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作品名:Dragon Sword Saga 第3巻『砂漠の謎』 作者:かがみ透

第16回   Z.『時空の歪(ひず)みと辺境』〜 2 〜
「あんたのような魔道士が、剣を手にしたって、使えっこないじゃない。それに、その剣は、持ち主以外のものが使うと、回収されることになってるのよ。だから、無駄だわ」
「おや、それは本当ですか? 一体、どなたが回収に来るというんです? なんなら、試してみましょうか? 」
 魔道士は、バスターブレードを、マリスに向かい、両手で低く構えた。
「このあたしに、魔道士風情が、剣で勝てると思うの? 」
「あなたの言う通り、持ち主以外のものが使って、本当に剣を取り返しに来るものがいるかどうか、確かめるのですよ」
「バカなマネはやめて! 確かに、その剣は、あたしのものじゃないわ。だけど、それを返してもらわなくちゃ、困るのよ。ここで、回収されたりしたら、もう二度と、取り返すことはできないかも知れないわ。だから、お願い! やめて! 」
 マリスは、いつになく必死な表情になっていた。

(俺の剣のために……? )
 時空の歪みである膜を覗くケインの心臓は、緊張したまま、高鳴って行く。

「……だったら、私と一緒に、ベアトリクス城へ行きますか? 」
 男は、剣を降ろすことなく尋ねた。
 マリスは、唇を引き結んだ。
「行けば、あなたは反逆罪、女王陛下からの処刑が待っていることでしょう。多分、あなたは裁判にかけられることなく、一生陛下の奴隷に終わるか、さもなくば……、死刑でしょう」

 クレアが、再び両手を口に当てる。
 ケインは、じっと動かず、目を反らせずにいた。

「……どっちもごめんだわ」
「では、力ずくで、剣を取り返してみますか? 」
 なおも、魔道士は挑発する。

 いてもたってもいられなくなったケインは、マスターソードに手をかけた。
「待て! 」
 サンダガーが、それを制する。
「お前は、あそこへ行くべきじゃない」
「助けなきゃ、マリスを……! 」
 剣を抜こうとしたケインの腕を、サンダガーが押さえつける。
「放してくれ、ダメージを受けたって、俺は構わない! マリスだって、あっち側にいるってことは、精神ダメージを受けてるはずだ! 」
「あいつは魔力が高いから、多少は守られる! 」
 常人程度の能力に抑えられた獣神でも、その手をどけることは、人間には不可能であるのか、剣に手をかけたままの体勢で、ケインは、膜に映るマリスを見ているしかなかった。
 が、次に何かあれば、サンダガーに止められても、何とかして、無理矢理にでも飛び込むつもりでいた。

「……随分、卑怯な手を考えるものね。あなた、そんなヒトだったかしら? 」
「ヒトは変わるものですよ。あなたが失踪して一年以上経つんです。ヒトの心など、変わるには充分な時間です」
 バスターブレードを構えたまま、魔道士は、平坦な口調で答えた。
「それに、今のあなたは、どういうわけか、あのゴールド・メタル・ビーストがついていないようですね。知っているでしょう? 私が、ヒトの守護神を感じ取るのに長(た)けていることは。
 剣も何もない上に、守護神まで無くされたあなたを、目の前にしているとは、なんと奇遇なことでしょう! あなたも、私の実力は、わかっているはずです」
「ええ。王太子セルフィスの側付き魔道士ギルシュさん――その隠された実力は、宮廷魔道士の中でもズバ抜けていたと、記憶してるわ」

(あいつが、セルフィス王子の――!? )
 ケインは、思わず、身を乗り出す。
 剣を掴む腕は、サンダガーに掴まれたままだ。
 クレアが、ますますはらはらした様子で見守るが、ヴァルドリューズは変わらず、冷静沈着な瞳で、見据えているだけであった。

 しばらくにらみ合いが続いていたが、不適な笑いを浮かべていたマリスが、肩をすくめた。
「どう考えても、そっちの方が有利だわ。お手上げよ」
「ほう、物分かりがいいですな」
 魔道士は、バスターブレードを降ろした。
「連れていけ」
 それを合図に、彼から離れたところの木や岩の間から、黒いフードを被った、痩せた男たちが、次々と現れる。

「汚いぞ……! あいつ、あんなに部下を連れてたのか」
 もがくケインを、やはり獣神が腕一本で抑えつける。
「マリス、逃げて……! 」
 クレアが、祈るように両手を組み合わせ、懇願した。
 ヴァルドリューズは、身動き一つしない。

 マリスの周りを、五人の魔道士たちが取り囲み、今にも近付こうという時だった。
「ぎゃああああ! 」
「ひゃああああ! 」
 突然、彼ら魔道士たちの身体は火ダルマになり、その場をのたうち回ると、一瞬にして、跡形も無く消滅していったのだった! 

