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作品名:『伝説の剣』Dragon Sword Saga 外伝 作者:かがみ透

第5回   第二章『ヒーローの条件』 〜ACT.2:恋愛〜
「おう、ケイン、どこ行ってたんだよ」
「別に」
 大柄なハッカイの近くに座り、ケインは、ガブッと酒のツボを呷(あお)る。
「毎日ひとりで自主トレとは、お前も真面目だなー」
 ハッカイは、ケインの新たにできた顔の痣(あざ)に目をやり、感心した。
 ケインは、ぶすっと黙っている。
「さっき伝令が来て、一時待機が、更に十日延びるんだってよ。まったく、どういうことだよなぁ? 」
(あと十日か……よーし、今度こそ――! )
 ケインの口の端には、うっすらと笑いが浮かんでいた。
「ねえ、ハッカイ、レオン知らない? 」
 女傭兵ミリーが、いつもの甲冑姿ではなく、ギャザーの多い、白く柔らかい生地の服を着て、テントから顔を覗かせた。
 大きく胸元の開いた、短く膨らんだ袖、高い位置にウェストがきていて、白い細い紐を結んでいる、膝丈までのワンピース姿だった。
「知らねえな。おい、リョウ、レオンのヤツ、どこ行ったか知らないか? 」
 ハッカイが、少し離れたところにいる、細身の傭兵に向かって呼びかけた。
「さあな。またどこかの町にでも行って、昔の恋人の情報でも探してるんじゃねえの? 」
 リョウは、皆のところに近付いて行き、どかっと腰を下ろした。
「もう、またあ? ……諦め悪いんだから」
 ミリーが、面白くなさそうに、ケインの横に、ぺたんと座った。
「おっ? ミリー、珍しいモン着てるなあ。そういうカッコも、なかなか似合うじゃないか」
 リョウにそう言われても、ミリーは、どこか上の空だった。
「レオンは、あれでも結構一途なところがあるからな。将来を誓った相手だったらしいじゃないか。それが、
一年後、必ず戻ってくるって言って、なんとかって剣を捜す旅に出て――ほら、あいつのいつも持ってる、
あのデカい剣だよ。
 一年どころか、三年かかっちまい、彼女の待つ村を訪れたら、野盗に潰されてて、村の住民は、皆、どこかの町にバラバラに避難してたって言うんだからなあ」
 言い終わると、ハッカイは、ぐいっと酒を呷った。
「案外、その潰された村ってのは実は知らない村で、本当は、どこか別の場所にあるんじゃねえの? ほら、
あいつ、方向オンチじゃん」
 リョウが皮肉な笑いを浮かべた。
「そんなことないわよ。いくらレオンだって、自分の出身地を見違えるわけないわ。
確かに、その野盗の犠牲になった村だったらしいじゃない? そりゃあ、剣を手に入れてから、予定よりも
一ヶ月も多くかかって、村に辿り着いたらしいけど」
 ミリーが、あまり強くはない口調で返した。
「なんて女(ひと)だったっけ……? 確か、『ユカリ』とか何とか……」
「ユカリィ? どこの人種の女よ、それ? 違うわよ、確か、『リリー』って言ったと思うわ」
 ハッカイに、ミリーが返した。
「そうかあ? 俺は『アリス』だと思ってたが? 」
 二枚目傭兵のリョウも、首を捻る。
「やっぱ『ユカリ』だよ」と、ハッカイ。
「いいえ、『リリー』よ」と、ミリーも譲らない。
「いや、『アリス』だね」リョウも曲げなかった。
「ねえ、ケインは聞いてない? レオンの恋人の名前」
 気を取り直したように、ミリーが隣にいるケインに尋ねた。
「……え? レオンにそんなヤツいたのか? 」
 考え事から我に返ったケインは、不思議そうな顔で答える。
「ああ、だめだわ。レオンたら、この子には話してなかったんだわ」
 ミリーが、がっかりして、うなだれた。
