「そうか、レオン・ランドールは死んだのか。あれほどの男を亡くすとは、実に惜しいことだな。 ところで、ケイン・ランドール、なぜそんなおかしな格好をしている? マスターソードがなければ、危うく見逃してしまうところだったぞ」 ケインと出会って二年経つ今でも、まだ新人を名乗る魔道士プー(仮称)は、敵でありながら、緊張感のない質問をした。 オアシスで購入した通気性の良い、白いたっぷりしたパンツに、ベストとターバンという東方の衣装に身を包んでいるケインと、マリスも似たような形の赤い衣装で ある。 「お前こそ、二年前から、ここで俺を張ってたとは、お前の主人は、二年後に、俺がここを通るって予測できたってわけか? 」 巨大ゴーレムの肩の上で、プーは、ふっふっふっと笑ってから、語り始める。 「二年前のあの後、『マスターソードの少年の名前を調べよ』との大魔道士様の命令で、私はお前の名前を確認した。なにしろ、貴様とレオン・ランドールは、私の中で、ごっちゃになっていたからな」 ケインもマリスも黙っていた。 「そのすぐ後、私は、マスターソードの件から解放され、この砂漠で、ゴーレムを作る修行を命じられたのだ。だが、それは、貴様がここを通りかかることを予想なさ った、大魔道士様の、二年と三ヶ月もの間、お前を待ち伏せするのに私を退屈させない意もあったのではないかと、私には、今わかったのだ! 」 黒いフードを被った新人魔道士は、誇らしげに、踏ん反り返っていた。 「ねえ、それって、もしかして、……実は、左遷だったんじゃないの? 」 マリスが、ひそひそとケインに耳打ちする。 「だよな? 蒼い大魔道士が、俺たちがここを通るかも知れないって予想してたんだったら、こんなヤツにこの場を任せるわけないし」 ケインも、こっそり返す。 「ヴァルはいないし、マリスも剣を持っていない――向こうにとっては、マリスを手に入れる絶好のチャンスだろう。いくら、こっちの戦力が普段より劣っていたとしても、そんな重要なことをこんなヤツごときに任せるわけはないだろうからな」 こそこそと話し合う二人の姿を気にも留めていなかったプーが、ふとマリスに視線を落とす。 「時に、その小娘は、一体なんなのだ? なんだか、とてつもない魔力を感じるのだが……? 」 (こいつ、マリスのこと知らされてないのか!? ) ケインがマリスと出会ったのは、ほんの数ヶ月前のことだ。 (俺のことを調べて、すぐゴーレムの修行に入ったと言っていたから、俺たちが一緒に行動していることは知らなかったのか。しかし、そんな情報さえ行ってないって ことは、やっぱり、あいつ、大魔道士に見捨てられたんじゃ……? ) 一瞬、プーを哀れに思うケインであったが、すぐに表情を引き締める。後ろに手を回し、楽な姿勢で、ぼーっと暇そうに立っているマリスを背に庇うと、ゴーレムの肩にいるプーを睨んだ。
「彼女は、ただの『謎の踊り子』だ。この娘(こ)には、手を出すな! 」 「えーっ! 」 不平一杯の声を上げたのは、マリスだった。 「『えーっ! 』じゃないっ! お前、今の自分の状況わかってんのか? 」 「わかってるわよ」 「俺に『守ってもらう』んだろ? 」 ケインは、先の彼女の台詞を口まねただけであったが、彼女は面白くなさそうに、ふて腐れ、そっぽを向いた。 「てことで、お前の相手は、俺だけだ。かかってこい! 」 ケインは、プーを挑発するよう笑ってみせた。あんな新人魔道士の作ったゴーレムなど、まだ不完全であるマスターソードでも充分だと、確信していた。 「そうか、身の程知らずめ」 プーも笑う。そして、片方の手を口元に添え、辺りに声を張り上げた。 「ゴーレムの皆さーん、よろしくお願いしまーす! 