 目の前の、信じられない光景には、ケイン、クレアも眼を見張った。
「な、なに? マリスが何かしたのかしら!? 」
「いや、構えは取ってるけど、何かしたようには見えなかった! 」
 目を凝らして、膜の映し出す映像に見入っている二人に見えているのは、マリスと、彼女の正面に、ただ独り、王太子側付き魔道士だという男が、立っているだけの光景だった。
 様子が違うのは、バスターブレードの他に、彼の手にはもうひとつ、宝玉の付いた透明な杖(ロッド)が握られていたことだった。
 ケインもクレアも、状況が把握できず、ただ唖然とする。

「やれやれ、やっと、あの小煩(こうるさ)いハエどもを、始末できた」
 魔道士の口調は、一変して、平坦から表情豊かになっていた。
「お怪我はありませんでしたか? もう大丈夫ですよ」
 魔道士は、すたすたと、マリスに寄っていった。
 マリスは、構えていた拳を降ろす。
「……あなた、いいの? こんなことして」
 彼女も、目の前の出来事に多少の驚きは隠せず、いくらか茫然とした表情だ。
「なあに、あいつらは、正規のベアトリクス魔道士団じゃないんですよ。宮廷魔道士のひとり――もう、だいたい見当はついてるんですけどね――そいつが、私につけた見張りなんです。
 私も妬まれやすいみたいで、いろいろと、足を引っ張ろうとする輩も多くてね。
この辺境は、よく魔物が出ることは、あなたもご存知でしょう? そいつが、彼らを食ったことにしておきます。彼らは、ベアトリクスのために、名誉ある殉職をしたのですよ」
 それまでとは打って変わった親しみやすい口調の魔道士は、滑稽な感じに肩をすくめてみせた。
 その動作に、マリスは安心して、ケラケラと笑い出した。
「ああ、もう脅かさないでよ! ほんとに連れてかれちゃうかと思ったんだから! 」
 ほっとして笑いすぎたのか、マリスの片方の目尻には、涙が滲んでいた。
「すみませんでしたね。あいつらの手前、仕方がなかったんですよ。これは、お返ししておきますね」
 彼は、すんなりと、バスターブレードをマリスに渡した。

 剣が戻ってきたのと、彼が敵でなかったことに、ケインとクレアは、ほっとし、全身の力が抜けたのだった。

「ですが、なぜ、またこんなところにいたのです? 見つけたのが、たまたま私だったからよかったものの、他の奴らだったら、本当に捕らえられていましたよ」
 男は、心配そうに言った。
「ちょっと変なところに落っこっちゃって。アストーレから西に行った砂漠の地下なんだけど、時空の歪(ひず)みみたいな膜があちこちあって、そのうちのひとつに映ってた岩の間を何気なく覗いたら、なんとなく、故郷の辺境に似てるなーって。
ほら、あたし、辺境警備隊もやってたじゃない? 
 そしたら、この剣が、そっちに落ちてるのが見えたから、ちょっと躊躇(ためら)ったんだけど、さーっと行って取ってこようと思ったのよ」
 マリスが肩をすくめた。
「そんな危険を犯してまで――よほど、大事な剣だったのですか? あなたのものではないとおっしゃってましたが」
「ええ。友達のなの。その人以外の人間が使うと、本当に巨人族が剣を取り戻しに来ちゃうんですって」

「本当なの? ケイン」
 振り返ったクレアに、ケインは、映像から目を反らさず、頷いてみせた。

「それにね、この剣は、その人のお父さんの形見なの。巨人族に取られちゃうことより、形見がなくなっちゃうことの方が、辛いじゃない? 」

 そう微笑んだマリスの顔を、ケインは目を見開いて見た。

「……あなたは、全然変わってませんね」
 黒いマントをなびかせ、魔道士ギルシュは、フードで隠れている顔を、懐かしそうに綻(ほころ)ばせた。
「変わったわよ。もう、ここにいた時のあたしじゃないわ」
「……今でも、旅を続けてるんですか? 私が聞いた話では、……『例の方』と組んで、召喚獣を呼び出しているとか……? 」
「う〜ん、まあね」
 考えながら、マリスは答えた。

