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作品名:Dragon Sword Saga 第2巻 作者:かがみ透

第6回   第 U 話『ヒーローと王女』〜3〜
 アトレキア王のもとへ、町の近況報告をマリユスが告げると、直ちに会議が執り行われ、北の山の警備の設置と、町の警備隊の増員が決まった。
 ヴァルドリューズはまだ外国から戻らないが、彼を覗いた一行のメンバーは、マリスの部屋に集まっていた。
「いやあ、久しぶりだよなー。お城で真面目に仕事なんかしちゃってると、今までみたいに、ぷらぷら出来なくてさー、たまには息抜きが必要だよなー」
 カイルが、あぐらをかいて床に座り込み、木の実酒の壺をごくっと呷(あお)った。
「へえ、カイル、女官をナンパはしてないの? 」
 マリスが、からかった。
 マリスは昨日とは違い、町娘の格好で、髪をひとつの三つ編みに結っていた。
「それがさあ、俺に気のある女官がいるんだが、城の中は、人の目が多くて、これがなかなか……」
「まあ! 不謹慎な! 」
 そう怒り出したのは、やはり、クレアだった。
 ホラ話を信じている彼女を、面白がって、カイルがますますからかっている。
「木の実酒って、おいしーねー! 」
 ケインの膝の上では、ミュミュが、器に入っている酒をぺろぺろ舐めて、上機嫌になっていた。
「おいおい、ミュミュ、大丈夫か? 」
「だいじょーぶ、だいじょーぶ。人間はいいね。こんなもの毎日飲んでるのかー」
 ミュミュは、お行儀悪く、口を手で拭い、足を投げ出していた。
「マリス、これからどうするつもりだ? ヴァルが戻ってきたら、今度はどこに行くんだ? 」
 マリスは、杯を手にして、ケインを振り向いた。
「あら、ケインは、王女様と結婚して、アストーレに残るんじゃなかったの? 」
「……俺は、真面目に聞いてるんだよ! ……だいたい、お前がジャマしてるんじゃないか」
 ケインは、後半は、口の中で呟いた。
「そうねえ……魔物のいそうな辺りを虱(しらみ)潰しに……ってのは飽きてきたし……考えとくわ」
「……ホントにお前、隊長だったのか? 何の計画性もないんじゃ、その辺の野盗と変わんないぞ? 」
「や〜ね〜、ケインたら、飲んでるのにシラフなんだから。先のことは、ちゃんと考えてるから、大丈夫だってば〜」
 突然、ケインの横で、カイルがゲラゲラ笑い出した。
「うるさいぞ、酔っぱらい! まったく、人がマジメに話そうとしてるのってのに、こいつらは……」
「そうよ、みんな、不真面目よ! ヴァルドリューズさんがいなくても、私たちだけでも、ちゃんと次のことは考えておきましょうよ! 」
 魔道士見習いとなっても、巫女時代から引き続きアルコール度数の低い酒しか飲むのは許されないクレアが、真面目な顔で呼びかけるが――
「きゃはははははははは!! 」
 ミュミュが笑いながら、その辺を飛び回っていた。妖精でも酔っ払うんだろうか? と、ケインは目を丸くして見ていた。
「だいたいマリス、私たち、まだあなたから詳しく旅の目的を聞いてないのよ。それだけでも、今ここで、教えてくれない? 」
「そうだよ、一体、お前とヴァルは、何を目指してるんだよ? 」
 クレアに続いて、ケインも、マリスに詰め寄った。
 マリスは、杯から一口酒を飲むと、観念したように立ち上がり、壁際の棚の中から数枚の地図を取り出す。
 それを、二人も覗き込む。
「この丸く囲ってある箇所が、魔物の出現したという噂のある場所。で、バツがしてあるのは、もう退治してきたところね」
 クレアの出身地であり、一行の出会いの場であったモルデラの町には、バツ印がしてあった。
 その他にも、数カ所同じ印がある。
 他の地図にも、似たような書き込みがされていた。
「これ、みんな、あなたとヴァルドリューズさんが調べたの? 図書館にだって、こんなに詳しい地図はなかったわ」
 クレアが驚いて、地図からマリスへと視線を移動させた。
「ええ、そうよ。諸国を旅して回ってそうな人から得た情報をもとにね。あまり遠い国のことは、吟遊詩人に頼るしかなかったから、大袈裟なだけのネタもあると思うけど……」
 そこまで話すと、ふとマリスが回りを見回す。
