったジュニアは、青と緑に光る二つの目を、俺に向け、またしても、獰猛に微笑み、口の周りに舌を這わせた。

「しかも、今のところ、ホワイト・ドラゴンの力は、あの剣からは感じられませぬ」
 家臣の男が、付け加えた。

「ほう。なるほどな。ということは、俺たち魔族に致命的な白の技は、まだ使えない、と」

 奴等は、なんだか魔道士たちよりは、マスター・ソードに詳しい。それが、俺には
意外だった。

 つかつかと、魔界の王子は、俺に近付いてくる。

 奴等の攻撃を防ぐことは、なんとか出来たとしても、奴等も言っていたように、致命傷を与えることは、今のマスター・ソードではできない。バスター・ブレードだって、ここまでの高位の魔族ども相手に通じるかどうかわからない。

 だが、やってみるしかない。

 なんとか奴等が、剣の届く範囲に近付いて来るのを、狙ってやるしかない。
 俺のマスター・ソードを握っている手に、汗と力がこもっていく! 

「あがいてみるか? 最後まで」

 クックックッと、またジュニアが、酷薄な笑いを浮かべる。

「思いっきり、死の恐怖を味わったら、後は、ラクに死なせてやろう」

 ヤツが、もうすぐ俺の目の前で立ち止まった時だった! 

「そんなことしたら、あたしが許さないから!! 」

 マリスが、いきなり立ち上がって、ヤツに殴りかかった! 

「うわああああ! マリーちゃん、ごめんなさあい! 」

 ジュニアは泣き叫びながら、殴られた頭を抱えて、その場にしゃがみこんだ! 

「……わ、若……? 」

 離れたところでは、拍子抜けしてたような、間の抜けた家臣の声がしていた。

 マリスの攻撃はなおもやまず、ぼかぼかとジュニアを殴っていた。
 ジュニアは、わあわあ泣き叫びながら、マリスの攻撃をその身に浴びていた。

 それは、はっきり言って、今まで、俺が受けたジュニアの攻撃なんかよりも、何倍も凄まじかった! 

「あんたがケインを殺すですって? よくも、そんなこと、あたしの前で言えたわね! いい度胸してるじゃないの! 誰があんたのこと助けてやったと思ってるのよ? この恩知らず! あたしの命令が聞けずに、そんなことしようものなら、今こそ、あたしが殺してやるわ! 」

 ジュニアの背に馬乗りになったマリスは、殴り続けた。

「ごっ、ごめんよ、マリーちゃん! もうしないよ! だから、お願いだから、もう怒らないで! 」

 マリスが、頭を抱えながら泣き叫ぶジュニアを殴る手を止めた。

「絶対!? 絶対に、もうケインを、あたしの仲間を殺そうなんてしないわね!? 」

 マリスが両手でジュニアの顔を挟むと、無理矢理上に向かせた。

 ぐきっと、音が鳴った。

 人間だったら、俯せからその体勢は、絶対無理だ。
 ヤツの首は完璧ねじれていたが、そこは魔族だから可能なのか、痛みも感じていないのか、むしろ、マリスの顔と近付いたヤツの顔は、ポッと赤く染まったようにも見える。

 ジュニアは鼻をグズつかせながら、こくこくと頷き、涙で余計に光っている従順な瞳を彼女に向けていた。

「……若……? 」

 家臣の伸ばしかけた手は、途中で止まっていた。

 俺も彼も圧倒され、その光景を見ているしかない。

「どうしたのです、若? そんな人間の、しかも、神のついた小娘などに……? 今の若のお力を持ってすれば、そのような小娘ごときを払いのけることなど、造作もないではございませぬか」

 と、拍子抜けしたままの声で、家臣は続けていた。

「そうなんだけど、つ、つい、身体が反応しちまって……、俺としたことが……! 」

 なんとなく、ジュニアの青白く光る面(おもて)が、カーッと赤面していってるような。

「なんてこった! 俺は、本当に、この女の……身も心も、この女の奴隷になってしまったのか!? 」

 ジュニアは、ぶるぶると両手を震わせている。

 わけがわからず、俺もマリスも、家臣の男も、呆然と、ヤツを見ていた。

「どうしよう、△◎◆! 俺は、人間の女に……こんな乱暴者の小娘なんぞに、……惚れちまったのかも知れない! 」

 ばたっ。

 俺もマリスもコケていた! 

 家臣も、どう反応していいか、すぐには見当が付かないみたいで、動きが止まっていたのだが……

「何をおっしゃるのです! 人間の娘など、それも、神側の娘などに恋心を抱くなど、以(もっ)ての外です! 」

 家臣の男は、今までは見せなかったが、ちょっとだけ、怒った顔をした。

 マリスも疑り深そうな顔で、コケたついでに、ジュニアからどいていた。

「そうさ! きっと、そうに違いない! 初めてマリーちゃんに殴られた時から、そうだったんだ! まるで、俺の中に、鋭い錐のようなデカいトゲが、ぐさっと刺さったみたいだった! そして、そこから全身を貫くようなおぞましい快感が駆け巡った。きっと、これが、恋に違いない! そうだろ? △◎◆! 」

