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作品名:Dragon Sword Saga 第3巻『砂漠の謎』 作者:かがみ透

最終回   Z.『時空の歪(ひず)みと辺境』〜 3 〜
 ヴァルドリューズが、草の上に座り、目を閉じている。精神を統一し、ミュミュとカイルの居場所を探っているのだ。
 彼にとっては、ミュミュの気配は探知しやすく、魔力ゼロのカイルは、彼の魔法剣の魔力を辿るということだった。
「どうやら、ミュミュとカイルは一緒にいるらしい。おそらく、彼らは、今、地上にいる」
 地中に埋没した帝国跡を、探し回っている最中に、ヴァルドリューズが、地上から僅かにミュミュの羽音が聞こえたというので、五人は、地上へ脱出作戦を立てることにした。
「マリス」
 萎(しお)れたようになっているマリスを、ヴァルドリューズは呼び寄せ、耳打ちする。マリスは、時々頷いていた。
「サンダガー、今のあなたの力で、そこの『次元の穴』を塞げるか? 」
 ヴァルドリューズが尋ねる。
 重なり合った時空の歪みから、砂漠に出現していた次元の穴を見つけるのは、地上にいた時よりも容易(たやす)かった。
「さあな。本来の俺様ならわけないが、今は、『ヒト並み』だからな」
 身体の大きさも能力も、人間並みだという獣神は、両手を腰に当てて返した。
 出来ないことでも、堂々と威張って言うのが神の尊厳だとでも言わんばかりである。
「では、少しだけ、あなたの魔力を解放する。それくらいは、今の私にも出来そうなので」
 ピクッと、サンダガーの眉が動く。
「ほほう、俺様の能力(ちから)を? その次元の穴を塞げば、地上に出られるってのか? 」
「おそらく」
「待ってください! 」
 クレアが進み出た。
「私、ヴァルドリューズさんから頂いた魔道書を、無くしてしまったんです。もう少し、探してみてからでもいいでしょうか? 」
「けっ! 散々探したけど、見つからなかったじゃねえか。魔道書なんかに頼んなくたって、魔法くらい使えるようになれよ」
「そ、それはそうだけど……あの魔道書は、ただの魔道書ではなくて、今は、もうこの世に一冊しかないという、チャール・ダパゴの魔道書なの。それも、ヴァルドリューズさんが、私の勉強のために、苦労して手に入れてくださったのだから」
 クレアとサンダガーがにらみ合う。
「クレア、悪いが、あきらめてくれ。魔道書なら、他のものも出ている。そのうち、また手に入れる」
 ヴァルドリューズにそう言われ、彼女は引き下がったが、後ろ髪を引かれる思いでいるには違いなかった。
「俺のバスターブレードは、マリスが見つけてくれたから、助かったよ。下手したら、捕まって、処刑されてたかも知れないのに、俺の剣、一生懸命取り返してくれたもんな。ありがとな」
 ケインは、素直に感謝の気持ちを表した。
「別に、あたしは、命張って、ケインの剣を取り戻そうとしたわけじゃないんだから。みすみす捕まる気なんて全然なかったわよ。連行されてる最中に、どっかで剣奪って、暴れてやるって思ってたんだから」
 マリスは、ツンとそっぽを向いた。
 そんな彼女の頬が、うっすら紅潮しているのを見付け、照れ隠しだとわかる。
 どこか可愛らしいその様子は、演技――武遊浮術の愛技ではないと、彼には思えた。
「素直じゃないなぁ。お前、もうちょっと本心出した方がいいんじゃないの? せめて、王子に会っておけば良かったのに」
「よけーなお世話よ」
 あえて、怒ったように眉を吊り上げたマリスは、憎々し気にケインを睨むと、ぷいっと獣神の方へ向かった。
(マリスが否定しようがなんだろうが、あの時、彼女は、確かに俺のバスターブレードに対する思いを理解してくれていた。もし、ただの伝説の剣だったとしたら、あそこまで取り返そうとはしてくれなかったかも知れない)

『巨人族に取られちゃうことより、形見がなくなっちゃうことの方が辛いじゃない? 』

(あの言葉が、嬉しかったんだ! )
 いつか、バスターブレードの持ち主だったレオンのことを話そうと、ケインは思った。
 サンダガーに命令しているマリスの、不機嫌そうな横顔を見つめながら、ケインは、心の中で語りかけた。
(いつか、ホントに全部片付いたら、ベアトリクスに行って、お前を王子のもとへ送り届けるから。それまで、俺は、お前の剣になろう。お前の戦いでは、必ず頼りになる剣に、すべてを任せられる剣になってやる! )
 ……と、我ながら、格好いいことを思いついたのはいいが、同時に、彼女の無鉄砲な戦い方についていけるのか、という不安が、すぐさま湧き上ったのだった。