「だから、『ユカリ』でいいんだよ! 」
「違うって言ってるでしょう!? 『リリー』よ! 」
「『アリス』だってば! 」
 大人三人は、再び口論になった。
「何言ってんだ? お前ら……」
 彼らの後ろには、いつの間にか、レオンが呆れ顔で立っていた。
 途端に、三人は、気まずそうに黙った。
「レ、レオン……! お帰りなさい! どこに行ってたの? 」
 ミリーが、取り繕った声を出し、慌てて微笑んでみせる。
「ちょっとウマを散歩させてたら……どこだっていいだろ、そんなこと! 」
 言いかけて、突然、彼は仏頂面になった。
(また道に迷ってたな……)
 彼らの誰もが、口にこそ出さねど、そう思った。
「ねえ、それよりも、レオン、これどう思う? 」
 ミリーが立ち上がり、その場で、くるっと回ってみせた。白いドレスは、ふわりと舞う。
「……どうって? 」
 レオンは、表情も変えずに、ミリーを見た。
「もう……! このドレスよ! さっき、町に行ったら、珍しい服を見かけたから、思わず買っちゃったのよ。これね、東方の踊り子が着る服なんですって」
 はっとしたようにミリーを見たのは、ケインの方であった。
「今、東方の旅の一座が、この辺に来ているらしいのよ。こっちの遠征はまだみたいだし……ねえ、レオン、
明日にでも、その雑技団、一緒に見に行かない? 」
 ミリーは、頬を少し紅潮させて、レオンを見上げる。
「ああ、それなら、ちょうどよかった」
 にっこり笑うレオンに、ミリーの瞳は、期待を込めて輝いていく。
「ケインを連れていってやってくれないか? 東方の雑技団の娘が使うという武術――あれは、参考になるからな」
 ケインは、今度はレオンを見上げる。
「……わかったわよ」
 ふてくされたように頬を幾分膨らませて、女傭兵ミリーは、自分のテントに戻り、戸口をシャッと閉めた。
「あ〜あ、かわいそうに」
 ハッカイが、酒のツボを片手に、ミリーのテントを見ながら呟いた。
「お前も人が悪いよなあ。一言くらいホメてやれば良かったのに」
 ケインは、わけがわからず、レオンとハッカイとを交互に見る。
 レオンは何も言わずに、リョウの横に腰を下ろした。
「お前さあ、ミリーの気持ち、わかってるんだろ? 少しは女として扱ってやれよ」
 リョウまで呆れた顔で、レオンを見ている。ケインは、レオンに注目する。
「またお前たちは、そうやって俺と彼女をくっつけようとする。お前らの思い過ごしだって。ミリーは、俺の
ことは、年の離れた兄程度にしか思ってねえよ」
 レオンは、酒のツボを傾けた。
「お前は、どう思ってるのさ、ミリーのこと」
 リョウが、レオンの目をじっと見る。
「……どうって……? 」
「だから、……いい女だとか、思わねえわけ? 」
「……」
 じれったそうに問うリョウに、レオンは無言でツボを傾けるだけだった。
「抱いてやんなよ。あいつは、それを望んでる」
 リョウが、にやっと笑った。だが、レオンを見る目は真剣だった。
 ケインは居心地の悪さを感じて、そわそわし出した。彼には、よくわからなかったが、自分がここにいては
いけないような、そんな気がしたのだった。
「ケイン、お前、ミリーの様子見てこい」
 ハッカイに耳打ちされ、ケインは不安そうな顔を向けていたが、それでもここにいるよりはましだと判断したのか、立ち上がってミリーのテントへ向かった。
「まったく、呆れたヤツだな! お前にその気がないんだったら、ミリーは俺がもらっちまうぜ」
 リョウは、ほとんど睨んでいるといっていい鋭い視線を、レオンに浴びせていた。
 それへは、ちらっと目をやっただけで、レオンは黙ったまま酒を呷(あお)った。

