オアシスで水浴びをし、軽く(?)食事を摂った後、本来の目的である次元の穴のあるらしい砂漠に向かう『白い騎士団』一行である。 ぎらぎらと照りつける日差しは変わらずであったが、それまでの砂漠と違い、オアシスから近いせいか、背の高い植物や岩などの日を避けられるものがあり、通行人にとっては非常に有り難い。 ある程度日が落ちるまで、一行は木陰で休憩することにした。 影になっているとはいえ、気温は高い。ごろごろと岩が転がっている岩は、冷たくとまではいかないが、座ることは出来る。 岩の上に俯せていたカイルが、何やらごそごそとやり始めた。 そうして、白いベストのポケットから取り出したものをしゃぶる。オアシスで見つけた干物や、果物の皮を 乾燥させたものだ。 紙巻き煙草は、とうに尽きてしまったので、口が淋しくなると、そのようなものをかじるのだった。 「それ、なあに? 」 ミュミュが目敏(めざと)く見付けると、カイルにぱたぱたと寄っていった。 「シッ! オアシスで、こっそり買っといたんだよ。みんなには内緒だぞ」 彼は、周りに気付かれないよう、そっとミュミュに、萎(しお)れた木の皮を手渡した。 両手でそれを受け取ったミュミュは、その茶色く干涸びたシワシワの物を、じーっと見ていたかと思うと、 思い切って、カプッと噛み付いた。 「にがーい! 」 「お子様には、わかんねえ味なんだよ。いらないんなら返せよ」 伸ばしてきたカイルの手の甲をペチッとはたいて、『皮』を口にくわえたまま、ミュミュはふーっと飛んで 行き、内緒だと言われたばかりにも関わらず、ヴァルドリューズにそれを見せていた。
「ねえ、ヴァル、次元の穴って、どの辺なの? 」 赤い東方系の衣装の上から白い甲冑を着たマリスが、岩の上に腰掛けたまま、顔だけヴァルドリューズを向いた。 「この辺りにあったのだが――おかしなことに、消えている」 「ええっ!? 」 何事かと、皆も一斉に二人に注目する。 「消えてるって……どういうことよ!? 」 「先日見た時は、確かにこの辺りにあったのだが、……消えているとしか言いようがないのだ」 ヴァルドリューズの静かな碧眼は、暑さの中でさえ、涼しげに語る。 「本当だよ。ミュミュも、この間は確かに見たけど、もうなくなっちゃってるんだよ」 萎びた木の皮をしゃぶりながら、ミュミュがヴァルドリューズの肩に止まる。 皆で、顔を見合わせる。 「なくなったって――次元の穴って、移動したり、消えたりするものなのか? 」 と、不思議そうなケイン。 「……なんとも言い切れないわね。今までは、そういうものではないと思っていたけれど……」 マリスも首を傾げる。 「……ただ――」 ヴァルドリューズは言いかけるが、すぐに口を噤(つぐ)んだ。 「ただ――なに? 」 マリスが、慎重な面持ちになる。 「……『魔』の気配はずっとしている。……用心に越したことはないだろう」 「『魔』の気配――! 」 クレアが真剣な表情で耳を澄ませる。 「私には、よくわかりませんが……」 「見えるところではなく、『見えないところを探って視る』のだ」 無表情な碧眼がクレアを見下ろす。 彼女は、再び精神を集中させた。 「……今度は、感じるわ。どこかで……魔物というよりは、……なんていうのかしら、うまく言えないけど……とにかく、異様な気配を感じるわ。近くなったり、遠くなったり――どういうことなのかしら? 」 クレアは言葉を一旦区切ってから、さらに慎重な様子で続けた。 「『ここ』のようで、『ここ』ではないどこか――それに、この感じは、なんだか――」 言いかけて、突然ふらっと倒れかけたクレアの身体を、とっさにヴァルドリューズが受け止めた。 「無理をするな。