「それじゃあ、いくぜー! 」
 サンダガーは元気一杯、不気味な空間の中に出来た次元の穴の前に、仁王立ちになった。
「時空の歪みの影響で、次元の穴がまた移動してしまうかも知れない。なるべく、短く決めてくれ」
「わかってるぜ」
 ヴァルドリューズには、サンダガーが首だけ向けて頷いた。
 まずは、ヴァルドリューズが、サンダガーの力を少しだけ解放するということだ。
 彼の掌からは、白い湯気のようなものが沸いて出て、それを獣神に浴びせている。
「よーし、なんか元気が出てきたぜー! 」
 サンダガーは、両方の掌を、時空の合間に見える、ぽっかりと開いた、ヒトが通れるほどの黒い穴――次元の穴――に翳した。
 その掌からは、バチッ、バチッと、電気のようなものが走り始めたのだった。
 それがまるでどこからともなく集まってくるように、次第に大きな放電となっていくと、やがて、ヒトの頭ほどもある大きな光の球を中心に、かなり広範囲に及ぶ放電が起こる。
 ヴァルドリューズは既に獣神に湯気を注ぐのをやめ、ケインたちのところへ行き、皆、身体を寄せ合った。
「頑張って、サンダガー! あなたなら出来るわ! 」
 マリスが応援する。
「そうよ、頑張って! こんなことは、あなたにしか出来ないわ! 」
 クレアも一緒に叫ぶ。
 なんだかわざとらしく聞こえたケインであったが、獣神の方はまんざらでもなさそうに、薄ら笑いを浮かべていた。
「よーし、そろそろいいだろう! 」
 既に、彼の身体の半分ほどにまで膨らんだ電光の球は、びりびりと音を立て、風までもが、荒々しく吹き荒れる。
 ヴァルドリューズが、彼らの周りに、緑色の薄い膜を張る。
「くらえっ! 」
 獣神が球を発射させた。光の球は、バチバチと放電したまま、次元の穴に突進した。
 強い光の乱射と暴風が巻き起こる! 
 ヒトサイズのサンダガーとはいえ、ヴァルドリューズの防御結界がなければ人間などは吹き飛ばされていたに違いない。

「はーっはっはっはっ! 俺は、この瞬間を待っていた! 今こそ、地上で大暴れしてやるぜーっ! 」
 サンダガーが、揺らめく空間の中で、そう言っているのをケインは聞いた。
「なんてヤツだ! それを狙って、わざとヴァルに、ちょっとだけ術を解かせたのか!? 」
 やはり、彼は邪神なのか!? そうケインが思っていると――

 ごおおおおおおおおお! 

 光球の攻撃を受けた次元の穴が、みるみる縮んでいく。
 その縮んだ中に、根っこごと抜けた草や木、巨大な岩までもが、勢いよく転がり込んでいった。
「うぎゃあああああああ! なんだこりゃああああ! 」
 獣神の身体までもが、そこに吸い込まれかけた。
「マリス、ヴァルドリューズ! て、てめえら、またハカリやがったな!? 」
「あんたの考えることなんか、最初っからお見通しよ! 人間界を暴走しようったって、そうはさせないわ。その勢いに任せて時空を通って、さっさと自分の巣にお帰り! 」
 マリスが勝ち誇ったように言い放った。
「ちくしょう! 覚えてやがれー! 」
 いつもの捨て台詞を吐き、サンダガーの姿は見えなくなってしまった。
 と同時に、地響きが起きる。
 結界の中にいる彼らにも、充分伝わる。

 ぼごわあっ! 

