「最近、野盗の集団が多くなったなあ」 「この間なんて、ベンの店が襲われたらしいぜ」 「サドルんとこも、被害に遭ったんだってさ」 「立て続けに? おお、物騒なこった!」 「国交が盛んになって、国が大きくなったのはいいが、流れ者どもにも目をつけられるのはごめんだよなあ」 「ほんと、ほんと」 「だけど、いいやつも現れたらしいじゃないか」 「ああ、『白い騎士』だろ? 噂では、白い甲冑を着たまだ若い青年ということらしいが……ほんとにそんなやつ、いるのか? 」 「トールのやつが、アリア通りで、野次馬の人垣が出来てたんで覗いてみると、野盗の集団が骨董品屋を襲っていたらしいんだ。そこに、現れたんだってさ」 「白い騎士がか? 」 「そう。白地に金色の模様の入った甲冑姿で、すごい美少年だったらしい。軽い身のこなしで、一気に二、三〇人の野盗どもをやっつけてしまったんだそうだ」 「へえ、すごいんだなあ! そんなやつがこのアトレ・シティーにいたとはなあ! 」 「まさに、神が遣わした正義の騎士だって、トールは言ってたぜ」 街の食堂兼酒場の、後ろのテーブルからは、噂話が聞こえていた。 ケインは骨付き肉をたいらげ、木の実酒を一口飲んだ。 (マリスのヤツ、結構有名になっているらしいな) 町外れの鍛冶屋で作り直した甲冑を着て、予告通り、思いっきり暴れているのだろう。 ハデに遊んでいるせいか、すぐに噂になったらしいことも見当が付く。 銀色の甲冑のままだった時は、目立たないよう抑えてきたようだったが、そのうっぷんを今ここではらしているのか。 食事が終わったケインは、宿屋へ向かい、マリスが一人で宿泊している部屋を訪ねるが、戻っている様子はない。 部屋のドアに寄りかかって、彼女の現れるのを待つ。 どのくらいの時間が経ったのか。剣を抱えて座り込むと、いつしかうたた寝していた。 しばらくして、階段を上る足音に気付き、顔を上げると―― 「……ケイン? 」 身体にぴったりとした黒いドレスの女が、そこに現れた。「どうしたの? 」 思わず目をこすりながら、ケインが慌てて立ち上がる。 「ああ、ちょっと伝言があってな……。すぐ済ませて帰るから」 夜に女性の部屋に上がりこむことを気遣ったケインに反して、マリスは好意的な笑みを浮かべる。 「ね、さっき、これ買ったの。一緒に飲まない? 」 マリスは、紅茶の入った袋を見せた。 (そっか。武遊浮術を極めた彼女に、怖いものなどないか)
マリスとヴァルドリューズの宿敵グスタフを倒してからというもの、彼らが話をするのは初めてだった。 ケインは、マリスの部屋で、マラスキーノ・ティーをご馳走になっていた。 マリスは、露出した肩の上に、白い絹をはおり、黒い薄布を口にくわえると、長い髪を横に持っていき、一本の三つ編みに編んでいった。 その様子を見ていた彼は、ふと不思議に思った。彼女は、こんなに髪が長かったのか、と。 いつも、頭の上の方でとめていて、降りた部分が、ちょうど肩につくくらいの長さだったのだ。本当は、背中を覆うほどもあったのかと、初めて気が付いた。 「今日はよく働いたわ。野盗の集団を三つもやっつけたんだもの。ああ、お茶がおいしいわ! 」 くわえていた黒い布で髪を結わいてから、マリスは嬉しそうにマラスキーノ・ティーに口をつけた。 「とても、そんな後には見えないけどな」ケインが笑う。 「白い騎士は、青年だと思われてるから……って、あたしがそう振る舞ってるんだけどね。少年服だと、すぐに正体バレそうだから、こうやって全然違うカッコしてるのよ。おかげで、まだ誰にも気付かれてないわ」 見た目は美しく、近付き難い外見の彼女であったが、砕けた口調と、口ほどに喋る瞳が、人好きのする印象を与える。 これまでの短い付き合いの間でも、少年、ドレス、甲冑姿……と様々な変装を目にしてきたが、どれもまったく違う雰囲気であるのに、不思議と、彼女の魅力を損なうことはなかった。 いろいろな表情を持つ彼女の、またひとつ違うタイプの変身に、ケインは脱帽し、感心してもいた。 「それで、伝言て、何なの? 」 「ああ。アイリス王女が、『白い騎士』に会いたがってるんだが……どうだ? 」 マリスは、紅茶の入った器を手にしたまま、まじまじとケインの顔を覗き込んだ。 「お姫様が……? なんで? 」 神殿で野盗を捕えてからその後、王女は白い騎士の話ばかりしていた。
