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作品名:『伝説の剣』Dragon Sword Saga 外伝 作者:かがみ透

第3回   第一章『戦士の炎』〜 3 〜
「ひゃーっはっはっはっ! 」
 太い革のバンドを巻き付けた大柄な男たちが、笑い声を立てて、町の隅々まで人々を追い回していた。新しく盗賊団に加わった者もいるらしく、ケインの村が襲われた時よりも、その人数は、倍ほどにも膨れ上がっていた。
「お助けを……! どうか、命だけは……! 」
 路地の行き止まりに追いつめられた、ひとりの中年の男が跪(ひざまず)き、大柄なモヒカン男に懇願していた。
「へっへっへっ……」
 モヒカン男は、段平を、ぺろっとなめた。
「町のやつらは、みんな中央に集めろという命令だが、どうせ殺(や)るんなら同じこった! 俺は、この盗賊団に入れば、好きなだけヒトを殺せるっちゅうから、入ったんだ。刑務所から脱獄したばかりで、ずっと身体がなまっちまってたから、一暴れしてえとこなんだよ。わかるだろ? オヤジ」
 モヒカン男は、凶悪に笑うと、段平を勢いよく振り上げた。 
「ひいっ! 」
 町の男が両手で頭を抱え込み、身体を縮める。

 ガキッ! 

「な、なにぃ!? 」
 賊は、剣を弾かれて、二、三歩後退(ずさ)った。
 大振りな段平を受け、弾き返した者は、それよりも明らかに小さい剣を持つ、まだ年端もいかない少年だったのだ。
「な、なんだ小僧!? てめえ、俺様の邪魔をする気か!? 」
 町民の前に立ち、剣を構えたケインは、油断のない目をモヒカン男に注いでいる。
「へっ、小僧が! 子供だって、俺様は容赦はしないぜ! 」
 馬鹿にしたような笑い声と共に、男は、大剣を目の前の少年に向かって、振り下ろした。
 ガキーン! ガシャッ! 
 大柄な男の次々繰り出す段平は、ことごとく、ケインに弾き返されている。モヒカン頭の皮膚の部分に、うっすらと冷や汗が見え始めた。
 ……キーン! 
 ついに、大男の段平は弾き飛ばされた。
 すっかり動揺しているモヒカン男を見据え、剣を構えたままのケインは、じっと動かない。
「今だ、ケイン! ボーッとすんな! 」
 どこからか聞こえて来たレオンの声に、はっと反応し、少年は、大男の両足に斬りつけた! 
「うぎゃああああああああ!! 」
 噴き出す血をさっと避(よ)け、彼は見上げた。
 賊のすぐ横の建物の上には、この様子を見ていたレオンの姿があった。
 レオンが、ひらりと、ケインの前に飛び降りる。
「よーし、よくやったぞ! この調子で、相手を殺さずに、動けないよう追い込むんだ。次、行くぞ! 」
「うん! 」
 追いつめられていた、おろおろしている町民の男を尻目に、二人は町の中央へと向かった。

 大勢の人々が集められた場所では、まもなく『処刑』が行われようとしていた。
 年寄りだけが立ち上がり、前方におびき出されている。今まさに、老人以外の村人たちに、死刑が宣告されるという、その時――
「待ちな! 」
 野盗たちの頭(かしら)と思われる、ぼうぼうに伸ばした黒髪の大柄な男を始め、そこに集まっていた部下たちも、また、捕われている町民たちも、その声に振り向いた。
 ゆっくりと近付き、現れたのは、すらっとした長身の、三〇代ほどの男と、剣を手にした小さな子供だった。
「数々の悪行、これ以上、黙って見過ごすことは出来ん! 貴様等には、本当の力とはどういうものか、思い知らせてやる! 」
 男の顔には、不適な笑みが浮かんでいた。
「なんだあ? てめえは? 死にてえのか!? 」
「俺たちを、『赤いオオカミ族』と知ってて、のこのこてきやがったのか!? 」
 野盗が口々に、その男――レオンを罵(ののし)り、頭目の周りに、わらわらと集まった。
 レオンの切れ長の茶色い瞳が、細められた。
「やめときな。てめえらじゃ、俺には勝てねえよ」
「なんだと!? 」
 彼は、ケインに下がるよう手で合図する。ケインは、黙って従い、それ以上は、彼の後には続いて行かなかった。

 凶悪な人相の集団は、一斉に、レオンに襲いかかったのだった。

 がしゃあっ!!

