昼間は眠って体力を温存していた『白い騎士団』一行は、その日、よく眠ることが出来なかった。 暑い上に、遮るものの何もない地面で、寝袋に包まるのみである。 そして、いくら頭からすっぽり包まろうと、風で砂が当たる音がうるさかったり、細かい砂の侵入もあり、そして、突風が吹いた時には転がることすらあった。 気温差の激しい砂漠では、同じ一日とは思えないほどである。 日中は気温も上昇し、日差しも強過ぎるため、夕方から夜のうちに移動することにしたのだが、夜は一変し、一段と冷える。 強風が収まってきた時は、夜中であったが、一行は、のろのろと進み出した。 辺りは、相変わらずの砂地であったにもかかわらず、砂に出来た模様が、今まで見たものとは違い、波打ったような、筋のような模様が刻まれていた。 「なんだか、きれいだな……」 ケインが思わずぼそっと呟く。 「さっきまで風が強かったからね。そういう時には、こういう模様が出来るみたい」 ダグラの上で、マリスが答えた。 「なあ、今日で何日経つ? 」 夢うつつのカイルの呼びかけだった。彼は、このところ、そればかりであった。 食料が、まったく尽きてしまってから、丸二日が経っていた。 多めに買っておいたつもりの水も、残すところ、あと僅かだ。 ダグラの背でゆられているのでさえも辛くなり、彼らは、かろうじて、砂漠のような過酷な環境でも生える、トゲのある、太い高い木々を見付け、背の低い草木を多少伐採し、なんとかスペースを作ると、敷物も敷かずに、砂の中に、どっぷりとつかって休む。 「……まさか、このまま行き倒れ、なんてことには……」 茫然と座り込んでいるクレアが、ぼうっと呟いた。 「『白い騎士団』結成後、生死にかかわる初の大ピンチだぜ」 倒れ込んでいるカイルも、ぼそぼそと、悲しそうな声を出す。 「眠ろう。眠って飢えを凌ぐんだ」 ケインも、うつろな目で、皆を見回す。 クレアの隣では、普段通りに見えるヴァルドリューズが、瞑想の時のように足を組んで座っており、彼の掌の上では、ミュミュが、へたっていた。飛ぶ力さえ、もう残ってはいないようだった。 ケインは、ふと隣で砂に埋もれているマリスに目をやった。空腹では、暴れることすら出来ないらしく、さすがの彼女もおとなしい。 そのマリスが、突然、むっくりと身体を起こした。 すわった目のまま、遠くを見つめている。ケインが、同じ方向を、何気なく見てみると、砂の中で、何かが 動いたのだった。 二人は、目を見張った。 砂の中のものは、その正体を露にした。 全長が、ヒトの子供くらいもある、黒やオレンジの混ざった皮の、オオトカゲであった! マリスは、それから目を離さずに、静かに、来ている白い鎧を脱ぎ始めた。俯せになっていたカイルがピクッと起き上がるが、彼女の鎧の下から現れた少年の服装を認めると、すぐにまた俯せた。 オオトカゲが、身体の両脇に生えた四本の足と、太い尾を使い、そこから遠ざかろうとしたその時、マリスが飛びかかった! トカゲは驚き、急いで逃げ出す。マリスは、後を追いかけていった。動きの敏捷なトカゲを捕まえるのに、 甲冑のままでは重いため、脱いでいたのかと、ケインには今わかった。 他の皆は、そんな彼女の行動にまでは気が回らないらしく、そのままの体勢で過ごしていた。
しばらくすると、トカゲの尻尾を片手で掴んだマリスが、生気を取り戻した笑顔で、砂だらけになって、 戻ってきた。 「みんなっ! 食い物よ! 」 「なっ! なによ、それ!? 」 何歩か引き下がったクレアの顔は、青ざめている。 「ガラガラオオトカゲよ。よく焼けば食べられるわ! 」 マリスの瞳は、きらきらと輝いている。 「いやーっ! 」 「ひえーっ! 」 クレアとカイルがマリスから離れた時、 ボッ! 突然、ヴァルドリューズが、自分と皆との間に、火の術を放った。何事かと、カイルとクレアは、更に跳んで、その場から遠ざかった。 人の頭ほどもあるその炎は、地面に着くことなく、少し浮かんで燃えている。 「さすが! 話が早いじゃない? 」 マリスがヴァルドリューズに片目を瞑ってみせた。 彼の用意した火の上で、内蔵を抜き取ったトカゲの両端を、マリスとケインとで持ち、ぐるぐる回しながら焼く。 