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作品名:Dragon Sword Saga 第4巻『魔界の王子』 作者:かがみ透

第1回   T.『砂漠を越えた村』 〜 ジャグ族の村 〜 
 強大にして偉大なる王
 その身 分けたる現(うつ)し身に、
 失われし力 目醒(めざ)めよ

 灯火(ともしび)弱くとも
 炎となり 世界を燃やす

 黒き王の影
 黒き火宿すは
 ヒトの闇

 目の前の闇にとらわれないでください
 強過ぎる炎は災いを呼ぶ
 火のないところから
 偉大なお方よ、
 あなたの炎は
 闇を従えるのです


――エルフの詩(うた)より
『闇の王讃歌――他種族への警告』――


プロローグ

「そなたは美しい。実に、私の五番目の妻に似ている。そなたさえ良ければ、私は、そなたを伴侶に迎えたい」
 館(やかた)の外では、風が強まり、悲鳴に似た音を立てる。
「さあ、こちらへ、おいで」
 燭台が壁に映し出す揺らめいた影は、あるまじき形へと変貌する。
 窓の外の悲鳴が、すべての音を包(くる)んだ。

 それは、ごく一部の狂気でしかなかった。


T.『砂漠を越えた村』 〜 ジャグ族の村 〜 


「バンイエチジウアッグエエナイイ」
 ……は? 
「ズドエンベイヲエイアナケンエニソアンヴィヴィ」
 ……。
 得体の知れない言語が飛び交っている。

 地図にも無い未開の砂漠地帯を、やっとのことで越えることのできた、旅の傭兵であるこの俺ケイン・ランドールを含めた、正義の白い騎士団(ちょっとウソくさい気もするのだが)を名乗るご一行は、またしても見慣れないところに来ていた。
 一見、周りに大きな山々の聳(そび)え立つ、荒れ地のような風景の中に、それとは違うものが多々ある。
 石造りの角ばった低い建物が、ぽつぽつと建っているのだ。

 そして、今、目の前を通り過ぎていく、もとは何色だったのかわからないボロ布を頭から被った、奇妙な人種――なのだろうか? 
 背丈はヒトの半分ほどしかなく、ボロ布の隙間からのぞく、彼らの皮膚は、茶褐色をしている。
 そいつらが口にしている音は、もっと奇妙なのだった。

 辺境は、まだ続いているのか!?

「何、ここ……? 」
 隣にいる少女戦士マリスも、呆然とした顔で、誰にともなく問いかけた。
「ジャグ族の村だってさ」
 金髪のイケメン傭兵カイルが、いつものトボケた顔で、しれっと答えた。

「砂漠の民ジャグ族だよ。小人族の一種らしい。全然異質の、自分たち独自の文化を築いて生活してるんだってさ。ごく僅かな人間とだけ交流があるらしい。多分、砂漠の行商人(キャラバン)とだろうな」
「カイル、あなた、なんでそんなこと知ってるの? 」
「砂漠を渡る前に、アストーレ王国で仕入れた情報だよ。ここへ来てから思い出したんだ」

 マリスは物珍しそうに、感心したように、村の様子を見回していた。

 そう言えば、驚いているのは、俺とマリスだけだった。

 上級魔道士ヴァルドリューズは、砂漠でよくかかるという貧血に似た症状の、体力や魔力が減っていく病気にかかってしまった、元巫女で今は彼の弟子であるクレアを連れてこの村に薬を手に入れに来ていたし、カイルは妖精のミュミュと一緒に、暢気(のんき)に遊びに来ていた。
 俺とマリス以外は、皆、一足先にここへ来ていたので、俺たちほど驚いていないのは、当然だった。

「彼らが何言ってるか、わかるか? 」
 皆の顔を見回すが、誰もわからず。
「ヴァルは? 」
 ヴァルドリューズは静かな目を俺に向け、首を横に振った。
「薬を買いに来た時は、彼らがクレアの様子を見て、判断してくれたのだ」
「えっ、じゃあ、砂漠でよくかかる病気だっていうのは? 」
「それは、あの人たちに教わったんじゃなくて、ヴァルドリューズさんがもともと知っていたのよ」
 クレアが代わりに答えた。
 頼みの綱のヴァルがわからないのでは……俺は、一気に不安になった。