 突き出された何人もの武器は、レオンの剣ひとつに受け止められていた! 
 ケインは、離れたところから、それを、じっと見つめている。

 ガン! がしゃっ! ごわん! ガキーン! 

 賊の武器は、みるみる弾き飛んでいく。
「うわあああ! 」
「ぎゃああああ! 」
 武器を飛ばされた者たちに、今度は、レオンの鉄拳が炸裂する。
「この野郎! 」
 レオンの後ろから、段平を振り上げた賊がいた。
 ケインは、はっとして、一瞬、身をこわばらせた。
 どかあっ! 
「びえっ!! 」
 男の身体は、段平ごと吹っ飛んだ。
 レオンの蹴りを、まともにくらったのだ。
 ほっとしたような溜め息が、ケインの口から漏れたが、すぐに顔を引き締め、戦況をじっと見守る。

 それは、まるで、疾風のようであった。

 伸び放題の密生した草木の中を、一頭の雄ウマが駆け抜けていくように、ケインの目には映っていた。ウマの疾走の後には、踏み倒された草や、木々の道が出来ている――まさに、そんな光景だった。
 次々と、賊たちの武器は弾かれ、大柄なはずの男たちは、簡単に飛んでいく者もいれば、その場に蹲(うずくま)っているものの数も増えていく。
 彼は、時には、左手に剣を持ち替えていることもあった。
 それでも、別段なんの差し障りもないように、彼の戦力は、一向に衰えることはなかった。

 即たちは、大柄なのが災いして、彼に、一度に襲いかかれる人数が限られていることに、ケインは気付いた。
 レオンで、あの人数なら、小柄な自分になら、もっと少ない人数でしか襲えないのではないだろうか? 
 それに、どうも、彼らは、大きくて力はあるのだが、無駄な動きが多く、あまり素早くもなさそうだ。
 少年の瞳は、レオンだけでなく、敵の姿も、じっくり観察しているようであった。
 今なら見える! 以前は、わからなかったことでも、こうして落ち着いて、戦況をじっくり見据えてみれば、レオンの動き、相手の動きが、幼いケインにも、見て取れるのだった。
 剣で、相手の武器を躱(か)わしながら、拳で攻撃する。時には、賊を斬りつけ、蹴り飛ばすが、相手は命に別状はない。
 のたうち回りながら、恐ろしい叫び声を、辺りに轟(とどろ)かせてはいるが、それは、斬り付けられたショックの方が大きいのだろう。致命的な怪我ではないはずなのに。
 ……そうか、やつらは、本当は、弱虫だからだ! 傷つけられるのが、怖いから、先に相手を傷付けようとするのだ! 
 レオンの言った通りだ!
 ――そう考えると、ケインの腕にも、みるみる力が漲(みなぎ)っていく気がしたのだった。