」 彼の謙虚な呼びかけに応えて、砂の中からポツポツと現れたのは、彼の乗っている岩の巨人よりも断然小さい、ヒトの頭ほどの大きさの、茶色をしたゴーレムたちであった。 しかし、その数は、ケインが思ったよりも多く、百体はあるようだった。 「よーし、こんなやつら、まとめて……! 」 ケインが、そう思っていると、マリスが、いきなり彼の剣を抜き取った。 彼女の手には、マスターソードが握られていた。 「義によって、助太刀するわ! 」 マリスはマスターソードを構え、しゃあしゃあと言ってのけると、首だけケインに向き、にっこり微笑んだ。 「こら、返せ! 」 「やっぱり、剣があった方が、早く片付くと思うのよ。ね? 」と、肩をすくめる。 「その娘は、ただの『謎の踊り子』ではなかったのか!? 」 マリスの慣れた構えに、プーは驚いて足をすべらせ、ゴーレムの首に必死に捕まった。 (『謎の踊り子』ってだけで、充分得体が知れないはずなんだが……) ケインが、呆れ顔になる。 「ふっふっふっ、それは、単なる仮の姿。敵を欺くには、まず味方からってね」 (俺は知ってるっつうの! ) 「そっ、そうだったのかあ! なんという汚い作戦なんだあ! 」 不適な笑みを浮かべるマリスと、ゴーレムの上で頭を抱え込むプー、それをますます呆れながら見守るケインであった。 「それにしても、バカにちっちゃいゴーレムね。普通、ヒトよりちょっと大きいくらいなのに」 マリスの声に、プーは我に返り、またしても踏ん反り返る。 「いかにも、それらは、私の作ったゴーレムだからだ! 」 「……イバれるかよ」 「だって、そっちのは、デッカイじゃないの」 プーの乗っかっているゴーレムを指差して、マリスが言った。 「これは、ある上級魔道士様が、私のために、見本で作ってくれたものなのだ! 」 「あー、なるほど、別人の……ね」 それは、一目瞭然だった。巨大ゴーレムは、厳(いか)つい顔をして、全身黒光りしていて、材質の良さが伺えるが、辺りに湧いて出てきたゴーレムたちは、ヒトが眠っているような顔を掘られていて、土を塗固めて作った人形という印象が強い。 形もイビツで、ケインたちがたまに露天などで見かけてきた、紛(まが)い物の置物と変わらなかった。 「せっかく作ったのに悪いけど、この剣のサビにさせてもらうわ! 」 マリスが剣の刃をぺろっと舐め、にやっと笑う。 「お前は、野盗かー! 」 やっと思う存分暴れられる場になったのだから、この場は彼女に任せてやってもいいように思えたケインであったが、一応、背中のバスターブレードを引き抜き、構えた。 「ゴーレムの皆さん、少年の方は生かして捕らえるのですよ。女の方は殺しても構いません」 「おいおい、逆だろ!? お前、大魔道士に怒られるぞ! 」 チビゴーレムたちは無言で、短く丸まった足をよちよちさせながら、二人へと近付いていく。 (こ、こんなやつらに、一体何ができると……? )
スコーン!
軽い音がした。 マリスが、一番手前に来たものの首をはねたのだった。 哀れにも、小さな丸い頭は飛ばされ、残った胴体は、ぱたんと倒れると、黒い煙となって消えていってしまった。 それでも、数だけは多いゴーレムたちは、速度を変えることなく、よちよちと迫っていく。 ケインもバスターブレードで辺りのゴーレムたちを薙ぎ払っていった。 普通の地面と違い、砂地に足を取られがちではあるものの、土人形たちを壊していくのは、二人にとっては容易(たやす)い。 (今回の本命の敵は、あの巨大ゴーレムかな。あっちは、上級魔道士が作ったって言ってたもんな。決してプー本人ではなく、あくまでもゴーレム) チビゴーレムを倒しながら、ケインはそう考えていた。 