どぼふあっ!
その時、強い風が地面をえぐった。 サラマンダーの巨体は、何かで突き飛ばされたように、一瞬で弾き飛び、砂にめり込んだ。 「ヴァル! 」 マリスの歓喜の声が響く。 ケインのすぐ後ろの空間が揺らめくと、そこには、ヴァルドリューズが姿を現したのだった。 「おーい、ケイン、マリス、大丈夫だったかー!? 」 舞い上がる砂煙の中から、カイルとクレアの乗ったダグラと誰も乗っていないダグラがやってきた。 「き、貴様、仲間がそんなにいたのか!? 」 プーが、素っ頓狂な声を上げた。 ケインの隣に来たヴァルドリューズは、ちらっと、プーの乗るゴーレムを見上げた。 「ヤツは? 」 「ああ、昔の知り合いだ。どうやら、『蒼いじいさん』の一派らしい」 ヴァルドリューズの瞳が、一瞬鋭く細められた。 「ヤツ自身は、まだ駆け出しの魔道士なんだが、あのゴーレムは、上級魔道士の作ったものだと言っていた。剣で斬ってもすぐにくっついてしまうんだ」 ケインが話し終わるか終わらないうちに、巨大トカゲが砂の中から、むっくりと起き上がる。 「ゴーレムは私がなんとかする。魔獣は、お前が倒せ」 「あんなデカイ魔獣を、俺ひとりで!? 」 思わず、ケインはヴァルドリューズを見返した。 「どうした? お前ひとりでも、マリスを魔獣から守ってやるのではなかったか? 」 彼の静かな声は、挑発しているかのように、ケインには思えた。 「……そうだったな」 ケインは、手にしているバスターブレードに、ぎゅっと力を込めた。 「それではない。マスターソードを使え」 落ちているマスターソードを拾って、ヴァルドリューズが差し出した。 バスターブレードを背中に担ぎ直し、戻って来たマスターソードを両手に握り締め、ケインは、サラマンダーに向かって構えた。 「それは、あたしの獲物よー! サンダガーに食わせるんだから! 」 マリスのヤツ、この期に及んで何を言ってるんだと思いながら、ケインは、大トカゲに向かい、斬り込んでいった。 サラマンダーは、さすがに砂漠慣れしていて、ゴーレムよりも、動きが敏捷だ。 ケインが、フェイントをかけても、すぐに方向転換が出来る。 深い砂場を走り回らなくてはならない人間の方が、断然不利な状況には違いなかった。 それでも、一瞬の隙を見つけ、ケインは魔獣の振り翳す鋭い爪目がけて、一気に斬りつけた。
しゃあああぁぁぁあああ!
三本の指先は、それぞれ飛び散った! そこから不気味な緑色の血液が、ぶしゅ〜と勢いよく流れ出る。 牙だらけの口は天を仰ぎ、舌もちりちりと伸び上がっていく。 その間にも、ケインは、魔獣の白い腹の下に滑り込み、斬りつけていった。 魔物特有の血が、白い腹からも吹き出す。緑色のぶよぶよした内蔵が、割れた腹から覗く。 彼は、その場から脱出し、倒れるのを見届けようとしたのだが、 「ケイン、よけて! 」 マリスの声が聞こえたような気がした。 と同時に、サラマンダーの口から炎が吐き出された! 人ひとりなど簡単に包み込んでしまうほど、大きく、勢いもある炎の渦が、ケインを襲った。 マスターソードを迫り来る炎に向けて突き出す。
しゅるるるるるる……!