「何をしている! 相手は、たったひとりじゃねえか! お前たち、それでも『赤いオオカミ族』の一員か!?」
 振り乱した黒髪の首領が、部下たちに向かって喚いている。
「ですが、お頭(かしら)、あいつ、ただの町民じゃないですぜ。傭兵か、どっかの軍の脱走兵かなんかじゃないんすかね? ちゃんと、武道の心得もあるみてえだし、……それに、あいつのあのデカい剣! あれは、ただモンじゃないっすよ! 段平や鉄棒ですらブチ砕いちまうんっすから! 」
 隣の痩せたモヒカン男が答える。
「お頭、あいつっすよ! 俺たちが、いつか村の外でガキいたぶってたら、邪魔してきたのは! 」
 禿げ頭の、太った男が、レオンを指さして言った。
「ああ、そう言やあ、そうだ、あいつですよ! そん時、俺のこの腕を斬り落としたのは! 」
 人より短くなってしまった左手に布切れを巻き付けたモヒカン刈り男も、叫ぶ。
「なにい? ……そうか……」
 頭目は、腕を組んで、何かを考えていた。
 レオンは、敵の返り血と、汗にまみれたマントとシャツを、脱ぎ捨てていた。
 野盗たちの太い、贅肉つきの筋肉とは明らかに違う、無駄な部分のない、引き締まった筋肉が、彼らの中に
いてこそ一層引き立ち、彼の浅黒く日焼けした肌を、最も美しく見せていた! 
「待てい! 」
 突然、首領が大声を上げた。野盗たちは戦うのを止め、レオンから離れる。
 レオンと首領の間を遮るものがなくなり、辺りは、静まり返った。
 首領とレオンの目がかち合う。
「ほう……、これだけの人数を相手に、たいして呼吸も乱さないとは、よほど訓練されているようだな。
その身体つきといい――貴様、傭兵か? 」
 首領が、レオンの全身を舐めまわすように見ながら、言った。
「……だったら、何だ」
 剣を降ろしてはいても、レオンに隙はなかった。
 首領は、豪快に笑った。
「俺も、傭兵上がりなんでな。盗賊稼業に転向してからは、自ら戦うことが少なくなっちまってな。だが、貴様の戦いぶりを見ていたら、久しぶりに血が騒いできた。
 どうだ? ここで、俺と、一対一で勝負してみねえか? 」
 レオンは、油断のない目を向けたまま、黙っていた。
「俺の方も、これ以上、部下をやられるとまずいんでな。どうだ、貴様が勝ったら、この町からは、手を引いてやろうじゃねえか」
 首領は、寛大な笑みを浮かべているつもりだったが、凶悪な人相でそれを相手に伝えるのは無理であった。
「……ふっ、いいだろう」
 レオンは、手にしていた大剣を背に戻した。
 賊たちは、それを見て驚いていた。
「こいつ、お頭とサシでやるってのに、剣をしまいやがったぜ! 」
 野盗たちは、そのようなことを口にして、小馬鹿にしたように笑う。
「ほう! この俺と素手で勝負しようというのか!? だが、こっちは、手加減しねえぞ! 」
 首領も笑う。賊たちは、途端に囃(はや)し立て、レオンに向かい、嘲笑を浴びせていた。
「そんなに喜んでいただけるとは、思ってもみなかったぜ。ついでに、てめえらを、もっと喜ばせてやる。てめえらのボスのお相手をするのは……あのお方だ! 」
 レオンの指さした先を、野盗たち始め、町民たちも一斉に見つめる。
 その先には、剣を持った幼い少年――つまり、ケインの姿があったのだった! 
(なっ……なんで、ぼくが……! )
 ケインは、顔から血の気が引いていくような思いであった。
 いきなり首領相手とは――レオンは、気でも狂ってしまったのではないだろうか!?
「こりゃあいいや! なあ、野郎ども! 」
 首領が一際大きな笑い声を立て、部下たちもそれを受け、大声で笑い出した。
「おい、あんた! いい加減なこと言わないでくれよ! あんな子供に、何が出来るっていうんだよ! 」
「こんな時に、冗談はやめてくれ! 」
 町民の中からは、レオンに向かって、そう叫ぶ者もいる。
 だが、彼は、それを気にも留めてはいない様子で、ケインを手招きする。
 ケインが、青ざめた顔で、おずおずとやってきた。
「レオン、なんで、ぼくなの? レオンなら、あいつにだって勝てるかも知れないけど、ぼくじゃ……! 」
 明らかに、不安そうな瞳で訴えるケインの肩に、レオンは、ぽんと手を乗せ、微笑んでみせた。
「大丈夫だ。お前なら出来る! やる前からそんなんじゃ勝てるモンにも勝てないぜ? 気合いだ、気合い!」
 気合いだけで、本当に勝てるのだろうか。ケインの瞳は、そう言っていた。
 レオンは、真面目な表情になった。
「お前、何のために、今まで修行してきた? 」
 ケインは、はっとレオンを見上げた。
 そうなのだ。やつらは、自分の大切な人々を、無惨に虐殺していったのだ! 
 その後の、焼け焦げた惨(むご)たらしい光景を焼き付けたケインの瞳は、首領の顔に向けられると、途端に彼の身体に強い衝撃が走り、彼は、子供ながらに、凄まじい殺気を、身にまとっていったのだった! 
「もう、これは、訓練じゃない。思いっきり行け! 」
 レオンが背中を押した。
 ケインは、ゆっくりと、前に進み出ていった。
「これはこれは、たいした剣士さんだぜ! 」
「おお、立派な剣をお持ちじゃねえか」
「そんな重いモン持って、転ばねえように気を付けな」
 野盗どもが冷やかすが、ケインには聞こえていなかった。ただひたすら、見つめているのは、首領のみ。
 ケインの足がピタッと止まり、普通の子供が凝視すれば、恐怖のあまり泣き出してしまうほどの、形相の大男と、視線を交えた! 
「待ちな、ぼうず! 」
 鉄棒を持った、ケインの見覚えのある大男が、出て来た。
「坊ちゃんごときに、盗賊団の首領様が、わざわざ取り合うわけないだろう? おじさんで充分だ。そうだろ?」
 男はあ、禿げ頭を、自慢気にさすって、言った。
「ま、悪いが、ぼうず、そういうことだ」
 首領も、大袈裟に肩を竦めてみせた。
 盗賊たちは、再び、大声で笑った。
 町民側に寄り、腕を組んで、その様子を見ているレオンに、ケインが振り返る。
「好きにしろ」
 一言だけ、レオンは口にした。
「ひゃあーっはっはっはっ! いくぜ、小僧! 」
 禿げ頭は、軽く、鉄のこん棒を振り上げた! 