「あああ、なんてことを……! 」 プーの嘆きが、空に響く。 僅かな時間の間に、彼の二年と三ヶ月の修行の成果は、ケインとマリスの剣にかかり、瞬く間に消滅してしまった。 「ちょっと可哀想な気もしたけど、……結局、なに? 」 ケインもマリスも、まるで、単なる掃除が終わったかのような気分だった。 「……貴様たちを、少々侮っていたようだな」 プーが悔しげに呻(うめ)いた。 「侮りすぎだっ! 」声を揃える二人。 「では、大きい方のゴーレムさん、お願い致します」 プーは、すぐ真横にあるゴーレムの顔に向かって、ペコリと頭を下げた。
ずしん……
巨大ゴーレムが地響きを立て、ゆっくりと歩き出す。
ずしん…… ずしん…… ずしん…… ずしん……
「ふん、しゃらくさいわ! 」 速度の遅さにじれったくなったマリスが、突然走り出し、ゴーレムの足目がけて、マスターソードを横に構え、一気に薙いだ! ぱっくりと割れた綺麗な切り口は、まるで岩のテーブルである。 不完全なマスターソードでも、ゴーレムを斬ることが出来たのは、彼女の剣の腕が良いことを表していると、ケインは思う。 斬られた足首を残したゴーレムはバランスを崩し、倒れそうになるが、短くなった方の足を砂に食い込ませ、なんとか持ちこたえる。 マリスは続けて攻撃はせず、即座に向きを変え、油断のならない目で、さらに構えた。 「はっはっはっ、無駄だ! 」 魔道士プーの笑い声が響いたと同時に、巨大ゴーレムが短くなった足を持ち上げ、切り口を合わせる。 すると、みるみるうちに境目が消えていき、元通りの足に戻ったのだった。 「やっぱりね」 マリスが呟く。 「ゴーレムは、岩や石などを基本に固めて作った物。本来は、水の魔法でないと倒せないものなのよね」 「その通り! 貴様らが、いくら切り刻もうと、このゴーレムは、すぐに復活してしまうのだ! 」 まさに、トラの威を借るキツネであるプーは、勝ち誇った笑い声を立てた。 「そっか、斬ってもダメなのか。……あれ? じゃあ、さっきのチビゴーレムたちは、何で斬れたんだ? 」
「ますます、完成品からはほど遠い、残念ゴーレムだったってことでしょうね」 「……」 けなされても一向に気にしていないプーが、声を張り上げる。 「それでは、一気に行っちゃってください! 」 岩の巨人は、マリスに拳を振り下ろす。 飛び退(すさ)って回避した彼女は、砂に足を取られたため、普段ほどの距離を飛んではいなかった。 ゴーレムは動きに敏捷さは感じられなかったものの、破壊力は高く、打ち付けた地面は、人間ほどもあるその巨大な拳より一回り大きくへこみ、そこへは、ざざーっと砂がなだれ込んだ。 砂地でなく、普通の地面であったなら、その拳の跡は残り、地割れも起こっていたことだろう。 マリスを援護しに走ったケインも、ゴーレムの足に斬りつけたが、切り口は簡単に塞がる。 だが、マスターソードの時のように、切り口が完全に見えなくなるということはなく、つなぎ目が節目のように残ったままだった。 バスターブレードで斬りまくれば、いつかは壊れてくれそうな気もしたが、それは、ケインの体力の問題にもかかわるのだった。 「ケイン、倒すことは考えなくていいわ。とにかく、時間を稼ぐのよ。もうすぐ、ヴァルが来てくれるはずだわ」 (そんなこと……アテになるもんか! ) ケインは、ひたすら岩人間を切り刻もうと試みていたが、そのうち、ゴーレムは、マリスよりもケインへ、攻撃を向ける。 踏みつけようと、巨大な足が上から来たのを飛び退ると、そこへ岩の拳が振り下ろされた! 砂に足を奪われ、逃げるタイミングの遅れた彼に、容赦なく拳は襲いかかる。
ガシッ!