炎はすべて、マスターソードの中に吸収されていった。 (良かった。マリスに剣を使われても、中のダーク・ドラゴンは逃げなかったみたいだ) ちらっと、剣の柄を見て、ケインは、わかっていたことでも安堵した。 「むうぅぅ! やはり、恐るべし、マスターソード! 」 プーの声だった。 (あいつは、きっと、魔石を三つとも揃えたマスターソードのままだとでも、思っているんだろう) 炎を吐き続けるトカゲの術を、次々と、難なく吸い込んでいくマスターソード。 ダーク・ドラゴンも喜んでいるのか、剣の中で、勢いよく、くねりまわっている感じが、ケインにも伝わる。 「そろそろ、反撃させてもらおうか」 サラマンダーから、再び発射された炎目がけ、ケインがマスターソードを向けた。
『剣に棲(す)まいし黒き竜――ダーク・ドラゴン――よ。紅(くれな)いの竜に、その身を映(うつ)せ! 』
剣先から現れた、西洋竜を象(かたど)った黒い影は、瞬時に赤々と燃え盛った。 渦巻く炎に、まるで生きたドラゴンのような炎が激突する! 炎のドラゴンが、炎の渦を喰らうように、二つの炎は絡み合い、周囲を赤々と照らす。 「レッド・ドラゴン――!? 」 マリスとカイルが同時に叫ぶ。クレアは、驚きのあまり、声も出せなかった。 ヴァルドリューズの瞳は、何かを確信したように、微かに光る。 炎の竜が渦を吸収し、サラマンダー本体にも襲いかかると、もはや、サラマンダーに逃げる術(すべ)はない。 レッド・ドラゴンに絡めとられた巨大トカゲは、跳ね上がりながら、なんとか飛び退いたが、口先から腹にかけた全身の半分が焦げ、パリパリと、皮膚が鱗(ウロコ)のように割れ目が出来、剥(は)がれかかり、激痛に、のたうち回っていた。 「すごいわ……! マスターソードって、炎の技も出来るのね!? 炎系の得意なサラマンダーにさえダメージを与えるなんて――! 」 捕らわれの身であるマリスが、そんなことは一切忘れているかのような、感心した声を上げた。 「ふふん、あんなのは、ほんの序の口だ。あの剣は、私の呼び出したデモン・ビーストですら、一瞬にしてやっつけてしまったくらいなのだからな! 」 プーが、誇らし気に、威張って見せた。 (お前って、一体……? ホントに敵なのか? ) 時々、ケインは疑問に思う。 それまで、ゴーレムに水の呪文を浴びせる様子のなかったヴァルドリューズに、動きが現れた。 彼の指が三角印を作り、その中に、ぼわーっと金色の光が生まれていた。 マリスの周りにも、白い煙のようなものがしゅうしゅうと集まっている。 その光景を、一行が目にしたのは、二度ほどあった。 (まさか、獣神『サンダガー』!? ) プーの目の前で、マリスの身体は、金色の光に包まれたかと思うと、巨大化が始まった! 「な、なんだ!? 」 ゴーレムの肩の上で、プーが驚いていた。 マリスを掴んでいたゴーレムの指が、どれもみしみしと軋(きし)みを立てると、大きな罅(ひび)が入っていったのだった。
ばごほぼふぁおっ!
「ぎゃーっ! 」 ゴーレムの手が崩れる音と、プーの叫び声は、殆ど同時だった。 金色の光は、ますます巨大化していき、ゴーレムと同じ位の大きさにまでなっていった。 そして、その金色の光の塊は、ヒトのような形へと変貌していったのだった。
「ふはははは! お久しぶりだぜーっ! 」 聞き覚えのある声が、響き渡る。 金色にたなびく長髪、白い彫刻のような整った顔立ち、全身を金色の鎧に包まれた美しくもあるが、邪悪でもある姿形――それはまさしく、『彼』以外の何者でもなかった。 「今まで退屈で、しょーがなかったぜ! マリスは死にかけるしよー。俺様の出番ももうおしまいなのかと思ったら、つまんなくなって、ついフテ寝しちまったぜー! 」 彼は、皆が呆気に取られていても気にせず、大声で笑った。 「あああ……! 何者なんだ、こいつは!? 金色の……しかも、喋るゴーレムなんか見たことないぞ! 」 事態がよくわかっていない哀れなプーは、それ以上、目を開けないほど見開き、足はゴーレムの肩の上を落ち着きなく歩き回っていた。完全に混乱している。 サンダガーは、それへ、ちらっと目を向けた。 「ほほう、俺様のことがわかっていない人間がまだいたとはな。それじゃあ、自己紹介してやるぜー! 何を隠そう、俺様はゴールド・メタルビーストの化身、獣神『サンダガー』様だーっ! 恐れ入ったかー! ゴーレムなんかと一緒にすんなよぉー! はーっはっはっは! 」 サンダガーは、五月蝿(うるさ)かった。両手を腰に当て、下界に出て来られるのが嬉しいとでもいったように、いつでも高飛車な笑い声を立てている。 「獣神『サンダガー』だと!? そのような邪神がなぜこんなところに!? 」 プーには、理解不可能であった。まだ気が動転しているらしく、頭を片方の手で押さえ、思いっきり見開いた目はサンダガーに釘付けだった。 (それにしても、自分の主人は悪い魔道士だっていうのに、それは棚に上げた発言だよな) ケインは、ちらっと思った。 「今日の獲物は、ゴーレムと壊れたトカゲか。まあ、いっか。二つもあるんだからな。ふっふっふっ……」 サンダガーは、腕を組んで、ゴーレムとサラマンダーの二体を物色するように眺め降ろしていた。 「よしっ! ゴーレムはぶっ壊すとして、トカゲは焼いて食おう! 」 ぽんと手を打って、彼は言った。 (言うことまで、マリスにそっくりだ! ) 一行の皆は、そう思った。 「よーし、それじゃあ、いくぜー! 木偶(デク)人形めー! 」 嬉しそうに笑いながら、サンダガーは片方の拳を振り上げた! その直前に、ヴァルドリューズが一瞬でケインのところへ現れ、次の瞬間、彼ら一行は同じところに集められていた。ヴァルドリューズの張った結界の中へ。 巨大ゴーレムは、サンダガーの拳を、砕けた方の手とともに両手で、受け止めようと突き出すが、勢いのいい拳をまともに受け、両方の腕は肩まで罅が入っていくと、ガラガラと崩れ落ちていってしまったのだった。 「うわあああーっ! 」 プーが、ふわっと宙に浮かんだ。粉々になったかけらは、復活することはなかった。 「な、なんということだ……! こんなことは聞いたことはない! 『水』を使わずして、ゴーレムを、たったの一撃であそこまで……! 」 プーは、あわあわ言っていた。 「だから、俺様は『神』だって言ってんだろー? 所詮ヒトが作ったモンなんか、神に敵(かな)うわけないのさー! 」 サンダガーは舌舐めずりすると、同じ拳でゴーレムの中心を殴りつけた。 黒い巨体は、あっけなく、石ころとなってドサドサ砂の上に転がっていった。 「あああ……なんてことだあ! これは一大事! 今すぐ大魔道士様に、ご報告せねば……! 」 プーは、忠実にも、蒼い大魔道士のもとへ知らせようと消えていったのだった。 「ふっ、弱者は逃げ足が速いもの」 サンダガーは、兜からはみ出た金髪をかき揚げ、ふっと笑った。 「次は貴様の番だぜ、トカゲー! 」 言うと同時に、それまで警戒するようにサンダガーを伺っていた巨大サラマンダーに向かい、彼は掌を向け、大きな炎の球を出したのだった。
げきゃぴっ!
