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作品名:Dragon Sword Saga 第2巻 作者:かがみ透

最終回   第 Y 話『人生最大の決断』〜3〜
 マリスの姿が完全に見えなくなった時、後ろにいたヴァルドリューズに、顔だけ、ケインは振り返った。
「……ヴァルは、当然知ってたんだよな? マリスが、ベアトリクス王女だってこと……? 」
 ヴァルドリューズは、いつもと変わらない、静かな瞳で頷いてから応えた。
「現在のベアトリクスにおいて、セルフィス王子に継ぐ、王位継承権を持っている」
 彼の淡々とした声は、ケインの中に響いていた。
「ホントだったんだな……。じゃあ、セルフィス王子とは、兄妹!? ……でもなさそうだったけど……。王女なのに、何で王子の護衛なんてやってたんだ? 」
「私と出会う以前のことは、わからない。出会った時は近衛兵ではなく、軍隊を率いたり、辺境の警備にも就いていたようだ」
「それで、あのヤミ魔道士グスタフが、マリスのことを『隊長』って……」
 一国の王女が軍隊を率いる、ましてや、護衛や、警備隊に属するということは、ケインの知る限り、見たことも、噂ですら聞いたこともない。
 ベアトリクスでは、戦士の育成に力を注いでいたことから、彼女の戦士としての才覚も認められ、彼女の意志もあり、例外的にそのようなことになったのか。
 今までの彼女の話も辿って、今のケインには、そう考えるしかなかった。
「マリスから詳しいことは聞いていないが、ゴールダヌス殿によると、マリスと王子とは、許嫁(いいなずけ)であったようだ」
「……マリスが、王子の……婚約者……! 」
 マリスの様子から、王子には、ただならぬ感情を持っているように思えたケインだったが、さすがに動揺を隠しきれずに、その場に立ち尽くしていた。
「そ、そっか、王女だもんな……。アイリス様がそうだったように、マリスも王女なんだったら、婚約者は早くから決まってしまうのは、当然……なんだよな……」
 それを肯定するよう努めている間にも、ヴァルドリューズの話は続く。
「マリスは前国王の血統、セルフィス王子は、現ベアトリクス女王の息子で、許嫁とは、前国王が決めたという。現在は、前国王は行方不明となり、それに代わって政権を執っているのが、国王の妹である現女王なのだ」
 ケインは目を丸くした。既に、身体ごとヴァルドリューズを向いている。
「……それだけ聞いても、なんだか複雑そうな……。国王が行方不明っていうのも、普通じゃないし……、それこそ、陰謀のようなものもあったんじゃないかって、気がしてくるな」
 ヴァルドリューズは、何も変わらない瞳を、ケインに向けたまま、微かに頷いた。
「まさに、彼女が私と旅をしているのは、モンスター退治という目的が大きいが、もう1つ――城からの追手から逃れるためということもある」
 ケインは、息を飲んだ。
 マリスが、ベアトリクスからの追手を避けているようなことを、言っていたのを思い出す。
 それは、城の中での、反マリス派の手から逃れるということだったのだろう。
 彼女が、いずれ、軍を率いて反旗を翻(ひるがえ)すことにでもなれば厄介だと踏み、刺客を差し向けた――そう考えると、話が繋がった。

