20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ
 ようこそゲストさん トップページへ ご利用方法 Q&A 操作マニュアル パスワードを忘れた
 ■ 目次へ

作品名:Dragon Sword Saga 第3巻『砂漠の謎』 作者:かがみ透

第4回   U.『刺客』〜2〜
「ひえーっ! 死霊アルよー! 」
 ガイドの男チョウが、頭を抱えて伏せている。
 空には、無数の白いふわふわしたものが浮かんでいた。
 よく見ると、それは、生気のない人間の顔であったり、ウマやダグラ、その他には、大型動物から小動物まで、いろいろな姿形があった。
 噂通り、砂漠で死んでいったものたちの死霊なのだろう。 
 ケインの手が、マスターソードに伸びるが、マリスもロングブレードに手をかけたまま、まだ抜こうとはしない。
 『彼ら』が襲ってくるような気配は、今のところなく、ふわふわと揺れながら、ただ空中を漂っているのであった。
「『この人たち』は、成仏できなかった人たちなんだわ! 」
 顔を伏せていたクレアは立ち上がり、空を見上げて、語りかけた。
「どうしたのです? あなたたちは、何を訴えたいのです? 良かったら、私に話してごらんなさい」
 クレアが片方の手を差し延べて、霊たちに問いかける。
「……ええ、……ええ、……まあ! そんなことが! 」
 ケインたちには、何が起きているのか、よくわからなかったが、クレアは親身になって、頷いている。巫女だった経験を生かして、幽霊たちと交信を試みているらしかった。
「大昔、ここで起こった大洪水によって、亡くなったという方が大半だわ。後は、やはり、砂漠の厳しさに付いていけずに……ああ! なんて可哀相! 」
 クレアは、両手で顔を覆い、泣き出した。カイルがその横に並び、肩を抱いたが、それには気が付かないまま、スッと彼女は顔を上げた。
「わかりました。私に任せてください。白魔法の究極奥義で、あなた方を救って差し上げるわ! 」
 祈るように両手を組み合わせ、目を閉じ、呪文を唱え始める。
 途端に、白い幽霊たちは、ざわめき、一斉にクレアに襲いかかっていったのだった! 
「クレア! 」
 駆け出そうとするケインとマリスを、ヴァルドリューズが手で制した。
「究極奥義の魔法の時は、呪文を唱えると同時に、術者は結界で守られる」
 その言葉通り、クレアの周りには、薄く白い膜のようなものが出来ていて、霊たちは、それ以上、彼女に近寄ることは出来なかった。
 ――が
「おーい! 俺はどうなるんだよー! 」
 クレアの隣にいたカイルが、魔法剣を抜いて、襲いかかる死霊たちを、ばさばさ切り裂いていくが、霊たちは、切られても、切られても、すぐに切り口同士がくっつき、復活していた。
 カイルを援護しに、ケインとマリスが向かう。
 マスターソードで死霊たちを切り裂くが、やはりすぐにつながってしまう上に、ケインは、なんとなく、『キレが悪い』気がした。
 いつもの魔物とは勝手が違うようで、剣の中のダーク・ドラゴンも食わないように感じる。
「クレア、まだかよ!? 」
 カイルが振り返るが、まだ呪文は唱え終わらない。
「えーい、面倒だ! サイバー・ウェイブ! 」
 久々に、カイルが魔法剣の魔法を発した。
 剣から吹き出す銀色の霊気が、死霊たちを両断する! 
 その霊気が通った後だけ、白い霊たちは、きれいに消えていた。
「そうか! カイルの技も『浄化』だから、死霊に効いたんだ! 」
 マスターソードで霊たちを切り裂きながら、ケインは言った。
「そっか! じゃあ、もういっちょいくぜ! サイバー・ウェイブ! 」
 銀色のうねりは、ぎゅるぎゅると死霊たちを消していく。
 それにまかせて、ケインとマリスは、離れて見ていた。

 その時、クレアの瞳が、パチッと開いた。 
「長らくさまよい、たゆたいしものたちよ。今こそ、永遠の安らぎに、その身を委ねよ! 」
 彼女の大きく開かれた両手からは、白い炎が発射された! 

 ぐぉぉぉおおおおおお! 
 ごわああぁぁぁああああああ!

