「……何か見えるわ! 」 マリスが、前方を見据えた。 彼女の言う通り、地平線の彼方には、白い建物のようなものが、ずらっと横に並んでいるのがわかる。 日は昇っており、暑さのため、景色は、ゆらゆらとぼやけていた。 「なんだ? 町でもあるのか!? 」 カイルが、ダグラから身を乗り出す。 『白い騎士団』一行は、その先にあるというオアシスを、単に次元の穴への目印ということではなしに、捜していた。 日除けの白い布は砂色に染まり、マリスの甲冑の、金色の凹凸にも、砂が積もっている。 ヴァルドリューズの黒いマントも、砂で灰色になっており、ミュミュも、動物が全身の毛を振るうようにして、時々身体を振って砂を払っていた。 厄介なことに、風が地面の砂を荒らして行くことは、しょっちゅうであった。 砂が入らないように、常に目を細めているので、皆の人相も悪くなっている。 そして、何よりも、水と食料が尽きてしまったのが、身体だけではなく、精神にもひどくダメージを与えているのだった。 トカゲの肉で飢えを凌いだのも、ほんの一時的なことに過ぎず、新たな飢えと乾きは、直ちにやってきていた。 そんな時であった。地平線の彼方に浮かぶ町を発見したのは。 「なんだか、全然近付けないような……? 」と、カイル。 近いと踏み、日中でも進み続けたが、見つけてからかなりの時間が経つにもかかわらず、一向に近付いているという気がしない。 「……もしかして……」 マリスが躊躇(ためら)いがちに言いかけるが、その続きをなかなか言おうとしない。 「もしかして……なんだ? 」 同じダグラに跨がるケインが、後ろから催促してみるが。 「……あれが、噂に聞く――蜃気楼(しんきろう)ってやつなんじゃ……」
――蜃気楼――!?
一行のダグラの足は、一遍に止まる。 「……おい、ミュミュ、見て来いよ」 カイルが、後ろのヴァルドリューズを振り返り、その肩に止まっているミュミュに向かって、目付きの悪い顔のままで言った。 「えーっ! ……もう、しょうがないな」 ミュミュは、ぶつぶつ言いながら、その場から姿を消した。 「……『本物』を見たのは初めてだわ。ベアトリクスにも辺境があって、ちょっとした砂丘なんかもあったんだけど、ここまでの規模じゃなかったし、そこまで深入りはしなかったから。……やっぱり自然界は、ナメらんないわね」 首だけ後ろに向けて、マリスが言った。 「……そうか、ベアトリクスに辺境が……だから、マリスは、砂漠の生き物に詳しかったのか」 「じいちゃんのところで見たものと辺境で見たものが、こんなところでも見られるとは思わなかったけどね」 ミュミュが戻るまでの間は、たあいもない話でもしていないことには、精神を正常に保つことなど出来そうもなかった。 すると、そこから、少し離れたところにある岩だと思っていたものが、のっそりと動き出した。 クレアが小さく悲鳴を上げる。 「ガンダルだ……! 」と、ケイン。 「へえ、よく知ってるじゃない」マリスが感心した。 ケインが、その動物を知っていたのは、マスターソードを手に入れる時に、見た覚えがあったからであった。 ガンダルは、全身が鉱物のように固く、石や岩にそっくりで、砂や石などを食べる生き物だった。 その横を、てのひらほどの大きさの灰色をした小動物――ネズミが、ちょろちょろっと通る。目を凝らすと、その後ろを、長い紐状の物がうねり、砂地に出来ていた波の模様と似た、うねった紐状の跡を残し、密かにおいかけているのもわかる。 「砂ヘビだわ」 再び、マリスが言った。ヘビは、見た目も砂と同じ色をしていて、見分けがつきにくい。マリスの目が、 きらっと光ったように、ケインには思えた。 「……おい、……まさか……? 」 クレアが聞けば悲鳴を上げそうなことを思い付いたのではないか、と心配した彼は、口には出さずにマリスに確かめようとしたつもりであったが。 「ふっふっふっ、すぐには捕まえないわ。