「召喚獣じゃねえっ! 俺は、神だぞ! 」
 膜の絵に向かい、サンダガーがわめくが、二人には届いていない。

「……殿下には、会っていかれませんか? 」
 魔道士の男の瞳が、ふっと和らぐが、声には、慎重な様子がこもっていた。
 マリスの肩が、わずかにピクッと反応した。
「……会わないわ。会う資格はないもの」
 マリスは、ギルシュから目を背けた。
「セルフィス様は、今でも、あなたのことを……お待ちになっております。あなたが問われている陛下への反逆罪などは、誤解であることは、見抜いておいでです。私が、特殊な結界をお張り致しますから、一瞬でも、殿下にお会いになってはいかがですか? 」
 驚きを隠せずに、マリスは彼を見上げた。
 その紫水晶のような瞳は、驚きだけでなく、微かな期待をも、隠せずにいた。

「なあ、もうそろそろマリスを連れ戻そうぜ。でないと、俺様が付いてないのに、ベアトリクス城になんか行ったりしたら、どんなヤツが出てくるか……、あの魔道士が優秀だっていったってなあ、女王だって、抜け目ないんだぜ。ちょっとヤバいんじゃね? 」
 今の自分の力では、彼女をこちらに連れて戻すことは出来ないと踏んで、サンダガーは、ヴァルドリューズに催促しているのだった。
 といって、ヴァルドリューズにさえ、そこまでのことが出来る魔力が残っているのかも、定かではない。
 残る手段は、ケインのマスターソードで、時空の歪みを破るのみだが、ケインは、それは、まだだと思っていた。彼女の次の言葉を聞いてからでも遅くはない、と。
(せっかく、故郷に戻ってきたんだ。セルフィス王子が近くにいて、あの腕の立つ魔道士が、会わせてくれるっていうんだから、せめて一目でも、王子に会わせてやりたい……)
 そう思う反面、会わせたくない気持ちもあるのが、正直なところだった。
 実は、会って欲しくない方が大きかったかも知れない。
(バカなことを……王子と張り合おうってのか? 二人は許嫁だったんだぞ。俺なんかが、彼女に、行くななんて、言えるわけないだろ)
 心の奥底にあった、以前の恋人の、咎(とが)めるような顔が浮かぶ。
(……そうだよな。きみが見たのは、きっと彼女じゃない……)
 ひとり想いを巡らせているケインの隣では、サンダガーが、ヴァルドリューズに文句を言い続けているが、彼は一向に取り合う様子は無い。
(そういえば、なんでヴァルは、早くマリスを助けようとしない? 俺にマスターソードを使って、歪みを切り裂くことも命じようとしないし……)
 ケインが、慎重な視線をヴァルドリューズに向けるが、彼は、サンダガーの文句もまるで聞こえてはいないかのように、膜の向こうに映るマリスと、魔道士の男から目を離さず、静かに見ていた。

 少しの沈黙の後、マリスが顔を上げた。
「せっかくのご厚意だけど、……遠慮させて頂くわ」
 にっこり笑ってはいたが、その水晶の瞳は、どこか淋し気だった。
「さっきも言ったように、あたしは、もうあの時のあたしじゃないのよ。人だって
殺したことあるし、男の人だって……騙したことはいっぱいあるし。女王が怒ってる
とかは関係ないの。あたしは、セルフィスに会わせる顔がないのよ」
「しかし、殿下は――」
「お願い! 会わせないで! 」
 魔道士の言葉を、マリスは鋭く打ち切った。
「あたしの勝手な言い訳を、押し付けて悪いけど、お願いよ、彼とは会わせないで。今、会ったら、全部終わりになってしまうわ! あたしは、彼と一緒にいたくなってしまう。そうなるわけにはいかないのよ。まだまだ、倒さなくちゃいけないものは多くて、だけど、あたしを助けてくれる仲間も出来たの。あたしは、城の中でぬく
ぬくしているよりも、その人たちと魔物を倒していくことに決めてるの。その方が、あたしだって、生きてるって思えるんだもの」
「……ゴールダヌス殿の命令だからですか? 」
 彼は、静かに尋ねた。
「……知ってたの? でも、あたしが自分で決めたことだから、この際、じいちゃんは、関係ないわ」
 マリスは、一度、地面に視線を落としてから、顔を上げた。
「ひとつだけ、お願いを聞いてくれないかしら? 」
 魔道士は、慎重な態度で、ゆっくりと頷いた。
「あたしが、みんなのところに帰るのを手伝って欲しいの。みんなって、今一緒にいるみんなのことよ」
 魔道士は、彼女の手にしているバスターブレードに視線を移す。
「その剣の持ち主も、いらっしゃるのですか? 」
「ええ。彼は、結構いいヤツなのよ」
 マリスが魔道士にウィンクしてみせる。

