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作品名:Dragon Sword Saga 第2巻 作者:かがみ透

第15回   第 X 話『或る晴れた日に吟遊詩人が見える』〜3〜
 ケインたちが、フェルディナンドでの仕事を終える少し前、カイルとクレアが、マリスの宿を訪れた。
「マリス、宮廷にダミアスさんから手紙が届いたの! ケインもミュミュも、ヴァルドリューズさんも皆無事だそうよ! 」
 マリスの部屋へ入るなり、クレアは紅潮した顔で、握りしめていた手紙を見せた。
 白い甲冑姿のマリスは、皺になった羊皮紙を広げ、文字を目で追った。
(……ケインも、ヴァルも、無事だった……! )
 はーっと全身の力が抜けたのか、ベッドに座り込む。
「……良かった……! あの蒼い大魔道士を前にして、……よく無事で……! 」
 マリスは、放心したように呟いた。
「それと、インカの香、安く売ってたとこ見つけたから、買っておいてやったぜ」
 カイルが、茶色い布袋を取り出し、マリスに渡す。
「カイル……いつもケチなあなたが、こんなにたくさん……!」
「おっと! タダでやるとは言ってないぜ? 五〇〇〇リブルだ。半額なんだぜ? 」
 カイルが、ちっちっちっと舌を鳴らすと、マリスが、にっと笑った。
「それじゃあ、あたしの知ってる店の方が安いから、そっちで買うことにするわ」
 カイルは、ピタッと笑いを止めると、すぐににやっとした笑いに変わった。
「さすが、マリスは騙せねえな。冗談だよ、ホントは二五〇〇リブルだったんだ」
「まあ! 仲間相手にぼったくるなんて……! 」
 クレアが、手を腰に当てて怒った。カイルは、ヘラヘラと逃げ腰であった。
 マリスは、カイルに代金を払い、しばらく三人で話した後に、二人は退散した。
 帰り際に、クレアが言っていた。
「マリス、こんなことあなたに頼むのは、おかしいってわかってるんだけど……王女様のお話し相手にでも、来てくれないかしら? たまにでいいのよ。私には、心の内を、お話していただけないの」
「どういうこと? 」
「……あの、……私が、思うには……ここのところ、アイリス様が塞いでいらっしゃるのは、……もしかしたら、……恋の病……なのかも知れない、と思って……」
 マリスは、目を丸くした。
 クレアは、カイルに聞こえなかったかと振り返るが、彼は、階段を降りているところで、クレアは、ほっとしたように、マリスの顔を見直した。
「姫様は、白い騎士、つまり、男性だと思っているあなたに憧れてるから、あなたとお話し出来たら、悩みが解決するんじゃないかと思うの。ヴァルドリューズさんとケインが戻ってくるまででいいから、このまま男性の振りをして、姫様のご機嫌を取って欲しいの。でないと、……あの新しく婚約者候補として現れた、あのお方が、早く姫様に会わせろ、自分が慰めるからって、うるさいのよ」
「ああ、なんだか、強引な王子が登場したんですってね」
 クレアは、真面目な表情で、マリスの手を握った。
「ねえ、マリス、お願いよ。あの王子様が姫様を慰めることになったら、余計に姫様は塞いでしまうと思うの。彼には、舞踏会が開かれるまでは、お会い出来ないってお伝えしてるんだけど。……それに、私から見ても、こう言ってはなんだけど、あの王子殿下よりは、マリスの方が、……アイリス様はお好きだと思うの。……こんなお願い、異常だとわかってるけど……アイリス様が痛ましくて……」
 マリスは、どうしたものかと、考えていたが、
「わかったわ。明日にでも、あなたたちのところへ行くわ」
 そうして、安心したクレアは、宿を後にし、城の女官室へと戻っていったのだった。