 なんだか静かになったと思うと、カイルが床に突っ伏して眠っていた。
 ミュミュも、彼の髪の毛に包まって、気持ち良さそうに眠っている。
 三人は、安心して、また地図に視線を戻した。
「……で、旅の目的は? 」
 ケインの質問に、マリスは肩を竦めてみせた。
「それが、あたしにも、よくわかんないのよ」
「なんだと? そんなことあるか」
「そうよ、マリス、茶化さないで、ちゃんと教えてよ! 」
 二人に両方から攻められ、さすがに逃げられそうもないと諦めたのか、マリスが渋々口を開く。
「あたしは、ほんとによくわかんないんだってば。ただ、ゴドーが……ゴドリオ・ゴールダヌスが……」
「ゴドリオ・ゴールダヌス……ですって!? あの大魔道士ゴールダヌスだって言うの!? 」
 クレアが、すぐさま打ち切っていた。
 その名前を聞いた途端、以前のダミアスと同じように、クレアは非常に驚いていた。
『その大魔道士って、一体何者なんだ? 』と、ケインが尋ねる必要もなく、クレアは無意識のうちに解説していた。
「魔道士の中の魔道士――魔道士教会の知識と力を大いに超え、半ば魔神と化してしまったと言われている、あの伝説の魔道士ゴドリオ・ゴールダヌス――! 
 そう言えば、大昔のベアトリクス王国の宮廷魔道士をしていたって、聞いたことがあるわ。でも、引退してからは、どこにいるのか誰も知らず、密かに、もう亡くなったのではないかと言われていたのだけれど……。マリス、そのゴールダヌスのことなの!? 」
 クレアが、大きな瞳をさらに大きくして、マリスを見つめる。
 マリスは、感心したように笑った。
「へー、あのじいちゃん、そんな伝説的な人だったんだー? すごいのねえ」
「なっ、なんてことを……! おお、お許し下さい! ゴールダヌス様! 我らに災いをもたらすこと勿(なか)れ! 」
 クレアが、跪いて天井に向かい、懇願した。
 それを、マリスは、嫌そうな顔で見ている。
「そんなことしなくたって大丈夫よ。あのじいちゃんは、そのくらいで怒るような小さい人間じゃないんだから」
 呆れたようにそういうマリスのセリフに、クレアは、今にも『ひーっ! 』と叫び出さんばかりに、目を見開き、両手を頬に当てた。
「なあ、クレア。そのお方は、そんなに恐ろしいお方なのか? 」
 ケインは、なるべくクレアを刺激しないように心がけるが、クレアは、キッとした視線を返す。
「当たり前です! モルデラの祭司長様は、村が災いに見舞われたのは、ゴールダヌス様のお怒りに触れたからだと判断し、神様と一緒にゴールダヌス様のことも拝んでおられたのですから」
「けっ、バカバカしい! 」
 マリスが、クレアに聞こえないように、ぼそっと呟いてから、言い放った。
「あのじいちゃんは、ただの魔道士よ。神じゃないわ。拝むようなモンじゃないって」
「ま、またそんなことを……! 」
 怯えるクレアに構わず、マリスは真面目な表情で続けた。
「『獣神サンダガー』の召喚を思い付いたのは、あいつなのよ! すなわち、あたしの運命を変えた男でもあるわ! 」
 マリスの、静かだが強い口調が、静まり返った夜の闇の中へ、響いていった。
 
 すべての生き物が活動を停止してしまっていたかのようだった。
 闇は、すべてのものを飲み込んでいた。時でさえも――。
 沈黙を打ち破ることは、ケインにもクレアにも出来なかった。その同じ空間にいる誰にも――ただひとりを除いては――。

『七つの星が揃う暁の時、千年の長きにわたり眠りから目覚し魔王が、この地に降り立つ。
 この世は再び闇に包まれ、やがて暗黒の時代が来よう。我らの魔王とともに我らの時代が訪れる。
 ただひとつ、黒く輝く盾を備えた金色(こんじき)の龍が、我らの前に立ちはだかり、我らにとって必ずや凶星となるであろう』

「それは、大魔道士ゴールダヌスが、闇に住まうものの間に伝わってきた予言を解釈し、わかりやすくしたものだった。
 まだ不明瞭なところはいくらかあるにせよ、魔道士協会を始め、他の大魔道士と呼ばれる者ですら、ここまで詳しく究明することは出来なかったわ」
 インカの香の漂う部屋の中で、マリスは、声を低くして語る。