あのヘビが、ネズミを食べて、太ったところを――! 」 「いやーっ! 」 マリスの呟きが聞こえたクレアは、ケインの予想通り、泣きそうな声を上げる。 「あのなあ、ヘビは歯がないんだぞ? ネズミを食っても、丸ごと飲み込んでるだけなんだから、それを捕まえて食ったりしたら、俺たちも、中のネズミまで、そのまま食うことになるんだぞ」 ヘビも、前回のオオトカゲのように焼けば食べられそうなことは、皆にも見当は付いたが、ネズミは、動物はおろか、ヒトの死体まで食べる動物だった。そんなものを食べるのは、皆、さすがにごめんであった。 「あたしもネズミは初めてだわ。どんな味がするのかしら? 」 だが、マリスの答えは、やはり『そんな』だった。 「いやよ! 今度こそ、絶対イヤッ! 」 クレアが首を横に振る。カイルも、明らかに嫌そうな表情だ。 それに構わず、マリスはそろそろとダグラから降りていく。ヘビであれば、トカゲと違い、動きがおそいと 踏んでか、甲冑は着たままだった。 ガンダルは、いつの間にか、じっと動かず、『岩』になってしまい、その先をネズミが、ちょろちょろと進んでいき、その後を一定の距離を置いてヘビが追い、更にマリスが追う……。 「この際だ。ネズミは、マリスに食ってもらうとして、ヘビに、トカゲと同じ期待をしようぜ」 カイルがケイン、クレアに囁く。 そこで、ヘビがネズミに襲いかかった! 頭をぐっと持ち上げたかと思うと、一気にネズミの首に食いついたのだった! 「チーッ! 」 ネズミは一鳴きし、その場で飛び跳ねて抗った。ヘビも、地面に身体を打ち付けられる。二つの生き物は弾みながら、または、転がりながら、格闘していた。 それを、じっと見守り、タイミングを計っている『ヒト』がいる。
ズザザザザーッ!
突然、二匹の足元が崩れ出した。砂がみるみる沈んで行き、凹んでいく。 「食い物っ! 」 二体の生き物目掛けて駆け出したマリスも、ズボッと砂に足を取られ、鎧を着た重い身体は、砂にめり込んでいった! 「マリス! 」 ケインが慌ててダグラを駆り立てた! 砂は、ますます深く沈み、底が無いかのように、どこまでも、さらさらと崩れていく。砂地に出来た突然の大きな『お椀』の底へと、ネズミに食いついたままのヘビと、その後ろのマリスとが、もがけばもがくほど砂に運ばれていった! 「掴まれ! 」 辿り着いたケインが、ダグラの上から手を伸ばす。マリスも砂まみれになりながら、手を上に伸ばす。 その時だった!
ザバアァァァアアア……!
砂の椀の底から黒い物が現れた! 体長がヒトひとり分はありそうな、緑色の大きな筒のような形のムシであった。 長い、折れ曲がった足が数本、身体の横から生えていて、先端はラッパ形の丸い輪のように赤くなった口が、パクパクと、開いたり閉じたりしている。緑色の蔓か触角のような長いものも数本、うねうねと、まるで手をこまねいているようだ。 それは、巨大な食虫植物ならぬ、食肉植物であった! ごろごろと転がって行ったネズミとヘビを、その口が、今か今かと待ち構えている。 「きゃあっ! 」 マリスが珍しく女の子のような悲鳴を上げて、それから顔を反らし、目をつぶった。 そのせいで、彼女がもがきながら夢中で掴んだのは、ケインの差し出した手ではなく、ダグラの足だった。 「ぐげるるるっ! 」 バランスを崩し、悲鳴を上げるダグラごと、ケインは砂の椀に突っ込んだ! 砂からなんとか顔を出すと、目の前では、巨大な赤い口の輪の中へ、ネズミとヘビが転がり込んだところであった。 「うわああああ! 」 「きゃああああ! 」 巨大ムシの赤い輪は、真一文字に閉じると、首にあたる細くなっていた管の部分が急激に膨らみ、吟味しているように、もこもこ動いている。そのうち、留まっていた塊は、管の奥の筒のような身体の中へと送られていき、赤い口からは、ぷっと砂を吐き出した。 空になった口が、次なる獲物を求め、捕えようと、二人に向かい、大きく開かれた時――
ぼほわぁっ!