 彼らの立つ草むらの地面の底から、異様な音がすると、ヴァルドリューズの結界は、地面から浮き上がり、丸い級の形へ変化していった。

「どんどん上昇してるわ! 」
 クレアが、結界の外を指し示す。
 彼女の言う通り、それまでいた砂漠の地下――失われた帝国の、白い迷路のような壁、草原などが、いっぺんに抜け、舞い上がっているのだった! 
「次元の穴が消滅したことによって、砂漠の土地が、元に戻っているのだ」
 外から響く轟音で遮られがちではあったが、ヴァルドリューズの隣にいるケインには、彼の説明が聞き取れた。
 まさに、埋没していた土地は、もとあった高さのところまで上昇しようとしていこうとするのだった。

 結界である緑の膜は解かれ、白い石の遺跡が、砂漠の上に忽然(こつぜん)と姿を現していた。
 ケインたちが歩いていた時は暗くてよく見えなかった天井もあり、それを支える円柱もあり、ところどころ破損してはいるものの、もとは立派な美しい神殿であったことは一目瞭然であった。
 彼らから見ても、数百年以上も前に建てられたことは想像がつく、古い様式で造られた、白い石の神殿であった。
「なんて綺麗な……! 」
 思わず、クレアが呟いた。
 クレアとケインが歩き回っていた白い壁は、神殿と少し離れたところに現れていて、町の面影がある。
「迷路みたいに、壁であちこち仕切られてたのは、こうして見ると、人が住んでいた家の仕切りだったのかも知れないな」
 ケインの言葉に、クレアが頷いた。
 砂漠に突如現れた、地下に埋もれていた古代の建物の数々は、容赦なく照りつける火の光に照らされ、思わず、解けてしまうのではないかという気にさせる。
「……サンダガーは? 」
 マリスの額に手をかざしてから、ヴァルドリューズが、ケイン、クレアに答えた。
「もとに戻ったらしい」
「どうやら、あいつ、脳ミソまでヒトサイズになってたらしいわね」
 マリスがころころと笑った。
「神を欺(あざむ)くとは……! 煽(おだ)てて騙(だま)して、次元の穴だけ塞がせて、もう怒って出て来てくれなくなっちゃわないか? 」
「さあ、どうかしらね」
 心配になったケインであったが、マリスは大して気にも留めていないようだった。
「ひえー、なんだこりゃあ? 随分とまた馬鹿デカイもん持って来ちゃったなあ! 」
「カイル!? 」
 いきなり天から舞い降りてきた、金髪傭兵が、肩に小さな妖精を乗せて、着地した。
「無事だったか! 」
「おう! 」
 僅か半日あまりであったが、ケインとカイルはじゃれ合って再会を楽しむ。
 ミュミュは二人の周りをしばらく飛んでから、ヴァルドリューズに頬を擦り寄せた。
「そうだ、クレア、落としモンだぞ」
 そう言いながら、カイルが、服の中から、古びた本を取り出す。
「こ、これは……! チャール・ダパゴの魔道書!? 」
 マリス、ケインも、クレアの声に驚き、彼女の手元を覗き込む。
「どうやって、これを? 」
 クレアが、カイルを見上げた。
 大事な魔道書が見つかり、喜ぶ前に、驚きの方が強いようだ。
「地割れに巻き込まれた時に、俺の近くに飛んで来たから、慌てて取っといたんだよ。
大事なモンだったんだろ、それ? 
 ついでに、ミュミュも近くにいたから、必死で掴んだんだ。ほら、こいついれば、どこでもいけるじゃん? はぐれちゃっても、みんなのことも探せるしさ」
 カイルが、にこにこと微笑みながら説明する。
「カイルってば、乱暴にミュミュのこと掴んだんだよ。ミュミュ、とっても痛かったの」
 ミュミュは、両隣にいるケインとヴァルドリューズとに、耳打ちした。
「ありがとう……! 」
 クレアは魔道書を大事そうに抱きしめ、瞳を潤ませた。
 カイルは、得意そうに笑ってみせる。
「それはいいとして、……あんた、随分さっぱりしてない? 」
 マリスが、カイルに顔を近付けて言った。
「ああ、俺たち、この先の村まで行って、一風呂浴びさせてもらってたんだ」
「なんですってぇ? 」
