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作品名:Dragon Sword Saga 第4巻『魔界の王子』 作者:かがみ透

第10回   10
 ジュニアが俺を抱えると同時に、目の前の景色は、溶け出したように、ぐにゃぐにゃになった。目を閉じても、はっきりと、空間を越えていると感じられる。

「ちっ。やっぱり、いやがったか」

 舌打ちするジュニアの声で、目を開けると、まだ空間の中なのだろう、いろんな色がうねり、混ざり合って
いるように見える。

 この場所の形も凸凹しているのか、それとも、まっすぐなのか、広いのか、狭いのかもわからない。

 こんなところに、魔道士でもない、生身の人間が長時間いるのは、不可能だ。

 俺は、目を閉じ、深呼吸して、精神を集中してから、ゆっくりと目を開けた。
 少し離れた前方には、やはり、例の黒いフード姿が見えたのだった。

「てめえ! マリーちゃんを、どこにやりやがった!? まだこの城の中にいることは、わかってんだぞ! 」

 ジュニアが口火を切る。

「ほう。先程より、威勢がいいな。仲間連れだからか」

 おもむろに、フードの頭をもたげて、魔道士が、陰湿な声を発した。

「マリスを返してもらう。そこをどいてくれ」

 魔道士のうつろな瞳が、俺を捕らえる。

「こちらには、いない」
「ウソだ! じゃあ、なんで、おめえは、さっきから、そこで見張ってんだよ! 」
 ジュニアが食ってかかる。

「領主様のお部屋に張っていた結界を、解いていただけだ」

 いんいんと、魔道士の声が不思議な空間の中で響く。

 俺は、妙な胸騒ぎがしていた。

「ジュニア、時空の中じゃなくて、『もとの世界』へ戻ってくれ」

 一瞬、怪訝そうに俺を見るジュニアだが、すぐに言う通りにした。


 そこは、あの暗い回廊の終点である、大理石の彫刻の扉――領主の部屋の前だった。

 マリスに限って、大丈夫なはずだ。
 だけど、なんで、こんなにも、ここは静かなんだ!? 
 もし、彼女に何かあれば、とっくに暴れて、破壊音のひとつやふたつ、聞こえてきてもいいようなものだ。

 ひゅん……

 後ろには、あの魔道士も、現れる。

「領主とマリスは、どこへ行ったんだ? 彼女を、どうしようというんだ? お前たちは、一体、何を企んでる? 」

 焦る気持ちを抑え、出来る限り冷静に振る舞う俺に、魔道士は、うっそりと、口を開く。

「別に、私は、彼女をどうこうしようなどとは思っていない」

「じゃあ、他の質問にする。どうして、そこの森には、妖魔たちが巣くってるんだ? 
魔物に賞金を懸けているくせに、なぜ森の妖魔たちを放っておく? 」

「彼らは、たいして害はない。こちらが、何もしなければ、何もしてはこない」

「なぜ、遠くの魔物にまで、多額の賞金をやる? その他にも、聞きたいことは、いろいろあるが、今の俺たちには、時間がない。領主やお前たちが、何を企もうと、今それを問いただし、戦う暇はない。彼女さえ返してもらえば、余計な詮索はしないで、この場は、立ち去ると約束しよう。だから、おとなしく彼女のところへ案内しろ」

 といって、すらっと、マスターソードを抜いて見せた。
 魔道士の目が、細められる。

「これが、何かは、わかるだろう? 伝説のマスターソードだ。後ろには、バスターブレードだってある。お前が、どんなに魔道に長けた者だったとしても、この二つの剣が相手では、無傷では済まされないのは想像つくだろう。無駄な戦いをするよりも、さっさと、俺を彼女のもとへ連れて行く方が、早いと思うが」

 魔道士は、しばらく、じっと俺を見ていた。

 ジュニアも、後ろで、無言でいた。

「……わかった。娘を返すだけで良いのなら、案内しよう。その代わり、本当に、これ以上、この城に、かかわらないと約束するか? 」

「もちろん」

「ならば、こちらに来るがよい」

 魔道士は、俺たちが、側に近付くと、マントで俺たちを包み込み、空間を渡った。
 
 真っ暗闇だった。

「おお! なんと、白く、柔らかい肌だ! 素晴らしい! 」

 領主の声みたいだ。ついでに、唾を、じゅるじゅる啜り上げるような音まで、聞こえる。

 俺の心臓が、どくどくと速くなっていく! 