まだ体力が完全に回復していないのだ」 「す、すみません……」 オアシスを出て以来、クレアの体調は良くない。顔色も悪かった。 「一足先に、クレアを連れて、この先の村に行こうと思うのだが」 ヴァルドリューズが、クレアを抱きとめたまま、マリスに言った。 「その方がいいみたいね」 「そんな……! 私だけ、そういうわけにはいかないわ! それに、そんなことをしたら、ヴァルドリューズ さんの魔力の消耗が激しくなるばかりです! 」 「ミュミュに回復してもらうから、大丈夫だ」 「で、でも……! 」 ヴァルドリューズがクレアを抱き上げると、皆の目の前から二人の姿は、ふっと消えた。 「……行っちゃったぜ? 」 放心したように、カイルが、二人のいた場所を見る。 「ミュミュがクレアを回復してあげれば良かったんじゃないか? 」 宙にぷわぷわ浮かんでいるミュミュに、ケインは言った。 「やったよ。魔力も体力も復活させたけど、クレアの調子はよくならなかったんだよ」 「……大丈夫なのかな? 」 「大丈夫だと思うわ」 ケインが呟いたのを受けて、マリスが答えた。 「多分、クレアの調子が悪いのは――」 「ああ、そうか! そういうことか! 」 マリスが言いかけるのを、カイルが、ぽんと手を打って遮った。 「なに? なんだって? 」 カイルは、ケインに得意気な顔になってみせた。 「鈍いなあ、ケインは。『月の物』が来たんだよ。前に聞いたことがあるんだけど、女の魔道士は、そういう時、魔力が一時的に弱まるらしいんだ。女って大変だよな」 それを聞いて、ケインも、魔道士だった女の子から、そのような話を聞いたことがあったような気がした。 「なんだか大変なんだな、女の人って」 「そういう時に、普段以上のパワーを発揮する人も、稀(まれ)にいるらしいわよ」 「お前なんか、そうなんじゃないの? 」カイルがマリスをからかった。 「そうかも知れないわね」マリスも笑う。
「ほんとに大丈夫なのか? クレア」 しばらくして戻ったクレアは、幾分顔色が良くなっていて、元気も少しは戻ったようだった。 「村で薬を飲ませてもらったら、すぐによくなったわ。『砂漠病』といって、貧血に似たような症状で、砂漠ではよくかかる病気なんですって」 「……誰だよ、月の物なんて言ったのは? 」 ケインが小声で言うが、カイルもマリスも、素知らぬ顔をしている。 「薬はしばらく必要なんだけど、魔物をバシバシやっつけるために、早く治すよう頑張るわ! 」 ピンクのワンピースを着て、長い髪を下ろした彼女の、フェミニンな出で立ちには似つかわしくないセリフであった。それが微笑ましく、皆は思わず笑う。 「男ばっかの傭兵団と違って、女の子がいると、場が華やかになっていいよな」 カイルが、にこにこして言う。 「あら、今までだって、一緒だったじゃない」 そう言ったマリスに、カイルが指を立て、「ちっちっ」と舌を鳴らしてみせた。 「甲冑着て少年騎士振る舞ったヤツと、かしこまった神官服の巫女さんよりも、東方から来た謎めいた美少女戦士二人組の方が、神秘的でカッコいいじゃないか! これで、やっと、このメンバーにも色気が加わったぜ!」 喜んでいるカイルを、クレアは複雑な表情で睨んでいたのだが、美少女と言われた手前、怒るに怒れないでいた。 マリスの甲冑姿や、クレアの神官服も好感を持っていたケインも、今のマリスの赤いパンツスタイル(上に甲冑を着てしまってはいるが)や、クレアのピンクのワンピース姿は、確かに目の保養になると思った。 「それで、さっき言ってた『魔』の気配っていうのは、近くに魔物の存在があるってことなの? 」 マリスが、ヴァルドリューズに尋ねる。 「『魔』と言っても、魔物の発するものとは、また違うようにも取れる。だが、明らかに、『魔』の存在も感じられる」 いつもの無表情で、彼は返していた。 