 マリスは、インカの香の炊かれた部屋の、ベッドの中で、なかなか眠りにつけないでいた。
 ヴァルドリューズとケインが無事であったのが、何よりも嬉しかった。
 それは、ヴァルドリューズが、あの大魔道士を撒くことの出来る実力を身に付け、ケインも、あのような強大な敵を前にして、恐れず向かう勇気があるという証明でもあるのだった。
 旅をしていく上で、この上なく頼りになることが、実感として湧いていた。
(ケインは、やっぱり思った通り、伝説の戦士に成り得る人なんだわ。あの大魔道士ですら、その存在を知って、敵と見なしたということは、それほどの実力だと認めているということ。……彼なら、もしかしたら、あたしがベアトリクスに戻った時も、力を貸してくれて……)
 マリスは、寝返りを打った。
(……いいえ、それは、あまりにも都合が良過ぎるわ。それにしても、あんなに、あたしのことを親身になって、守ろうとしてくれた人なんて、滅多にいなかった。蒼い大魔道士にまで、ひるまずに……! 普段は、そんなに凄い人には見えないのにね……)
 マリスは、ケインの実年齢よりも幼い顔立ちを思い起こし、くすっと笑いを漏らした。

「まあ……! マリユス様……! 」
 翌日、アイリスの部屋に、マリユスは招かれていた。白い甲冑姿である。
 アイリスは呆然と立ち尽くし、次第に頬を染め、か細い手は、かすかに震え出した。
 マリス扮するマリユスは、入室すると、ソファへ促され、広いソファの端と端に、アイリスと座った。
 気を利かせたのか、クレアが扉のない隣の部屋へと移った。侍女の控えの間である。
 アイリスは、震える手で、紅茶のカップを口へ運び、ちらちらとマリユスを気にしていた。
(……やはり、なんてお綺麗な方……! )
 見られていることを気にも留めていないマリユスは、一口紅茶を啜り、カップを置いてから、アイリスに向き直った。
 アイリスは、びっくりしたように見つめたまま、硬直した。
「最近、お加減がすぐれないようですね」
 マリスは、普段よりも低いトーンを心掛け、アイリスを気遣うような、優し気な視線を送る。
「あっ、はいっ、いえ、あのっ……」
 ドギマギしている王女に、マリスは、再び、やさしく語りかける。
「もし、私でよろしければ、姫の悩みをお聞かせください」
「ええっ!? わたくしの……悩みを……!? 」
 余計に、慌てふためいていた王女であったが、いくらか冷静さを取り戻すと、もう一度紅茶を一口飲んでから、切り出した。
「……そうですね。マリユス様になら、わたくし……お話し出来ますわ……! 実は、……あの例のモンスコール王国の王子殿下が、結婚の申し込みに見えた時から、……いいえ、見えると聞いて、初めて気付いたのかも知れません。……わたくし、……本当は、……結婚など、まだ、したくはないのだと」
 マリスは、暖かい眼差しのまま、頷いた。
 それを見て、安心したように、王女は続けた。
 話し始めてしまえば、あとは楽に言葉が出て来るものだった。
「その王子殿下も、レイピアの名手と有名でらして、……デロスのカール王子も再びいらして、マスカーナのサンスエラ王子も……。わたくし、以前、頼もしいお方が良いと、お姉様やお父様には打ち明けましたが……、それは、あのように、剣の強さを自慢なさっている方とは違うと、……わかりましたの。
 もちろん、ケイン様や、マリユス様には、危ないところを助けて頂いて、悪者たちを倒すお力があったからこそ、わたくしはケガもなく、守られ、今日もこうして無事で暮らすことが出来るのですわ。
 武力も必要だと、頭ではわかっています。ですが、……わたくしは……」
「剣を振り翳して強さを自慢する輩よりも、側でじっと見守ってくれるような……ケインのような男を、頼もしいと思われたのでしょう? 」
 アイリスは、そのマリユスの言葉に驚いて、顔を上げた。
 みるみる、その茶色の瞳はぬれたように輝き出し、頬を淡いピンク色に染めた。
(あらら、これは当たりだったわね……)
 マリスは、心の中で苦笑するが、それを面には出さなかった。
「あ、あのっ、わたくし……、実を言うと、……あなた様にも……憧れておりました……! ……男の方なのに、信じられないほどお美しくて、お強くて……! わたくし、ケイン様とマリユス様が、お友達と知って、こんなに嬉しいことはなくて……あなた方お二人に守って頂けたら……と、夢見ていたくらいなのです。
 でも、現実には、それは、わたくしのワガママでしかなくて……。
 そして、気付いてしまったのです。
 わたくしが、本当に、心から頼りにしているのは……いつも側にいて欲しいと、思っているのは……」
 アイリス王女は、祈るように手を組み、潤んだ瞳でマリユスを見ると、目を伏せた。
(この子は、『彼』を必要としているのね……)
 マリスは、マリユスとして、アイリスの手を、外側から包み込むようにして握った。
 アイリスは、ハッとしたが、嫌がらなかった。
「私があなたを守りましょう。少なくとも、ケインが戻る時までは」
「……すみません。……わたくし、本当に……自分でも、なんて図々しいと、わかっていながら……このような気持ちは、初めてで……自分でも……どうしたらいいか、わからなくて……! 」
 王女は、啜り泣いていた。
 その震える小さな肩を、マリユスは抱き寄せた。