火が通ったところで、ケインがバスターブレードでぶつ切りにしていく。 (うう、伝説の剣を、包丁代わりに使うことになるとは……! ) よく中まで焼けていることを確かめてから、マリスは大きな塊を取り上げ、かぶりついた! 皆は、恐ろしいものでも見るように、目を見張る。 「なかなかいけるわ。みんなも食べたら? 魔物じゃないんだから、大丈夫よ」 にっこりと、マリスが言った。カイルもクレアも、まだ信じられないようで、トカゲに手を伸ばそうとはしない。 だが、生きるためには、このまま何も口にしないわけにもいかず、このような得体の知れないものでも、食べなくては――そう思ったケインは、勇気を出して、自分で切った肉の塊に手を伸ばす。 「ここらへんが、おいしいんじゃないかしら」 マリスが、彼女の食べているのと近い部分の肉――トカゲの腹のあたりを指差した。 おそるおそる手に取り、かじってみる。オレンジと黒の混ざった模様は、もう跡形もなく黒く焦げていたが、細かいぶつぶつした皮膚の表面は、変わらずである。 気持ちの悪い食感を想像していたケインだったが、よく焼けていたため、皮の部分はパリッとしていて香ばしく、意外にも、美味しく思えたのだった。 飢えていた彼は、肉の部分にも、がぶっと噛み付いた。 中身は柔らかく、味はなかったが、食べれたものであった。 ケインは、夢中で、がつがつ食べていた。 「ちょっと固めのトリ肉みたいでしょ? 」 マリスが微笑んだ。 「確かに、そんな感じだな。味をつけてよく煮込めば、もっと美味しくなるような気がする」 頬張りながら、ケインもコメントする。 彼らのがつがつ食べている様を見て、少しは食べる気になったのか、クレアもカイルも、おそるおそる手を 伸ばしていた。 一口かじれば、後は、二人とも口も利かずに一心不乱で食べていた。 マリスは、トカゲの頭までもたべようというのか、バスターブレードの先に刺して、また焼き始めた。 (俺のバスターブレードが……) 一瞬手を止めたケインであったが、仕方ないと諦めたのか、食べ続けた。 ヴァルドリューズは膝の上で横たわっているミュミュに、食べ易く、トカゲの肉を細かく裂いてから、彼女の口元へ運んでやっていた。その合間に、彼も、がっつくほどではなかったが、少しずつ食べている。 ミュミュは、彼が差し出す肉の切れ端を、目を閉じたまま、小さな口をもごもごいわせて食べている。 何切れか食べると、弱っていたはずの彼女は、目をぱっちり開き、跳ね起きた。 彼の手から肉を受け取ると、両手で掴み、夢中で食べ始めた。「もっと、もっと! 」 というように、食べては、すぐに両手を伸ばす。彼も、肉の塊を次々引き裂いていき、ミュミュに渡していく。 雛ドリが親ドリから餌をもらっているように、彼らはまるで親子のような、微笑ましい光景として、皆の目には映っていた。 「なあ、あの二人、仲良くないか? 」 腹は満たされ、人のことにも気がいくようになったカイルが、ケインに囁く。 クレアも頷いている。 「俺たちの知らない間に、やつら、すっかり愛を芽生えさせちまったらしいな」 顎に手を添えて、真面目くさった口調でカイルが呟くと、ケインの横で、クレアも真面目な表情で頷いて いる。 言われてみれば……と、ケインもヴァルドリューズたちに注目すると、ばくばくと肉を頬張っているミュミュを見つめているヴァルドリューズの瞳は、普段よりも優しくなっているようだった。 普段は冷たい雰囲気の彼が、そのような表情をするのは、珍しいことであった。 「ヴァルドリューズさんは、本当はお優しい方なのよ。私に魔法を教えてくれる時も、言葉は少ないけど、優しさは感じられるもの」 クレアは、師匠を尊敬の眼差しで見ている。 「へえー、あいつがねえ。実は、俺と同じくフェミニストだったのかあ」 そう言ったカイルには、クレアとケインの横目が集まる。 (お前はただの女好き)二人の目は、そう言わんばかりだ。 「それにしても、ミュミュとは意外なシュミだなー。あいつ、博愛主義だったのか? 」 カイルは眉をへの字に曲げて、首を傾げた。 