「カイルは、……わかるわけないよな」
「当たり前だろ? 」
「じゃあ、誰もここの言葉はわからないのか」
 食事をしたり、物を買いそろえたりするということは、なんとか出来たとしても、この先に何があるのかとか、そういう聞き込みが出来ないってことだ。

「なんで、ミュミュには聞かないのさー? 」

 いつもアテにならない自称美少女妖精が、パタパタ飛んできた。
 俺は、そんな彼女を横目で見る。

「じゃあ、ミュミュなら、彼らの言葉を喋れるのか? 」
「ううん、しゃべれないよ」

 ミュミュが、くりくりした丸い目で答える。

「もー、なんなんだよ、思わせぶりな発言しといて」
「だから、しゃべれないけど、何を言ってるのかは、わかるよ」

 次の瞬間、全員一斉にミュミュを取り囲んだ。
「本当なの? ミュミュ」
「うん。妖精は、どの種族の話す言葉だって、わかるんだよ」
 クレアの問いかけに、ミュミュがイバってみせた。

 以前、ミュミュがハヤブサと話をしているのをみたことがあるが、ちょっと――いや、かなり怪しいものだった。
 友好的な取引のはずが、一変してバトルとなってしまったのだから。

 俺には、彼女とハヤブサとは、もともと意思の疎通が出来ていなかったように思えてならなかったが。

「こらー、ケイン! なんだよー、その目は! 」
 ミュミュが、頬を膨らませて、目の前にやってきた。
「あの時は、『こみゅにけーしょん』がうまくいかなかっただけだよー! 言葉は通じてたんだからー! 」

 …………………………………………………………………………………………………………そうだろうか? 

「ああっ!? まだミュミュを疑ってる! いいもん! ケインには、もう食べ物分けてあげないから! 」

 俺の心を読んだ彼女は、ぷりぷり怒ってヴァルの方へ飛んでいった。

 あのー、もしもし? 今まで、きみに食べ物分けてもらったことなんか、ないんですけどー。

「とにかく、まずは、腹ごしらえでもいたしましょう」
 マリスの提案に、皆、頷いた。


 村の食堂らしいところに来てみた。
 石造りの建物の中は、思ったよりも広く、そして涼しい。
 例の、ここの住民たちも、わけのわからない言葉で、ぺちゃくちゃ喋りながら、食事をしている。
 時々、物珍しそうに、こっちを指差して、会話しているのもいた。

 砂漠では、ロクな食事にあり付けず、飢えて死にそうになったこともあった。
 ご一行の誰もが、どんな食い物でも腹の中に納めたいと思っていたに違いなかった。

 だが、運ばれてくる料理は、やっぱり得体が知れなかった。

 白っぽい半透明の、粉を吹いた物は、柔らかいのかと思えば、固くてなかなか噛み切れないし、味もない。

 泥を溶いたような色をしたスープは、木の実や枯れ葉のようなものが浮いていて、味もやっぱり泥臭かったので、飲むのをやめた。

 トリの丸焼きのようなものが来たが、店員が、目の前で、細い棒切れをぶすぶすいっぱい刺し、針山みたいな、刺だらけのクリの殻のようにしてしまうと、その棒に火をつけた。

 店員の身振りで、どうも、その火が収まったらら食べ時らしいのだが、……あれでは、肉の中にも燃えカスが残ってしまうんじゃないだろうか? 

「おい、こんなもんが入ってたぜ」
 隣で、カイルが、掌を見せる。
 石のかけらだった。
 俺の口の中にも、それはあった。

 これでは、安心して食べられたものじゃない。
 そのせいだろう。マリスもクレアもヴァルもおとなしかった。
 ヴァルは、いつものことだったが。

 ミュミュは、ほとんど自分と同じ大きさの白い半透明の物を抱え込んで、一生懸命かじっている。
 彼女には難儀なことだと思うが、諦めてないみたいだ。
 どこがそんなに気に入ったのか? 