 時空のうねりの中だったが、なんとなく、真下には、ぼんやりと、何かが動いているのが、見えてきた。

 山のような白い塊と、その下には、赤いものが、ちらっとだけ見える。
 徐々に、その一角だけ、はっきりとしてきた。
 魔道士の結界も、角度を変え、そこへ向かう。

 予感は的中した。

 それは、ガマガエル領主とマリスだった! 

 愕然と、そのありさまを目にしていた。

 領主は、耳まで裂けた口の中から、気持ちの悪い、大きなピンク色の舌を出し、マリスにまたがり、頬を、
ベロベロなめ回していたのだった! 

 そして、その口は、大きく開いた。
 ヒトの頭など、簡単に飲み込めるくらいデカく! 

 俺は、魔道士のマントの中で、暴れると、そこから夢中で飛び出していた。
 魔道士の、俺を止める声が聞こえたが、構うもんか! 

 身体に何かがまとわりつく。

 ぬるぬる、ねっとりとし、ぎゅうっと締め付けられたかと思えば、急に弛(ゆる)み、風が吹き通っていくような、さわやかな感覚もやってきた。これが、生身で空間を通った感触か。

 だが、そんなことはどうでもいい。

 俺の身体が、急激に落下していく。

 どのくらいの高さからかは、わからない。
 それよりも、マリスを――! 

 どしゃっ! 

「ぐえええっ! 」

 何かの上に、俺は落っこちた。と同時に、カエルを潰したような声が聞こえ、そいつは、ビタン! と、床に落ちた。

 思ったほど、衝撃は感じられず、痛みもない。というより、痛みを感じる間もなく、俺はガバッと、起き
上がった。

「マリス! 」

 夢中で彼女を抱き起こした。

 そこは、やたらに白を基調とした部屋だった。
 白いレースのカーテン、白い家具、白い床に敷かれた、白地に金の縫い取りのある敷物などの、超豪華な
部屋。

 そして、俺が降り立ったのは、真っ白な、ふかふかとした柔らかい、天蓋付きのベッドの上だった! 

 赤い東方系衣装の上に羽織っていた薄布を剥がされ、剥き出された肩と腕、鎖骨のあたりや、頬は、ぐっしょりと濡れていた! 

 領主が舐め回した跡だというのは、一目瞭然だった。人間のものとは違う唾液の異臭も、漂っている。

 あの大きな口に飲み込まれるのは、なんとか避けられただけ、ほっとした。 

 マリスは眠らされているみたいで、強く揺すっても、ぐったりと、俺に身を預けたままだった。

 その表情は、上気したように、頬はほんのり色づき、どこか艶かしい。

 ふつふつと、俺の中には、怒りが込み上げてきた。

 ベッドの下では、あの領主が、どこか打ったみたいで、うめき声を上げ続けている。
 それを、俺は、睨みつけた。

「おい、ケイン! 無茶すんなよ! 」

 領主の向こうに、ひゅんと現れたのは、ジュニアと、今まで俺たちを運んでくれた魔道士ジョルジュだった。

「お前は、生身の人間なんだぜ! まったく、あそこからここまで、たいした距離じゃなかったから、良かったものの。そうじゃなかったら、お前は、今頃、別の時空に迷いこんじまうところだったんだぞ! ま、そうなっても、別に、俺の知ったこっちゃないけどな」

