「ケインが旅立ってから、一ヶ月以上経つわ。本当に大丈夫なのかしら」 今日も、チュイルの村の、親のいない子供たちの施設では、リディアが溜め息混じりに、レオンと話をして いた。 「俺がバスターブレードを手に入れた時なんか、巨人族の村で過ごしたのは、たった一、二週間だってのに、 人間界じゃ三年も経ってたぜ。伝説の剣を手に入れるのは、そう簡単にはいかないもんなのさ」 レオンは、調理場の竃(かまど)に、薪をくべながら、軽い口調を装ってみせたが、内心では、彼も心配には違いなかった。 「そう、そんなにかかったの」 リディアが驚いて、レオンを見る。 「じゃあ、もしかしたら、ケインも……そのくらい、かかっちゃうかも知れないのかしら? 」 レオンは、慌てて、彼女を見直した。だが、彼の心配に反して、リディアは、それほど落ち込んではいない ようだった。 「二年でも三年でも、私はケインを待ってるわ。だって、必ず帰ってきてくれるって、約束したんだもの」 ケインがあげたというペンダントを握り締め、リディアは言った。
レオンが施設を出て、診療所の仕事に向かうところだった。 「……! 」 診療所の外に立っている、見慣れた少年の姿が、そこにあった。 二人は、互いの姿を認めると、硬直したように、しばらく口もきけず、立ち尽くしていた。 やがて、少年が口を開く。 「……家に行ったらいなかったから、多分、こっちだと思って。……ほら、これ」 少年が、顔をほころばせて手にしている剣を持ち上げてみせた。 レオンは穏やかな笑顔で、ゆっくりと両手を広げると、そこへ少年が、駆け込んだ。 「よく戻ったな。ケイン……! 」 「ただいま、レオン! 」 レオンは、ケインを強く抱きしめた。こみ上げてくるものを、必死で抑えながら。 ケインの方も、彼の胸に顔を埋め、ようやく、ほっと出来たに違いなかった。 しばらくの抱擁の後、レオンが口を開いた。 「伝説の剣は、後でゆっくり拝ませてもらうとして、……リディア! リディア! 」 診療所に向かい、レオンが大声を張り上げると、黒髪の少女が現れた。 「どうしたの? レオンたら、大声で――」 彼女の足は、少年の姿をとらえた瞬間、止まってしまった。 リディアのエメラルドのような瞳は、大きく見開かれたままだ。 「ただいま、……リディア」 レオンから離れたケインが、一歩ずつリディアに近付いていく。 リディアは声も出せずに、両手を口に当て、ただただ彼の顔を見つめるばかりであった。 「どうした? 俺のこと、忘れちゃったのか? 」 ケインは、彼女の前で見せていた親し気な微笑みを、彼女の記憶よりも、少し大人びたその顔に浮かべた。 「……ケイン……、本当に、ケインなのね!? 」 リディアの瞳からは、大粒の涙が溢れ出していた。 ケインは、しっかりと、リディアを抱きしめた。 「戻ってきたんだ、リディア。マスターソードを手に入れて――! 」 「……おかえりなさい、ケイン! 」 彼女は、それだけ言うのがやっとであった。後はもう言葉にはならず、ケインの腕の中で泣きじゃくって いた。 彼もまた、彼女を抱きしめながら、大きな群青色の瞳を潤ませていた。
「そんでさ、そのマスターってのが、すっげーヒトを食ったヤツでさー」 チュイルの村は、もう日が沈みかけていた。 美しい夕焼けを、ケインとリディアは、施設から少し離れた、見晴らしの良い大木の枝に腰掛け、眺めて いた。 彼女にとって、久々の再会では、少々大人びたように見えた少年であったのが、もう普段の彼の、少年らしい、あどけない感じに戻ったように思えた。 「これ、なんだかわかる? 」 皮の袋から、ケインが、両手に乗るほどの、卵形をした大きな塊を見せた。 青い色の石に、ところどころ、オレンジ色のアラベスク模様が入っている。 「珍しい石ね」 「これ、ドラゴンの卵なんだって」 「ドラゴンの!? 」 リディアは、驚きと恐怖の混ざった顔になった。 対するケインは、微笑んでいた。 「俺の受け継いだマスターソードはね、言ってみれば器で、ドラゴンの力を授かって、初めて本来の力を発揮出来るんだ。そのドラゴンたちの意志を、うまく引き出すためには、ドラゴンと心を通じ合い、信頼し合う必要があってさ。 ドラゴンの卵を孵(かえ)し、巣立つまで約一年間育てることで、常におおらかな気持ちでいて、たまに頭に血が上ってしまう面をなんとかするっていうか、自分を知り、コントロールする試練にもなるって、マスターが最後に出した課題なんだ」 「一年も!? ドラゴンて、凶暴で凶悪で、とても人間じゃ太刀打ち出来ないじゃない? そんなものが生まれてしまったら、手がつけられないんじゃないの? 