「彼は、始め、『金色の龍』をゴールドドラゴンと、それを召喚し、操れる黒魔道士を『黒く輝く盾』としていたわ。でも、彼のあらゆる知識を用いて行われた占い、その他の研究、実験によって、さらに詰め寄っていった結果、ゴールド・メタル・ビーストの化身である獣神『サンダガー』と、もっとも闇に近い神、つまり、『黒い魔神』の異名を持つ『グルーヌ・ルーを呼び出せる魔道士』のことだと解釈するようになったの。
 なぜ、魔神『グルーヌ・ルー』そのものではないのかというと、魔神はもっとも闇に近い、即ち、魔王と共鳴してしまうかも知れなかったからだった。
 大魔道士はヴァルに、魔神の召喚の時は気を付けるように言っていたわ。だから、彼が魔神を召喚した時は、ごく一部のみだから、見た目には変わってなかったでしょう? 」
 クレアとケインが頷くのを見計らってから、マリスは続けた。
「優秀な魔道士の守護神は、大抵、魔神であることが多いのに、『サンダガー』に限っては、稀らしいわ。
 ゴールド・メタル・ビーストを守護神に持つ武将たちは、たくさんいるけど、『その化身』を守護神に持つ者は滅多にいないんですって。
 あえて、その可能性があるのは戦士であって、どう考えても、魔道士連中の中にはいそうもない。
 だけど、魔力の乏しい戦士たちが召喚することはまず不可能だし、万が一、召喚出来たとしても、制御するのが難しく、暴走を恐れてということもあって、魔道士協会では、召喚魔法の書から『獣神サンダガー』の文字を消し去ったの」
「そして、大魔道士ゴールダヌス様は、『サンダガー』を守護神に持つマリスと、『グルーヌ・ルー』を召喚出来る魔道士ヴァルドリューズさんを引き合わせ、『獣神サンダガー』の召喚技を成功させたのね」
 クレアの静かな声に、マリスは、ちょっと首を捻った。
「う〜ん、引き合わせたっていうか……まあ、結局は、そういうことになるのかも知れないけど。『サンダガー』の召喚は、方法を編み出したのは彼で、実行に移したのはヴァルだったわ。『サンダガー』が完成した時は立て込んでたから、喜ぶ暇もあんまりなかったんだけどね」
 マリスはいつもの口調でそう言うと、思い出したように、木の実酒の杯を口へ運んだ。
(かる〜く言ってるけど、『サンダガー』の訓練や初陣戦て、実際、大変だったんじゃないだろうか? あんなものを呼び出し、うまくコントロールするなんて――あの凄まじい威力を考えると、練習する場もなかったはずだ。その度に山一つ削ることになるんだろうからな)
 どうも、彼女は、どうでもいいところは本心をさらけ出しているようだが、核心部分に触れようとすると、こうしてなんでもないように、さらっと言いのけてしまう。それは、彼女なりのガードの仕方なのだろうと、ケインは思い、だんだんマリスのことがわかってきた気がしたのだった。
「さっきの予言の『七つの星が揃う』っていうのは、なんのことなのかしら? 」
 クレアが慎重な面持ちで尋ねる。
「その辺は、まだ解明されていないわ。でも、大魔道士はあたしに、一七歳になるまでに、『サンダガー』を完成させろって、言ってたわ。技の完成が年齢と関係があるのか、もしくは、……今から約一年後から先に……と睨んだのかも知れないわね」
 マリスの瞳に、一瞬、真剣な色が浮かび、すぐにまた消えた。
「ちょっと待てよ……、それって、魔王がやってくるのが、早くて一年後ってことか!? ま、まさか、お前達の最終目的って……魔王打倒なのか!? 」
 思わず乗り出しているケインの発言には、クレアも、はっと息を飲んだ。
 二人に見つめられたマリスは、杯の中身を飲み干すと、重々しく口を開いた。
「……あたしは、そこまで知らされていない……。『サンダガー』の力が、いったいどこまでで、魔王に対抗するに値するほどなのかどうかもわからない。……ただ、闇の魔王の現れる場所を限定するのだと、大魔道士に言われたわ。魔王もやはり、他の魔物同様、次元の穴を伝わって降臨するのだという結論に達したのでしょうね。
 ……そして、これは、あたしのカンなんだけど、……以前に比べて次元の穴が増えたのは、グスタフみたいに呼び出した者がいるというのももちろんなんだけど、それだけではない気がするの。
 ……あれは、魔物たちが、『魔王を迎え入れる準備に入った』のかも知れない……って……」