「城からの刺客が、マリスを追っているんだとしたら、……あの蒼い大魔道士と合わせて、二つの刺客があることは間違いないんだな? もしかして、他にも……? いったい、いくつの組織が、彼女を狙ってるんだ? 彼女の味方は、ゴールダヌスだけなのか? 」
 ヴァルドリューズは、一度、空に視線を向けてからケインに戻した。
「反マリス派の頂点が、女王だ。女王は、ヤミ魔道士にもふれを出し、マリスに多額の賞金を賭けた。紅通りの魔道士たちには、どうやら届いていないようであったが、彼らが、外界と関わりを持とうとしなかったためだろう。
 魔道士で、彼女を狙うものの数は、以前よりも増えていると思われ、はっきりとはわからない。真相を知った上での味方は、ゴールダヌス殿だけだった」
 いつも通りの、平坦な口調で、そう告げる。
 宿では必ずヴァルドリューズがマリスと同室に、マリスが一人の時はインカの香を焚いて結界を張るという、厳重な警戒をしていたことにも、ケインは納得がいった。
「こりゃあ、思ったより複雑で、……強敵がまだまだ潜んでそうだな……。なのに、あいつ――マリスのヤツは、俺には、アイリス王女を守ってやれって……。自分だって、大変な目に遭ってるのに……」
「お前にもアイリス王女にも、自分の叶わなかった想いを重ね、託しているのだろう」
「よりによって、婚約者の母親が反マリス派とはな……。王子とは、陰謀のおかげで、仲を引き裂かれた……ってとこか……」
 マリスの、去って行った後ろ姿を思い起こすと、ケインの中でも、なんとも言い難い、遣る瀬ないような思いが湧いてくるような気がした。
「ヴァル、ゴールダヌス派のヤツは、お前の他には? 」
「私は、ゴールダヌス派というわけではない」
 意外な言葉が、ヴァルドリューズの口から発せられ、ケインは、耳を疑った。
「えっ……!? だって、マリスを守れって、ゴールダヌスから言われて……そのカシスルビーだって授かって……? 」
 わけがわからないケインを、ヴァルドリューズは何事も起きていないかのように見つめる。
「その通りだ」
 ケインには、ますますわからなかった。
(ヴァルは、完全にはマリスの味方じゃないのか……!? )
 いつの間にか、ミュミュが、ヴァルドリューズの肩越しに、ケインを覗いていたが、それに注目している余裕は、ケインにはない。

「ヴァル……、お前の目的って……? 」
「世界平和だ」
「……」
 タイミングよく、トリのさえずりなどが聞こえてくる。

 ケインには、そんな冷たい態度で言われても真実味が湧かなかったが、かといって、ヴァルドリューズが冗談を言うようにも思えない。
(……てことは、……やっぱり、ホントなのか!? )
「じゃ、じゃあ、……もし、マリスが『サンダガー』を制御出来ないようなことがあったら……」
「その時は、彼女を手に懸(か)けることも、あり得るだろう」
 唖然として、ケインは、ヴァルドリューズを――彼の碧眼を見つめた。
(……なんてことだ……! マリスは、そのことを知ってて……、……いや、知っていたら、一緒に旅なんか出来るわけがないし……。もし、知っていたとしたら、それだけの覚悟をして……! )
 ケインの心の中は、ますます遣る瀬ない想いで、いっぱいになっていく。

「ヴァル、ゴールダヌスはどうしたんだ? どこにいるんだ? そして、彼は、お前が、『そういうつもりでいること』は、知ってるのか? 」
「私は、私の考えを、彼には話さなかったが、おそらく、気が付いていたとは思う。私を完全に自分の支配下に置いたとも、思っていなかっただろう。
 だが、それでも、マリスと私が組むこと以外は考えられなかった――有り得なかったのだ。召喚技『サンダガー』以外の方法などは。
 そして、彼は、もういない。……お前も、ここで戦ったヤミ魔道士グスタフによって、一年前、倒されたのだ」
「なんだって!? 大魔道士が、……ヤミ魔道士に!? 」
「もちろん、本来の大魔道士の能力(ちから)であれば、グスタフなどが倒すのは到底無理であったが、彼は、我々を守るために、あえて……犠牲になったのだ」
 ケインには、ヴァルドリューズの瞳が、その時の空しさに僅かに揺れたのが、見て取れた。
 完全に部下となったわけではないヴァルドリューズに、自分の作戦を任せなくてはならないほど、召喚魔法『サンダガー』は重要であったのだ。マリスが幼い頃から親しんだ大魔道士が、己の命と引き換えにしてでも、守らなければならないほどの。
 その重みを思うと、マリスとヴァルドリューズの背負っているものは、なんと大きなものであるのかと、ケインは、改めて感じていた。
「……一六歳の少女が背負うには……あまりにも、酷だよな……」
 『少女』と呼ぶには、多少抵抗はあったが、ケインは、ぼそっと呟いた。

「私から、お前に確かめておきたいことがある。マリスから、ゴールダヌス殿の予言の話を聞いたか? 」
 ヴァルドリューズから質問するとは、珍しく、ケインには思えた。
「ああ、あの魔物だか魔族だかの間に伝わる予言てのなら、前にマリスから、ちらっとな。確か、魔王降臨の際に、サンダガーが脅威の存在になるだろうっていう内容だったと思ったけど……」
 ヴァルドリューズは、相変わらず、抑揚のない声で告げた。
「あの予言には、大魔道士たちも知らない別の解釈もある。