「どういう意味なのか、はっきり言ってくんない? 」 ヴァルドリューズを見るアメジストの瞳が、いくらか歪められた。 「悪いが、そのようにしか言いようがないのだ」 「じゃあ、魔物の気配と、それとは別の得体の知れない気配の二つが、感じ取れるってわけね? 「大きく言えば、そういうことだ」 少しの間、マリスは腕を組んで考えていた。 「……今までになかったケースね。もしかしたら、……ちょっと厄介なことになるかも知れないわね……」 マリスとヴァルドリューズ以外、様子のわからないケインたちは顔を見合わせていた。 皆、彼女の次の言葉を、聞き漏らすまいと待つ。 いつもの大胆不敵な笑みが、彼女の顔に浮かぶ。 「いるには、いるのだったら、誘(おび)き出してやりましょうか。ヴァル、『サンダガー』よ」 「ええっ!? こんなところで!? 」 ヴァルドリューズ以外、一斉に青ざめていた。 「何も現れていないのにか――? 」 ヴァルドリューズでさえ、いくらか呆気に取られているような反応だったが、マリスは人差し指を立て、片目を瞑ってみせた。 「何も見えないからこそ、『サンダガー』で『あさる』のよ。そこらへんを、手当たり次第ね」 誰一人、二の句が告げられずにいた。 「幸い、砂漠で、辺りには壊れるようなものは何もないわけだし、ここんとこ呼び出してやってないから、 『あいつ』もストレス溜まってるだろうし、小出しにしてやらないと制御のコツも忘れちゃうかも知れないし――ね? 」 「それって、『サンダガーで暴れ回る』――ってこと? 」 マリスは、にっこりとケインを見た。 「さすが、ケイン。察しがいいじゃない」 「……なんて大雑把(おおざっぱ)な……! 」 ケインとクレアは、頭痛を覚える。 単に彼女が暴れたいだけのようにも見えるが、万が一、本当に、獣神サンダガーの召喚魔法で、『彼』を操るコツを忘れられてはかなわない。彼女が制御に失敗すれば、この世は、サンダガーの暴走により、どのようなことになってしまうものやら。 そう考えると、誰も、真っ向から否定も出来なかった。 「なるほど。悪くはない」 「でしょう? 」 沈黙の中での、ヴァルドリューズとマリスの会話であった。 「おいおい、お前らさあ――! 」 カイルが言いかけるが、ヴァルドリューズが構わず続けた。 「だが、それならば、サンダガーを召喚するよりも、もっと簡単な手がある」 ヴァルドリューズが、改めてマリスを見て、一言、発した。 「脱げ」 驚いたのは、皆の方であった。 ケインとクレアは思わず、冷静なヴァルドリューズと、そのようなことを言われても、平然としているマリスとを見比べていた。 カイルなどは目を輝かせている。 (おい、お前は、何を期待してるんだ? ) ケインが、カイルの隣で横目になる。 「……なるほどね」 マリスは納得すると、何気なく、甲冑を脱ぎ始めた。 「カイル、俺たちは席を外そうぜ」 カイルの首に腕を回し、ケインはマリスから背を向けるが、カイルは思いっきり仏頂面(ぶっちょうづら)に なる。 「なんでだよ? 」 「……そこで、そういう言葉が出ること自体、おかしいだろ? マリスは、仮にも、ベアトリクスの王――」 言いかけて、ケインは留まった。マリスの身分のことは、彼らは知らないのだと思い出したのだ。 「ベアトリクスの王――何だって? 」 カイルが怪訝そうな顔になる。 (まずい! ) ケインは、慌てて取り繕う。 「……だから、その……『ベアトリクスの王太子付きの護衛』だったんだしさ、それに、彼女は貴族だろ? あんなんでも、一応は『姫』なんだからさ、その……」 カイルの眉が、への字に寄っていく。 「それがどうしたんだよ? 