突然の風圧が、彼らを砂ごと巻き上げた。 マリスとケイン、ダグラは、一気に砂地獄から抜け、そこからは離れたところへ落下した。 ダグラは、恐怖心からか、狂ったように嘶(いなな)き、今までにないスピードで駆けていってしまった。 ケインが後を追おうか迷ったが、もし、本当に狂ってしまったのだとしたら、乗ることは無理なので、 やめた。 「スナジゴクオオクイだ。気を付けろ」 ヴァルドリューズがダグラに乗ったままの状態で、片手を降ろしたところだった。 二人を巻き上げた風を起こしたのは、彼であったのは一目瞭然だ。 「噂には聞いてたけど……なんて不気味な……! 」 マリスが、ごほごほ噎(む)せながら、起き上がる。 「何!? お前も、知ってたんなら、気を付けろよ」 砂が目に入ったケインは、涙を流しながら言うが、それは、目が砂を追い出すためだけではなかっただろう。 そして、偵察に行っていたミュミュが、いつの間にか、ヴァルドリューズの肩に乗っている。とうに戻っていたようだ。 「あれは、やっぱり『しんきろう』だったみたい。あっちの方角には、なんにもなかったよ」 そのミュミュのセリフは、一向にとって、極めつけだった。
「……なあ、水と食い物がなくなってから、今日で何日経つ? 」 繰り返されるカイルの質問には、誰も答えることが出来なくなっていた。 ヘビを食べ損ねた上、ケインとマリスの乗っていたダグラには去られ、ヴァルドリューズのダグラに、無理矢理三人乗って進む。 あれから、ガンダル以外の生き物たちに出会うことなく、相変わらず容赦なく照りつける日差しの中で、彼らは、砂の中に埋(うず)もれていた。 砂は表面は熱く、直に触れれば火傷するが、深く掘ってみると、多少温度は下がる。 ヴァルドリューズがてのひらから風を起こし、削ったところへ、皆は俯せになり、火照(ほて)った身体を癒していた。 「……水……食い物はともかく、水だ……! 」 その言葉は、カイルが呻く。 生き物さえいれば、焼いて食べられることは立証されたが、水だけは、どうしようもなかった。こうしている間にも、体中の水分が抜けていくのが感じられる。 もう水を口にしなくなってから大分経つというのに、汗だけは出ていた。服の上からでも、じりじり照りつける日差しに、服を素通りして、まだ残っているのかと思われるほど、水滴が身体から逃げていく。 身体に必要な水分であり、このままでは脱水症状で本当に危険な状態になるであろうことは、皆、身体で感じていた。 例え、今、生き物が現れ、焼くことが出来てたとしても、口の中は粘膜のようなもので粘ついているだけで、舌も喉もこう乾き切ってしまっては、食べ物を飲み込むことさえ困難だっただろう。 一行、二度目の、生死をさまよう大ピンチであった。 「クレア、魔法で水は出せないのか? 」 カイルが、力のない声で言った。 「出しても、本物の飲料水というわけではないから。水の特性を生かした、似たような物質の……」 呟くようなクレアの説明は、途中で終わってしまった。 そのまま、砂の中で時間は過ぎていく。 もはや、呼吸でさえも、苦しくなってきた時――
ぱたぱたぱた……
ケインは、耳元で、何かが羽ばたくような音がしたのを感じた。 (とうとう、耳までイカレてきたか) うっすら目を開けてみると、灰色のトリの雛が、すぐそこで飛んでいた。 ケインの目は、カッと見開かれた! 雛は、まだ未発達な、小さな翼で、懸命に飛んでいる。 ケインは、むくっと起き上がり、夢中で雛を掴んだ。 「ピーッ! 」 雛が鳴き声を上げてもがくが、ケインの両手は、しっかりと握り締めている。 枯れていたと思っていた唾液が、舌に甦る。 (生でもいい! 食ってやる! ) と、思ったその時――! 「たーっ! 」 「のわあああっ! 」 彼の右肩に、突然、何かが強くぶつかってきて、彼の身体は弾き飛ばされ、砂煙を上げ、転がった! 思わず、雛を手放す。 