「ミリー、……入るよ」
 テーブルに俯せていた彼女は、テントの外から聞こえてくる少年の声で、慌てて目を擦(こす)った。
「ああ、ケイン、どうしたの? 」
 彼女は、とっさに、彼の前で見せるいつもの元気な笑顔を作ってみせた。
「……泣いていたの? 」
 ケインは、ミリーの目の端に光るものを見つけた。
「違うわよ、眠ってたの」
 涙の残りを指で拭い取りながら、ミリーは精一杯答えてみせた。
「あ、あの……ハッカイが……、そうだ、ハッカイが、その……、ミリーはどうしてるかって……」
 ケインは言葉を詰まらせ、心配そうな顔で、ミリーを見つめている。
「そう……。やあね、何を心配してるのかしら、ハッカイったら……。私は大丈夫よ。
……あら、そろそろ夕食の時間よね。ケイン、一緒に食事を運ぶの手伝ってくれない? 」
 ミリーは、明るい声を出した。ケインが、こくんと頷く。
「……それと、明日、一緒に雑技団観に行こうね」
 ケインは少し微笑んで、それへ頷いてみせた。

「あんたのとーちゃんは、ほんとにカタブツねー」
 翌日、ケインはミリーと町へ下りていた。
「カタブツって? 」
 ケインが首を傾げて、ミリーを見上げる。ミリーも、少し困ったように眉を寄せていたが……。
「……恋人以外は、目に入んないってこと。ひとりの女だけを、ずっと想い続けているんだもんね」
 呟くように言う彼女に、ケインは曖昧な表情になった。
「……でも、いいの! 」
 何がなんだかわかっていないケインに、ミリーは微笑んでみせた。

 東方からやってきた旅芸人の一座の、巨大な円形テントの中で、ケインとミリーは、雑技ショーを観ていた。
 途中で武芸のショーもあった。
 あまり見かけない、鉄の棒を鎖で繋いだもの、太く長い棒の先に、大きな丸い飾り球のついたもの、二本の細長い赤い棒などを操る男や女たちが、次々に技を披露していく。
 客席からは歓声がたびたび起こり、その武術に、誰もが魅了されていた。
 そして、テント内の興奮が一気に高まったところで、メインイベントとされる、東方の女傑団による体術が疲労された。
 なんでも、それほど力を使わずに、自分以上の重さのものをも操ってしまうのだという。
 その女傑団十二人が舞台に登場した時、ケインの目は、あるひとりの少女に釘付けになった。
(あ……! あの子は……! )
 一番幼く、小柄だったその少女は、紛(まぎ)れもなく、毎日ケインが挑んでいっては返り討ちにあってしまう、あの目の吊り上がった無愛想な少女だったのだ! 
 二つに引っ詰めた髪を、金色の刺繍の入った朱色の布で丸く包み、同じ生地の短いベストに、足首で縛った膨らんだパンツ――十二人とも同じ衣装で現れたのだった。
 皆、目の上に、キラキラ輝く粉を付け、吊り目を強調するような黒いラインを目の周りに塗り、唇は朱に、
浅黒い頬には、ピンク色の粉をはたいていた。
 東方独特の、舞台用化粧であった。
 女傑団の披露した『武遊浮術(ぶゆうじゅつ)』では、華麗に飛び回る娘達が、始めは雑技団の男たちとの武道で、彼女たちの倍以上もある大柄な男たちを、ひとりで五人を一気に振り飛ばしたり、それが終わると、今度は大型動物を、いとも簡単に投げ飛ばし、客席から飛び入り参加の、腕自慢の男たちまでをも、怪我をさせない程度に投げ飛ばしていたのだった。
 ケインは、彼女たちの動きに、ずっと目を奪われていた。

「東方の雑技団の子だったんだね」
 テント小屋の裏で、いつもの少女に、ケインが声をかけていた。
 少女も、いつものへの字口で頷いた。
「頼む! 俺に、あの技、教えてくれないか!? 」
 ケインは小柄な少女の肩を、両手で強く掴んだ。
 少女は表情を変えずに、ケインを、その吊り上がった目で見つめている。
「お願いだ! 俺は、どうしても強くなりたいんだ! 頼む! お願いだ! 」
 ケインは、少女の肩から手を放し、地面に額を擦り付けた。
「……」
 少女は、しゃがみ込み、ケインの顔を覗きこんだ。その黒曜石のような黒い瞳は、不思議そうに輝いていた。
「『武遊浮術』むずかしい。かんたんなの、だけ……」
 片言の少女の言葉に、思わずケインが頭を上げる。
「ほんとうか!? 」
 少女は黙って頷いた。相変わらず目尻は吊り上がり、無愛想な顔つきには違いなかったが。
「ケイーン、どこ行ったのー!? 」
 後ろから、ミリーの彼を呼ぶ声がする。
 ケインはガバッと立ち上がると、少女に向かって微笑んだ。
「明日、いつものところで! ……ありがとう! 」
 そう彼は手を振り、ミリーのもとへと走っていった。
 東方の少女は、それを、ぶすっとした顔で見送っていた。


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