サラマンダーは、瞬く間に炎に包まれ、奇妙な叫び声を上げながら、悶えて、跳ね上がった。 「よーく焼かないとな。デリケートな俺様の胃でも、ちゃんと受け付けるようにな」 サンダガーは、ぶつぶつ独り言をいながら、炎の中に手を突っ込み、大トカゲを裏返ししたりしていた。 炎に触れても、彼は平気であった。 一行にとっては、自分と同じ位の大きさのサラマンダーを喰らうとは、度肝を抜かれたが、呆れてしまうほどでもあった。 「なんか、マリスに似てないか? 」 カイルが、ぼそっと言い、クレアも、ケインも頷く。 いつの間にか、結界の中に現れたミュミュは、結界の『壁』に、ペタッと張り付き、その様子を、物欲しそうな顔で見つめる。一見して、腹が減っているようだった。 突然、ヴァルドリューズが顔を上げる。 「どうしたんだよ? いきなり、びっくりするじゃないか」 カイルもクレア、ケインも、ヴァルドリューズを見上げる。 ヴァルドリューズは、結界の壁へ近付き、遠くを見据えるようにして外を見る。 サンダガーは、胡座(あぐら)をかいて、座り込み、嬉々として、少し縮んでしまったサラマンダーの肉に、かぶりついた。 間もなく、一行を覆っていた結界が、急に解かれた。 「どうしたんだよ、ヴァル。いつもサンダガーが退場するまで、結界を解かないじゃないか」 ケインは、ヴァルドリューズの様子から、不安げな表情を浮かべていた。 「何か、地鳴りのような音が聞こえた気がした。……やはり、今も聞こえる……! 」 彼に続き、クレアも頷いた。 「そう言えば、なんとなく、聞こえるような……? 」 ケインとカイルも、顔を見合わせ、再び、ヴァルドリューズを見ると、いつもと様子が違うのがわかる。 彼の碧眼には、深刻な色が浮かんでいたのだった。 「……次元の穴の謎がわかった……! 」 「えっ? ああ、あの巨大サラマンダーが出て来たところが? 」 ケインの問いかけには頷きもせず、彼は進み出て、珍しく、声を張り上げた。 「マリス、戻れ! そこは危険だ! 」 彼は、サンダガー――マリスに向かって、そう叫んでいた。 たちまち、サンダガーの身体は、下から白い煙に包まれる。 「うわあっ! 何すんだよー! 」 サンダガーが泣きそうな声で喚(わめ)いた。 『いいから、早く戻るのよ』 マリスの意志の声も、どこからともなく聞こえる。 「いやだーっ! まだ食いかけじゃねーか! 」 それでも、サンダガーは、トカゲにかじりついていた。 「マリス、早く戻るのだ! 」 いつになく、ヴァルドリューズの真剣な様子に、一行が不思議に思っていると、
ずごごごごごごご……!
地響きと共に、サンダガーの足元の砂が、一気に崩れ去った。 それと同時に、ヴァルドリューズの姿が消えた。 「なんだ!? また砂地獄か!? 」カイルが叫ぶ。 「違うわ! あれは……! 」 クレアが言いかけた時だった。 サンダガーが白い煙に巻かれたまま、絶叫し、地割れの中に、沈んでいった。 「マリスー! ヴァルー! 」 ケインたちが叫び続けている間も、地割れは更に広がっていき、一行のいる場所にまで及んで来たのだった。 「うわあーっ! 」 一行もダグラも、砂の中に出来た地割れへと、吸い込まれていくようにして、堕ちていった――!
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