 勢いよく天に伸びていく白い炎に巻かれた霊たちは、恐ろしい、まるで断末魔の叫び声のような音を発して、消滅していく。
「良かった! ちゃんと成仏していってるわ! 」
 クレアは、涙にぬれた頬も乾き切らずに、微笑む。
「さあ、あなたたちも成仏よ! 」
 また別の方向に向かって両手を翳す。

 ぐぎゃああぁぁぁああぉぉおおお! 

 やはり、悲鳴のような、叫び声のような音が発せられている。

「はい、成仏! 」
 があああぁぁぁぁあああ! 
 ごほおおおぉぉぉぉおおお! 

「ああ、皆さん、喜んでらっしゃる! 良かった! 」
 クレアが、美しい笑顔で空を見上げる。
 霊たちは苦しそうな声を上げ、『成仏』というより、『消滅』していってるように、クレア以外には思えた。
 死霊は、続々と消えていった。
 カイルも、いつの間にか引き下がり、ケインたちと並び、ぽかんと口を開けて、その様子に見入っている。
 シャーッ! と数匹の霊たちが、クレアの後ろに回った!
「はいはい、慌てないで。順番よ」
 彼女の放った白い炎が、その霊たちを包み込む――というより、当てられた。
 そして、やはり、『彼ら』は、悲惨な絶叫を残して消えてゆく。
 今や、死霊たちは、残すところ、僅かになってしまった。
「アイヤー! お嬢さん、巫女さんだったアルか!? 」
 すべての霊がやられ――もとい、成仏した後、案内人チョウが、ビックリして目をパチクリしていた。
「これで、砂漠に現れる死霊はいなくなりましたわ。これからは、皆さん、ご安心してここを通られると思います」
 クレアが、にこやかに笑顔で言った。
「これなら、安心して眠れるアルな! いやあ、良かったアル! 」
 チョウは、何度もクレアに頭を下げた後、寝袋を取り出し、砂地に敷いて、さっそく中に包まった。
 一行も、いつもの寝袋に、それぞれ入り込んだ。

「ケイン」
 強くゆさぶられ、ケインがうっすら目を開くと、カイルであった。
「どうした? 」
「シッ。妙な感じがする。ここから離れた方がいい……! 」
 押し殺した声でカイルが言い、魔法剣を見せた。
 彼の魔法剣には、災いを予知する能力がある。その魔法剣の知らせによるものであった! 
「みんなは? マリスたちは……」
 もぞもぞと、寝袋の中で、簡単に身支度をしながら、ケインが小声で聞く。
「ヴァルとミュミュはいない。あのガイドのおっちゃんもいなくなってる。俺は、マリスとクレアを起こしてくる」
 カイルは、すぐ後ろで寝ている二人の方へ行く。
 ケインは身体を起こし、真っ暗な周りの様子に気を配る。
 なんとなく、空気が生暖かいような、変な感じがした。