 まったくよくわからない表現で共感しがたく、意味不明だが、両目をぎらぎらと輝かせて立ち上がったジュニアは、家臣である魔族の男に、同意を求めた。

「……確かに、恋とは、そういうものと言いますが……」
 ブツブツと呟くように答える家臣だった。

 恋の感覚も、人間とは違って、随分と痛そうなものらしい。

「魔族なだけに、マゾ!? 」

 隣で、マリスが、くだらないことを呟いていた。

 恥ずかしい! 
 良かった、俺、口に出さなくて。

「とにかく、生まれてこの方一一七〇年、恋などしたことのない俺様だったが、……そうかあ、これが恋かあ! 」

 ジュニアが、うっとりと上空を見つめる。

 それは、おめでとう……としか、言いようがない。

「というわけで、△◎◆、俺は、マリーちゃんたちと旅を続ける。だから、放っておいてくれ」

 今の今まで、俺を殺そうとしていたジュニアは、いきいきとした笑顔を家臣に向けると、しゃあしゃあと、そのようにのたまっていた。

「若っ! 何を言っているのです! またそのような気まぐれを起こして! 魔族が人間どもと共存出来るわけはないのですよ! 」

 家臣は、血相を抱えて、ジュニアを説得にかかったが、ヤツは、楽しそうに口笛なんぞを吹いていた。

「あたしは、やーよ! もう、あんたなんか、連れてかないわ。この先も、あたしの知らないところで、いつ、ケインやヴァルが狙われるか、わからないもの」

 それは、有り得る話だ。

 ジュニアは、心外だとでもいうように、態度を一変して、慌てて、マリスの足元にすがった。

「そんなこと言わないでくれよおー! もうしないって、言ってるじゃないかー! 」

「いやよ! やっぱり、魔族なんか信用できないわ! 」

 そう言って、マリスは、非常にも、ジュニアを蹴っぱくった。
 ジュニアが、吹っ飛ぶ。

 む、酷い……。

 さっきまでジュニアに攻撃されてた俺だったが、その様子を見て、ちょっとだけ、ヤツを哀れに思ってしまう。

 が、倒れる直前に、ヤツの表情が嬉しそうに変わり、起き上がると同時に、必死な表情に戻った。

「本当だよ! 本当に、もう悪いことはしないよ! 他の人間どもにも、しないからさー! 頼むよ、側に置いてくれよー! 俺が道を外したら、そうやって、時々殴ったり、蹴ったりしてくれればいいからさ! 」

 ヤツは、一生懸命マリスに懇願していた。

 聞いててちょっと、ぞわっとした。やっぱり、ドMなんだろう。

「だめっ! あんたは、さっきケインのこと本気で殺そうとしたわ! その時から、あたし、あんたを許せなくなっちゃったんだから! あたしが、ヴァルやケインの言うことを聞いていれば、仲間をこんな目に合わせずに済んだのよ。あたしが、あんたを生かしておいたせいで……! だから、もう一緒に連れていくことなんて出来ないわ! 」

 それだけ言うと、マリスは腕を組んで、ジュニアに背を向けた。

「もうしないよ! 俺の言葉が信用できないなら……」

 ジュニアは、必死な顔で、懐から何かを取り出した。

「若っ! それは――! 」

 家臣が慌てて止めるのも聞かず、ジュニアは黒い石、黒曜石のような宝石を、マリスに差し出した。

「ダーク・ストーンだ。人間流に説明すると、これは、俺の魂と同じだ。これを持った者に、その魔族は絶対服従を約束する。闇で行われているヒトと魔族との契約には、欠かせないものだ。これを持っている人間が必要とした時に、その魔族を召喚することができる。これを、きみに預けておく」

「いやよ! そんなものいらないわ! 」

 ぷいっと、マリスは腕を組んだまま、横を向いた。

「若っ! 若ほどのお方が、そのような下級魔族の真似事など、してはなりません! 」

 家臣を包んでいた青白い炎が、急に燃え上がった! 

「お前は黙ってろ! 」

 ジュニアが手で制する。

 魔族の世界では、上下関係は絶対なのか、それ以上、家臣の魔族は近付こうとはしなかった。

「な、マリー、もらってくれ」

 ジュニアは、もう一度、ダーク・ストーンをマリスに差し出した。

 マリスは、目を固く閉じて、首を横にぶんぶん振っている。

「マリス」
 俺は、彼女の耳元に、口を近付けた。

「魔物のことを詳しく知りたかったんだろ? その方が、対策を立て易いって、言ってたじゃないか。この魔空間にいる間に、俺も、そう思うようになった。奴等は、やっぱり得体が知れない。
 貴重な魔族の情報源ともなる魔界の王子が、お前に絶対服従を誓うと言ってるんだ。
さっきのトアフ・シティーの森でのことを思い出してみろ。ヤツがいれば、しょっちゅう湧いてくる下等モンスターどもなんかを無駄にやっつけなくて済むし、空間移動だってできる。それに、俺たちは、これからみんなのところに戻って、クレアを助けなきゃいけないんだ。そこまで戻るには、空間を移動していかなきゃ、間に合わ
ない」

 マリスが、心配そうに俺を見上げた。

「……だけど、ケイン、もし、またあいつが……」

「俺なら大丈夫だ。もし、ヤツが、お前の知らないところで俺を襲おうとしても、簡単にやられたりしないよ。ヤツは、今のこの空間では魔力はあっても、俺たちの世界ではヒト程度なんだ。それなら、たいしたことも出来ないだろ? 大丈夫だから、あの石を、もらってこいよ」

「たしかに、この場では、こうするしかなさそうだけど……」

 俺は、マリスの背を、ぽんと叩いた。
 一歩進み出たマリスは、ちらっと俺を振り返り、ぶすっとした顔で、黒い石を受け取った。

 ジュニアの顔が、みるみる明るく輝き出した。

「ありがとう! マリーちゃん! これで、俺は、正真正銘きみの奴隷さ! 」

 彼は、にこにこと、満面の笑みを浮かべていた。

 奴隷になれて、ここまで喜ぶヤツも珍しい。


 ……が、そもそも、王子だったこいつに、奴隷が勤まるのか? 


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