「いや、それとも……おーい、マリス、ヴァルって、ロリコンだったのか? 」 後ろにいるマリスに、カイルが問いかける。 僅かな時間の間に、ヴァルドリューズはフェミニストから、ロリコンにされてしまった。 マリスは、バスターブレードの先に突き刺したトカゲの頭を持ち、カイルたちの輪の中に入る。 「なあ、あれ、どう思う? 」 カイルが、ヴァルドリューズたちを顎で指す。 二人の様子を、マリスは、トカゲの頭にかじりつきながら見る。 「お前、ヴァルと一年以上も一緒にいるんだろ? あいつの女の好みって、ミュミュみたいなヤツだったのか?」 カイルのセリフには、ケインもクレアも眉をひそめた。 「別に、女としてミュミュのこと見てるわけじゃないんじゃないか? ミュミュは妖精なんだし、人間のコドモみたいなところがあるから、微笑ましく思ってるだけじゃないかなぁ」 ケインが口を挟むと、カイルは、ふんと、小馬鹿にしたように鼻を鳴らした。 「まったく、ケインは、『そういうこと』には疎(うと)いからなー。マリスはどう思う? 」 「なっ、なんだよ、悪かったな! 俺は、お前みたいに色恋沙汰ばっかり考えてないんだよ」 「……確かに、意外よね」 マリスが、もごもごと口を動かしながら、ヴァルドリューズたちから視線を反らさずに言った。 「だって、ヴァルは、もうちょっと……」 「もうちょっと……なんだ!? 」 カイルと、クレアまでもが身を乗り出す。 「ど、どうしたの? みんな? 」 マリスは面食らって、二人を交互に見ている。 「人間離れしてると思ってたヴァルも、女には、まったく興味がないわけじゃなかったのか!? 」 カイルの目は輝き始めた。 「ヴァルドリューズさんの好みって? 」 この手の話には、普段はあまり興味を示さないクレアであったが、その二人の迫力に、ケインは圧倒され、黙っていた。 「い、いえ……、本人から聞いたわけじゃないから、確かじゃないんだけど、……単に、あたしのカンな だけ……なんだけど……」 「けど……!? 」 妙に歯切れの悪いマリスに、声をそろえて、二人は詰め寄る。 「……だけど、……ホントは、あーゆーのが好みだったのかも知れないわね」 マリスは、にっこり笑顔を取り繕った。 「お前、何ごまかしてんだよ。らしくねえなあ! はっきり言えよ」 カイルがじれったそうに言う。 「それより、みんな、肉がまだ残ってるわよ。冷めちゃったから、もう一回、焼きましょうか? 」 マリスが、へらへらと愛想笑いをして、後退(あとずさ)りしていく。 「こら、マリス! 逃げるな! 」 「そうよ! 話は、まだ済んでいないのよ! 」 バスターブレードを持ったまま、マリスは炎のところにそそくさと戻っていく。 その後を、二人が責め立てながら、追いかける。 ケインは、その場に残っていた。 カイルたちが、元気を取り戻した証拠でもあると思い、勝手にやらせておくことにしたのだった。 (……そりゃあ、俺も、ヴァルに好みがあるんだとしたら、どんな女(ひと)なのか、全然興味がないわけじゃないけどさ……) ケインは、彼らにはあまり取り合わずに、微笑ましいヴァルドリューズとミュミュに視線を戻す。 食べ終わったミュミュは、また元気一杯になって、ヴァルドリューズとケインの間を、何度も往復してみせたのだった。
残った肉はよく焼き、非常食用に取っておく。 ダグラに全員乗り、マリスの合図で、いよいよ、この先にあるというオアシス目指して、出発することになった。 「待て! ……あれは、……ヒトじゃないか!? 」 風に舞った砂煙の中に、何か人影のようなものを、ケインは見つけた。 よろめきながら近付いてきたその人は、ばたっとその場に倒れ込んでしまった。 「大丈夫か!? 」 ケインがダグラから飛び降り、駆け寄った。 軽めの防具を身に着けた、ケインたちと同じ年頃の男だ。 おそらく、傭兵だろうと、ケインは思う。 眉毛の濃い、少し面長の顔に、短い逆立った黒髪、背はケインやカイルよりも低そうだ。 「どうした、ケイン? 」 カイル、クレアもやってくる。 「おい、しっかりしろ」 軽く、男の頬を叩いて正気付かせる。男は、うっすら目を開け、ケインに、呻くように呟いた。 