『魔王と金色(こんじき)の龍(ドラゴン)が相見(あいまみ)えれば、
互いにこの世の塵(ちり)と化す』

 ――と」
「……なっ……! 」
 それは、魔族の帝王――魔王が降臨後、マリスとヴァルドリューズのサンダガーをぶつけると、双方消滅する、という予言もあるということだった! 
「魔道士協会や、蒼い大魔道士たちは、また違う解釈をしている。確かなことは、誰にも解っていない。この解釈にしても、真実を裏付けるものはなく、実にあやふやなものだ。従って、マリスの耳にも入れてはいない」
「そんな……! 」
 その衝撃は、大きいと言えた。
 マリスからは、魔王と戦うとまでは聞いていない。魔界をつなぐ次元の穴を塞いでいき、そこを通って復活するとされる魔王の現れる場所を限定する――ということであった。
「ゴールダヌスからは、次元の穴を塞ぐことしか、言われてないんだろ? 魔王の復活する場所がわかったら、その後はどうするんだ? 俺も、多分、カイルたちも、いざという時は、召喚魔法『サンダガー』があるのを強みにしていたところがあった。それが通用しないとなると、魔王を倒す手だては……」
「魔王を完全に倒すのは不可能だ。封印するか、その方法がわからぬままでは、……『サンダガー』しか、可能性はないだろう」
「だけど……それじゃあ、マリスが、……あんまりだ! 」
「数奇な運命は、サンダガーを守護神に持つ者の宿命だろう」
 淡々とそう言ってのけたヴァルドリューズを、ケインは、キッと睨みつけた。
「よくそんなこと、簡単に言えるな? 魔道を極めると、人間らしい感情は無くしてしまうもんなのか!? 
 お前は、マリスと、少なくとも一年は一緒に旅をしてたってのに、彼女に対して、何も情は湧かなかったのか? 彼女は、ただの『サンダガー』を召喚させる道具で、お前が彼女を守るのは、魔王に対抗するまでなのか? 暴走すれば、マリスを斬るなんて淡々と言うし……! 
 サンダガーを守護神に持ったのと、一国の王女だったということが重なったために、陰謀に巻き込まれ、ややこしい敵に追われることにもなって……結局、マリスは、自分で、自分の身を守るしかないのか……? 」
 それまでに積もってきた遣る瀬なさと、もどかしさが、熱い思いとなって吹き出す。
そんなケインを見下ろす碧い瞳は、依然として静かなままだ。

 しばらくして、先に口を開いたのは、ヴァルドリューズの方であった。
「だから、お前が助けてやれ」
 ケインは、驚いて見上げる。
「……俺が……? 」
 ヴァルドリューズがそのようなことを言うとは意外に思ったが、それは、ヴァルドリューズとしても、出来ることならマリスを助けたいと思っていることが、ケインにも感じ取れ、いくらかほっとした。
「……だけど、ヴァルだって見てただろ? 俺は、たった今、マリスに解雇されたばかりじゃないか。俺よりも強い彼女の助けになんて、なれるはずもない……」
 ケインは、自分の左手――今まで剣を握って来た手を見つめてから、顔を上げた。
「ヴァルなら、守ってやれるじゃないか。お前のような上級魔道士なら――あの蒼い大魔道士だって、一目置いてるようだったお前の力なら、マリスを守ってやることが出来るじゃないか」
 ヴァルドリューズは、首を振る。
「蒼い大魔道士には、私の力では勝てない」
「……! 」
 それは、意外でもあり、絶望的な言葉でもあった。
 沈黙が続く。
 諦めたように首を横に振ってから、ケインは重い口を開いた。
「……だったら、なおさら、俺になんか無理じゃないか」
「私には出来ないが、お前になら出来るかも知れない」
「あのな、いったいどんな根拠で、そんなこと……! 」
「魔道士は剣を持たない。だからこそ、時には、剣が脅威に思えることがある」
 ケインの青い瞳が見開かれ、ヴァルドリューズを見直す。
「魔道士の力を持ってしても出来なかったこと――すなわち、マスター・ソードを手にすることが出来たというのに、なぜ、お前は、その剣を使おうとしない? なぜ、魔石をすぐに探さなかった? 
 お前には、彼らを倒すことが出来るかも知れない。その威力を、身を以て経験したことのあるお前になら、想像の付くことではないか? 」
 ケインは、はっとした。
「確かに、三つの魔石の力を備えたマスター・ソードの威力を思い出すと、魔物やヤミ魔道士なんかには負けないと思う……! 」
 それまで黙って聞いていたミュミュが、ぱたぱたっと、嬉しそうに羽を鳴らした。
「そーだよ、ケイン! ミュミュもまだ見たことないけど、マスター・ソードは、すっごい力を持ってるんだって、妖精の間でも言われてたよ! だから、ミュミュは、マスター・ソードの使者に『付き』たかったんだから! 魔石さえそろえば、ぜーったいイケるよ! 」
 ミュミュは、ヴァルドリューズの肩の上で、勢い良く拳を回して喜んだ。
 勝算が見えてきたことに、ケインの瞳も輝いていく。