一体、何が起こったのかわからず、ケインは、衝撃を受けた肩を押さえながら、身体を起こすと、雛を片手に勝ち誇ったように笑うマリスの姿が、ぼうっと見えた。 「……うっ、マリス! ……なんて卑怯な……! 」 どうやら、彼女に飛び蹴りされたらしいと、ケインは理解した。 「俺が見つけたんだぞ! 」 よろよろと立ち上がり、マリスを睨みつける。 「なによ! あたしが見つけてきたトカゲを、あんただって食ったじゃないの! 」 「いつの話してんだ!? だったら、そいつをみんなで分けて食おう! 独り占めなんかすんなよ! 」 ケインがそう言うと、いつの間にか、彼女の後ろにいたカイルが、引ったくるようにして、雛を奪う。 「やったあ! 食いモンだぜーっ! 」 カイルは、雛を掴んだまま小躍りしていた。 「こら、カイル! 今、みんなで分けようって言ってたとこなのに……! 人の話聞けー! 」 「こんな小さいモン、山分けなんかしたら、腹の足しにもなんねえよ! 俺は、お前らと違って、か弱いんだから、お先に頂かせてもらうぜ! 」 「あたしだって、もう限界なんだからー! 」 マリスが、パシッと雛をはたき落とす。それを、ケインがタイミングよくキャッチした。 間髪入れずに、ひゅっとマリスの蹴りが飛んでくるが、彼は、とっさに腕で防御した。 「ちっちっ、同じ手は食わないぜ! 」 マリスに向かい、人差し指を振っている間に、雛は、ピーピー鳴きながら、よろよろと飛び立った。 はっと、ケインとマリスが振り向くと、カイルが両手で、バシッと挟んで捕まえた。 「ピィーッ! 」 「はっはっはーっ! 俺のもんだぜー! 」 野盗のごときカイルが、トリを持って、よろよろと走り出すが―― 「返せー! 」 「たーっ! 」 「うわあーっ! 」 ケイン、マリス、カイルは、必死に雛を奪おうと、取っ組み合っていた。 「みんな、いい加減にしてっ! 」 クレアの声と同時に、三人の身体は、突風に見舞われ、吹き飛ばされた。その上、砂や小石がバチバチと 当たって痛い。 「目を覚ますのよ! 『それ』は、ミュミュよ! 」 「へっ!? 」 三人は、クレアのセリフに、思わず目を思い切り見開き、彼女のてのひらにあるものを見直した。 「ひどいよ、みんな! ミュミュのこと、食べようとしたなーっ! 」 ピーピー言っていた灰色のトリの雛は、よく見ると、体中を砂だらけにして泣いているミュミュに、移り変わっていったのだった! 「ご、ごめん! ミュミュだったのか!? てっきり、トリの雛だと……」と、ケイン。 「そうそう。悪気はなかったんだよ」カイルも弁解する。 「ごめん。あたしも、てっきり、モグモグだと……」 「……おい、なんだそりゃ? 」マリスに向かい、ケイン、カイルが眉をひそめる。 「うわーん! ひどーい! 」 ミュミュが飛び回りながら、泣き叫んだ。 「俺としたことが……! 飢えのあまり、幻覚症状まで……! 」 ケインは、がっくり肩を落とし、溜め息をついた。 「我ながら、ショックだ。自分に、あんなあさましいところがあったなんて……! 」 「やれやれ、こういう時に、人間の本性って、出るモンなんだよなあ。あはははは! 」 落ち込むケインと対照的に、カイルが明るく笑っている。 「あたしじゃないの。サンダガーが欲しがってたのよ」 「都合のいいこと言うな! 」 マリスの言い訳に、即座にケイン、カイルが言い返すと、クレアが両手を組み合わせ、天を仰いだ。 「ああ! 人間て、なんてみにくい! 」 「あんただって人間でしょ! 」 「ひどいよー! ひどいよー! 」 ――飢えが最高値に達し、皆、神経が尖って、ぴりぴりしていた。 ふと、ある考えが、ケインの頭をよぎった。 (腹も減り、体力、精神力ともに衰えているこんな中、もし敵にでも遭遇したら? クレアやヴァルだって、 ベストの状態からすれば、魔力は減っているはずだ。