マリスが、ケインとゴーレムの間に入り、マスターソードで、ゴーレムの拳を受け止めた。 「こんなヤツ相手に、まともに斬り込むことないじゃないの。ヴァルが来るまでの辛抱だっていうのに、何をムキになってるのよ。……もしかして……!? 」 ヴァルドリューズを信用していないことに、気付かれたかと、ケインはマリスを見る。 「ケインも暴れたかったの? 」 「お前と一緒にするなー! 」 ケインの大剣は、巨大な拳を押し返してから、斬り飛ばした。 地響きを立てて、岩の塊は、砂地に落下する。 「おのれ、ちょろちょろと……! 」 ゴーレムの肩の上に乗ったままのプーが、イライラしていると、遠くから、獣の唸り声のようなものが聞こえてきた。 「あれは、……魔獣!? 」 マリスが振り返る。 ゴーレムの登場と同じく、離れた地面から砂が盛り上がっていく。 そこに現れたのは、巨大なトカゲだった! トカゲは、後ろ足で立ち上がると、雄叫びのように、奇妙な声を上げた。 全身が砂と同じ色の、表面がぶつぶつした黒い濡れたように光る皮膚。 大きな太い尻尾を地面に叩き付ける度に、砂を舞い上がらせていた。 燃えるような赤い瞳と、同じ色の二枚の舌が、裂けた口から絶えず出たり、引っ込んだりしている。 口の中にも、びっしりと、牙が生え尽くし、足先の指には、牙よりも太く、鋭い爪が光る。 ゴーレムとほぼ同じ大きさの、巨大な魔獣であった! 「なんじゃあ、こいつはぁ!? 」 ゴーレムにしがみついたプーが、その大トカゲを見下ろし、足をすくませていた。 「何って、お前が呼び出したんじゃないのか? 」 ケインは、目を丸くした。 「違う! 私は、こんな不気味なものは知らん! 」 「呼び出したのがプーじゃないとすると……」 「巨大サラマンダー。どうやら、次元の穴も、この辺にあったみたいね」 ケインの横で、マリスが静かに言った。 トカゲはゴーレムに近付くと、匂いを嗅ぐように、顔を向けていたが、食べられないと踏んだのか、そのうちケインたちの方へ目を向け、赤い舌をちろちろ出して、近付いてきたのだった。 「こっちなら、なんとか倒せそうじゃない? 」 マリスがウィンクする。 「ただし、次元の穴を通じてやってくる魔獣の後には、そいつの本当の姿が出現することもあるんだけどね」 モルデラの魔獣ドラドなどは、その例であった。それを、マリスとヴァルドリューズが召還した獣神サンダガーが葬ったのは、ケインの記憶にも新しい。 ドラドとサンダガーの戦いを見る限りでは、剣だけで倒せるようには、とても思えなかったのを思い起こす。 サラマンダーは、目で獲物を探すというより、辺りの匂いを嗅いでいた。食べられるものの匂いだと判断してか、ケインたちめがけて目がけて、鋭い爪を振り下ろした。 ケインとマリスは、それぞれ反対へと散り、回避した。 トカゲは、きょろきょろするが、そのうちマリスに向かい、足を振り上げた。 しばらくそれを軽く避(よ)けていた彼女は走り出すと、ケインへと向かう。 「どうやら、あいつは目があんまりよくないみたいだわ。あたしの魔力を探知して、追っかけてるだけみたい」 そうケインに告げた時、後ろから伸ばされてきたゴーレムの手が、マリスの身体を掴んだ。 「何するのよー! 」 「マリス! 」 彼女の手から、剣が落ちる。 咄嗟に、ゴーレムの指を切り落とそうとしたケインだったが、彼女にあたることをおそれ、ためらった。 その一瞬の躊躇いのうちにも、ゴーレムは、マリスを引き上げていってしまったのだった。 「ふはははは! 小僧、娘を返して欲しくば、おとなしく、私の言うことを聞くのだ! 」 なんとか抜け出そうと、マリスがもがくが、いくら『武遊浮術』を極めていても、怪力になったわけではない。相手の勢いを利用するところに極意がある。 ゴーレムの手から逃げるのは、人間の力では無理であった。 プーが、勝ち誇った笑顔で、ケインを見下ろす。 ケインは、トカゲの爪攻撃を躱(かわ)しながら、マリスを見上げる。 「マスターソードごと貴様を差し出せば、きっと大魔道士様もお喜びになるはず。 どうだ、マスターソードと貴様をセットで、小娘と引き換えというのは? 早くしないと、この娘を捻り潰してしまうぞ」 形勢逆転にプーは気分を良くしたのか、にやにやしている。 「ケイン、後ろ! 」 マリスが叫ぶと同時に、巨大トカゲの口はカッと開き、ケインを一飲みしようと、すぐそこまで迫っていた!
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