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作品名:Dragon Sword Saga 第3巻『砂漠の謎』 作者:かがみ透

第14回   Y.『砂漠での戦い』〜3〜
 ぽたっ……ぽたっ……
 どのくらいの時間が、経っただろうか。
 頬に当たる冷たい滴(しずく)で目が覚め、ゆっくりと瞼を開いていく。
 周りは、薄暗かった。
 特に打った様子はなく、怪我もないようだとわかると、ケインはゆっくりと身体を起こす。
「……ここは! 」
 ガバッと跳ね上がると、目の前には石造りの建物が、ずらりと並んでいたのだった。
「確かに、あの時、砂漠に出来た地割れの中に落ちて行ったはずだけど、まさか、ここは、あの砂漠の地下!? 」
 周りを見渡すと、少し離れたところにある、ピンク色の布が目に留まる。
「クレア! 」
 ケインがクレアのところへ駆け寄ろうとすると、何か薄い膜のようなものに当たった。弾力性があり、押したり、引きちぎろうとしても破れそうにない。
「クレア! クレア! 」
 ケインの呼びかけが届いたのか、ピンクの服の少女は起き上がった。
「……ケイン? 」
「良かった、無事だったか」
「ええ、ケインも」
 駆け寄ったクレアの声は、膜のせいか、いくらか声がこもって聞こえる。
「ここに、変な膜があるらしいんだ。待ってて、今破るから」
 クレアに離れるよう合図してから、空間さえも切り裂けるバスターブレードに、ケインが手をかけようとするが、次の瞬間、彼の顔から血の気が引いた。
「なんか背中が軽いと思ったら……! 」
 そこに、剣はなかった。認めたくはなかったが、どうやら、バスターブレードを落としてしまったようだと、彼は悟った。
 慌てて周囲を探すが、それらしいものは見当たらない。
 視線を腰に移し、マスターソードは無事であることがわかり、ほっとする。
(だけど、バスターブレードが……レオンの形見の剣が……! )
 茫然と立ち尽くしているケインを、膜の向こう側から、クレアが心配そうな顔で見ていた。
 思い直したケインは、マスターソードを抜くと、膜の壁に斬りつけた。剣は、あっさりと膜を貫通した。
「他の皆は? 」
「私の見たところ、他に誰もいなかったわ」
 落胆した様子で、クレアは言った。
「俺、どこかにバスターブレードを落として来ちゃったみたいなんだ」
「ケインも!? 私も、ヴァルドリューズさんから頂いた魔道書がなくなってるの」
 二人の間には、心細い沈黙が生まれていた。
「……とにかく、剣や魔道書もだけど、皆のことを探そう」
「ええ」
 ケインのいる場所は、石がごろごろと転がっており、行き止まりであったので、クレアのいる側へと、膜を通り抜けた。
 クレアの手のひらに、小さな光の球が浮かぶ。それを頼りに、白い煉瓦(れんが)のような石造りの町の中へと、進んで行く。