 一人で旅に出てからというもの、自分の過去を封印するかのように、マスター・ソードを使うのを避けてきてしまったが、今こそ、使う時なのかも知れない! 
 ケインは、マスター・ソードの柄に、確かめるように触れた。
 二年前の威力が、その感触が、剣を伝って呼び覚まされる。
 さまざまな敵との戦いも、まだ記憶に新しい。
 彼は、力が甦ってくるような気持ちになった。

「……早く、残りの魔石も探さないとな」

 そのケインのセリフに、ミュミュは大喜びし、ヴァルドリューズの肩の上で、小躍りしていた。

「だけど、俺、サンダガーが戦う巨大モンスターや、大魔道士なんかにまでは、今まで遭ったことなかったから、マスター・ソードでは試したことがないんだ」
「少なくとも、サンダガー以上の力を発揮出来なければなるまい」
「えっ、あそこまでの!? ……そ、そうだよな。そうでなくちゃ、意味ないもんな……。それに、魔石を全部揃えたとしても、どこまでが可能なのか、見当も付かないし……。例えば、魔王にも対抗出来るほどの力なのか……とか」
「確かに、すべての魔石を揃えても、魔王にまで通用するものかどうかは、わからない」
 ミュミュの羽の音(ね)は、ぱたっと止まってしまい、ケインも首をうなだれた。
 またしても、絶望の沈黙が流れる。

「だが、……手は有る」

 そう言われても、ケインは手放しで喜べる状態ではなかった。
 先程から、ヴァルドリューズの思わせ振りなセリフには、喜んだり、がっかりさせられたりである。
 魔道士というものは、なんで、ハッキリ、ストレートに言ってくれないのかと、恨めしくも思う。

「……それって、どんな……? 」

 ヴァルドリューズは、真面目なのか、無表情なだけなのか、わからない表情のままで答える。

「……今は言えん」

(……やっぱりな……)

「ケインたら、どこに行ってたの? さんざん探したのよ」
 城の警備に戻ろうと、王女の部屋に繋がる廊下を行くと、ちょうどクレアに出会う。
「どこって……、俺は、ずっと、あの後も、あの北の山で、マリスと話して、その後も、ヴァルと話していただけだけど? 」
 クレアが、怪訝そうな顔をする。
「変ね。アイリス様が、あなたをお探しだったから、私も北の山にもう一度行ったら、マリスが下りてきたとこで、一緒に頂上まで行ってくれたのよ。そうしたら、誰もいなかったから、てっきりヴァルドリューズさんと別の道を通って、帰ったんだとばかり思っていたわ。本当に、ずっとあそこにいたの? 」
 言われてみて、ケインは気が付いた。
 マリスと話していた時はわからないが、ヴァルドリューズと話していた時は、重要な話だったから、もしかすると、魔道士の敵を懸念して、ヴァルドリューズが密かに結界を張っていたのかも知れない、と思ったのだ。
(相変わらず、抜け目のないヤツだ! )