 マリスは気遣うような視線をケインとクレアに注ぐが、その事態を恐れているというより、彼らが怯えるのを案じていた。
 マリスの心配通り、クレアは両手を口に当て、目を見開き、恐怖で顔は青ざめていた。
 ケインなどは、魔王といわれても、いまいちピンとこない顔をしていたが、巫女だった彼女は、神のありがたみと共に、魔王の恐ろしさを充分教えこまれてきたのだから、二人の反応が違うのは、当然かも知れなかった。
 マリスは、そんな二人に、勝ち気な表情を作り、微笑さえも浮かべて見せた。
 それは、何も見せかけだけではなかった。
「……そして、これも、あたしのカンなんだけど、万が一の対魔王戦に備えて、……『魔王打倒の切り札になるような何かを、ヴァルドリューズは感じ取っている』――そう思うの! 」

 それは、衝撃的な夜だった。
 ケインは、酔っ払って起きないカイルを背負って、クレアを女官の部屋まで送り届けた後、警備兵の宿舎に戻り、カイルを寝かせた。
 そして、やっと自分のベッドに横になれたというのに、とても寝付けそうにない。
 マリスの話の続きを、思い起こす。
「最初っからこんなこと言うと、みんなが怯えると思ったから。ごめんね、今まで黙ってて。でも、そんなあてにならない勝算しかない戦いに、わざわざ付き合うことなんてないわ。こればかりは、ヒトの力では何とも出来ないことだもの。それぞれ好きな町でお別れしてくれていいのよ。あたしは、始めから関係ないあなた達を巻き込むつもりなんてなかったんだから。
 ……ただね、昨日もケインに言ったけど、……人恋しかったのよ。同じ世代の人に出会えたのは、旅をしてからは初めてだったものだから……」
 そう珍しく、はにかんで話すマリスだったが、酒を一口飲むと、今度は、少し淋し気な口調になった。
「……旅をするまでは、いつもたくさんの友達に囲まれていたわ。でも、一番仲が良かった人に去られて、更に、得体の知れない超クールな魔道士さんと旅をしなくちゃならなくなって……特訓も厳しかったし、何度やってみてもうまくいかなかったから、ヤケになったこともあって……。
 淋しい時に出会った人は、すぐに去っていったし……というより、そういう男(ひと)をあえて選んでたのかも知れない。情報のために、武遊浮術の愛技を使ったり、イヤな女にもならなくちゃいけないって、思うようになっていって……」
 ケインもクレアも、痛々しい思いで、マリスを見つめる。
「こんなことなら、昔、誰かに言われたように、あたしが男で、セル……」
 マリスは慌てて言い直した。
「あたしは、男に生まれてれば良かったのかもね……」
「マリス……! 」
 クレアが、いきなりマリスを抱きしめた! ケインも、もし、この場に誰もいなければ、そうしていただろう。
 クレアの瞳からは、大粒の涙が零れ落ちていた。
「ずっと淋しかったのでしょうね! 可哀相に……! あなたは、私たちよりも年下なのに、もう一年も旅をしていて……辛かったでしょう!? それなのに、そんな素振りは一度だって見せずに……! 」
「ク、クレア……? 」
 マリスは驚いていたが、クレアは余計に強くマリスを抱きしめた。
「始めは、『なんてお行儀の悪い、乱暴者の、わけのわからない不良娘』だと思っていたけど、それは、あなたの繊細な部分を隠すための『巧妙な演技』だったのね!? それなのに、私ったら、あなたのこと、『お行儀の悪い、乱暴者の、わけのわからない不良娘』だなんて思っていたなんて……ごめんなさい! 本当に、ごめんなさい! 」
 マリスは苦笑しながら、クレアの背中を撫でた。
「ありがとう、クレア。ああ、行儀の悪い、乱暴者の不良娘ってのは、その通りだわ! あたし、時々クレアに叱られるの、ちょっと新鮮だったのよ。最初は、『なんてウザい女なのかしら!? 連れてこなきゃよかった』って、思ったくらいだったけど、……だんだん『母親に叱られてる』みたいな気になってきて……」
「まあ! ……マリス! 」
 二人の少女は、片や涙ぐみ、片や涙にぬれ、堅く抱き合っていた。
 なぜか、どんどん感傷的な気分が遠のいていくケインであった。
 


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