 その時!
 闇の中には、いくつもの光るもの――目のようなものが一斉に浮かび上がったのだった! 
「魔物だ! 」
 後ろにいるカイルたちに向かい、ケインが叫んだ。

 飛んで来たカイル、クレア、マリスとケインは、背中合わせに固まった。
「ひゃひゃひゃひゃひゃ! 」
 声のする方を見上げると、黒いフード付きマントを被った、茶褐色の肌の太った男が、空から舞い降りてきた! 
「……やっぱり、てめえだったか! 」
 カイルが舌打ちした。
 下りて来たのは、案内人のチョウだった! 
「ワタシ、タイラ国の魔道士チョウだったアルよ! 」
 チョウは、ふわふわ飛びながら言った。
「ラータン・マオのあの魔道士、偵察に行ったネ。彼は手強い。ラータンでも有名な宮廷魔道士だったアルよ。ワタシ、ベアトリクスから聞いた。お前の首、賞金かかってる。だから、彼のいない間、お前、捕えて、ベアトリクスに引き渡すアルよ! 」
 ふぉっふぉっと、チョウが笑う。
「ふん、バレてちゃあ、しょうがないわね。わざわざ下手な芝居なんか、するんじゃなかったわ」
 マリスが、不適な笑いを向ける。
「できるもんなら、やってみなさい! 」
 マリスが、ずいっと進み出て、ロングブレードを引き抜いた。
 チョウは、空中から、一本の杖(ロッド)を取り出すと、それを彼らの方へ傾けると同時に、そこにいた光る眼のモンスターたちが、一斉に姿を現し、彼らに向かって、飛びかかって来たのだった。
 それらは、既に見慣れた獣人タイプのモンスターだ。
 剣を持った三人は、ばさばさと切り裂いて行き、クレアも得意の炎の術を発射させようと、両手を翳すが――
 ポッ
 彼女のてのひらからは、小さな炎しか出ず、すぐに消えてしまった。
「ひゃひゃひゃひゃ! そのお嬢ちゃんは、さっきの究極奥義で、魔力を使い果たしてしまったアルよ! 」
 クレアは、はっとして魔道士を見上げた。
「もしかして、あの死霊は、あなたが集めてきたのでは……!? 」
「その通りアル! 本当は、あのラータンの魔道士の魔力を削り取ろうと思ったアルが、巫女のお嬢ちゃんが一緒だったとは、ワタシも計算違いだったアルよ! 
 だけど、こうやって、いかにも計算通りのように、コトが運んでいるアル! 良かったアルよ! 」
 チョウは、手を叩いて、おどけてみせた。
「尊い霊たちを思いのままに操り、踏み躙(にじ)るなんて、許せないわ! あなた、覚悟なさい! 」
 クレアが怒りを露に、人差し指をチョウに差し向けた。
「魔力のほとんどないあんたが、どうやってワタシと戦うね? ひょひょひょひょ! 」
 チョウが片手で腹を押さえて、笑う。
 クレアは、実戦ではあまり抜いたことのない、マリスにもらった剣を、ゆっくりと鞘から引き抜き、構えた。
「ベアトリクスの名前が出たからには、あんたの好きにはさせないわ! 」
 マリスが、ダッシュし、チョウに剣を振り下ろす。チョウの杖が、それを受け止めた。
「ケイン、カイル! クレアを援護して! 」
 マリスが剣を魔道士に打ち下ろし、振り返らずに叫ぶ。
 ケインは、クレアの盾代わりにと、バスターブレードを地面に突き刺した。クレア
は、なんとか戦う。その両脇を、ケインとカイルで固め、モンスターたちに応戦して
いった。
「いい長剣(ロングブレード)アルね。ラータンの魔道士が魔力を吹き込んだアルか? 」
 チョウは、ひゃっひゃっと笑い声を上げる。
「ベアトリクスでは、今、血眼になってお前を探しているそうアルよ。他にも、お前を捜しているものは多いと聞くアル。一体、何をしでかしたアルか? 」
 チョウは、てのひらから電光を、マリスに向かい発射した! 
 それを、彼女のロングブレードが防ぐ。
 チョウの電光術は素早く、威力もあるようで、マリスの剣に弾き返された後も、勢いよく飛び散って行ったのだった。
 その様子からは、チョウは、意外にも、腕が立つらしいことが伺える。