 ピクッときた彼らの心の動きを代表して、マリスがカイルの襟元を掴んだ。
「どーゆーことよ? 」
「私たち、あなたたちのこと必死で探したのよ? 魔道書を預かってくれて、本当に感謝してるけど、私たちのことを探してくれようともせずに、悠長にお風呂なんかに入ってたっていうの!? 」
 クレアもマリスと並び、背後に精神的炎を燃え上がらせた。
「えっ!? いや、そんなことないよ! さ、探したよ、俺たちだって。なあ、ミュミュ? 」
 カイルが尻込みしながら、ミュミュに訴える。
 ミュミュは、ヴァルドリューズの肩に座り、こくこく頷いた。
「ミュミュが『お兄ちゃんたち探そう』って言ったら、カイルが『じゃあ、俺はお姉ちゃんたち探す』とか言って、村に連れてけって言った」
「わーっ! バカッ! なんてこと言うんだ! 」
 ケインが溜め息を吐く。
「お姉ちゃんたち……」
 マリスとクレアは、三白眼でカイルを睨む。
「あんた、まさか……お風呂入って、綺麗になって、ついでに綺麗なお姉ちゃんたちと、遊んでたんじゃないでしょーねー!? 」
「私たちのことを探しもしないで、よくもそんなことを……! 」
「なっ、なんにもしてないってば! 綺麗なお姉ちゃんなんか、あの村にはいなかったしさ」
「そーゆー問題じゃないっ! 」
「わあっ! 」
 カイルは、二人に攻撃されていた。
 ぎゃあぎゃあと騒々しい場所から遠のいたケインとヴァルドリューズは、しばらくぼーっと立っていた。
 そんな中、ケインが切り出した。
「あの時、なんでマリスのこと、連れ戻さなかった? 」
 彼は、まだ完全には信用し切っていない目で、ヴァルドリューズを見た。
 対するヴァルドリューズは、暑い日差しの下であるにもかかわらず、涼し気な目を、彼に向けていた。
「マリスが、もし、セルフィス王子に会いに行ってしまったら、サンダガーの召喚も、ゴールダヌスの使命も――もしかしたら、魔王が降臨してきても倒す手段が何もなくなるかも知れなかったっていうのに、なぜ止めなかった? 」
 それが、今回の彼の行動で、ケインには不可解に思えた。
 降臨した魔王と対決するかまではわからないが、ゴールダヌスの計画は、マリス抜きでは考えられないもののはず。
 ゴールダヌス派ではないというヴァルドリューズは、もしかすると、それを成し遂げまいとしているのかも知れない、とケインは疑問を抱いていたのだった。
「私には、彼女を連れ戻すほどの魔力はなかったのだ」
 意外な返事であった。
「それなら、もっと早く俺に命じることだって、出来たはずだろ? 」
 ヴァルドリューズは、少し置いてから、答えた。
「彼女が、王子に会っても、いいと思ったのだ。彼に会うことによって、自分のいた場所へ帰りたくなってもいいと――戦いから足を洗おうと決めてもいい、とすら思った」
 ケインの深い青い瞳が、ヴァルドリューズの碧い瞳を、じっと見据えるが、本心からかどうか、それだけではわからない。
「彼女が戦いから引けば、ゴールダヌスの計画とやらは達成出来ないだろう。むしろ、そうなった方がいいっていうのか? 」
 ミュミュがぱたぱたっと、ケインの前に飛んできて、頬を膨らませた顔で睨んだ。
「ケイン、ヴァルのお兄ちゃんのこと、疑ってるのっ!? お兄ちゃんは、ちゃんと世界のことも、マリスのことも、考えてるよ。なのに、ひどいよー! 」
「ミュミュ」
 ヴァルドリューズは、やさしく手でミュミュを制した。
「ゴールダヌス殿の計画を達成させるのは、マリスの使命であると共に、私の使命だ。額のこのカシスルビーが証拠だ。これがついている限り、使いの魔道士は、その主人に絶対服従を誓うのだ。そういうものだ。
 同時に、マリスは、いずれ、ベアトリクスに帰るべき人間なのだ。それも、私の受けた指令でもある。だが、それは『いずれ』であって、『今』ではない」
「『今』じゃないと思うんだったら、なおさら、なんでマリスが戦いから抜けてもいいなんて思ったんだ? 」
 ケインの質問に、彼は、一瞬、瞳を揺らせた。