「ああ、これ、なんだかわかったわ」
 マリスが、同じ物をフォークに刺して眺めている。

「イグウィナよ。ほら、砂漠にいた黒い軟体動物の」
 ああ、あの黒い、ぐにゃ〜っとした、ゼリーやスライムみたいな半透明のヤツか。
 クレアなんか気持ち悪がって逃げ回っていたけど。

 ……てことは、そんなモンを、俺たちは食っていたというのか!? 
 だいたい、あれって、本来食べられるものなのか? 
 そうは見えなかったぞ! 

「焼くと、確かに、こんな風に縮んで白っぽくなるのよ。この吹いてる粉は、こいつの体内の水分なんですって」

 マリスのリアルな説明に不気味さが募り、ますます食欲が減退していると、ミュミュが、かじっていたイグウィナを放った。

 放り出されたイグウィナは、石造りのテーブルの上でバウンドすると、カイルの啜っているスープの中に、
ぼちゃんと浸った。
 彼の動きはピタッと止まり、それ以上スープを啜ることはなかった。

「肉が焼けたみたいよ」
 マリスの嬉しそうな声に振り返ると、さっきの針刺しのようになっていた肉が焼け、店員が切り分けていた。

 皆は、こんな食事にげんなりしているというのに、彼女だけはなぜか元気だった。
 そうかといって、彼女の分のスープもイグウィナも、全部たいらげているわけではなかったが。
 楽しそうなのは、単に肉が好きだから? 

 分けられた肉が、テーブルの真ん中に、大皿で、どんと置かれた。
 案の定、棒切れの燃えカスが、肉の中に混ざっていた。
 香ばしい? と思えなくもなかったが、明らかに炭の味だ。
 燃えカスを除くと、ほとんど骨だった。
 トリの皮も、最初から剥いであったし、食べられる部分は、ほんの僅かだ。
 普通のトリじゃなかったらしい。

「どうも、これは、肉を食べるんじゃなくて、骨をしゃぶるものらしいわ」
 ジャグの店員とジェスチャーでやりとりしていたマリスが、がっかりしている。

 料理は、他にもいくつか出て来たが、やはり、どれも食欲の失せるものばかりだった。

「腹は膨れなかったけど、しょうがないわね。ま、次の町だか村だかに行ってから、期待しましょう」

 そう言って、荷物の中をごそごそやっていたマリスの手が、ピタッと止まった。

 彼女の整った美しい面(おもて)から、さーっと血の気が失われていく。

「………………………………………………………………ケイン、お金もってる? 」
「いや。俺の荷物は、地下帝国に落ちた時に、なくしちゃったみたいで、剣しかないんだ」

 マリスは、さっと皆の顔を見渡す。

 それは、一大事であった! 
 獣神『サンダガー』と巨大サラマンダーの砂漠での戦いで、巻き添えをくった俺たちは、ミュミュとカイル
以外全員、地下に落っこちた。

 そこは、大昔に魔神が暴走して、地中に埋没した国で、その国の遺跡と一緒に、なんとか地上に脱出できたものの、マリスも、俺も、ヴァルも、クレアも、荷物の大半を落としてしまい、マリスは甲冑と、その他の雑貨、知り合いの木の魔道士バヤジッド作栄養補給の飴しか持っていなかったのだった! 