 ケインは、ちょっと嬉しく思った。

「ちょっとぼーっとしてるんだけどね」

 それは余計だと、ケインは思った。

「それでは、どちらにお送りすればよろしいでしょうか? 」
 魔道士ギルシュが尋ねる。
「そうねえ……。ヴァルー、その辺にいるんでしょう? ちょっと迎えに来てくれない? 」
 マリスは、あちこちに向かい、呼びかけた。

 ヴァルドリューズとケインの目が合った。
「ケイン、マスターソードを、時空の歪みに突き刺してくれ」
 待っていたとばかりに、ケインは目の前の時空の膜に、剣を差し込んだ。

「げっ! なんで、あんなところに剣が!? 」
 マリスは、彼女からすると、右の空に見えているであろう剣先を見付け、驚いて後退(あとずさ)った。
「どうやら、あそこらへんにいらっしゃるようですね」
 魔道士が片手をすっと上げると、マリスの身体が、ふわっと宙に浮かぶ。
「ありがとう! この恩は忘れないわ! あなたも気を付けてね、ギルシュ! 」
 魔道士に向かい、マリスは手を振ると、剣の刃へと近付いていった。

 剣へ近付くにつれ、マリスの身体は黄金色の光に包まれた。剣の差し込まれたところからは、同じような金色に包まれた腕が、マリスの腕を掴み、引き上げる。
 完全に、膜から抜け切った時、弾かれたように押し出され、ちょっとした風を巻き起こす。
 それから、ケインは、マスターソードを膜から抜き取り、元通り鞘に納めたのだった。
 金色の光が収まるのと引き換えに、マリスの姿が現れた。
 薄暗い、青白い光の岩の中を、きょろきょろし、ケイン、クレア、ヴァルドリューズに気が付く。
「マリス! 」
 クレアがマリスの首に飛びついた。
「クレア、ケイン! 皆、無事だったのね!? 」
 クレアの瞳から伝わった涙の粒が、マリスの首筋を濡らす。
「どうして泣いてるの? 」
「なんでもないの。……マリス、戻ってきてくれて良かった……! 」
 ケインも、クレアが彼の想いも代弁してくれたように思いながら、微笑ましく、二人を見守る。
 マリスは、わけがわからず、しばらく呆然としていた。
「……そっか、あの剣は、マスターソードだったのね? 」
 ケインと目の合ったマリスは、クレアの腕をやさしく解いてから、右手に握り締めていた巨大な剣の柄を、彼に差し出した。
「これ、落ちてたから」
 ケインは、何とも言えない瞳で彼女を見つめると、思わず抱きしめていた。
(バスターブレードと一緒に、無事戻ってきてくれた! )
(どんなに王子に会いたかったことか! それを振り切るのは、本当は辛かっただろう……! )
 言葉にならない様々な想いが、彼の中をかけめぐる。
 殴られてもいい! ぶっ飛ばされてもいい! そう覚悟していたのだが、マリスは、意外にもおとなしくしていた。
「ちょ、ちょっと待って! 誰よ、あんた!? ……もしかして、サンダガー!? 」
 ケインの腕の間から顔を出し、マリスは驚いていた。
 サンダガーは、誇らし気に、腕を組む。
「いかにも、俺様は、お前の守護神、獣神サンダガー様よ。さっき、お前を空間から引き上げたのも、俺様なんだぜ? おめえが精神ダメージを受けるのをカバーするためにだな、神々しい黄金の結界で包んで――」
「なっ、なんで、あなた個人で独立してんのよ? 」
「んなこたあ、ヴァルドリューズに聞け! あいつのせいなんだからな」
 得意げに説明しかけていた獣神であったが、思い出したように不機嫌になった。
 サンダガーから視線をヴァルドリューズに移す。
 ヴァルドリューズは、普段の平然とした目で、彼女を見下ろしている。
 ケインが手を離し、マリスは、ヴァルドリューズに近付いた。
「どういうことなの? 」
「ここは、次元の穴が常に移動しているらしい。おおよその範囲は決まっているよう
だが、地上に現れたり、このように地下に引っ込んだりしているのだ。
 しかも、ここは、いろいろな辺境とも、次元を越えて簡単につながっている。地上で感じられたおかしな『魔』の気配とは、魔物だけでなく、あまりにも重なった時空の歪みなどが原因だったのだ。
 サラマンダーとの戦いで、それに気が付き、不安定な時空のもとで獣神を召喚したままでは、お前の身が危険だと分かったのだ。
 ここは、本来の魔力の約半分の能力しか発揮できない。最悪、お前の精神が彼に乗っ取られてしまう恐れもあったのだ」
 初めて明かされた事実に、サンダガーを除いた三人は、ぞーっとしていた。