「こんなところに町があるなんて……」
 おそるおそる、辺りを伺いながら歩く二人は、近付くにつれ、建物に見えたものはただの壁であったこと、町全体が迷路のように入り組んだ作りになっていることが、わかってきた。今のところ、家らしいものには、出くわさずであった。
「ヒトは住んでいないのかしら? 」
 心細そうな声で、クレアが呟いた。
 天井を見上げてみても空ではない、星のない闇が広がるばかりだ。日もないため、
辺りは薄暗いが、クレアの魔法の光球が白い石の壁に反射し、またそれらの石材が
わずかに発光しているようで、うっすらと青白い光であったが、町の中は、多少は
様子がわかった。
「ヴァルは、いそうか? 」
「それが、この場所は、魔力を察知しにくいみたいなの」
 思わず、ケインの足が止まり、改めて、クレアを見直す。
「今までいた砂漠みたいに、……いいえ、なんだかそれ以上に、『魔力を妨害している何か』が、強くなっているみたいなの」
「魔力を妨害する何か……? とにかく、得体の知れない場所らしいな。今のところ、住民とか生き物とかには出会ってないけど、ここは、俺たちにとって安全な場所とは言い切れない。早く皆と剣、魔道書を見つけて、ここから脱出する方法も探さないと」
「そ、そうね」
 ますます心細そうな声で、クレアは頷いた。
「マリスー! ヴァルー! カイルー! ミュミュー! 」
 ケインが呼びかけるが、反応はない。二人は、仲間の名前を呼びながら、いくつかの角を曲がる。
 そのうちに、とうとう町の出口と思われる門を出ていた。
 そこには、不思議なことに草も生え、木まで立っていたのだった。
「こんな日の当たらない場所に、草木が……? 」
 ケインが辺りを見回していると、クレアが、ある木の影を指さした。
「……誰かいるわ! 」
 ケインも見てみると、確かに、ヒトが座り、背中を丸めているような影が見えたのだった。それも、鎧を着ているようで、暗闇の中でも、光球に反射し、背中が光っている。
「マリスは甲冑着てなかったし……、もしかして、ここの住民かな? 」
 ケインがクレアを振り返ると、クレアも頷く。二人は、ゆっくりと、その人間に近付いていった。
「すいません、ちょっと、お聞きしたいんですが……」
 草むらを踏みしめ、声をかけながら近付くが、その人間は、なかなか振り向かない。
 かなり近付き、二人は、その者のすぐ後ろにまで来ると、どうやら、夢中で何かを食べているようで、物を飲み込む音が聞こえてくる。
 その後ろ姿を見ているうちに、どこか奇妙な感じがする。
 やはり、甲冑を着ていて、兜からは長い髪が、背中に垂れている。そして、最も奇妙なのは、尾が生えていることだった。
「人間じゃなさそうだけど、ここの住民かな? 」
 ケインが小さな声で言うと、クレアも、どうしていいかわからない顔で、曖昧に頷いた。
 身体の大きさは、ケインと大して変わらないように見えた。この世界に住む種族でも、言葉が通じるものか不安はあったが、思い切って、ケインは問いかけてみた。
「あのー、すいません。ここのヒトですか? 」
「俺のことか? 」
 そう男の声が返ってきた。彼は、両手に何かを抱えたまま、むしゃむしゃ言いながら、くるっと振り向く。
「良かった! 言葉は通じるみたいだ! ……ん!? 」
 ケインもクレアも、思わず目を見開き、まじまじと、その男の顔を覗き込んでいた。
 よく見ると、彼は金色の甲冑に身を包み、髪も金髪(ブロンド)、男の割に綺麗な整った顔をしているが、目付きは悪い――明らかに、二人の知っている顔であった。
しかも、つい先に見たばかりの。