 その時、一緒に地下に落ちずに、一足先にこの村に来ていた要領のいい傭兵と妖精のことを、俺は思い出した。

「カイル! お前、確か、俺たちより先に、この村に来て、一風呂浴びてたよな? てことは、金持ってるんだな!? 」

 カイルは、はははと寛大に笑った。

「なんだ、みんな、しょーがねえなー、金持ってないのかよ? ほらよ」
 カイルがごそごそと服のポケットを探って、掌に、握っているものを見せた。

 銀貨が主流のこの世の中で、
 銅貨三枚……なんて、少ない所持金……。

「みんなっ、逃げましょう! 」

 美しい顔立ちに、神秘的な雰囲気に加えて、大国として知られるベアトリクス王国王女、などという先入観で、彼女を判断してはいけない。

 マリスは、まったくもって無茶苦茶な人なのだった。

「こらーっ! 何を言い出すんだ! 食い逃げなんか、ドラゴン・マスターソードの正義の使者であるこの俺に、出来るわけないだろ? 」
「そうよ、マリス! それに、こんなに大勢で逃げたって、すぐにわかっちゃうわ。この場は、ちゃんと、ここのご主人に事情を説明して――」

 正義感の強いクレアも、俺に続くが――

「だって、こんなこと、どうやって説明するのよ? ミュミュは言葉はわかっても話せないんだし、だいたい、妖精なんか見たら、それこそ大騒ぎに……! 」

 言いかけていたマリスの紫色の瞳が、きらっと輝いた。

 出た! 
 その瞳(め)だ、その瞳! 
 きっと、よからぬことを思いついたに違いない! 

「ミュミュ、あなた、囮(おとり)になんなさい! ミュミュを見て、ここの連中が大騒ぎしている間に、あたし
たちは逃げるから」
「ええっ!? やだよー、そんなのー! マリスったら、ひどい! ミュミュが捕まって、あいつらに食べられちゃってもいいって言うのー!? 」
 案の定、ミュミュは嫌がった。

「あなたは空間に逃げられるでしょ? やつらは、別に魔物や魔道士じゃないんだから、そこまで追ってきたりはしないから、大丈夫よ」
「やだっ! 慌てて逃げたりすると、また『時空のハザマ』で迷っちゃうよー! そこで出会った変な魔道士に見つかって、魔獣のエジキにされちゃってもいいって言うの? そんなの、ひどい! ひどいよー! 」

 誰もそんなことは言っていないのに、ミュミュは、勝手に妄想して泣き始めた。

「ねえ、マリス、ミュミュもこんなに嫌がってるんだし、それに、やっぱり、食い逃げなんて、よくないわ。
私がなんとか店主さんに事情をお話ししてみるから、それまで待っていてくれない? 」
 クレアが、少し真面目な顔で、マリスに言った。
 マリスは、「話しちゃったら、逃げられなくなるじゃない」などと、口の中でぶつぶつ言っていた。

「俺も、ついていってやるよ」
 カイルが銅貨三枚を手に(た、頼りない……)、クレアと一緒に店の奥に行く。
 ミュミュも、カイルに手招きされ、ぐずりながら、彼の長い金髪の中に隠れた。

「……またお前たちか」

 嫌そうな声がして、振り向くと、二人連れの男が後ろに立っている。
 年の頃は、俺たちと同じ一〇代後半くらい。ひとりは黒い短い髪に険しい表情で腕を組み、こちらを見下ろしている。
 もうひとりは、人当たりの良さそうな青年だ。

 それは、砂漠で因縁をふっかけてきた格闘家タイプの傭兵と、その連れの、ちょっとのんびりとした金髪の
イケメン優男傭兵だった。

「やあ、またお会いしましたね、美しい女(ひと)。おや? 僕の記憶では、確かもうひとり、美しい黒髪の方が
いらしたと思うんですけど、どうしたんです? 」
 イケメン傭兵クリスの言うことには、誰も答えなかった。

「あなた…………………………………………………………………………………ええと、何て言ったかしら? 」
 首を捻っているマリスを、もうひとりのヤツが、じろっと見た。

「『青い豹(ジャガー)』のダイだ。何度言ったら覚えるんだ!」
「ああ、そうそう、そうだったわ。『青い豹』のダイさんね。……で、あたしたちに、何かご用? 」
「トボけるな! 今日こそは、貴様と決着をつけてやる! 」
 ダイは、不敵な笑いを、その険しい顔に浮かべていた。