 がん! 

 ケインの剣が、弾き返す。
 大男は、思った以上の手応えに、思わずバランスを崩し、ひっくり返ってしまった。
「はっはっはっ! なにやってんだ、てめえ! 」
「ガキに、ちょっと跳ね返されただけで、転ぶんじゃ、みっともねえぞ! 」
「それとも、そりゃあ、パフォーマンスかあ? 」
 野盗たちは、ゲラゲラ笑った。
 尻餅をついて、目を白黒させていた男は、棒に重心をかけ、杖代わりにして、立ち上がった。
「小僧……! 少しは、出来るようになったみたいだな。だがな、ちょっとやそっと鍛えただけじゃあ、
そう簡単に、オトナにゃあ敵(かな)うもんじゃねえぜ! 」
 今度は、鉄棒にしっかり力を込め、振り下ろす! それを、ケインは左へ飛び退(すさ)って、避けた。
「はーっはっはっはっ! バカめ! 」
 賊は、それを計算していたのか、そのまま棒を横に振った! 
 それよりも早く、ケインの身体が、地を蹴って宙に舞い上がった! 

 ザクッ! 
「ぎゃああああああああ! 」

 大男は、肩から血を噴き出し、がくっと膝をついた。急いで、手で押さえた指の間からは、血が噴き出し、
だらだらと流れていく。
 ケインの剣が、男の肩に斬りつけたのだった。
「い、いてえ……! 骨まで、食い込みやがった! 」
 禿げ頭は、大袈裟に、情けない声を出して、ごろごろとのたうち回った。
「おじさんのことは殺さない。おじさんは、あの時、ぼくを襲っていたから、村には手を出していなかった。
だけど、……お前だけは――! 」
 ケインは、血にまみれた剣先を、首領に向けて、止めた。
「お前みたいな悪いヤツは、ゆるせない! なにもしていない村の人を、切り裂き、焼き殺した、お前だけは! 」
 ケインの大きな青い瞳からは、涙の粒が零れ落ちた。
 首領の目が、ぎらっと光る。
「それほどまでに、この俺を憎んでいるのなら、いいだろう。特別に、相手をしてやる! 」
 首領は、腰に下げた太く大きな段平を抜き取り、構えてみせた。
 ケインも、油断なく、剣を構え直した。
「やーっ! 」
 先手を打ったのは、ケインの方だった。
 盗賊団の首領目掛けて、一気に駆け出す! 

