20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ
 ようこそゲストさん トップページへ ご利用方法 Q&A 操作マニュアル パスワードを忘れた
 ■ 目次へ

作品名:Dragon Sword Saga 第2巻 作者:かがみ透

第13回   第 X 話『或る晴れた日に吟遊詩人が見える』〜1〜
 赤煉瓦の壁は、ぐにゃりと歪む。
 不安定な足場で、ケインとマリスは必死に体勢を立て直していた。
「ふははははは! お前達がここに来ることなど、ワシの占いによって、先刻承知だわい! 連れの魔道士どもが『ここ』へ着く前に、お前達を別々の空間へ飛ばしてやるわ! 」
 老魔道士は、両手を掲げる。
 赤い部屋の中で、まるで、魔道士の身体全体を青い炎が包んでいるような、そこだけが青く、ゆらゆらと鈍い光を放っている。
 とっさに、マリスが、ぎゅっと、ケインの手を握る。
(そうか、離れ離れにならないようにだな……! )
 と、思っていると、いきなりマリスがそのままで走り出した! ケインも、慌ててそれに習う。

 ガキィィィンンン! 

 マリスの振り上げたロング・ブレードを、魔道士が空中から取り出した杖で、受け止めた。
 次々と、突き出す彼女の剣を、魔道士が簡単に防いでいく。
 マリスが彼を斬りつけるというよりは、呪文を唱えさせまいと邪魔しているのだと、ケインにはわかった。
「さすが、噂通りの剣の達人ですな、マリス・アル・ティアナ嬢」
 老魔道士が薄笑いを浮かべる。
 マリスの目が、キッと光った。
「そうそう、あなたのことも、存じておりますよ。バスター・ブレードとマスター・ソードを合わせ持つ、ケイン・ランドール殿」
 二人は、改めて老魔道士をじっと見つめた。
「……なんで、俺のことまで……!? 」
「あんた、……何者!? 」
 質問には応えず、老魔道士は彼を見たまま、続けた。
「バスター・ブレードはどうしたのじゃ? ……ああ、あの若造魔道士がどこかへ隠したのだな。つくづく油断のならない奴じゃ! ……まあ、よい。人質交換という手もある」
 ケインの老魔道士を見る目が、驚きに変わる。
(こいつは、バスター・ブレードの姿形を知っている……!? )
 それは、彼の師匠から受け継いだ、二年前の出来事を思い起こさせた。
(……まさか、……こいつは……! )
 記憶を辿り、それが何かと結びついた時、マリスが言い放った。
「もしかして、あんた、……ゴールダヌスと敵対する大魔道士じゃ……? 」
 彼女は、老魔道士に、にやっと笑った。
「『蒼い大魔道士』ビシャム・アジズ……! 初めてお目にかかりますわ」
 マリスが剣を持った右手を大きく振り、腰を屈め、深々と騎士の礼をしてみせる。
(『蒼い大魔道士』……! こいつが、あの噂に聞く……!? )
 ケインですら、その存在は知っていた。魔道士たちの更に上を行く大魔道士の存在は、魔道士はおろか、それ以外の者たちにとっても、脅威である。一介の剣士などは太刀打ち出来るはずもない。
 世の中に数人しかいないと言われている大魔道士たちは、ほとんどが己の研究に没頭し、世捨て人のようにひっそりと暮らしており、表には滅多に現れることはない。
ゴールダヌスもそうであったが、アジズだけは、時折ふとどこかに出現していたため、その姿を目にした者は少なくはなかった。