 こいつとマリスとは、砂漠で飢えていた時に、トカゲの肉をめぐって、ちょっとしたトラブルがあり、力づくで肉を奪われた彼が、彼女に恨みを抱いていて、正式に勝負しないと、彼の格闘家としてのプライドが許さないらしいのだが……俺たちは、今、食った分の支払いのことで、それどころじゃない。

 と、思っていると……

「それだわー! 」
 マリスがいきなり人差し指を立てて、立ち上がったので、ダイもクリスも驚いた。

「あなたと勝負してあげるから、ゴハン賭けましょう! 」
 彼女の目は、再び輝いていた。

 魂胆は、見え見えだった。

「お前たちは、既に食っているではないか。まさか、この俺に、メシ代をタカろうと
いうのでは、あるまいな? 」
 うさん臭そうな目で、彼は、じろじろ、マリスとテーブルの皿とを見比べた。

 ご名答! 

「あたしに勝つ自信があるんなら、そんなこと関係ないでしょう? 」
 マリスの瞳が、挑戦的に輝く。

「いや、貴様がそう言うからには、何か魂胆があるに違いない! まともにやっては勝てないと悟った貴様は、俺にわからぬよう手下どもに命じ――例えば、そこの魔道士に、俺に金縛りの術か何かをかけさせるなどして、俺の動きを封じるか、はたまた、俺の知らない間に、後ろにまわったケイン・ランドールが、俺を羽交い締めにし、不意をつかれた俺に、貴様が攻撃をかけるなどの、あらゆる汚い手段に出るつもりだろう!? おのれ、
なんと卑怯なヤツなのだ! 」

 ダイは、こめかみに血管を浮き上がらせ、拳を握り締めた。

 単にタカろうとしているだけなのに、こいつも、ミュミュに負けず劣らず、たいした妄想力の持ち主だった。

 ちなみに言っておくが、俺は、マリスの手下ではない。

 その時、

 どごぉあっ!!

 店の奥の壁が、ガラガラと、砂煙を巻き上げて崩れ、その振動が伝わる。
 そこへ、ピンクのワンピースを着た長い黒髪の少女が、泣きながら走ってきた。

「やあ、こちらにいたんですか、美しいひと! 」
 クリスが嬉々とした声を出すが、クレアの方は気付かずに、しゃしゃり出て来た彼を、突き飛ばし、そのままこっちへ走ってきた。

「どうした、クレア! 大丈夫か!? 」
 彼女は泣きじゃくっていた。
 その後ろから、カイルが走ってくる。
「ヤバいぜ、ケイン、マリス。ここは、逃げた方がいい」

 カイルの後ろから、ジャグ族の店員たちが、何やら喚きながら、調理用のデカいナイフや棒を持って、追ってくる! 

 俺たちが店の外に逃げようと、出口に向かうと、ダイが両手を広げて、出口の前に立ちふさがった。

「貴様ら、何かよからぬことでもしたのだな? それはいかん! ここで犯した罪を償うまで、俺は一歩もここを引かんぞ! ふはははは! 」

 勝ち誇ったダイの顔を、マリスが踏ん付けて、簡単に突破した。

「みんな、こっちよ! 」
 わけもわからず、とにかく、俺たちは、店の外に脱出したのだった! 

 だが――

「ごめんなさい、皆。私のせいで……」
 クレアの消沈した声が聞こえる。

 俺たちは、捕まっていた。

 紐でぐるぐる縛られ、全員座らされていた。彼らは、俺たちに危害を加えるようなことはなく、ただ縛っただけだった。
 別に、彼らが俺たちより強かったわけではなかったが、罪も無い人たち、しかも、自分たちの半分くらいしかない人々を切り裂くのは忍びないので、あえて捕まったのだった。

「俺たちの所持金じゃメシ代は払えないことは、彼らにもつたわったんだけど、
その時、店主が『それなら、身体で払ってもらおう』って言ったんだ。
 もちろん、ミュミュがこっそり通訳してくれたんだけどな。
 で、それをクレアに伝えたら、『私に身売りしろっていうの? あんまりだわー! 』って、ドカン! さ」