 ふいに、マリスが、飛び退(の)き、キッと睨んだ。
「あんた、わざと、あたしの剣狙ってるでしょう? 」
 チョウは笑った。
「ふぉっふぉっ、わかってしまったアルか! だが、もう一息ネ! 」
 そう言って彼が放ったのは、両手で抱えるほどの大きな岩の塊だった。
 はっと、マリスが剣で防御したが、剣に接触したところから緑色の電光が走り、マリスの剣は軋みを立てて、割れたのだった!
 その衝撃で、彼女の身体が吹き飛ぶ。
「マリス! 」
 ケインたちが、一斉に、マリスを振り返る。
「ひゃひゃひゃひゃひゃ! 」
 ゆっくりと、太った魔道士の姿が、地面に降り立った。それを、片膝をついたマリスが、睨みつけた。
「あんた、『メテオ』の術を――! 」
 それは、彼らも今まで目にしたことのない技であった。
「いかにもアル。そこらへんの魔道士たちには、ちょっとできない技アルよ」
 チョウは得意そうに笑い、マリスに近付いていく。
「あれは、この地上の、どの石とも違う物質でできてる石アル。それを、別次元から取り出したアル。多少の魔力は効かないアルよ! 」
 ケインは、ちらっと思った。
(別次元の石というと、……マスターソードの魔石と同じように、魔力を封じ込めるような……? )
 チョウは、両手を上に向け、呪文を唱え始めた。
 すると、先程の『メテオ』と同じような、だが透明の岩が現れたのだった。
「お嬢さんは、魔力が強過ぎるアルからな。この中に入れて運ぶアル。これなら、あんたの発する魔力を辿って、あの魔道士がワタシ追ってくるの、ちょっと難しくなるアルよ。さあ、くるアル! 」
 チョウが、マリスの腕を掴む前に、ケインが駆け出していたが、それを待つまでもなく、マリスがチョウをぶん投げ、素早く馬乗りになったのだった! 
「このあたしを捕まえようなんて、百年早いのよ! 」
 マリスは、チョウの腕を背中に回し、締め付け、後ろから首を脚で固めて、押さえつけていた。
「アイヤー! 痛いアルよ! 」
 苦しそうに、チョウは悲鳴を上げる。
 駆け出したケインは、すべって転んでいた。それを、カイルが目を点にして見ていた。
「よくも、あたしの大事な剣を折ってくれたわね!? このちびブタ! 覚悟しなさい! 首をへし折ってやるから! 」
(ひゃーっ! )ケイン、カイル、クレアが、心の悲鳴を上げた。
「痛い、痛い! やめるアルよー! 」チョウが泣きそうな声を上げた。
「なによ、こんな岩! 」
 マリスは、宙に浮かんでいる透明の岩に、右拳をくらわせ、ぶち壊した。
 岩は、ガラス玉のように、こなごなに砕け散ってしまった。
 それを間近で見たチョウは、驚きと恐怖の悲鳴を上げていた。
「どうやら、あたしの魔力は、あんな岩ごときじゃあ吸収出来ないみたいね。お生憎(あいにく)さま! 」
「アイヤーッ! 」
 マリスの高らかな笑い声に、チョウは再び悲鳴を上げる。
「あんた、ベアトリクスのなんなの? タイラとあの国は国交なんてなかったはずよ。ああ、その前に、あそこの獣人モンスタたち、引っ込めてちょうだい」
 マリスに首と腕を押さえつけられ、苦しそうな呻き声を上げながら、チョウは短い呪文を唱える。すると、今までカイルたちが切っていた獣人モンスターたちは、忽然(こつぜん)といなくなってしまった。
「それでいいわ。さあ、吐いてもらうわよ。あんたが、なんでベアトリクスと関係あんのか」
 首を押さえつけていた脚を余計に絡み付けて、マリスは言った。
「アイヤッ、アイヤーッ! ワタシ、ベアトリクスの宮廷魔道士のひとりと、トモダチ、アルよー! 」
 チョウは、ほとんど泣き叫んでいた。
「ベアトリクスは魔道士団と騎士団に分けて、本格的にお前を捜すことにしたアルよ! ワタシ、トモダチに頼まれただけアルよ! 」
 ぎりぎりとマリスに腕を締め付けられ、なおも悲鳴を上げる。
「それだけじゃあ、納得のいかないことがあるのよ。あんた、あたしとヴァルが、邪神を呼び出してどうのこうのって、言ってたわね? ベアトリクスが、そんなこと言
うわけないのは、わかってるんだからね! あれは、どういうことなのよ! 」
「ひゃあっ! 痛いアル! あ、あれは、ある時、ワタシのトモダチに妙な触れ込みがあったと聞いたアルよ! お前が、あの魔道士と組んで、邪神を召喚してるって! 
ワタシ、それをそのまま言っただけよ! ほんとは、よく知らなかったアルよ! 」
 マリスの目が、ぎらっと光る。
「その、タレ込んだヤツって、誰? 」
「知らないアル! そこまでは、知らないアルよ! ほんとアルよー! 」
 マリスが、チョウを突き放して転がした。チョウは、呻き声を上げながら、腕をさすり、上半身を起こした。
「情報を流したのは、多分、『蒼い大魔道士』の一派だわ。あたしを追っているベアトリクスの魔道士団の中には、ヤツの息のかかった者も、紛れ込んでいるでしょうね」
 マリスが、冷静な表情で呟く。
「『蒼い大魔道士』! またあいつか!? 」
 マリスは、そう言ったケインに頷いてみせた。
「あいつは、ベアトリクスを付け狙っている。あの国に、協力するよう見せかけて、いずれ自分のものにしようと企んでるに違いないわ。なんとなく、以前、じいちゃんから聞いた気がする」
「じゃあ、ベアトリクスの魔道士団て……結構、手強いんじゃ……? あそこは、騎士たちだって、凄腕が集まってるって聞くし……」
 ケインの言ったことに、クレアが心配そうに、両手を組み合わせる。カイルも、いつになく真面目な顔になっている。
 チョウが、こそこそと逃げ出す体勢になっていたが、
「アイヤーッ! 」
 マリスが彼の胸ぐらを引っ掴んだ。
 彼女の面は、いつもの自信に満ちた、あの不適な笑顔だった! 
「ベアトリクスの騎士団に魔道士団――上等じゃないの! あのクソ女王陛下に伝えるがいいわ! 『捕まえられるもんなら、捕まえてみろ! 』って。あたしは、いつでも、受けて立ってやるってね! 」
 そう言ってチョウを放り出すと、マリスは、両手を腰に当てて、高笑いした。
 その様子は、出会ったばかりの女剣士スーというよりも、それこそマリスの操る『獣神サンダガー』に、そっくりであった。
「アホかーっ! 宣戦布告してどうする!? なんで、お前は、わざわざ自分から厄介事を招き寄せるんだ!?」
 喚いているケインに、彼女は、けろっとした視線を向ける。
「あら、敵が多ければ、それだけ暴れられるじゃない? 敵なら手加減することもなく、やっつけられるもの。それなら、あたしの暴れたい衝動も解決するし、ケインにばかり負担かけないで済むじゃない? 」
「こ、この減らず口……! 」と、呆れるケイン。
 いつの間にか、魔道士チョウが消えていたが、一行にはそれどころではなかった。