「それは、……マリスを、かわいいと思うからだ」

 すざざざーっ! 

 ケインは、思い切り、後退っていた。
「か、かわいい? マリスが? ……お前が? 」
 予想外の言葉に、ケインはしばらく混乱していた。
 気が付くと、ミュミュが「こらー、ケイン! 失礼だぞー! お兄ちゃんだって、人間なんだぞー! 」といいながら、ケインの頭をポカポカ殴っていた。
「以前、お前に言われたように、一年も一緒に行動していれば情も湧く。始めのうちは、彼女のことは扱い慣れず、随分苦労したものだが、今では、それほどでもなくなった」
 そう打ち明けたヴァルドリューズの瞳は、いくらか和んでいる。
「お前にしてみれば、ミュミュはかわいい存在だろう? それと同じことだ」
「そ、そうか。なるほど、ミュミュみたいな……。世話は焼けるけど、放っておけない感じの。女としてかわいいっていうより、コドモとか、ペットみたいな……そっか、そういうことかぁ! 」
「ミュミュは、ペットなんかじゃないでしょー! 」
 ミュミュがケインの頭の上に乗っかり、髪をぐしゃぐしゃにする。
「それじゃあ、……信じていいんだな? お前のこと」
 上目遣いに、ケインがヴァルドリューズを見る。
「それは、お前の勝手だが、……私は、お前を信じている」
 そう言ったヴァルドリューズの碧眼は、どこかやさしく、どこかからかうようにも見える、不思議な色合いに輝いていた。
 その端正な顔立ちも、さらっとなびいた黒髪も、彼の纏(まと)う東方系の神秘的な雰囲気も手伝って、男のケインでさえ、しばらく見蕩(みと)れてしまうほどであった。
(ずるい。こいつって、結構、ヒトを味方に引き込むの、苦手なようで、うまいかも……? )
 ちょっとだけ、彼のことを信じてみようかという気になった、ケインであった。


エピローグ

「なんか、ダグラはいなくなっちゃったけど、村まではもう少しなのよね? それじゃあ、出発! 」
 マリスが、元気よく拳を上げかけるが、
「あっ、そうだわ。その前に、せっかくだから、散々世話になったこの砂漠に名前を付けましょう! 」
「はあ、名前ねえ……」
 彼女の思いつきに、皆、顔を見合わせる。
「だって、今まで地図にも表記できないところで、埋没してた国だって、こうして遺跡となって現れてるわけだし。そういうのって、大抵、発見者が名付けるものでしょう? 」
 マリスは、自分の思い付きに酔いしれ、うっとりと、白く輝く石壁を、見回していた。
「正義の白い騎士マリユス・ミラー命名――いいえ、歴史に名を残すんだったら、本名の方がいいかしらね」
 こほんと咳払いをし、彼女は言い直した。
「正義の白い騎士マリス・アル・ティアナ命名、この砂漠の名は……」
「ちょっと待てよ」
 カイルが手で制した。
「もう、名前掘られてるぜ」
「なんですって? 」
 カイルが壁の一部を指差した。