 クレアに連れられて、ケインが王女の部屋に行くと、
「ケイン様! 」アイリスが、いきなり抱きついた! 
(えっ、えっ!? そ、そんな……、クレアだっているのに!? )
 まごまごしているケインには構わず、クレアが、静かに扉を閉めた。
「わたくし、勇気を持って、お父様にお話してみましたの! そうしたら……」
「は? お話……? 」
 いったい何のお話なのか、ケインには、見当も付かない。
 王女は、きらきらと星でも浮かんでいるのかと思えるくらい、大きな栗色の瞳を輝かせ、頬も、ほんのり上気している。
「……そうしましたら、……ケイン様さえよろしければ、……アストーレの正規の騎士にしてくださるって……! 」
「……なんですって!? 」
 ケインには、よく事態が飲み込めず、呆然としているが、王女は、もう一度、彼の胸にすがりつくと、うっとりと言った。
「ずっと夢でした。ケイン様が騎士に……貴族とおなりになれば、わたくしとだって、……もっと、皆の前で、堂々とお会いできるわ……! 」
 言ってから、王女は、恥ずかしそうに、顔をうずめた。
 徐々に状況が飲み込めてきたケインは、話がとんとんと、強い力で押し進められていくように感じた。
 この、可愛らしく、儚いと思えた王女の、恋の力なのだろうか? 
 ケインには、それは、彼への美化した思い込みにしか、思えなかったのだが。
 ちらっと、クレアを見ると、クレアは、微笑んではいるものの、どことなく複雑そうな表情にも見える。おそらく、彼女もマリスから、彼を解雇したいきさつは聞いているのだろう。
 ケイン自身も、内心複雑だった。

 北の山で、ヴァルドリューズと話さなければ、悪くはない話だと思ったかも知れない。
 だが、しかし、そんなふうに、周囲の力に流されたまま、人生とは決まってしまうものだろうか? 
 自分の意志ではないところで、強い流れに身を任せる……そんな感覚で、決めるものだろうか? ケインの中では、疑問が渦巻く。

(俺は、多分、宮廷では暮らしていけない。姫の護衛をした、たったの1ヶ月でさえ退屈で、見ている限り、平和ボケしてしまいそうな世界だった。いくさもしばらく起きないとなると、城にいることの方が多くなる……)
 となると、サンスエラ王子とマリスが言っていたように、陰謀のお時間がやってくる。
(やっぱり、俺は、武道家だから、そんな陰湿な世界は、きっと耐えられないだろうし、国の政治を取り仕切ることが、俺のやりたいことじゃない)
 わずかな期間でも、カイルやクレアたち仲間と旅をして、強敵とも対峙したが、かなり充実した日々であった。
 それまで、ケインが単身(ミュミュはいたが)で旅をしていた頃と違い、仲間がいることは、振り回されることがあっても、良いものだと感じていたのだった。
 そして、マリスのことが気にかかっていた。
 自分よりも優れた戦士であり、頼もしくもあるマリスだが、放ってはおけなかった。
『マスター・ソードを授かり、手に入れた力は、世のため、人のために役立てることにこそ、価値があるのだ。
 同情からではなく、彼の中に流れる正義の血が、マリスの力になってやれるのなら、なってやる! と騒いでいる』――彼には、そのような説明が、自分が納得するのに、一番しっくりきたのだった。

 ケインは、抱きついているアイリスを、両手ではがすように離し、大きく潤んだ茶色の瞳を見つめた。
 アイリスは、ぽっと頬を染めて、微笑んだ。
 明らかに、良い返事を期待をしている星の浮かんだ瞳には、つい怯(ひる)んでしまいそうになるが、ケインは、思い切って打ち明けた。
「殿下、どうか聞いてください。せっかくのお申し出ですが……俺は、アストーレの騎士には、なれません。クレアやカイル、マリユスたちと、旅を続けます! 」
 クレアが、はっとして面を上げた。

 ぐらーっ……

「姫っ! 」
 倒れ落ちかけた王女を、ケインが咄嗟(とっさ)に抱きかかえる。
 王女は、卒倒していた――! 