護衛だったんなら、とりわけ身分の高い貴族ってわけじゃないんだし、見ちゃいけないなんて、誰が決めたんだよ」 「だって、紳士は、そんなことするもんじゃないじゃないか! 」 「俺は別に紳士じゃねーもん! 」 「お前ってヤツは――! 」 「見るなって言われてもいないんだから、いーじゃねえか! 」 「わー! バカ! 見るなー! 」 ケインの腕を振り解いたカイルが、マリスを振り返った。 が、そこには、もう彼女の姿はなく、白い鎧だけが地面に転がっていた。 「何してるのよ、二人とも。マリスなら、もう行っちゃったわよ」 クレアが言った。 「魔力を抑えていた甲冑を外すことによって、魔物に、マリスの魔力を探知させ易くしたのよ。そうやって魔物を誘き出したところで、『サンダガー』を呼び出す――そういう作戦だそうよ」 クレアが説明した。 「それならそうと言ってくれよ。紛らわしい言い方しやがって……! 」 カイルが、ヴァルドリューズに横目で文句を言うが、彼の方は全く取り合わず、そっぽを向いている。 「なにかんちがいしてんの? バカじゃないの? きゃははは! 」 ミュミュがケインとカイルの頭の上を笑いながら、ぐるぐる回っている。 ケインは羞恥心に顔を赤らめて下を向き、カイルは特に取り繕おうともしなかった。 「……ちょっと待て、じゃあ、今マリスは甲冑も着けずに、ひとりで砂漠をうろついてるってのか!? 剣も まだないのに? 」 「そう言えば、そうだわ」 ケインの疑問に、クレアが頷く。 「ここの砂漠では魔力を読み取りにくいって、言ってたよな? もし、マリスが魔獣に出会っても、居場所を 突き止めるのに時間がかかるんじゃないのか? いくらマリスが鍛えてるからって、素手で魔獣と向かい合う ことにでもなったら――! 」 ヴァルドリューズは、そう言うケインを、いつものように静かに見下ろす。 「たかが偵察だ」 「魔物が姿を表すのを、待てばいいじゃないか! 」 「いつ現れるかわからない魔物を、ただじっと張ってるだけじゃあ、それこそ能がないじゃないか。また食料や水が尽きちゃうかも知れないんだしさ」 ヴァルドリューズの代わりに、ケインにはカイルが答えていた。 「だったら、せめて、ヴァルがマリスの近くで見張ってるとか……。魔物が現れたら、すぐに出て行けるように、魔力の届く範囲で、援護してやれば」 ケインは、以前、アストーレの山でもそうだったように、ヴァルドリューズに対しての視線が、徐々に睨むように変わっていくのが、自分でもわかった。それと同時に、彼に対する、疑いに近い思いも、徐々に顔を出す。 だが、それには介さず、ヴァルドリューズは続けた。 「もう少し、クレアの回復を待った方がいいだろう。薬が効くまでは、彼女をやたらに動かさない方がいい。 さきほども言ったが、マリスは単に偵察に行っただけなのだから」 ヴァルドリューズは、心配そうに彼を見上げるクレアに、静かに頷いていた。 (いつも慎重なヴァルが、なんで今は……? ホントに心配いらないと確信しているのか、それとも、他に理由があるとすれば……) その先を考えたケインは徐々に胸騒ぎを覚え、いても立ってもいられなくなった。 「マリスは、どっちへ行った? 」 低い声で尋ねたケインに、一瞬ビクッとしたクレアは、マリスの向かって行った方向を指差す。 「マリスを援護してくる。ヴァルがいなくたって、魔獣くらい俺が倒してやる! 」 ケインは、キッとヴァルドリューズを睨むと、ダグラに飛び乗り、走らせた。 「ケインのヤツ、何ムキになってんだろうな」 僅かに、カイルがそう言っているのが聞き取れたが、その後は、ケインにはダグラが砂を蹴る音しか耳に入らなかった。
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