「あんたが女剣士だなんて、わらっちゃうわね。そんなフザケた格好で剣士が勤まって? 剣の腕よりも、せいぜいその下品なお色気を磨くくらいしかしなんでしょうけど。ほーっほほほ! 」 マリスは、スーと同じポーズで高笑いを返していた。 (売られたケンカを、しっかり買ってる! ) ケイン、クレアは、ますます固まった。 「バカにして! 私はね、剣の腕だって、結構立つんだからね! それに、色気だって、私ならではの立派な武器じゃないの! 磨いてどこが悪いのよ? あんたみたいな小娘には、逆立ちしたって無理でしょうけどね!」 多少の色仕掛け技を使えるマリスを知るケインとしては、その挑発に簡単にマリスが乗るとは思わなかったのだが―― 「ムネがデカすぎる女は、頭が悪いって相場なのよ! 」 「なんですって!? この男女(おとこおんな)! 」 「露出狂! 」 二人の女戦士たちは、妙なことでケンカになっていた。 それを、傍観していたケインたちの間に、いつの間にか、マリリンが割り込んできていた。 「このおにいさんも、このおにいさんも、ス・テ・キ♥」 マリリンは、身体をくねらせながら、ケインとカイルに、ぽ〜っとした視線を送ってくる。彼ら二人は、二、三歩後退る。 「ねえねえ、スーちゃん、この人とこの人と、どっちがいいと思う? 」 マリリンは、ケインとカイルの腕の間に、勝手にぶら下がっている。 「うるさいわね! 今取り込み中――! 」 振り向きざまに、スーは、はっとしたように口を噤(つぐ)んだ。 彼女の視線は、ケインたちを通り越し、その後ろにいたヴァルドリューズに、釘付けになっていた。 スーは、うっとりした目でヴァルドリューズを見つめ、思わず溜め息と言葉を漏らした。 「……ス・テ・キ♥」 (ひえっ! ) マリスたち一行は、ヴァルドリューズ以外、皆、固まってしまっていた。 その場では、マリリンのきゃっきゃ笑う、楽しそうな声だけが聞こえる。 「なんて知的で美しい男……! 見たところ、どうやら魔道士のようね」 スーが、ケインたちを押しのけてヴァルドリューズに近付き、片手を腰に当て、その豊満な胸を突き出すようにしながら、流し目を送る。 ところが、ヴァルドリューズの方は、眉一つ動かさず、いつもの冷たい視線を注いでいるのみであった。 「だめーっ! ヴァルのおにいちゃんは、ミュミュのなんだからーっ! 」 ミュミュが、ヴァルドリューズとスーの間に、パッと現れた。 ピンク色の髪に、ピンク色の瞳をつり上げている。 「ひゃっ! 何よ、これ!? よ、妖精!? 」スーが、驚いて、後退った。 「きゃあっ! コワイー! 」マリリンも、ケインとカイルの腕に夢中でしがみつく。 「コワイだとー!? 何で妖精をこわがるのさーっ!? かわいがれー! 」 ミュミュが両手をぶんぶん振り回し、二人の間を飛び回る。 「いやあ〜! 来ないでぇー! 」 「シッシッ! あっちへお行き! 」 「なんだとー! 」 マリリンは泣き叫び、スーはミュミュを追い払おうとするので、ミュミュは一層怒って飛び回った。 「ちょっと、あなたたち! 」 それまで圧倒されていたクレアが我に返る。 「出会い頭に人は殴るわ、ケンカはするわ、馴れ馴れしく甘えるわ――非常識も甚だしいわ! まずは、助けてもらったお礼を言うのが、人としての礼儀ではなくて!? 」 「そうだ、そうだ! クレア、もっと言ってやれーっ! 」 ミュミュがヴァルドリューズの盾になっているつもりなのか、彼の前からは離れずに、クレアにエールを送る。 「『親しき仲にも礼儀あり』と言うでしょう? ましてや、初対面なら当然のことです! いいですか? そもそも、挨拶というものは、昔々――」 クレアが語り始めたばかりであったが、 「ふぇ〜ん、おにいさん、助けて〜」 ケインに、マリリンが泣きながら抱きつく。ケインがよく見ると、嘘泣きのようであったが……。 「ちょっと、あんた、いちいち泣かないっ! 」 マリスが、マリリンの首根っこを引っ掴んだ。 「うきゃーっ! スーちゃん、助けてー! 」 マリリンが手足をバタバタさせて、余計に泣き声を立てた。 「乱暴はよしなさいよ! 男女っ!」 「露出狂! 」 事態は、また振り出しに戻っていた。 わけのわからない女どものケンカに、ケイン、クレアがうんざりしてきた時、 「あのさあ、お取り込み中、悪いんだけど……」 カイルが初めて口を開いた。 「きみたち、誰? 」