 その夜、舞踏会が開催された。マリユスが王女の部屋を訪れてからずっと、『彼』は護衛を努めていた。
 以前、五人の王子たちが訪れた舞踏会で、アイリスの誘拐事件があったことで、今度もまた何か起きるのではないかと、トラウマにもなっていた王女には、この上なく安心出来る護衛であった。
 そして、もう一人の、接触を避けたい相手のガードにもなっている。
 だが、今夜こそは、モンスコール王子の婚約の申し込みがなされる予定であった。
 それは、一曲、ダンスを踊り終わった時に、という筋書きであった。
 
「おお、ダミアス、ヴァルドリューズ殿、ランドール……! 大変、ご苦労であったな! 」
 魔道士との対決を終えたフェルディナンド皇国から一変して、きらびやかな宮廷舞踏会の場へと、変貌したように思えたケインは、少々面食らっていた。
 用意されていた警備服の正装である、紺色に金色の糸の模様の詰め襟の服に着替えたケインと、いつもの黒いフード付きマントを羽織ったヴァルドリューズとダミアスが、舞踏会場に出向き、アストーレ王に挨拶を終えたところである。
 広間には、人が大勢いて、ケインには、誰が誰だかさっぱり区別がつかなかった。
「遅れましたが、すぐに警備につきますので」
 ケインが、急いで職務につこうとすると、国王は笑った。
「まあまあ、今夜くらいはよいぞ。警備の人数は足りておるのだし。そなたは、フェルディナンドで、アリッサの手伝いをしてくれたのじゃから。それに、もうすぐ旅立ってしまうのじゃろう? 今日は、任務などは忘れてくれてよいのだぞ。ほれ、アズウェルなどは、貴婦人たちから引っ張りだこじゃよ」
 国王が指差した方では、カイルがケインと同じく正装の警備服に身を包み、長い金髪を後ろで束ね、貴族の娘たちを侍らせ、杯を持ってペラペラ喋っていた。
(あ、あいつ、ちゃっかり……)
 ケインは、苦笑する。
「よう! ケイン! 」
 ケインに気が付いたカイルが、人混みをかき分けてやってきた。
 長い金髪を後ろ手束ね、いつも巻いている黒いバンダナは外し、豪華な金色の装飾品のついた紺色の制服姿は、普段軟弱なカイルを多少はキリッとして見せ、他の貴族の男たちの中でも、目立っていた。
「いいのかよ? 女の子たち放っておいて。早く済ませろって、俺が睨まれちゃうだろ? 」
 ケインが、からかうようにカイルを突くと、彼は、まんざらでもなさそうな笑みを浮かべた。
「そうなんだけどさ、ああ、腹減ったー! なんか食おうぜ! 」
 カイルは、人混みをいいことに、女たちからますます離れ、今度は食い気に走る。
 ケインは、杯に注がれた酒を啜って、チーズをかじった。
「やっぱさあ、俺とお前はカッコいいんだぜ? ひ弱な貴族の男どもばっか見慣れてるお姫さんたちから見ればさあ、俺たちなんて身体つきだってがっしりしてるし、顔だって生き生きしてるわけだしさあ。
 だから、ここでも、町娘みたいな発想の姫(こ)なんかも、出て来るかもよ? 現に、俺が、もうすぐアストーレを立つって言ったら、皆残念そうな顔してんだよ。
 それから、踊ろう、踊ろうって、引っ張りだこにはされるわ、女同士でバチバチ火花散らしてんのも出てくるわ、もうめんどくさいったら、ありゃしないぜー! 」
 カイルは、相変わらず、お下品に骨付き肉に噛み付いて、むしり取りムシャムシャ食べていた。
 『また戻って来た』――そんな嬉しい感覚が、カイルと語り合うケインに、沸き上がっていったのだった。

