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作品名:『伝説の剣』Dragon Sword Saga 外伝 作者:かがみ透

第11回   第四章『伝説の剣 U 』 マスターソード 〜 龍の谷 〜
「ペンダントのおかげで、モンスターを気にせず野宿できるのは、ありがたいんだけど……」
 ケインは、山の合間を流れる川の水面(みなも)に、自分の顔を映す。
「うっ、……なんてひどい……! 」
 両手で川の水を掬い、ばしゃばしゃと顔を洗う。彼の顔は、一晩で虫に刺され、あちこち赤く腫れ上がっていたのだった。
「魔除けは虫までは除けてくれないらしい。こんな顔、リディアには、とても見せられないな! 」
 皮の袋から、塗り薬を出し、顔中に塗りたくる。
「うわっ、しみるー! ううっ、正義の味方が、大きな試練の前に、こんなふうに出端(でばな)をくじかれるとは――とんだ誤算だったぜ。カッコ悪いなー」
 顔を真っ赤に腫らした彼は、ぶつぶつ言って立ち上がった。
 山の中腹辺りまで来ているだろうか。昨日のうちに一山越え、あとは二山で、やっと診療所の窓からいつも
見えていた『龍の谷』に辿り着けるだろうと、予測する。

「よお、あんちゃん、いいモノ持ってんじゃねえか」
 しばらく山の頂上に向けて歩いていた時、見るからに柄の悪い、身体の大きな男たちが現れた。
「その首飾り、随分、珍しい石で出来てんじゃねえか。俺たちに、ちょっと見せてくんないかね? 」
 頭をモヒカンに刈った男が、舌舐(したな)めずりをして、ずいっと進み出る。
 ケインは、溜め息混じりに、肩を竦(すく)めた。
「やれやれ、こんなに日の高いうちから野盗かよ」
「なんだと、小僧! 」
「ここは、俺たちの縄張りなんでえ! 通りたきゃ、ゼニか金目のモノを置いていきな! 」
 山賊たちは、ケインの前に、待ってましたとばかりに立ち塞がる。それらへ、ちらっとケインの目が走った。
(ざっと十人か)
「そうら! 」
 賊のひとりが振り上げる鉄の棒を、さらっと躱(かわ)すと、反撃に出ると見せかけ、彼は一気に賊の間を駆け
抜けていった。
「お前らの相手なんかしてるヒマは、ないんだよ」
 ケインは首だけ後ろに向け、からかうように言った。
「待ちゃあがれ、小僧! 」
「おのれ、逃げ足の速いヤツめ! 」
 賊たちは、しばらく追いかけて走っていたが、彼らよりも身の軽いケインは、ぐんぐんと引き離し、すぐに
見えなくなっていったのだった。賊は、悔しがり、地団駄を踏んだ。
(あんな奴等、いちいち構ってられるか! 早くマスターソードを手に入れて、リディアに……そうさ、リディアに大事な一言を言うんだ! )
 走りながら、そこで、はっと気が付き、思い直す。
(それまでに、この顔、治るかな……? )
 現時点での、彼の心配事は、それだけのようであった。

「ここか!? 『聖なる龍の谷』って――! 」
 村を出て四日が経っていた。ケインの目の前には、巨大な絶壁に流れる一筋の川と、ごつごつとした岩肌が
一面に広がっていた。その滝が細く、とても長く、東洋龍のようだということで『龍の谷』と名付けられているのだと、せんせいの言葉を思い出していた。
 周りは、遠くから見ていた時と同じく、雲を突き抜けているような、真っ白いもやがかかっている。
 とうとう着いたのだ! 『龍の谷』に! 
 だが、辺りをきょろきょろ見回してみても、神殿らしきものは見当たらない。
「あの滝の上にあるのかな? だけど、こんな急斜面、とても上って行かれそうもないし……」
 反り立った岩の斜面は、とても人間が登って行けるような高さではない。
 彼は困って、斜面のふもとを歩き始めた。
 やはり、何度見ても、この絶壁を上るのは無理である。途方に暮れていた彼は、別の道を探してみることに
した。
「だめだ! どうしても、ここに戻ってきてしまう! 」
 がくっと膝をついた。急斜面ではない道を通ると、なぜか、滝のあるもとの場所に戻ってしまうのだった。
「レオンならともかく、俺はちゃんと土地感覚あるんだし……おかしいな」
 ケインは、心身共に疲れ果てていた。既に、とっぷりと日が暮れていて、これ以上は動き回れないと判断すると、今夜はこの場所で野宿をすることに決めた。
「岩ばっかりで痛そうだけど、しょうがないか」
 大きめの岩の影に座り込むと、腰に下げていたロングブレードをしっかりと抱え込み、目を閉じた。