「私は見ての通り、美人女剣士のスー」 長身の彼女は、手を腰に当て、長い黒髪を、色っぽい仕草でかきあげて言った。 「はぁ〜い、美少女魔道士のマリリンでぇ〜す」 金髪巻き毛少女は、手をグーにして、ブリブリ腰を振りながら、にっこり笑う。 「実はぁ、マリリンたちぃ、町の人に頼まれてぇ、魔物退治してるんですぅ。 だけどぉ、道に迷っちゃってぇ、しょうがないから眠ってたんですぅ」 マリリンは、両手を組み合わせる。 道に迷うというと、ケインは、ある人物を思い出さずにはいられないのだが。 「ね、眠ってた!? どう見ても、あれは、行き倒れだったぞ!? 」 驚いているケインに向かって、マリリンはきゃっと笑った。 「よく言うわよ。あんたたち、寝ている間に、私に変なことしようとしたくせに! 」 スーが、じろっとケインを睨む。 (だから、ぶたれたのか。ひどい誤解だ……) ケインの左頬には、スーの手の跡が、まだうっすらと残っていた。 「よく寝たからぁ、何だかぁ、体力も復活しちゃったみたいですぅ。うふっ、ラッキー♥」 マリリンが、小さい手でピースをしてみせる。 「どうでもいいけどね、あんた、そのたるい喋り方、なんとかなんないの? 」 マリスに睨まれて、マリリンは、「きゃっ! 」と、しゃがみこんで大袈裟に耳を塞いだ。それには余計にマリスが何か言いた気であったが。 「その、魔物退治を頼んだ人たちの町っていうのは? 」 「トアフ・シティーよ」 ケインの質問には、スーが威圧的態度で答えた。 「結構大きい都市だよな。だけど、ここまで遠いんじゃないか? ウマでも数日かかるだろ? なんで、こんなところまで? 」 「トアフ・シティーでは、魔物を倒した者には、その魔物の死体と交換に賞金が配られるのよ。もうあの周辺には魔物がいなくなったから、賞金稼ぎたちは、皆遠出をするようになったの」 「早い話がぁ、マリリンたちも賞金稼ぎなのでぇ、魔物の出る噂のところを捜しているうちにぃ、こんな辺鄙(へんぴ)なところにまで来ちゃったんですぅ」 ケインたちは、顔を見合わせた。 「おい、どう思う? あいつら、魔物を倒せるほどの腕があるってことか? 」 ケインは、隣にいたカイルに、小声で言った。 「さあな、魔物を斬るには、それ専用の剣がいるだろ? っていうと、あのおねえちゃんの持ってるロング・サーベルは、対魔物用ってことか」 「あっちのマリリンって子の方も、魔道士だって言ってたけど、あんなんで本当に魔法が使えるのかな? 」 「魔法に関しては、俺も全然わかんねえからな。ただ、俺が思うに、あんな風にひけらかしているのよりは、ほのかに漂う色気の方に、ずっと魅力を感じるってことだな」 ケインは、カイルを不審な目で見つめる。 「……おい、何の話だ? 」 「だから、あの色っぽいけど高飛車なおねーちゃんよりは、もうちょっと露出は抑えててもいいから、やさしくて、しとやかなオトナの女の方がいいってことだよ。あの『コドモ』は問題外だな」 「誰が、お前の好みの話なんかしてるんだ? 」 カイルは、目をパチクリさせた。 「俺は、自分のわかることだけ答えたんだよ」 (……こいつに聞いた俺がいけなかったらしい) カイルとケインのやり取りには気付かないクレアは、笑顔になっていた。 「あなたたちの目的が、魔物退治ということなら、私たちと一緒だわ! お互いに情報交換したり、協力して、頑張りましょうよ! 」 「なんですって? あなたたちも魔物退治をしてるっていうの? 」 スーは、嫌そうな顔で、じろじろと一行を見回した。 「人数が多かったら、それだけ賞金の分け前が減るじゃないの。冗談じゃないわ! 」 ぷいっと、スーは横を向いた。 「それなら安心して。私たちは、賞金のためにやってるのではないんだから」 クレアは、にこやかに答えた。 「じゃあ、何のためにやってるっていうのよ? 」 訝(いぶか)しそうに、スーがクレアを見る。 「もちろん、正義のためです! 」 クレアは、きっぱりと言い切っていた。クレアのきらめく瞳を、スーとマリリンは、怪訝そうな顔で見る。 「世の中、金を越えるものがあると思って? 正義なんて金にもならなきゃ食えもしないじゃない。そんなもののために魔物退治をしてるなんて、おかしいんじゃないの? 」 スーの言葉に、クレアはショックを受け、その場に硬直して動かなくなった。 「そうだよ、世の中、お金よぉ! お金を貯めて、素敵なドレスやアクセサリーをいっぱい買うの! そうして、お金持ちの王子様に見初められて、マリリン、結婚してお姫様になるのぉ〜! 」 マリリンは、きゃっきゃはしゃいでいた。 ケインもカイルも、青ざめた顔で、引いていた。 「……てことで、私たちは、あんたたちとは手を組まないわ。今回は見逃してあげるけど、今度会った時は、商売敵として容赦しないから、覚悟なさいよ」 スーは、威圧的に、一行を見下した。 「そぉ〜よぉ〜、マリリンたちぃ、すっごく強いんだからぁ、あんまりナメないことね〜」 マリリンもブリブリしながら続く。 「覚悟するのは、そっちだわ」 腕組みをしたマリスは、いつもの不適な笑いを浮かべる。 