『あのような方が、このアストーレにいらしたなんて……しかも、わたくし、あんなに美しい男の方は、生まれて初めてですわ! 』 『わたくしは、武道のことはよくはわかりませんが、おそらく、相当訓練なさったのでしょうね。あの方とケイン様では、どちらがお強いのかしら? ケイン様は、どう思われまして? 』 『今どちらにいらっしゃるのかしら……。こんなことが頼めるのは、あなたしかいないの。お願い、もう一度、あのお方に会わせてくださらない? 』
などと、こんな調子であることを伝える。 マリスは、マラスキーノの香草を、箱の中から取り出し、熱い湯の入ったツボを傾ける。充分に色と香りを出してから、ケインの器に注ぎ足し、自分にも注いだ。 「なんだか面倒ねぇ〜。さっさと『白い騎士』の正体をバラしちゃえば? 」 「あんなにウキウキしてるのに、そんなこと、俺に出来るわけないだろ? 」 「どうして? 『白い騎士は、殿下の思い描いておられるような者とは違います。ヒマつぶしに正義の味方ごっこをしている、ただの女戦士なんですよ』って、教えてあげれば、もう白い騎士(あたし)には何の興味に抱かなくなるでしょう? それとも、姫の夢を壊したくはないとでもいうの? それって、なんか違うんじゃないの? 」 マリスは、椅子の背にもたれかかり、紅茶を口に含んだ。 しばらく考えていたケインだったが、次第に頷いた。 「……そうだよな。こういうのって、やさしさとは違うよな。ああ、だけど、本当のこと話したら、王女様、ショックを受けるだろうなぁ」 じっと見ていたマリスが、いたずらっ子のように瞳をきらめかせ、ガラッと口調を変える。 「ケインて、ああいう子がシュミだったの? へー、意外だわ〜。でも、なかなかお似合いじゃない? 」 「ちっ、違うよ! もー、なんでみんな、俺と王女をくっつけようとするんだか」 頬に赤みが差しているケインを見て、マリスは、ふふふと笑うと、棚から酒のツボを取り出し、二つの杯に注ぐと、一つをケインに渡し、もう一つを手に取った。 「ま、考えとくわ。それも、ケインの仕事なんだったら」 「お前に雇われてるのに、……悪いな」 「あら、いいのよ。適当に稼いでてくれていいって言ったの、あたしなんだから」 マリスは気にも留めていないようで、けろっと言った。 「今度、カイルもクレアも呼んで、飲みたいわね。皆といると、士官学校の仲間と、いろいろ暴れた時のことを思い出すわ。ケインみたいに、剣が得意で強かったダンや、クレアみたいな巫女見習いの――今は、もう巫女になったと思うけど、マーガレットって女の子もいたのよ」 「そう言えば、グスタフが、お前のこと『隊長』とかって言ってたよな? 士官学校にまで行ってたのか。ベアトリクスの騎士になるために? 」 マリスは、苦笑混じりに笑った。 「貴族も平民も入り混じっていた学校でね。ベアトリクスは、知っての通り、軍隊に力を入れているからね。小さいうちから、その手の学校に行くのが当たり前なのよ。優秀な人材は、貴族だろうと平民だろうと、平等に扱っていたわ。少なくとも、学校内ではね。もっとも、女の子で通う子は少ないけど、兄達も行っていたから、あたしはそれが当たり前だとも思っていて」 それで、巫女と貴族を両親に持つ、お上品な生まれである彼女が、『イン◯ン野郎! 』や『ケツの穴』などという、下品な言葉を知っていたわけだと、ケインは勝手に納得した。 「よく暴れたわー。ダンと一緒に他の子たちを仕切って悪さもしたし……そうそう! 『野盗狩り』もその時に味占めちゃって、未だに続いてるくらいだし」 マリスは、単純にころころと笑っていた。 (きっと、そのダンてヤツが、彼女に悪い影響をもたらしたんだな。責任取れよな、ダン! ) 罪悪感の微塵も現れていないその笑顔を前にして、ケインは、そんなことを考えた。 「その、野盗狩りしてたのって、いくつくらいの話? 」 「そうねえ、士官学校は一三歳で卒業しちゃったから……十歳前後だったかしら」 「そ、そんなときから、賊を相手にしてたのか!? 」 「やあね〜、集団だから勝てたのよ。あたしひとりじゃとてもとても……」 彼女は、ころころ笑いながら、手をぴらぴら振ってみせた。 「そんな小さい頃から、賊を苛めて快感を覚えていたとは……恐ろしいヤツだな! 」 ケインが、冗談めかして言った。 