エピローグ

 まだ夜が明けたばかりだった。白み始めた空を見上げ、既に遠くなったアストーレ城を、ケインは見つける。
「ほんとによかったの? 」
 ふと、隣にマリスがやってきた。
「ああ。別に、後悔はしないさ」
 微笑むケインに、マリスが気遣うような目を向ける。
「だって……ケインだって、あの娘(こ)のこと、……好きだったんでしょう? 」
「は? 」
 思わず、ケインは、立ち止まって、マリスを見下ろした。
「なんで、そう思うんだ? 」
「だって、……あんな可愛い女の子に頼りにされたら、誰だって……ねえ? いいのよ、あたし、みんなには黙っててあげるから。……って、もうみんな知ってるかぁ」
 ふふっと笑ったマリスに、ケインは、少しムキになった。
「おい、ヘンなこと言うなよな。王女様は、……まあ、俺がたまたま何度か危機を救ったから、その……要するに、勘違いだよ! 勘違いで、俺のこと、多少良く見えちゃってただけだ。そのくらい、俺だってわかってるんだからな」
「あら、わかってたのね」
「……そ、そんな、あっさりと……。だ、だから、そうとわかってたから、真に受けるわけないだろ? 」
 それに、彼は、マリスやクレアのように、修行し、努力して頑張っている女の子の方が、好感が持てると、心の中で言いかけたのだが、それを口にするのは恥ずかしかったので、黙っていた。
 マリスは、じっとケインを見つめてから、感心するように頷いた。
「そういえば、そうよね。ケインは、武浮遊術(ぶゆうじゅつ)の『愛技』にだって、引っかからなかったんだもんね」
 ピクッと、ケインのこめかみが引き攣った。
「おい、……今後は、敵だろうと誰だろうと、『愛技』は使うなよ。『初級編』でもダメだからな」
 ケインは、皆に聞こえないよう、小声で、マリスを諭す。
 マリスは、きょとんとした顔で言った。
「なんで? 」
「なんでも何も……! お前は、……その……王女なんだし、……許嫁もいるんだろ? 」
「……まあ、そうねぇ。……でも、それって、あんまり関係ないし」
 マリスは、興味のなさそうな表情と声であった。
「関係なくはないだろ!? まだ間に合うかも知れないんだから」
「間に合うって……何が? 」
「だから、その……陰謀片付けて、許嫁と……結婚……とか……」
「……ふ〜ん……」
 気の無い返事であった。
「大丈夫か、お前……? 最終的には、戻りたいんじゃないのかよ? 」
「あたしは、お城にいると、アレルギー出ちゃうって言ったでしょ? 」
 ケインが、どうしていいものかわからないでいると、マリスは、両腕を上に伸ばして、伸びをした。
「あ〜あ、ケインには、ホントのこと言って、損したな〜。ホントに、もうお別れだと思ったから、つい……。まさか、ヴァルが話すとも思わなかったし」
 そうは言うものの、ケインを振り返ったマリスの顔は、それほど嫌そうではなかった。
 夜明けの朝日を受けたアメジストの瞳は、空のように透き通った青に近く輝き、同じく日を浴びてオレンジ色に光る髪は、太陽の輝きを思わせる。
 ケインは、その笑顔を見て、ふと気が付いた。
(……そっか。……そういうことか……! )
 ケインは、つっかえていたものが取れたように、すっきりした気分であった。
(俺は、マリスのことを……戦いも、その笑顔も、……ずっと見ていたかったんだ)
 蒼い大魔道士が彼女を引き離そうとした時、タペスが彼女の腕を傷付けた時、既にわかっていたのだ。何よりも、彼女の身を案じていた自分を。
(城では暮らしていかれないとか、いろんな理由なんか、いらなかったんだ。俺が、最初から守りたいと思っていたものは、……お前だったんだ。お前自身と、お前の中にある、この世の希望と言ってもいいほどの、『光』なんだ……! )
 それは、使命感よりも、自分の意思であることが解った瞬間であった。

 彼には、その選択しか有り得なかった。
 そして、その選択が、彼の人生を大きく変え、安泰からはほど遠い世界へと、導いていく。
 それが、伝説の剣を手にした者の、宿命であった。
 運命の歯車は、しっかりと噛み合い、重く、ゆっくりと回っていく。