 『この神殿を、「獣神サンダガーの神殿」と定める。
 これが存在している砂漠は、「ポペの砂漠」と命名する。
 変更したヤツは死ぬ。』

 誰が掘ったものかは、一目瞭然である。
「なんなのー? このラクガキはーっ!? あいつ、このあたしを出し抜きやがったわねーっ! 」
 自分のことは棚に上げ、マリスは怒り出した。
「ふざけた名前つけちゃって! なにが『ポペの砂漠』よ! ネーミングにセンスのカケラもないわ! 」
「案外、お前といい勝負じゃないか? 」
 思わず漏らした言葉を聞き逃さなかったマリスは、ケインをじろっと睨んだ。
「『変更したら死ぬ』だって。不吉だよなー」
「ほんと。これが、神様の考えることかしらね? 」
 カイルとクレアも、ほとほと呆れていた。
 そのタイミングで、ケインの服のポケットで何かが震え出した。
「どうしたのよ? 」
 マリスが、まだ機嫌の悪い顔で、ケインの手元を覗き込んだ。
 バヤジッドからもらったペンダントが握られている。
 ペンダントを開けると、彼の肖像画が、ぼわーっと実写に移り変わっていった。
「皆さん、こんにちは! お久しぶりです! といっても、まだほんの十日足らずですけど」
 元気のいいヒト離れした声がしていた。
 彼は、木の枝分かれしている手で、身振り手振りを交えながら、黒いフード姿で、ペラペラと喋っていた。
「魔力を妨害する時空の歪みがなくなったおかげで、また交信ができるようになったようだな」
 横から、ヴァルドリューズが言った。
「このペンダントって、向こうからの受信機能もあるのか。しかも、バイブ!? 」
 ケインを始め、皆も感心するというより、驚いた。
「いくら交信を試みても、どういうわけか、なかなか出来なかったものですから、心配しちゃって……。皆さん、大丈夫でしたか? 」
「おう! いろいろあって大変だったけどさ、もう大丈夫だぜ! 」
 バヤジッドに、カイルが笑顔で答えた。
「時空が入り組んじゃってて、それで、魔力が遮断されてたらしいんだ」
 ケインが付け加える。
「そうでしたが……。なるほど、そういうこともあるのですねえ。……ああ、なるほど、そういうことでしたか」
 彼は、同じことを繰り返したのち、納得したのか、両手をポンと打った。
「それで、あのー、……私のハトは、そちらに届いたでしょうか? 」
 木の魔道士は、遠慮がちに切り出した。
 その言葉で、一行は、オアシスを出る時、食料も何もかもが全部揃った後に、彼のハトが栄養の飴を運んできてくれたことを思い出す。
「そういう事情では、皆さんが、いくら私にお礼の連絡を取りたくとも出来なかったわけですね。いやあ、飴が届いたのかどうか、ずっと心配だったのですが、そういうことならわかりました。とんだ災難でしたね」
「あ、ああ」
 彼らは、曖昧に笑っていた。誰も、彼に礼を言おうなどとは思い付かなかったのだった。飴をもらったことすら、その場から忘れ去っていたのだから。
「あの、お礼が遅くなって、申し訳ありませんが、本当に、ありがとうございました。あの飴があって、私たち、非常に助かりました」
 クレアが、バヤジッドの顔色を伺うように、笑いかけながら、言った。
「そうですか、そうですか! 今はもう在庫がないんですけど、お気に召したのならば、作り次第、またそちらにお届け致しましょうか? 」
 バヤジッドは、嬉しそうな声を上げるが、一行は、顔を見合わせた。
「まだ余ってるし、幸い、近くに村もあって、食料には当分困らないと思うから、しばらくは大丈夫だわ」
 マリスが作り笑いで答えた。
 満腹感が得られず、彼女に限らず、皆にも、あの飴は物足りなかったのだった。
「そうですか。それでは、また何かあった時にでも。
 ……ああ、そうそう。皆さんが紅通りを整理して下さってからというもの、治安が良くなったおかげで、観光客が増えてきましてね、国内はおろか、なんだか近隣の国からも注目されてるみたいでして。もしかしたら、これからフェルディナンドは景気が良くなるかも知れませんよ」
 彼は、嬉々として喋っていた。
(だけど、あそこって、ニセ物ばかり売ってなかったっけ? 大丈夫なのか? )
 ケインを始め、皆、少々心配にはなった。
「それから、フェルディナンドの宮廷魔道士の代表が、魔道士参謀のダミアス様に、お礼のために、改めてアストーレを訪問するそうです。皇后陛下もご一緒で、しばらくはアストーレにご滞在なさるようです。多分、こちらは、アストーレの第三王女アイリス様の花嫁修業もあるのではないかと思われます。もちろん、これは、私の
密かな見解ですが、もしかしたら、姉君である皇后陛下が、王女殿下の花婿を、ぱっぱとお決めになってしまうかも知れませんね。私と致しましては……」
 そこで、マリスの手が、ケインの手の中にあるペンダントの蓋を伏せた。
(俺を気遣ってる? そんな必要ないのに……)
 ケインは無言でマリスを見つめた。
「しかし、モンスコールは野蛮だし、デロスは第一王子なので婿には向かないし、そもそも決闘の結果、結婚しないと約束されてるし……」
 バヤジッドは、閉じられたことに気付きもせず、喋り続けているが、声はフェイドアウトしていき、やがて消えていった。
「中原は、相変わらず、のんびりやってるみたいね。ま、あたしたちとは住む世界が違うのよ。勝手にやらせておきましょう」
(『住む世界が違う』って、もともとは、お前だって『そっちの人間』だったんじゃないか)
 何気なくそう言ったマリスに、ケインは思わず、くすっと笑いを漏らした。
(たいしたもんだよ、王女のくせに)
「なに笑ってるのよ? 」
 マリスが眉をひそめて、ケインを見る。
「いや、マリスって、やっぱ変わってるなぁって、思って」
「失礼ね。そんなこと言うの、ケインだけだわ」
 マリスは少しだけ頬を膨らませた。だが、それほど嫌そうではなかった。

 魔力を妨害するものはなくなったことで、ヴァルドリューズの空間移動術が使える
ようになった。
 一行が一カ所に集まると、周りには、見慣れた薄い緑色の結界が張られていく。
 カイルとミュミュが一足先に訪れた村を目指し、彼らは、新たな気持ちで繰り出したのだった。


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