 いきなり、広間の中心から、女性たちの騒ぎ立てる声が起こった。
 白い騎士が、ある姫君と踊っていたのだった。
 マリユスは、薄いピンク色の広がったドレスの小柄な姫の、か細く白い腕をやさしく取ると、目一杯優しい瞳で見つめ、微笑みかけながら踊っていた。白い男性用の騎士の正装であった。
 その姫に嫉妬した女たちが上げた声であった。
 それには構わず、マリユスは、時々彼女の耳元に口を寄せて何かを囁いたり、彼女を引き寄せたりすると、ギャラリーの女たちは、ますます騒ぐのだった。
 ケインとカイルは目配せして、「よくやるぜ」と、くすくす笑っていた。
(よかった! マリスも無事だし、普段と変わらないみたいだ)
 蒼い大魔道士の登場でも、怯えているようでもなさそうである。実際、自分の目で確かめて初めて、ケインは、やっと安心出来た気がしたのだった。
 早く、自分の無事な姿を見せ、話をしたいと思うのだが、人混みで、マリスには、なかなか近付けそうにない。
「ああ、ケイン! お帰りなさい! 」
 振り向くと、これまた正装の女官服のクレアが、瞳を輝かせていた。
 いつかの水色のスリムな、神官服に似た、詰め襟のドレス姿だった。長い黒髪はアップにしていて、耳には小さな真珠をつけている。
 ケインには、ごてごてと飾り付けたお椀ドレスの女たちよりも、断然好印象であった! 
「クレア……! よく似合うよ! 」
「な? ケイン、クレアは、やっぱりかわいいよな? さ〜て、俺もそろそろ、マリスと勝負してこようかな」
 カイルは口を拭いて、今度は、別の貴婦人たちの方へ行ってしまった。
「マリスから話を聞いて、心配してたのよ。よかったわ、無事で……! 」
「ああ、なんとかな」
 クレアは、心からの安堵の表情を見せ、ケインは、笑いながら、片手でガッツポーズをしてみせた。
「ねえ、ケインは踊らないの? さっきから、あなたのこと見てる姫様たちがいらっしゃるわよ」
 クレアの言う方を見てみると、お椀ドレスの女たちが数人、「キャーッ」と騒ぎ出す。
 ケインはクレアに向き直ると、苦笑した。
「俺は、ダンスは出来ないんだよ。クレアこそ、踊ってくれば? そう言や、カイルとは踊ってないの? 」
 彼女は、首を横に振った。
「あの人は、人のこと、かわいいとかなんとか言ってるけど、そんなの口だけなのよ。
さっき、他の人にも、すっごく歯の浮いたセリフ言ってたのに、その人とは踊ろうとしなかったし……適当に遊んでるだけなんだから」
 と、呆れたように笑ってから、ふいに真面目な表情になった。
「それより、ケイン、アイリス様が、やっぱりお元気がないのよ。私たちのいない間に、食事もあまり召し上がらなくなってしまったし。私も何度もお話を聞こうとしたのだけど、肝心なことは、いまいちお話してくださらなくて……だから、マリスにも頼んで、聞いてもらったの。唯一、マリユスにだけは、心を開いているみたいで。
ねえ、ケインも話してみてくれない? 」
「ああ、わかった。そのマリユスと姫は、まだ踊ってないのか? 」
 クレアは、首を横に振った。
「あそこのバルコニーで、モンスコールの王子殿下とご一緒にいらっしゃるのだけど、あの方が、なかなかアイリス様を離そうとなさらなくて。あの方が、今回、アイリス様とのご婚約を希望して、いらした方なのよ」
 婚約者候補と一緒なら、自分がわざわざ割り込んで話を聞くことはないじゃないか、と思う反面、姫の方は、早くマリユスと踊りたいだろうし……などと考えていると、
「お嬢さん、よろしかったら、お相手願えませんか? 」
 貴族の男が、クレアにダンスを申し込んできた。
 クレアは、それどころじゃないような顔を、その男に向けるが、通じない。
「女官とはいえ、あなたはお美しいのですから、どうか他の男性との取り合いにならないうちに、是非、私と踊って頂けませんか? 」
 微笑みながら、その男は強引にクレアの腕を引っ張った。
 クレアは、しぶしぶ付き合うことにして、男と一緒にダンスフロアに歩きかけたが、ふと、ケインを振り向いた。
「ケイン、姫様をお願い」
 ケインもクレアに頷く。
 だが、クレアがその男と踊る直前に、すっと白い影が割り込んだ。
 マリユスだった。彼は、男と一言二言交わすと、クレアの手を取って踊り始めたのだった。
 クレアの方も、気の進まない男から解放されてほっとしたのか、嬉しそうにマリユスを見上げる。
 マリスとも、一言でも言葉を交わしたかったケインであったが、クレアに言われた通り、王女のもとへと向かった。