「そっかあ、あたし、ケインのことは、なんだか初めて会った気がしないと思っていたけど、それって、ダンに感じが似てたからだわ。見た目は全然違うのに」 マリスが、懐かしそうな顔をした。 「元気で、わんぱく坊主で……ダンとあたしは、手に負えないって、いつも教官を困らせていたわ。野盗だって、軍隊だって、ダンとあたしがいれば、負け知らずだったんだから。ケインも小さい頃は、暴れん坊だったんじゃないの? だからこそ、今は、落ち着いちゃってるとか? 」 「お前と一緒にするなよ。俺は、わざわざ賊にケンカふっかけたりはしなかったし、そんな風に気楽に学校なんか通ってたわけじゃないんだからな。いきなり実戦だったんだ。快感なんか、感じるどころじゃなかったんだぜ? 」 わざとしかめっ面をして見せるが、彼女は面白そうに彼を見ているだけだった。 マリスは、アイリス王女と違って、彼のことは全然怖がる様子はない。 王女の前では、いかに、嫌われないよう、話す時は笑顔で、言葉遣いも気遣い、ガサツにならないよう、物腰は丁寧に……などと努めていて、それが今まで窮屈であったことを、ケインは改めて感じさせられた。 戦士であるマリスの前では、例え彼女が貴族の出であったとしても、対等である――それが、雇われる時の条件でもあったのだから、雇い主と雇われ人という関係であっても、気兼ねはしなかった。 唯一、『武遊浮術』の『愛技』さえ、使わないでくれれば――彼は、そう願っていたし、マリスも、初級編を披露してみせて以来は、少なくとも、彼にはそのような素振りは見せなかった。 野盗を退治した時の話や、士官学校の話、友達の話などで話が弾み、話の尽きることはないかに思われた時、マリスが、ふいに眠気に襲われ、欠伸(あくび)をした。 「あら、もう寝酒がないわ。や〜ね、いつの間に、そんなに飲んじゃったのかしら? ……そうだ、ケイン、悪いけど、片付けておいてくれない? あたし、もう眠くて眠くて……。はー、さすがに、野盗団三つ撃退の後は疲れたのか、酒の回りが速いみたい。じゃ……」 欠伸混じりにそう言うと、マリスは、床にバタンと、俯(うつぶ)せに倒れ込んでしまった。 なんてマイペースなヤツ、と呆れながらも、一応、声をかける。 「そんなところで寝てると、風邪引くぞ」 反応がないので、ケインは、彼女のことはそのまま転がしておき、酒などのツボや杯を元通り、壁際の低い棚の上に戻す。 そして、すぐに部屋を去ろうとして、ふと思い留まった。 (そういえば、寝る時は、インカの香を炊いてるんだっけ? ) ヴァルドリューズと離れている今、魔道士の使うインカの香を炊いて、結界としているのだと聞いた覚えがある。 「おーい、マリス、インカの香は、どこだ? 」 なんとも返事がない。 実は寝た振りをしていて、いきなり襲いかかられ、『愛技』を使われたら……と、一瞬、その考えがよぎると、近付くのは怖かったのだが、そのうち規則正しい寝息が聞こえてきて、どうやら完全に彼女は眠ってしまったらしいことがわかった。 「せめて、ベッドで寝ろよな。しかも、靴くらい脱げよ」 肩を揺さぶってみても、起きる気配はない。マリスのブーツを脱がせてから、そうっと抱きかかえ、アイリス王女よりも多少の重さを感じながら、マリスをベッドまで運ぶ。 「……セルフィス……」 ふと、マリスの唇から、小さい呟きがこぼれた。 「マリス、起きたのか? インカの香はどこに……? 」 顔を覗き込むが、何の反応もない。 (寝言か……。誰のことだろう? 俺に似てるヤツってのは、確かダンって言ってたけど) 『セルフィス』とは、男にも女にも取れる名前だった。 窓の近くの棚を探すと、香炉はすぐに見付かり、引き出しには、香の袋がいくつかあった。 香りも、それぞれ違っていて、インカの香なのか、普通の香なのかもわからない。 炊いたところで、結界にならなければ意味がなかった。 ヴァルドリューズと彼女は、いつも同じ部屋だった。 夜の間も、彼女を魔の力から守るために。 ケインは、どうしたものか迷ったが、完全に寝入っている彼女の、まったく大人なんだか子供なんだかわからないあどけない寝顔を見ているうちに、決心がついた。 彼は、マスター・ソードを抱えると、ベッドの下に座り込んだのだった。
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