「そうよ、正義をバカにするなんて、人として許せないわ! 」 クレアも、キッと二人を睨む。 四人の女たちの間では、今や火花が飛び散っていた。 ミュミュも、ヴァルドリューズに、ぴとっと、くっつきながら、例の二人を睨んでいるが、男達にとっては、実に、どうでもよかった。 「マリリンちゃん、引き上げるわよ」 「うん、スーちゃん」 マントを翻(ひるがえ)し、ぷいっと、彼らとは反対方向に歩き出した二人であったが、すぐに戻ってくる。 「ウマ一頭くらい、譲ってくれてもいいんじゃなくて? 」 スーは、両手を腰に当て、威張って言った。 この荒れ地を歩いて行こうなどとは、自殺行為に等しいと言えた。自分たちの命にかかわることでもあるというそんな時でも、やはりスーは高飛車なのだった。 またケンカにならないうちに、ケインは乗っていたウマを下りて、譲った。 「お礼は言わないわよ」 スーとマリリンは、さっさとウマに跨がると、土煙を上げて、ものすごい勢いで行ってしまった。 「まったく、なんて人たちなの? あれが人にものを頼む時の態度かしら? お礼も言わないし」 「そうだよ、ケインも、なんであんなヤツらに、すんなりウマを引き渡しちゃったのさ!? あんなの、ほっとけばいいのにさー! 」 クレアとミュミュは、目を吊り上げて、ぷりぷり怒る。 ケインは、カイルのウマに乗せてもらおうと向かうと、マリスが言った。 「あたしがそっちに移るわ。男二人の体重は、ウマにはキツいわ。ケインは、あたしのウマにクレアと乗ってあげて」 あれほどのケンカ(?)の後ではあったが、彼女は、もういつもの表情に戻っていた。 ウマの綱をケインに預け、カイルのウマに乗る。 ケインも、クレアの後ろに乗り、偵察の時に見つけた、草の生えた場所目指して進んだ。 口にこそ出さなかったが、出来れば、この先、あの妙な二人組とは、会わずに済ませたいものだと、誰もが思っていた。
「……なんでいるのよ」 カイルと同じウマの上で、マリスが呆れた声を出した。 「だぁって、マリリンの水晶(クリスタル)も、こっちだって言ってるんだも〜ん」 例の女剣士と少女魔道士が、一行とウマを並べていた。 ケインの譲った一頭に、マリリンと、その後ろにはスーが乗っている。 マリリンは、首から下げた、てのひらサイズの水晶球のネックレスを、自慢気に揺らせてみせた。 「そっちがマネしてるんじゃないの? 」 長身の美人剣士が言う。 「じょーだんじゃないわよ! あんたたち、淋しいんなら、素直にそう言ったら? 」 「淋しいだなんて、見損なわないでちょうだい! 私たちは、そんなことで、会いたくもないあんたたちに、我慢してまでも、こうして追いかけてきたわけじゃないんだからね! 」 スーが、つんけんしながら、マリスに言い返す。 「まっ、やっぱり、私たちの後をつけて来たんだわ! 」 馬上で、ケインの前に乗っているクレアが、嫌そうな顔を向け、小声でケインに言った。 「あんたたち、不思議な飴を持ってるでしょう? ちょっとくらい、くれたっていいんじゃなくて? 」 馬上で、スーが手に腰を当てた。 (ああ、おなか空いてたんだな……) ケインは、目を丸くしていた。 「マリリンのクリスタルが言ってたよお。体力回復出来る飴なんだってねぇ? どんな味なのぉ〜? 」 マリリンが人差し指を、物欲しそうにくわえている。 「……腹が減ったんなら、そう言いなさいよ……」 呆れて怒る気力もおこらなかったマリスが、いくらかうなだれて言った。 「それよりも、きみたち、この先には、何があるか知らないか? 砂漠で魔物が出たとか、そういう噂とか聞かないか? 」 ケインが尋ねると、スーが手を腰に当て直し、踏ん反り返った。 「ほーっほほほ! そんなこと、この私が知るわけないでしょう! 」 「えへっ、マリリン、知ってるよぉ。だけど、賞金取られちゃうから、教えてあげなぁ〜い! 」 マリリンは、にっこり笑った。 賞金目当てでないことは知らせてあるにもかかわらず、同業者でライバルだと思っている一行に対して、すんなり情報を提供する彼女たちではなかった。 「ほら」 諦めたように、飴玉を別の小袋にいくつか移し、マリスがそれを渡そうと手を伸ばす。 「ほーっほほほ! 礼は言わないわよ! 」 スーは、ひったくるようにして小袋を奪うと、二人の乗ったウマは、土煙を上げて、素早く遠ざかっていった。 「あぁ〜ん、スーちゃぁ〜ん、マリリンにも早くちょうだぁ〜い! 」 「うるさいわね! 今開けてるんでしょ! 」 二人の会話は、微かに、それだけ、一行に聞き取れた。
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