「アイリス様には悪いけど……、私、ケインが一緒に旅をすることに決めてくれて、良かったと思ってるの」
 マリスが先頭に行くと、クレアがケインの隣に並び、遠慮がちに続けた。
「私とケインは、同時に旅に加わったから、ケインだけ外れちゃうのは、やっぱり淋しいもの。それに、私、まだまだあなたから教わらなくちゃいけないこと、いっぱいあるし」
 ケインは笑いながら、クレアの肩に、ぽんと手を置いた。
「よーし、また剣の練習再開するか! 剣も使える美少女魔道士目指して、頑張ろうな! 」
「いやあね、そんな、美少女だなんて……! 」
 クレアは、両手で、赤く染まった頬を押さえた。
「ケインが王様になり損ねてくれたおかげで、俺も伯爵になり損なっちゃったなーでも、まあいっか! あのまま、俺がアストーレに残っちまったら、宮廷の女どもが、俺を取り合って、戦争でも始めちゃったら厄介だしな。昨日なんて、次から次へと、休むヒマはねーしよー。さすがに、十人連続デートはキツかったぜ! 」
 カイルがケラケラ笑った。
 まったくのウソであることを、ケインは知っていた。
 昨晩は、警備の宿舎で、一晩中、カイルと酒盛りしていたのだから。
 しかし、例のごとく、クレアは真に受けて、嫌そうな顔をしていた。

 ひゅん……! 

 何もなかったところから、いきなり二人の人間が現れる! 
「ダミアスさん! 」
 ケインたちは、その二人――ダミアスとヴァルドリューズに駆け寄った。
 見送りに来たダミアスは、マリスに掌ほどの袋を渡した。
「西の方角へ行くのでしょう? アストーレの最西端タルカの町から山を越えると、しばらくは町のようなものはなく、その先は砂漠です。食料代わりに、これを皆さんで」
 言われて、マリスが茶色い布袋の中を開けて取り出したものは、一口サイズの丸く赤い玉だった。
「それには、一粒で、一日に必要な栄養が、ほぼ詰まっていて、日持ちもするそうです」
「これは、ダミアスさんが? 」
「いいえ。これは、フェルディナンドのバヤジッド殿から頂いたものです。効果があるようでしたら、また下さるようで」
 皆は、顔を見合わせた。
 それらの顔には、「……てことは、誰も毒味をしていないのか? 」と書いてある。
「……ま、まあ、そいつは有り難いけどさ、またくれるったって、どうやって連絡取るんだよ? 」
 眉間に皺を寄せたカイルが、首を傾げる。
「ああ、それなら……」
 ケインは、思い出したように、ズボンのポケットから木のペンダントを取り出した。
フェルディナンドから帰る時、バヤジッドにもらったものだ。
 ペンダントのロケットを開けると、彼の肖像画が入っている。それは、ただの絵だったものが、彼の姿を映し出す鏡でも嵌め込まれていたのかというように、開けた拍子に、ぼやぼやと、本物の木の魔道士の姿へと、移り変わっていったのだった! 
「おや、皆さん、お久しぶりです! いやあ、こんなに早くお会いできるとは、思ってもみませんでしたよ!」
 あのヒト離れした声が、そのまま聞こえる。
 一行は、驚いて、ペンダントの中を覗き込んだ。
「今日は、フェルディナンドは快晴になると思います。あなたがたがお帰りになった後、紅通りの治安は良くなったのですが、お天気の方は、ずっといまいちでして、昨晩などは、大雨になったのでございますよ。これで、やっと洗濯物が……」

 パチッ

 ケインは、ペンダントを閉じた。

「あら? どうしました? もしもし? もしもしー? ……」
 バヤジッドの声が、フェイドアウトしていく……。

「……さ、さあ! 次の目的地へ出発よ! 」
 マリスが、気を取り直して、拳を高く掲げた。
「そ、そうね! この世にはびこる悪を倒し、正義のために、皆で、力を合わせて頑張りましょう! 」
 クレアも続く。
 二人の女たちを先頭に、男たちは、疲れたように、ゆっくりと付いて行く……。
『やっぱり、王様になっときゃ良かった』
 ケインにとって、そう思えてならない日は、出来れば来て欲しくないものだった。

「また、いつかどこかでお会いできたら……」
 ダミアスが、ヴァルドリューズの背に、声をかける。
 ヴァルドリューズは、顔だけ振り返ると、僅かに頷いた。

 ダミアスに見送られ、涙の別れとはほど遠く、彼らは、新しい旅路へと、出発したのだった! 


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