 ガキィーン! 

 首領の剣が返す。
 すぐに、ケインは跳びすさり、そのまま走りながら、首領の脇へと回り込む。

 ガシャッ!

 そこでも、首領の剣が、彼の剣を浮け止め、返した。

 ガシャッ! ガツッ! ガッ! ガッ! 

 方向を変えながら、何度も剣を繰り出してみるが、なかなか首領の身体には、触れさせてもらえないようであった。
(……やつめ、傭兵だと言っていたが……、手下のゴロツキどもとはレベルが違う! 
……ちょっと、まだケインには、早かったかな……? )
 顔にこそ出さなかったが、レオンも、内心では焦り始めていた。
「小僧にしては、なかなかやるな。だが、その程度では、俺は、倒せんぞ! 」
 首領は、にやっと笑い、段平を押し返すようにして、ケインの剣を突いた! 
 ずざざ……!
 勢い余って転がったケインは、すぐに体勢を立て直し、剣を構える。
「なんだ、小僧? もう終わりか? 呆気ないぞ」
 首領は、肩を竦めてみせた。
(強い……! あいつは、ぼくが思っていたよりも! )
 ケインは、ちらっと、師匠に目をやる。レオンの態度は、依然として変わっていない。腕を組み、静かに、
彼を見下ろしている。
(……そうだよね。気合いだよね? レオン――! )
 レオンの瞳をそのように解釈したケインは、静かに息を吸い込んだ。
「やーっ! 」
 剣を構えていたケインは、首領に突進していった。
「まだやるか? まあ、いいだろう」
 首領が面倒臭そうに、段平を持ち上げる。
 だが、ケインの目標は、彼の中心からは、外れていた。
 彼と剣を交える直前に、大きく、首領の右側へと、斜めに跳ぶ。 
 不意をつかれた首領が、右を向こうとするが、間に合わない! 

 ごとっ……

 何か、重い物が、地面に落ちる音だった。
 その場に居たすべての者が、自らの眼を疑いたくなった。レオンでさえも――! 

「ぅぎょおおおおぇええ!! 」
 首領が右手を抑えて絶叫していた。
 地面に落ちた物は、大きな段平を握ったままの、首領の右腕であった! 
「き、貴様――! 俺の剣を狙っていたのか!? 」
 さすがの首領は、のたうち回りこそしなかったが、右腕の切り口を押さえて、立ち尽くしている彼の顔は、
みるみるどす黒く、土気色になり、汗が吹き出していった。
「お頭! 」
「お頭! 」
「……!! 」
 野盗たちの上げる声と引き換えに、町民たちも立ち上がって、騒ぎ出した。
「てめぇ、このガキ! よくも、俺たちのお頭に――! 」
「覚悟しろよ! 」
 賊たちが武器を手に、ケインへと怒りも露(あらわ)な形相で、集まろうというところ、大剣を片手にしたレオンが、ケインと賊との間に、立ち塞がった。
「おっと、手出しすんじゃねえ! これは、タイマンだぜ! 男同士の一騎打ちなんだ! 邪魔するヤツは、
俺が相手になってやる! 」
 賊たちは、途端におろおろとざわめいた。
「何してる、ケイン! 早く決めろ! 」
 振り向きもせず、レオンが言った。
 ケインは、はっと我に返り、キッと、首領を睨み据えた。
「言っとくがなあ、そいつは、まだガキだ。オトナのように感情のセーブが出来ねえ。加減を知らねえから、
お前さんのこと、殺(や)っちまうかも知れねえぜ? 
 なにしろ、そいつは、てめえらに、母親殺されて、村を壊滅状態にまで追い込まれたんだからなぁ! 」
 レオンが、わざと意地悪く、賊と町民に、聞こえよがしに、声を張り上げた。
 途端に、首領の額の汗が、完全に冷や汗となった。
 首領は、その時、既に、ケインを、もう子供だとは、思わなかった。
 小さな少年の姿を、今まで、何のためらいもなく、簡単に殺してきた、弱いはずの存在に、この巨体を持つ自分が、恐怖を感じるなどとは、今まで考えてみたこともなかったのだった! 
「ま、たまには、いいんじゃねえの? 殺される側の恐怖を味わうってのも。オトナなんだから、自分のやったことには、ちゃんと責任取んなきゃな」
 淡々と、レオンが言った。
 その言葉を、最後まで待つことなく、ケインは首領に突進していた。 
「うおおおっ! 」
 首領が、唸って、尻餅をついた、
 ケインの剣が、彼の両足を、一薙ぎしたのだ。
 そこへ、間髪入れずに、巨体にのしかかる。
 振り払おうと、首領の血の付いた拳が、彼に振り上げられた。
 ずばっ!
「うぎゃあああっ!! 」
 斬り落とされることすらなかったが、首領は、無事な方の腕さえも、深く斬りつけられ、だらりと、身体の横に落とした。
「かあさんの仇! 」
 大きな男の身体に跨がり、剣を持ち替え、炎のような瞳で、首領を見下ろしたケインは、男の喉元目掛けて、思いっきり両腕を振り下ろした! 
「おわああああ!! 」
 手で避けることもままならぬ男を、死の恐怖が襲う! 