「……く、食い物……」 マリスが、ダグラを連れてきたところで、男の顔を覗き込む。 「あっ、この人……」 「マリス、知り合いか!? 」 「……っていうか、さっき、トカゲを追いかけてた時に……」 ケインが抱えている男は、完全に目を開き、マリスを見ると、目を血走らせ、口をぱくぱくさせた。 「……お、……お前……! あの時の、小娘……! 」 男は、掠れた声を絞り出した。 「とにかく、この方の体力を回復して差し上げなくては」 魔力の復活したクレアが、砂の上に座り、男に両手を翳した。男の顔色は、みるみるよくなっていった。 「貴様――! 」 元気になった男は、ケインから跳び退って、拳を構える。 「あの……、その節は、どうも」 マリスが、作り笑いをする。男は、そんな彼女を睨みつける。 二人の話から、先程のトカゲを彼も見つけて、取り合いになったというのがわかった。 きっと、マリスが力ずくで奪ったのだろう、と皆は解釈する。 ケインは、呆れたように、横目でマリスを見る。マリスは、肩をすくめた。 「俺の見つけたトカゲはどこだ! 」男は、警戒した目を向けている。 「悪いけど、もう食べちゃったわ」 「何だと……!? 」 男は、茫然と、砂地に膝を付いた。 「非常食用のが、まだ残ってただろ? 」 隣で囁くケインに、マリスは人差し指を口に持って行き、「シッ」とやる。 「その代わり、あなたの体力は、今クレアが回復させてあげたわ。それも、『ただ』で。よかったじゃない?」 マリスが男に、にっこり微笑んでみせた。 「ふざけるな! そんなことで、この俺が貴様を許すと思うのか!? 」 男は一層マリスを睨みつける。 「なによー、だから、悪かったって言ってるじゃないのー」 マリスが、ケインの後ろに隠れた。 そこにいる全員の記憶では、マリスが彼に謝った場面は、一度もなかったのだが。 「今さら、かわいこぶったって駄目だ! 」 男は、拳をシュッと突き出した! それをケインは片手で受け止めた。 「なんだ、お前、邪魔する気か!? 」 男は、ギロッとケインのことも睨む。 「こいつが野蛮なのは、俺も知ってる。きっと、きみは、こいつにひどい目に合わされたんだろうけど、トカゲを食べなくても、きみの体力は、もう復活したんだし、たかが小娘のやったことだ。このへんで、すべて水に流してやってはどうだ? 」 ケインがそう提案するが、男は、一層ぎらぎらと目を光らせていく。 「その小娘は許しちゃおけねえ! この俺様を、女の身で、負かしやがったんだ! 」 彼は、もう片方の拳も繰り出す。ケインは、それも受け止めると、その腕を捻(ねじ)って下に向け、男を睨む。 「男のくせに、女に手を上げようってのか! マリスが非常識なのは認めるが、お前も戦士の風上にもおけないヤツだな! 」 「いてえっ! 放せ! 」 ケインの手を振り解こうと、もがく男を放してやる。 男は、片腕を押さえて、ケインから離れた。 「てめえ、……なんて名だ! 」 「ケイン・ランドール」 憎々し気に、彼を見上げながら、男は地面に、ペッと唾を吐いた。 「俺は、『青い豹(ジャガー)の異名を持つ、ダイだ! 覚えておくがいい! 」 ダイは、彼らを一睨みすると、砂煙の中へと消えていった。 「マリス、ヤツに何をしたんだ? 」 マリスは、後ろめたそうな上目遣いで、ケインを見上げた。 「別に……。トカゲを引っ張り合ってたら、ちぎれそうになっちゃったから、あいつを……ちょっと、跳んで蹴っただけよ」 「ほほう。あいつに、跳び蹴りをくらわせた……と? 」 「そしたら、しばらく動かなかったから、トカゲを諦めたのかと思って……」 「ほう、跳び蹴りして、ヤツを気絶させた……と? 」 (ちょっと目を離したスキに、一体、何をやらかすんだ、こいつは……! ) ケインは、溜め息をついてから、口を開いた。 「またひとり、敵を作ったな……」 疲れたケインに、ちょっとだけ、さすがに悪そうに微笑んだマリスだった。
オアシス目指して、彼らは今日も行く……。
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