 ジュニアが、半分呆れたように言っていたが、今の俺には、ほとんど耳に入ってなかった。

「おお、ジョルジュ! 一体、どうしたというのだ! なぜ、勝手に私の部屋に入ってきた? 悪趣味だぞ!」

 領主は、やっとのことで起き上がると、白い、やたらにレースの目立つパジャマ姿を晒(さら)した。

「悪趣味は、てめえだ! 」

 カッとなって、ベッドの上に、マリスを横抱きにしたまま立ち上がった俺を、ビクッと、領主は振り返った。

「おお! 貴様か、私を蹴り飛ばしたのは!? 貴様たちは、とっくに帰ったと執事から聞いておったのに、
どうやって、ここまで――」

「そんなことは、どーでもいい! 」

 俺は、背負っていたバスターブレードを引き抜き、すごい早業で巻いていた布を取り外し、領主の目の前に
突きつけた。

「あわわわ! なんだ、その大きな剣は!? この私を、一体、どうしようというのだ!? 」

「黙れ! この妖怪オヤジ! 」

 俺は、とっくにキレていた。
 勢いよくバスターブレードを一振りするが、ジョルジュが空中から取り出した杖で、受け止めるのは、わかっていた。

「その娘さえ返せば、我々には関わらないのではなかったか」

 抑揚のない冷静な声だ。が、俺の頭まで冷静になるわけではなかった。

「うるさい! お前たち、マリスに何をしたんだ! 」

 剣を奴等に向けた時だった。

「きゃははははは! 」
 脇に抱えていたマリスが、いきなり笑い出した。

 びっくりして見ると、またすぐに眠ってしまったみたいで、ぐったりしている。

「おまえら、マリスに変な薬でも飲ませて、狂わせたな!? 可哀想に……! なんて、ひどいことを! 」

 再び、刃を領主に向けた。

「ま、待て、青年! 確かに、私は、彼女が、そのう……あんまり、おいしそうだったもんだから、つい……
だが、誓って、変な薬などを投与したりは、しておらんよ! 」

「きゃはははは! 」
 領主のセリフに続いて、またもや彼女が笑い出す。

「だったら、なんで、こんなにバカみたいになってんだ! 」
「そ、それは……」

 領主は、両手を合わせて、懇願するように、見上げた。

「火酒じゃよ! 特別に加工した無職透明無味無臭の火酒を、水だといって飲ませたのだ。飲んだ方が、もうちょっと……そのう、……色っぽくなるかと思って……」

 むかっ! 

「この外道がー! 」

「ひーっ! 」

 俺の振り下ろした大剣は、またしても、魔道士ジョルジュの杖に、止められていた。

「……あら? ケインじゃ……ないの。……どうしたの? 」

 その声に、はっとして、抱えていたマリスを見る。
 彼女は、寝ぼけ眼(まなこ)で、俺を見ていた。

「……マリス、俺がわかるのか? ……大丈夫か? 」
「ええ」
「良かった……! バカにさせられたわけじゃなかったんだな! ほんとに良かった! 心配したんだぞ! 」

 俺は、安心して、マリスの両肩を掴んだ。

「……ケイン……」

 とろんとしていた彼女の瞳は、潤い、きらめいていく。

 その様子から、思わず目を離せないでいると、自然に、彼女が、俺の胸に、もたれかかってきたのだった。

 抱きしめてもいいんだろうか? 

 いや、だけど、酒に酔ってて、よくわかっていない彼女に、つけこんでることにならないか? 

 どくどくどく……と、心臓が、速くなる。

 おそるおそる、彼女の身体を包み込もうと、腕を曲げていくと――

「おえええええっ! 」

 思いっ切り、彼女は戻していた! 


「ごめんなさい! ケイン、ほんとに、ごめんなさい! 」

 ジュニアに連れられて空間を移動している間中、ずっと、マリスは、俺に謝っていた。

 戻してスッキリしたとはいうものの、まだフラつきながら、俺の腕に掴まっている。
 ジュニアの魔術で、俺の服は元通りにはなった。
 が、服を汚されたことなんか、構わなかった。

 王女とはいえ人間。気持ちが悪かったら、吐くこともあるだろう。
 俺が、腹立たしくてしょうがないのは、そんなことじゃなかった。

「無理にでも、俺が付き添っていくべきだった! 何もなくて、本当に良かったけどなあ、お前、自分で大丈夫って言って、簡単についてったじゃないか。俺とジュニアが行かなかったら、今頃どうなってたか、わかってんのか? あんなおぞましい、妖魔に侵されたカエル野郎なんかの餌食に――ああ! 思い出すだけでも、不気味だぜ! 」

「ええ、ほんと、ケインが来てくれて、助かったわ。だけど、あれが、まさか火酒だったなんて……」

 酒の中でも、かなり強い蒸留酒で、それを他の飲み物で割って、一〇倍くらいに薄めて飲むのが普通だ。
 いくら酒に強くても、ストレートで飲む人はいない。

 そんなものをさらに加工して悪用するとは、なんて卑劣なヤツなんだ! 