 時は、そのまま過ぎていったかに思われた。

 まだいくらも眠らないうちに、ケインは、うっすら目を開けた。
 何かとてつもなく大きなものが、近付いてくるような振動が、地面から伝わってくる。
 剣を握る手には、徐々に力が込められていった。
「クエーッ! 」
 空から聞こえてきた奇声に、思わず顔を上げ、驚いて声を上げそうになった。
 空には、巨大な黒いトリが一羽飛んでいた。
 その後を、同じようなトリたちが、大きな翼を羽ばたかせて、何十羽と続き、頂上を旋回し始めていたのだった。
「な、なんだ!? 」
 驚いている間にも、地響きはかなり近付いてき、滝の中から、今、その正体をあらわにした! 
 全身を鉄の鎧に覆われた、四つ足の巨大な生き物であった! 

「メタル・ビースト!? 」
 ケインは、自分の目を疑った。それは、伝説上でしか存在しないと思われていた、鉄の皮膚を持つ金属獣に
よく似ていたのだった。
 鉄色の獣は、赤く光る、つり上がった目を、ゆっくりと向ける。
 獣から目をそらさずに、ケインは静かにロングブレードを抜き、低く構えた。
(こんなものが現実に現れるなんて……、やっぱり、ここは、伝説の剣のあるところに違いない! もしかしたら、こいつを倒すのが剣を手に入れるための試練……!? )
 金属獣は、川の水を跳ね上がらせながら、ごつごつした川原へ上り、ケインの目の前で止まった。
 獅子を思わせる鬣(たてがみ)をも鉄で出来た頭、鎧で埋め尽くされた四本の四肢に、やはり鎧に覆われた太く長い尾――頭の位置が、ケインの背丈の三倍はあろうという巨大な動物は、赤く光る目で、彼を見下ろしていた。
 その目を見ているうちに、ケインは、両手に構えたロングブレードを、降ろしていく。
『どうした? なぜ、かかっていかない? 』
 獣の口は開いてはいない。威厳をはらんだ男の声が、辺りに重々しく響き渡っていた。
「メタル・ビースト――伝説上の生き物ではあるけど、魔獣じゃない。俺に対しても危害を加えるようでもなかったから、剣を降ろしたんだ」
 どこからきこえてくるのかわからないその声に、ケインは答えた。
『さっそく見抜いたか。では、まず、上に来るが良い』
 声と同時に、旋回していた大きな黒いトリが、ばさっばさっと羽音を立て、獣の隣に舞い降りる。
 トリは、ケインの前まで歩いていくと、足を折り曲げ、背中を向けて、尾を地面につけた。
「このトリが運んでくれるのか? 」
 その問いに答えは返ってこなかったが、彼の五倍はあろうというトリの背によじ登り、首にしっかりと捕まると、途端にトリは大きく羽ばたき、滝の上を目指して舞い上がったのだった。
「まだ上がるのか!? 」
 振り落とされまいと必死にトリに捕まっているケインは、滝が遥か下方になっていくのを見て驚き、思わず
トリに語りかける。
 そして、掴んでいる自分の手元を見て驚き、危うく手を離しそうになった。
 トリの羽の色が、みるみる変わっていくのであった。
 始めは黒かったものが、今は透明になっているのである。すると、今度は白くなり、また黒に戻ったのだった。
 トリの肌も、毛の色に合わせて変化しているようで、羽が透明になった時などは、トリの身体はまるで水晶で出来ているかのように、全身が透明になっているのだった。
(なんだ、このトリは!? なんで、色が変わるんだ? そして、いったいを俺をどこへ運んでいるんだ? )