」 「う〜ん、どうだろうなぁ。ただ、こうして、持っていると、そんなに悪いヤツじゃない気がするんだ」 リディアには半信半疑であったが、ケインは、わくわくしているようで、瞳を輝かせていた。 「何か、私にも手伝えることがあったら、言って」 「大丈夫だよ。俺ひとりで世話しなきゃいけないらしいし」 「そう……」 リディアは、ほっとした反面、少し淋しさも覚えていた。 「……それで、そのマスターって、私たちとそれほど年の変わらない少年だったの? 」 気を取り直して尋ねたリディアの頬は、夕日に照らされ、オレンジ色に染まっている。眩しそうな目で、隣の少年を見ていた。 「それは、どうも仮の姿らしいんだ。グレンリヴァーの話だと、マスターは気分で姿をころころ変えるらしい。厳格な老人だったかと思うと、まだ年端も行かない子供になってしまったりとか」 「急用が出来たっていうのは、何だったのかしら? 」 「さあな。どっかの国を見に行くとかなんとか、よくわかんないこと言ってたけど、それも俺を混乱させて、 面白がるために、わざとそう言ったのかも知れないし、課題を出すのに飽きちゃったのかも知れないしな。とにかく、変なヤツだったよ」 (そう言やあ、最後に何か変なこと言ってたな。『そのうち、また会えるかもね、僕の遣いの者と』……とかなんとか) ケインは、木の枝から葉をむしり取り、口にくわえた。 「そのグレンリヴァーさんていう甲冑の騎士は、一体、何者だったのかしら」 ケインの話に興味を示すリディアは、瞳を輝かせていく。 「ケインは、その人のこと、『ヒトらしい』とは思えなかったんでしょう? 確かに、マスターソードのあったところは、並の人間は住めないところなんでしょうけど」 「初代のマスターソードの持ち主だったらしい。もっとも、剣が代々受け継がれていって、一代がすごく長かった人もいれば、そうでない人もいたっていうし、一代ずつの間隔がかなり空いてたらしいから、……俺で十五代目とは言っても、彼は、多分、二〜三〇〇〇年以上前の人だったかも」 「……それじゃあ、もしかして、……亡霊……? 」 夕日を見据えながら話していたケインが、ちらっと、リディアを見た。 「……多分な」 リディアは、大きく目を見開いて、彼を見た。恐怖というよりも、かなり興味を引かれたようだった。 「それで、その大きな黒いトリのような翼竜は――」 「おいおい、リディア」 次々と繰り出される質問を、ケインが、笑いながら打ち切った。 「マスターソードの話は、もういいじゃないか。せっかく帰って来たのに、俺のことなんかより、そっちの方に関心あるの? そりゃあ、ちょっと淋しいな」 「そ、そんなこと……」 リディアの頬が、ぽっと紅潮した。 ケインは、ふと真面目な表情になり、リディアを見つめた。 「出発の朝に、俺が、きみに言おうとしていたこと、何だかわかる? 」 吸い込まれるように、その深く青い瞳を、彼女は見つめ続けている。 (ケイン……なんだか別人のように、大人びたっていうか……) 見慣れていたはずの少年であるのに、彼女の瞳には、以前よりも大人び、更に、たくましくも映っている。 そんな彼を、眩しく感じているうちに、彼女は、自分の鼓動が、だんだんと速まっていくことに戸惑いながらも、またどこかでそれを心地よく思っていることに、気が付いた。 「リディア、……俺……」 ケインが、彼女に向き直った時だった。 バキバキバキ……! 枝が重みに耐え切れず、とうとう悲鳴を上げた。 「きゃあああ! 」 二人の身体は、今まで座っていた枝と共に、真っ逆様に地面へと落ちていった。 ケインはとっさに左手でリディアを抱え込み、ドラゴンの卵の入った鞄の紐を、右手に持ち上げた。 二人は、どさっと草むらに落ちた。 「大丈夫!? 」 リディアは、自分の下敷きとなったケインから急いで降りると、膝をつき、必死に彼の顔を覗き込んだ。 「大丈夫だって、これくらい。ちゃんと、ドラゴンの卵も守れたしな。たいした高さじゃなかったんだから、 平気だよ」 卵の入った鞄を、そうっと草の上に置き、ケインは、それでも「いてて」と苦笑いしながら、上半身を起こしかけた。 「大丈夫なわけないじゃない! 私、結構重いのよ! 今、治すから――! 」 治療の呪文を唱えようと、リディアが両手をケインに翳したのを、彼の手が掴む。 彼女も、彼を見つめ直した。 「……好きだ、リディア。……ずっと前から……」 「……ケイン……」 見つめ合っていた二人の顔は、吸い寄せられるようにして近付いていき、そうっと重ね合っていった。
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