「ヴァルドリューズさん! 」
 そのクレアの声で、カイル、ケイン、マリスは振り向いた。
 そこには、ミュミュを肩に乗せて、ヴァルドリューズが静かに立っていた。
 皆を見回してから、ヴァルドリューズが口を開く。
「次元の穴の場所は、だいたいわかった。そして、この砂漠を越えたところに、村があった」
「村だって!? やったー! これで、やっと人間らしい生活ができるぜーっ! 」
 カイルが大喜びして、小躍りする。
 辺りは、もう明け方に近く、薄明るい。
 一行は、このまま出発することになった。
「お前、チョウの正体に気付いてたんじゃないのか? 」
 ウマに乗る前に、ケインはヴァルドリューズに、こっそり尋ねる。
「私が姿を消せば、奴は本性を現すと思っていた」
 普段通りの、抑揚のない口調で、ヴァルドリューズは答えた。
「俺たちが戦っていたのも、見てたのか? 」
 ヴァルドリューズは、頷いた。
「マリスが危なくなったら、出ていこうと思っていた。私にも、彼女の『素の力』――『サンダガー』を召喚していない時の普段の力――を知る必要があるのだ。だが、彼女は、以前よりも力を増しているような気がする」
「そうなのか……」
 ケインは、少し考えてから、彼を見上げた。
「……あのさあ、マリス見てて、ちょっと気になったんだけど、……『サンダガー』を召喚するようになってから、伝説のゴールド・メタル・ビーストみたいに、食欲が旺盛にはなるし、暴れてないと気が済まなくなったって聞いたけど、サンダガーは別次元から呼び出して、彼女に乗り移らせてるだけなんだろ? だったら、普段の彼女は、なんともないはずじゃないのかな? 」
 ヴァルドリューズの瞳が僅かに光った。確認するように、ケインは、もう一度、見つめ直した。
 しばらくしてから、ヴァルドリューズが、重々しく口を開く。
「お前もそう思ったか……。私も、以前から、そのことは、不審に思っていたのだが、『サンダガー』の召喚に関することを探ろうとすると、なぜか、魔神『グルーヌ・ルー』が拒んでしまうのだ。だが、いずれ調べてみるつもりだ。もしかすると……」
 ヴァルドリューズは、その続きを口にするのさえも、躊躇(ためら)っているようだった。
 その代わりに、彼が口にした言葉は――
「お前は、彼女の教育係に向いているのかも知れんな」
 彼は珍しく、ちょっとだけ微笑むと、ケインの肩に、ぽんと手を置いたのだった。
 「これからも頼む」とでもいうように。
「……ヴァル、お前も、きっと、マリスには手を焼いてきたんだろうな。同情するよ」
 ヴァルドリューズに同情しながらも、なんだか、厄介事を押し付けられたような気もしたケインであった。


← 前の回  次の回 → ■ 目次

■ 20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ トップページ
アクセス: 2385