 がつっ! 

 首領の首から、勢いよく血が噴き出し、少年の顔にかかった。 
 はあはあと、ケインは、肩で息をしながら、やたら緩慢な動作で、地面に突き刺さった剣を握ったまま、
引き抜いた。
 野盗も、町民も、目を見張った。
 少年は、もう一度剣を構えるが、その両手はぶるぶると震えて、手元がなかなか定まらない。
「……できない……!? どうして? ……かあさんや、村の人の仇なのに……!  今やっと、恨みがはらせる時なのに――! 」
 ケインの涙が、首領の顔に、ぽたぽたと落ちた。
 彼の剣は、首領の喉元を、突き抜けるはずだった。
 だが、僅かに反れ、首を少し斬りつけただけで、剣は、地面に刺さっていた。 
 カシャン……
 ケインは、男の身体から下りると、剣が手から滑り落ちる。
 ふらふら歩いて行き、崩れるように、レオンに凭(もた)れ掛かった。
「憎かったのに――! 殺してやりたいと思ってた相手なのに、あの人の顔を見たら――死ぬのをこわがっていたんだ! ……そうしたら、……できなかったんだ! 
 あんなに残酷なことをやってきた人でも、死ぬのはこわいんだって――そう思ったら……! レオンに言われたとおり、悪いヤツにも情けはかけなくちゃって、思ったわけじゃないんだ。
 ……こわかったんだよ! 人を殺してしまうのが! かあさんの仇ですら、殺すのがこわくなったんだ! 
 ……ぼくは、臆病者だ! 仇を打つこともできない、臆病者なんだ! 」
 レオンは、静かに、彼を見下ろしていた。
「それでいいんだ。それは、臆病者とは違う。何も、急いで『汚れる』ことはない。……お前は、よくやった!」
 レオンが、少年の身体を、やさしく包み込んだ。小さな頭をうずめて、ケインは、泣きじゃくった。
「おどかしやがって……! よくも、やりやがったな! 覚悟しろ! 」
 怒り狂った首領の声に、少年が驚いて振り向くが、剣が無い! 
 地面に落ちたままの剣は、今、首領の手の中にあったのだった! 
「小僧! 自分の剣にかかって死ぬがよい! 」
 目を血走らせ、額に太い血管を浮き上がらせた、狂った大男の傷付いた腕に握られた剣は、今、渾身の力を
込めて、少年に向かって、振り下ろされる! 
 ケインの瞳が、恐怖で大きく見開いた! 

 ざんっ――! 

 そこにいる誰もが、その光景を、息を飲んでみつめていた! 