 ばさっ……ばさっ……! 
 トリが再び地面に舞い降りた時、羽の色は、完全に白くなっていた。
「……ここは……? 」
 ケインは、おそるおそるトリの背から降り立った。
 そこは、先のごつごつとした岩肌とは打って変わり、緑の草木が一面に広がっていた。
「ここが、龍の谷の頂上だ」
 重々しい声に振り向くと、全身が古めかしい甲冑ずくめのものが、そこに立っていた。
 背丈は、ケインよりも少し高いくらいで、メタル・ビーストや、背に乗ってきた大きなトリに比べればヒトに近かったので、いくらかほっとするが、不思議なことに、その『彼』ですら、ヒトらしい感じはない。
 ケインの戦士としての勘が、そう告げていた。
「あなたは、さっきの声の人だな? 」
 まったく警戒心を解いたわけではなかったが、剣には手をかけずに、ケインは尋ねた。
 甲冑を着たものは、兜を頷かせてみせた。
「私は『ここ』の門番で、グレンリヴァーという。お前の名は? 」
 兜の中から、ゆっくりと、声は語りかけた。
「ケイン・ランドール」
 兜の目のあたりを見据えて、ケインは答えた。
「では、ケイン・ランドール、こちらだ」
 甲冑の騎士が手にした、尖った棒のような剣を、進行方向に向け、ゆっくりと歩き出した。
「あなたには、俺がどうしてここに来たか、わかってるのか? 」
 慌てて、ケインが尋ねる。
「マスターソードであろう? ついてくるがよい」
 甲冑の騎士は振り返りもせずにそう答えると、錆(さ)びた鎧を軋(きし)ませ、歩き続けた。ケインも後を追う。
(伝説の剣と、いよいよご対面か――! だけど、こんなに簡単に案内してくれるとは思わなかったな。何か、とてつもない試練があるようなつもりでいたけど……)
 心の中でそう思いながらも、辺りを油断なく見回しながら進むケインであったが、どこにも生き物の気配と
いうものは感じられなかった。隣に並んでいる騎士でさえも――。
「そう言えば、さっきのトリ、色が変わっていったんだけど、――そういうものなのか? 」
 建物らしいものも、何も、見えてはこない。周りの景色も、草や木ばかりで代わり映えしない上、こう沈黙を保ったまま進んでいくのは、彼としては落ち着かなかったのだった。何でもいいから話そうと、甲冑の騎士に
話しかけてみたのだ。
「あれは、マスターソードの象徴だ」
「……? 」
 ケインには、当然のことながら、まったく意味がわからなかった。
「あのメタル・ビーストは? あれだけで、出番は終わりなのか? 」
 聞かずにいられず、騎士との会話を再び試みる。
「『彼』の姿を見ただけで、大抵の人間は恐怖のあまり逆上し、襲いかかっていくものだ。真の正義に生きる者は、どのような場合でも動じず、いつでも相手を見極められる必要がある。それがわかれば、『彼』の役目も
終わる」
 淡々とした答えが返ってきた。
「メタル・ビーストにしては、おとなしかったな。伝説では、ゴールド・メタル・ビーストほどではないにしろ、戦闘的な獣だって聞くのに」
「『彼』は、ヒトの間に伝わる想像上のものとは、少し違う。常に我らが主人――マスター――の意志に忠実なのだ。お前に、少しも攻撃をしかけなかったのは、マスターの御意思であるのかも知れないと判断し、私はお前をここへ招いたのだ」
 それから、少しの間、鎧の軋む音だけが流れた。
「主人『マスター』って……? ヒトの拝む神のこと? 」
 再び沈黙に耐えられず、ケインが問う。騎士は、やはり横を振り向くことすらなく、答える。
「おそらく、それとは違う。我らのマスターとは、人間界において言えば、『すべての魔力を支配する者』の
ことだ」
「すべての魔力を支配――!? 」
 思わず、ケインは騎士の言葉を繰り返す。
「あの、俺、……全然魔力ないんだけど、……大丈夫かな? 」
 途端に不安になったケインは、おそるおそる騎士に尋ねる。
「それは、条件のうちだ。歴代の剣の持ち主たちも、そうであった。案ずることはない」
「そ、そう? 良かった……」
 少しだけ安心した彼だが、生粋の武人であると自負しているが故に、『魔力』と名のつくものには、何となく苦手さを感じてもいた。
「それにしても、悪者も、魔力のある魔道士も、持つことが許されない剣とは――俺なんかに、そんなもの持てる資格なんて、あるんだろうか? 」
 ぽそりと呟いた彼に、騎士はまたしても淡々と答える。
「もちろん、ここまで来て追い返される場合も、多々あった」
「……やっぱり? 」
 既に、気が重くなっていたケインであった。


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