「……サ、サンダガー!? 」

 ケインとクレアは同時に叫ぶと、後退っていた!
 時が止まってしまったかのように思えた二人であった。

「サンダガー……いや、マリスなのか? 」
 ケインが思い切って尋ねる、というよりも、無意識のうちに言葉が口から出ていた。
「はーっはっはっはっ! 」
 獣神がいきなり豪快に笑い出したので、二人はビクッと、再び後退った。
「俺はマリスじゃねえ。正真正銘のサンダガー様だ! 」
 それだけ言うと、彼はまた両手に持った肉にかぶりついた。
(それは、もしかして、あの時食ってた、巨大サラマンダーの……? )
 ケインは目を丸くした。
「あの、ここは一体、なんなのでしょう? 」
 クレアが、ケインの背に隠れながらも、おそるおそる問いかけた。
「どっかの国みてえだな、それも相当古く、寂(さび)れてる。大昔に滅亡して、砂漠ん中にでも埋まっちまった国なんじゃねえの? 」
 興味のなさそうにいい加減な口調で答えると、骨までも食べ尽くしてから、立ち上がった。一八〇セナ以上ある長身のケインと同じくらいの背丈であった。
「だが、その割には、その辺の石には魔力が宿ってるんだか、発光してんのはそのせいだ。ここも、微妙に魔空間に近い。その光の球を消してみな」
 言われて、クレアは光球をしぼませた。
 淀んだ月明かりにでも照らされたような、ぼんやりとした青白い光ではあったが、瓦礫のような石からは、僅かに発光していた。
「……それで、その、……マリスは、一体どこに? 」
「さあな」
 ケインの質問に、彼は、あっさりと答えた。
「マリスの身体から押し返されて分離した俺様は、仕方なく、自分の住処(すみか)へ帰ろうとしたんだが、その時には、既に、『ここ』に来てたんだよ。おかげで、やっと自由の身だぜ! 」
 サンダガーが自由の身とは、もしかしたら、それは、とんでもないことなのでは……! と、顔を見合わせたケインとクレアの表情は、緊張を帯びていく。
「ふん、マリスのダチどもか」
 サンダガーは両手を腰に当て、二人をじろじろと眺め回した。その威圧的な雰囲気は、巨大化している時と何も変わらない。
「特に、お前」
 サンダガーは、ケインに指を突き出した。
「お前は、どうも気に食わねえ。いずれ、俺様に楯突(たてつ)くような気がする」
「なんだって!? 俺がマリスに……? 」
「マリスにじゃねえ! ――いや、そうかも知れねえが、俺様にだ! 」
 ケインにもクレアにも、どういうことなのか見当も付かない。
「かといって、今のうちに潰しとくってほどでもねえけどな。マスターソードも、まだまだたいしたことねえし」
 サンダガーは、ケインを見下すように見て、にやっと笑った。
 ケインの背筋が、ぞくっとした。獣神がその気になれば、人間など一瞬で――と考えると、脂汗が流れる。
「だが、今のところ、お前はマリスの役に立ってるみてえだからな。俺様が付いたおかげで、あいつもストレス溜まってるから、それを発散してやれば、俺様も、少しは助かるからな」
「……? 」
 訳がわからないといった風に、ケインとクレアは、またもや顔を見合わせるが、獣神は構わず、ふふんと鼻で笑った。
「マリスもヴァルドリューズのアホも、まだ気付いてはいないが、俺様の計画は着々と進んでるってわけよ!」
 サンダガーは、笑い声を上げた。
「まあ、あのヴァルドリューズさんを、アホ呼ばわりするなんて! 」
 クレアが信じられないという顔になる。
「ちょっと待て。なんなんだ、その計画って? 」
「なあに、ほんのささやかなもんよ」
 聞き捨てならないといったケインに、サンダガーは、にやにや笑いながら、肩を竦めてみせた。
「ウソだろ? ささやかなもんとか言いながら、実は、世界征服とか考えてるんじゃ……!? 」
「ウソなもんか。神はウソつかないぜ? 」
 けろっとした顔で弁明する神を、ケインは横目で睨む。
「だいたい、あなたは、何の神様なんですか? 」
 ケインの後ろから、クレアが震える声で尋ねる。
「五人の獣神のうちのひとり、雷獣神のサンダガー様だ。うーんと……、そうだな、強(し)いて言えば、勝利の神かなー? まあ、戦いにおいては無敵の神ってことさ。雷の術なんか得意だぜー! 後はな、そうだなぁ……」
(……それ、今考えてないか? )
 にこにこと得意顔のサンダガーに、目を丸くするケインは、どうも『神』と話しているような気がしなかった。
「とにかく小僧ども! 俺様は、せっかく自由になったんだ。てめえらの話に付き合ってるヒマはねえ。腹も膨れたことだし、いっちょ地上で暴れるとするか! あばよっ! 」
「なっ、なんだって!? 」
 いきなりサンダガーは物凄い勢いで、土埃(つちぼこり)を巻き上げ、飛び上がった。
 それだけの動作でも、かなりの風圧が起こり、木は揺らぎ、草は抜けてはらはら散っている。
「はーっはっはっは! 」
 サンダガーの笑い声だけが、暗闇の空に響いていた。
「ケイン! サンダガーは、マリスを離れた今、人間界で暴走するつもりなんじゃ……!? 」
 立っているのもやっとの暴風の中、クレアがケインにしがみついて、声を張り上げた。ケインも、彼女が飛ばされないようしっかりと抱きかかえ、獣神の消えた天空を、睨むようにキッと見上げた。
「制御出来る者が地上にいない今、サンダガーに暴走されたら、世界は一体……!? 
 魔物から世界を救う為に使おうとしている召喚魔法『サンダガー』が、今まさに、世界を滅亡の危機へと、追い込もうとしているなんて! 」
「禁呪は、やっぱり、こうしたことが予想された、使ってはならない技だったんだ! 」
 ケインがどうしようもなさに、ぎゅっと目をつぶり、口を引き結ぶ。
 クレアも、顔を覆った。

「いてっ! 」

 遠い空の彼方から、そのような声が微かに聞こえたと思うと、ひゅるるるるる……と、何かが堕ちてきた。
 『それ』は、地面に触れることなく、くるっと回転して、宙に浮かぶ。その時、ちょっとした風圧が起こった。
「ちくしょう! どうやら、ヒト並みの術しか使えねえらしい。しかも、このよじれた空間の中じゃあ、ヒトの力では、『外』に出るのは不可能らしいな。
 ……ヴァルドリューズの野郎、ハカリやがったな!? 」
 そう空中でブツブツ言い、悔しそうにしているのは、つい今し方飛んで行ったばかりの、『獣神サンダガー』その人であった。


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