「あの、……わたくし、気分がすぐれないので、お部屋に戻ります」
 聞き覚えのある、か細く高い声がした。
「では、私がお部屋まで、お送り致しましょう」
 知らない声もする。
「いいえ、結構です」
 少しきつい口調で、高い声が答えると、バルコニーから、淡いピンク色のふわふわしたものが、いきなりケインの目の中に飛び込んできた!
「きゃっ! 」
 ピンク色のドレスに包まれたものは、バルコニーからの数段の段差で躓(つまず)きかけた。
 倒れる前に駆け出したケインの腕が、受け止める。
 その手応えは、以前よりもますます儚く、か弱くなってしまったようだった。
 ピンク色のふわりとしたドレスは、彼の足に絡み付いた。
 そのドレスと同じ色の唇が、小さく「あっ」と開いた。大きく見開かれたブラウンの瞳は、驚いたように、じっと、ケインの顔を見つめた。盾に巻かれた栗色の髪も、彼の記憶の通りであった。
「ただいま戻りました。アイリス王女殿下」
 ケインは、慌てて微笑むことを思い出した。王女は、驚いて声も出ず、両手を口に当て、今にも泣き出しそうな大きな瞳を、彼からしばらく反らさなかった。
「なんだね、きみは? 」
 明らかに、不機嫌な声を発して、バルコニーから降りてきた者がいた。
 その姿を見て、ケインは思わず声を上げそうになったが、なんとか取り繕う。
「アイリス殿下の護衛の者で、ケイン・ランドールと申します」
「ふ〜ん」
 彼は、ケインを頭のてっぺんから(といっても、背はケインの方が高かったので、彼は下から見上げた形ではあるが)足の先までじろじろと眺め回す。
 男はちょっと大柄で、顔もぷくっとしていて、中はそれほど整ってはいない。不機嫌そうな顔は、何も今に始まったことではないようだった。
 首の周りに、伸縮自在の、大きな蛇腹の白い襟をつけていて、縞模様のちょうちん袖、腰回りもちょうちんかカボチャのようなパンツを履いていて、きらびやかな、
いかにも飾り物の剣を腰に差し、脂肪のついた緩んだ足は、白いタイツで覆われ、奇妙な先の尖った靴を履いている。
 色白で金髪ではあったが、ケインには、『おかしなシロブタ』にしか見えなかったのだった!

「私は、モンスコール王子タペス。アイリス様の婚約者候補である! 」

 王子は勝ち誇ったように、威張ってみせた。
(これが、噂に聞く、強引な王子……!? )
 ケインは、しばらく口がきけなかった。
(……こ、こんなみょうちきりんなカッコしたシロブタが、……この可愛らしいアイリス様と……?? ……他にいなかったんかい! )


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