しかも、マリスは、剣を持っていない……! もしかして、俺たちは、最も危険な状態なんじゃ……!? ) この世に二人といない『獣神サンダガー』を操ることのできる、特異な少女戦士と、上級魔道士、魔法剣の男、魔道士見習いの巫女、役に立つんだかなんだかよくわからない妖精に加えて、伝説の剣を二つも持っているケイン――という最強(?)のメンバーは、こんなところで、敵または自然の掟によって、息絶えてしまうのだろうか!? ケインは、ヴァルドリューズに目をやる。 (もしかして、ヴァルが結界でも張ってくれてるんだろうか? だけど、ずっとなんて無理だろうし、よくはわからないけど、なんとなく、今は結界は張られていない気がする……) 周りは、まだ騒いでいる中、ケインはヴァルドリューズに歩み寄った。 「……今、敵に出てこられたら……絶対絶命かもな」 彼の無表情な碧眼が、ゆっくりとケインを見下ろす。 「今のところ、その気配はないが、用心に越したことはないだろう」 ケインは、黙って彼の目を見つめた。 極限状態の中、それでも彼は、常に敵を意識していたのだった。 高い魔力を身につけるには、相当な精神力をも必要とする。 この砂漠では、どんなに鍛えられた精神の持ち主でさえ、正常に保つのは困難だっただろう。 いくらか魔力を消耗していたとしても、上級魔道士とは、皆がヴァルドリューズのように、こんな時でも冷静に物事が判断できるものなのだろうか。 だとすれば、ベアトリクスの魔道士団や、他の魔道士たちを敵に回すということは、非常に恐ろしいこととなる。 ケインは、「できれば、ヴァルだけが特別であって欲しい」と願うのだった。 「……というのも、あまり断言できないのだが」 大分経ってから、ヴァルドリューズが付け加えた。 「どういうことだ? 」 ケインが聞き返すと、ヴァルドリューズは躊躇(ためら)いがちに口を開く。 「マリスの甲冑は、彼女の発する魔力を、外に漏らさないよう細工してある。私の魔力も、極力抑えているので、遠くの者たちには嗅ぎ付けるのは困難なはずだ。だが、それに加えて、どうもこの砂漠は……『魔力を読み取るのが困難』なのだ」 それがどのような意味なのかは、ケインには憶測で感じ取るしかない。 「俺は、魔道には疎いから、よくわかんないんだけど、アストーレからフェルディナンドへ行った時みたいに、高速で飛ぶか、空間を通って行くことは出来ないのか? 」 「そのつもりであったが、様子を伺っているうちに、次元の穴の場所が、はっきりとわからないこともあるが、時空を移動するよりも、足で進んで行った方が、まだ安全 だという気がして来たのだ。内部に入れば入るほど、そのようだ。バヤジッドのペンダントを開けてみろ」 言われて、ケインは、ポケットから木のペンダントを取り出し、開ける。 彼の肖像画は、絵のままだ。時々、ぼやっと揺れるが、実写になるまではいかない。 顔を上げてヴァルドリューズを見ると、彼も頷いた。 「やはりな。通信が出来なくなっている。何か、魔力を妨げるものが、この砂漠にはあるのだ」 「魔力を妨げるなにか――? 次元の穴と関係あるのか? 」 「それはわからない。が、今まで見て来たものより、規模の大きいものなのかも知れぬ」 それを、ケインは、サンダガーでなければ、倒せない魔物が潜んでいるということ、と受け取る。 「そのおかげで、敵の魔道士たちには、今のところ、遭わずに済むのだろうが、逆に、こちらも彼らを察知しにくいということだ。ただし、ミュミュの特殊能力は、あまり関係ないらしいが」 「……ってことは、今のところ、一番頼りになるのは、あいつってことか。……非常〜〜〜に、頼りないけど」 ケインが、力なく笑う。 「どんな敵が潜んでいようが、下手したら、俺たちの命は、ミュミュ(あいつ)に握ら れている――俺には、そっちの方が怖いな」
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