 隣では、小声でカイルが解説してくれた。
 てことは、壁を魔法で壊したのは、彼女か……。

「あのさ、その『身体で払え』ってのは、ここで食った分、働いて返せってことだったんじゃないか? 」
 俺は、こっそりカイルに尋ねた。
「俺も、そのつもりだったんだけどさ、クレアは潔癖だからな。もうちょっと言葉選ぶべきだったぜ」

 彼女も、マリスとはタイプの違うが、かなりの美少女だ。
 日の光のように輝くオレンジ色に近い明るい茶色の髪に、夜明けのような、美しい紫の瞳。
 その美少女な外見を裏切る、大胆不敵な微笑みで、破壊的な強さを振りかざす――いわば、マリスが太陽の
ような女ならば、クレアは、月のような、しっとりとした控えめな美人であった。

 黒曜石のような黒い大きな瞳、その瞳と同じ色をした艶のある美しい長い髪は、情緒的で穏やかな夜のようだ。

 彼女が、相当に綺麗な人であることは、出会った時からわかっていたことだったが、中原の国アストーレで、侍女用のとはいえドレスを着た彼女は、他の姫君たちよりも、ひときわ綺麗だったのを、覚えている。

 マリスと違って、か弱く、俺を頼りにしてくれるところだってある。
 彼女は、かわいい存在だった。

 だが、そのクレアですら、元巫女という慎ましやかな身でありながら、正義感の強さや潔癖さから、いらない喧嘩を買ってきたり、時々無意識のうちに凄まじい魔法を放ったりするのだった。

 今は、二人とも、オアシスのキャラバンから購入した東方の民族衣装に身を包み、神秘的な美少女に見えるが、中身は全然違っていた。

 ミュミュは、二人のように怖くはないし、美少女でもあるが、人間ではない。

 つまり、このご一行には、見た目は美しくても、『普通の女の子』というものは、残念ながら、存在しないのだった。


 話を元に戻すと、俺たちは今、縛られ、ジャグの小人たちに囲まれている。
 店も一部破壊しちゃったし、ただの無銭飲食よりも、なんだか一層俺たちの立場は悪くなっているような気がしていた。

「だから、逃げときゃ良かったのよ」
 野盗の如き、マリスの発言だった。
 正義の白い騎士団団長を自ら名乗り、更に王女であった者のセリフではない。

「ンバウギスエンリッイリアイチジイ! 」
 現地人に、長い棒でつつかれ、立ち上がるよう促される。

 村で一番偉い人の登場のようで、他のジャグ族たちも立ち上がると、一歩下がる。

 店もそうだが、ここの石造りの建物の中も扉はなく、石の壁で仕切られているだけだ。
 仕切りのひとつから現れたのは、他の人よりもいい衣をはおった、眼光の鋭い厳格な表情に干涸(ひから)びた
ような皺だらけの、褐色の肌をした、彼らよりも更に小柄で、背中の曲がった老人だった。

 どうやら、これが、この村の長老みたいだった。

「グアイエンシエアオイジポウイ? 」
 長老は、しゃがれた声を発し、俺たちを、じろじろ見回した。
「お前たちは、どこから来た? って聞いてるよ」
 カイルの耳元で囁くミュミュの声が、俺にも聞き取れた。

「チサシエゴイシェウンスアッペイイオリ」
「なんで店の中を破壊したのかって」
 またミュミュが通訳する。

「ちょっとした勘違いだったのよ」
 ダメもとで、マリスが言ってみるが、長老は、やはり首を傾げただけだった。
 俺たちの言語は、この種族には通じないらしい。

「種族は違っても、ここの種族の掟(おきて)には従ってもらう。そうしないと、民たちも納得しないだろうから、だってさ」
 ミュミュの訳したものを、カイルが皆に言い直した。

 ジャグ族の掟って……? 

 ジャグたちが、わらわら長老の前に集まり、一列に並んだ。


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