「そこで、ある呪文を試したのだ。以前、魔神『グルーヌ・ルー』の力を借り、編み出しておいたものだが、サンダガーを人間程度に抑える呪文だ。呪文自体はたいしたことはないが、タイミングが難しかった。
 彼が、マリスから、完全に分離してしまう直前にかけないと、効果のないものだったのだから」
 ケインには、わかるようでいて、よくわからなかったが、マリスとクレアは、理解出来た。
 側で聞いているサンダガーは、聞けば聞くほど面白くもないという顔になっていった。
「そんなに時空が入り組んでいたところだったのね。なんでなのかしら? 」
 マリスが、首を捻る。
「大昔、魔神『バール・ダハ』を呼び出した魔道士のことを、知っているか? 」
 ヴァルドリューズは、皆を見渡した。
「バール・ダハ? ――どこかで聞いたような……ああ、そう言えば……! 」
 ケインが、手を打った。
「ザンドロスって上級のヤミ魔道士が、確か、俺とマスターソードを手に入れて、そいつを召喚しようとしていたんだった! その時、聞いた話だけど、大昔、ある魔道士が召喚したんだが、制御出来なくて、魔神は暴走し、国一つを地中に埋没させた――とかなんとか」
「その場面なら、俺も知ってるぜ。天界で見てたもんな」
 サンダガーがケインに続いた。
「まあ! なんですって? そんな大変な事態を止めもせずに、ただぼーっと見ていただけだっていうの? ひどいわ! それでも、神様ですか!? 」
「分野が違うんだよ。しょうがねえだろー」
 目尻のつり上がったクレアに攻められ、サンダガーは、面倒臭そうな声を出した。
「それが、ちょうど、この砂漠の辺りだったということを、思い出したのだ」
 ヴァルドリューズが、静かに添える。
「時空の歪みは、その時の魔神が暴れたせいだろう。ここの次元の穴も、ここを通り、他の時空にも現れたり、消えたりしていたのかも知れん」
「ベアトリクスの辺境にも、時々魔物が現れたりしてたのよ。まさか、その影響じゃ――? 」
 マリスに、ヴァルドリューズは頷いた。
「原因の一つではあるだろう」
「じゃあ、ここのこんがらがった時空の歪みをなくせば、魔物の行き来は随分減るわけね? 」
「少なくとも、ここを通じての魔物の行き来は、止められるな」
 サンダガーが答え、ヴァルドリューズも頷いた。
 マリス、ケイン、クレアは顔を見合わせ、「よし! 」と言うように大きく頷き合った。
「……ということは、ちょっと待ってちょうだい」
 何かを思い出したようなマリスは、皆を見回した。
「ここの空間とベアトリクスの辺境がつながってたんなら……さっきもここにいたあなたたちは、まさか――!」
 マリスの顔から、さーっと血の気が引いていった。
「さっきのベアトリクスでの会話、……まさか、全部聞いてたんじゃないでしょうね? 」
「そんなの当たり前だろ? 」サンダガーが平然と言った。
「なんですって……! 」
 顔面蒼白になり、よろめいているマリスに、ケインが怪訝そうな顔を向ける。
「おい、大丈夫か? 」
 マリスの頬が上気していく。
「いやーっ! バカー! 」
 びたん! 
 ケインの頬に、凄い衝撃が走った。
 そこだけでは収まらず、頭にまで響いていき、心にまで伝わった。
「忘れて! 忘れるのよ! いい? 思い出しちゃだめ! わかった!? 」
 マリスは、ケインの襟元を掴むと、がくがく揺すった。
「なによ、別に、変なことは言ってなかったじゃないの」
 クレアが首を傾げる。
「私は感動したわ。マリスにも、好きな人がいたのね? それも、王子様だなんて――素敵! 」
「だめだめだめだめ! 絶対に忘れるのよ! わかった!? 」
 ケインは放り捨てられ、マリスは顔を真っ赤にしたまま、クレアに迫って行くが、クレアの方は、にっこりと微笑み返していた。
「あら、いいじゃないの、隠さなくたって。マリスも、普通の女の子だったのね」
「いや、全然普通じゃない」ケインの呟きは、かき消された。
「ああ! 私もいつか、素敵な恋をしてみたいわ! 」
 両手を組み合わせて、うっとりと宙を眺めているクレアを、ケインは驚いて、一歩引いて見ていた。
「俺は、当然知ってたぜ。マリスの守護神様だもんな。お前のことなら、なんでも知ってるぜー」
「バカバカバカバカ! 全部あんたのせいだからねーっ! 」
 追い討ちをかける獣神に、動揺したマリスは、いつまでも責め立てていた。


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