 クレアのことがあって、急ぎだったから、見逃してやったが、あんなヤツが、魔物の死体を集めて企んでいることなんか、きっとロクでもないことに決まってる。

「たかが酒だったから良かったものの、もし毒だったら、その場で死んでたんだぞ! 」

「もっともだわ。でもね、あの領主さんの話を聞いてるうちに、なんだか可哀相になっちゃったのよ。奥様や、お子さんを、原因不明の病で、次々亡くされて。
 中でも、二番目の奥様の若い頃に、あたしがそっくりだったから、つい話をしたくなっちゃったんですって」

 あの妖怪オヤジがマリスと、結婚記念の肖像画に描かれているのを想像して、余計にムカッ腹が立った。

「あんなヤツに奥さんなんかいたように見えるか? 妖怪だぞ、妖怪! 昔は多少まともで、百歩譲って奥さんがいたとしても、あいつがお前みたいな綺麗な女と、結婚できるわけないじゃないか! 」

 マリスが、目を見開いて、俺を見直した。頬には、徐々に赤みが差していく。

 あれ? 今、俺、何か言ったか? 

 俺の方も、カーッと、顔が赤くなるのが自分でもわかり、おさまれー! と念じていたのだが、なかなかおさまる様子もなく……だが、頭の中は、ちょっとだけ、冷静になった。

「ごめん、マリスに怒るのは、筋違いだよな。だけど、マリスは、変なとこ世間知らずなんだよ。いいか? 
これからは、絶対に、独りで行動すんなよ。必ず、俺かヴァルを連れていけよ」

 マリスの肩に手を置いた。

 ――って、自分が、彼女の側にいるのを正統化しているように聞こえなかったか、気にもなったが、マリスは、そうは受け取っていないのか、おとなしく頷いていた。

 そこへ、ジュニアが、割って入る。

「いや、ケインや、あの兄ちゃんじゃ、ゴツくて無理なこともあるだろ? そういう時は、俺様が一緒に行ってやるぜ。
 魔道士たちの変身の術じゃあ、せいぜい自分の背丈くらいの人間になりすますくらいしか出来ないだろうけど、俺様の術じゃ、どんなものにも変身出来る。例えば、イヌやネコみたいに小さいものや、トリみたいに羽ばたいたりも出来るんだぜ」

「あら、それは、便利ね! 」
 マリスが、ぽんと手を打った。

「それなら、男子禁制の場所とかも、一緒に連れていけるわね」
「だろー? これなら、女子の入浴所にも、一緒に入っていけるんだぜー! 」
「なにぃ? 女子の入浴だと!? そんなの、ダメに決まってるだろー!? そんな時は、ミュミュを連れて
けばいいんだ! 」

 と、俺が言うにもかかわらず、ジュニアのヤツは、ぽわ!っと、煙を立てて、黒いカーリーへアの、小さな
イヌに化けた。

「かーわいいっ! 」

 ヘテロクロミアの小さなイヌは、きゃんきゃん鳴き、尻尾をふりふりして、マリスに飛びついた。

「これなら、どこへでも連れていけるわね! 」

 マリスは、ますます、自分の欲しかったペットだと言わんばかりに、イヌになったジュニアを抱きしめて
いた。

 かわいいと得だった。

 俺が、そんな風にマリスに触れられることなんか、有り得ないのだから。

 ――などと、羨ましく思っている場合ではない! 