 首領だったものは、悲鳴を上げる間もなく、ただの肉塊と化し、どしゃっと地面に崩れ落ちた。

 少年を脇に抱えたまま、黒髪の男は、手にしている剣を、一振りした。
 大剣についた、どす黒い液体は、振り落とされ、地面に染み付いた。

 レオンの剣が、夜盗の首領を、頭から、一刀両断していたのだった! 

「そ、そんな……! 人間を剣一本で……しかも、片手で真っ二つに割るなんて……! そんなこたあ、有り得ねえよ! 」
 賊のひとりの口から、思わず漏れた言葉を、レオンは、聞き逃さなかった。
「そりゃあ、まあ、『普通の剣と普通のヒト』との話ならな」
 剣を担ぎ、峰で肩を叩きながら、夜盗に、にやっと笑ってみせる。
 途端に、彼らに、現実がやってきた。 
「ひえっ!! お頭が……! 」
「お頭がやられた! 」
 野盗たちは、頭目を失うと、慌てふためき、方々へと散り散りに逃げ去っていった。
 頭でさえ敵わなかった――レオンたちの実力は、それだけで、野盗たちには伝わっていた。仇を討とうなどとは、誰一人と思い付かなかったのである。
 逃げ惑う賊たちとは反対に、晴れて自由の身となった町民たちは、身内や知人の無事を確かめ、喜びの声を
上げた。
 ケインは、大きな手で頭を撫でられて、はっと見上げた。
 レオンの満足そうな微笑みが、彼の頭上にあった。
「……殺しちゃいけないって、言ったくせに」
 ケインが横目で、だが、ほっとしたように言った。
 レオンは、肩を竦めて、笑ってみせた。
「ま、例外もあるってことだ。バカと根性の腐ったヤツは、死ななきゃ治らねえっての」
 死んでしまっては、治った確認ができないではないか――そう心の中で、ケインは、悪態を吐いてみたが、
そんなことは、すぐに、どうでもよくなってしまった。
「……やっと、仇を取れたんだね……」
 安心したケインは、レオンに寄りかかった。
「ああ、そうだ。お前は、奴等に勝った。立派に仇を取ったんだ」
 レオンの腕が、少年の小さな肩を抱いた。
「これで、お前は、目的を果たしたことになるな。これから、どうする? またお前の家を探してやろうか?」
 ケインは、意外そうな目で、レオンを見上げた。
「付いて行っちゃだめなの? 」
 そのすがるような少年の目に、レオンは思わず微笑み、彼を抱き寄せた。
「俺は旅を続ける。ゆく先々には、『赤いオオカミ族』なんかよりも、もっと凶悪な連中が待っているかも知れないし、化け物だっているかも知れない。それでも、お前は、ついてくるか? 」
 ケインは、瞳を輝かせた。
「悪いヤツをやっつける旅なんでしょ? ぼくも、もっともっと強くなって、レオンと一緒に、そいつらをやっつける! 」
 レオンは、笑いながら、ケインを肩に担いだ。
「よーし! じゃあ、これからは、俺とお前は親子だ! 今日から、お前も『ケイン・ランドール』と名乗り、正義の親子戦士として、世の中の悪を倒して行こうぜー! 」
 レオンは、ケインを担いだまま、ウマへと走っていく。ケインも、彼の頭の上で、はしゃいでいた。
「よーし、じゃあ、さっそく、隣町のミルガウへ向かって、出発だー! 」
「おーっ! 」
 ケインも、彼にならって、一緒に拳を振り上げた。
 レオンとケインを乗せたウマは、西の方向へ、ゆっくりと歩き出した。
「そっちじゃないよ、レオン」
 ケインが、振り向いて、訴える。
「そ、そうか」
 彼は、慌てて、ケインの指した東の方角へと、方向転換した。
「レオンは方向オンチだからなあ。ぼくがいてよかったでしょ? 」
「……うるせえな! 」
 調子を狂わされ、面白くなさそうに、ぶつぶつ言っているレオンに、少年の可愛らしい笑顔は、いつまでも
輝いていた。


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