「だからって、風呂やら着替えやら寝室やらは、ぜーったいダメだからな! わかってるのか!? 」

「わかってるわよ、そんなの」
「そうそう、俺様も、誓って、そこまではしないぜ」

 そのイヌ・ジュニアの目が、にたっと笑っているように見えたかと思うと、ヤツはますます調子に乗って、
マリスの胸に、甘えるように顔をうずめた。

 同時に、俺の目が、更に吊り上がって行くのがわかる。

「悪魔の誓いなんか、アテになるかよ」
 即座に、イヌ・ジュニアを引っ掴んで、マリスから引き離す。

 ジュニアは手足をバタバタさせながら、煙を出し、元の姿に戻ったが、腕を組んで立ち、余裕綽々(しゃくしゃく)の態度で、俺を見下すように、見上げている。

 こいつ……! なんだかんだ、マリスに取り入ろうとしてる。

 そうやって堂々と、彼女に触れることも出来るし、いつか、魔族に取り込んでやろうというのか!? 

 俺も、負けじと、ヤツを見返した。

 ズウウゥン……! 

 いきなり、それまで、俺たちを包み込んでいた周りの空気に、圧力が加わったような、一変して、がくんと
重たくなってしまったような感じがした。

 しかも、それは、一瞬のことではなく、当分は続きそうだと、予感させられた。

「これは……魔界か!? 」

 ジュニアの声に、思わず俺もマリスも振り返る。

 それまで、俺たちを連れて空間移動中だったジュニアは、進むのをやめ、周りを見渡していた。

 今までの、うねっていた景色とは、一変して、辺りは真っ暗な闇と化していた! 

「魔界……だって!? 」

 俺とマリスは、顔を見合わせた。

 ジュニアの身体は、その暗闇の中で、青白く発光していた。

 はっとしたように、自分の手足を見てみると、俺の身体は、ほとんど発光などはしておらず、微かに、
ぼやーっと白っぽい輪郭が見えているだけだった。

 そして、マリスは、ジュニアと違い、全身が黄金色に発光していた。

「お待ちしておりました。我らが若君。ご復活、おめでとうございます」

 ぼうっと、正面に、青白い炎が灯(とも)ったかと思うと、それは、徐々にヒトの形となり、炎は消え、マントに包まれた、青白く光る姿が現れたのだった。

「お前は……! 俺の、第一の家臣、△◎◆! 」

 ジュニアが、俺たちを押しのけて叫んだが、名前は聞き取れなかった。

「若さま」

 青白く光る家臣は、すーっと移動してくると、ジュニアの前で跪(ひざまず)き、彼の手を取った。

 その移動の仕方は、いかにも不自然で、『足を使わずして』だった。

「△◎◆、久しぶりだな。一〇〇三年ぶりかあ」
 ジュニアが、嬉しそうな声を出した。

「御喜び申し上げるのが、大変遅くなり、申し訳ございません」
「いいよ、別に。お前も多忙だからな」

 魔界の王子の家臣である青白く光る男は、すらっと立ち上がると、異様に背の高い、痩せた男だということがわかった。

「この人間どもは、一体どうされたのです」

 ぎろっと、冷たい視線が、俺たちに注がれた。
 氷のような目だった。
 細く鋭く、透き通った目。

 少しだけ、背筋が寒くなる。

「なあに、ちょっと訳ありでさ、一緒に行動してたまでよ」

 王子は、気さくに答えていた。魔族の男は、王子に視線を戻す。

「そのお姿では、まだ王の呪いは解けてはいらっしゃらないとお見受け致します。いかに、ご不自由をされたことか。
 ですが、ご安心下さい、若君。この△◎◆が来たからには、もう安心です。
 お父上である魔王陛下の呪いを、完全に解くことは、わたくしめには出来なくとも、この魔空間に於いては、若のお力を解放するくらいのことは出来ますゆえ」

「なにっ!? 本当か!? 」

 歓喜の声をあげるジュニアの後ろで、俺とマリスは、再び、顔を見合わせた。

 恐れていたことが――! 

 この空間で、ジュニアに本来の力を取り戻させてしまったら、ヤツはもう、マリスの言うことなど、聞きはしないだろう。

 そして、魔族の敵となろう伝説の剣を持つ、この俺のことも――!

 二つの青白い発光体は、ゆらゆらと、暗闇の中で、炎のように揺れて、俺たちを振り返った。


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