 老魔道士は、かかかと笑った。
「これはこれは、ご丁寧なご挨拶じゃな。さすがは、ベアトリクス王国近衛兵を勤められていただけある、美しい騎士の礼じゃ。どうじゃの? 主君王太子殿下のご機嫌は、いかがですかな? 」
 実に嫌味っぽく、その声は響く。
 マリスの手が、わなわなと震えているのが、ケインの手にも直に伝わっていく。
「あんたたち、まさか、あの人に――セルフィスに、何かしたんじゃないでしょうね!? 」
(セルフィス……!? この間、マリスが寝言で呟いてた奴のことか? )
 そのことで、ちらっと彼女をからかったら、なんだかただ事ではなさそうであったのを、ケインは思い出す。
 そして、やはり、それは、ただ事ではなかったのだろう。
 マリスは、今にも魔道士に食いつきそうな、それをかろうじて抑えているように、ケインには見えた。
「ご安心くだされ、マリス姫。我々が、どうしてあのお方に、何か出来るとお思いなのです? 出来るわけなど、ありはしませぬよ。あのお方は、大国ベアトリクス唯一の王太子殿下なのですからの。お側付きの宮廷魔道士も、なかなか優秀な者のようですし、あの方ご自身も、結構な魔力をお持ちですからな。だいいち、ワシはまだベアトリクスに行ってもしておらんのでな」
 老魔道士は、かかかと再び笑う。
「……それは、そのうち、行くつもりでいるってこと? 」
「それが、希望ではあるがの」
「……そんなこと……! 」
 マリスの鼓動が速くなるのが、まるでケインにまで伝わってくるようだった。
「マリス……! 」
 ケインは、静かに、だが強く、マリスの手を握り返した。
 マリスは、痛そうに顔を歪め、はっとしたように彼を映す紫の瞳は、説明がつかないように、まだかすかに動揺していた。
 ケインは、黙っていろ、というように、首を横に振ってから、老魔道士を睨み据えた。
「二年ほど前に、俺のマスター・ソードを奪おうとした魔道士がいた。そいつをよこしたのは、お前か? 一体何を企んでいる!? 」
 今度は、マリスが驚いたようにケインの横顔を見つめた。
「ケイン、あなたも、こいつのことを知って……? 」
 マリスの方は見ずに、ケインが頷く。
 老魔道士は、笑うのをやめ、視線をケインに移した。
「貴公は、魔力もない傭兵の分際で、今まで『魔の世界』に関わってき過ぎたのじゃよ。しかも、厄介な武器を二つも手に入れた。普通の人間の身で、同時期にあの二つを揃えるなど、有り得ないと我々は思っておった。
 ……が、そうでないのがわかった以上、放っておくわけには行かぬのだ。
 知っておろう? 『伝説の剣は、魔道士の野望を打ち砕く』と――! 」
 蒼い大魔道士ビシャム・アジズの目が鋭く光ると同時に、彼らの周りが揺れ出した!
「別々の空間になんか、飛ばされてたまるか……! 」
 ケインは、マリスを庇うようにしっかりと抱きしめた! マリスも彼に回した腕を、きつく締める。
 その時――! 

 ぽんっ! 
 
 現れたのは、なんとミュミュだった! 

「……!? 」
「……!? 」
 ケインもマリスも、目が点になった。
「なんじゃ、このニンフは! 一体、どこから入ってきおったのじゃ!? 」
 アジズの間の抜けた声が、その場に響く。
 ミュミュが、マリスの腕を引っ張ると、ケインが今まで抱きしめていた感触は、すかっとなくなったと同時に、マリスの身体が一瞬消え、またすぐに現れた時には、宙に浮かんでいた! 
「えっ……!? 」
 マリスが、困惑した顔でケインを見下ろす。
「ごめ〜ん、ケイン。ひとりずつしか運べないって、知ってるでしょ? 」
 ミュミュが、ベッと舌を出してみせた。
「ケイン……! 」
 心配そうなマリスの顔に向かって、ケインは頷いてみせた。
「マリス、安全なところへ」
「ダメよ! あなただけここに残るなんて! あいつは、じいちゃんの能力(ちから)と匹敵する能力を持ってるのよ! 」
「ミュミュ! マリスを連れて行け! 急ぐんだ! 」
 マリスがケインを掴もうと手を伸ばすが、その姿は一瞬で消えた。
「なんということじゃ! あんなニンフがいようとは……! どういうわけか、妖精には、魔道士の結界なぞは関係ないのじゃあ! 」
 大魔道士が頭を抱えて、悔しがる。
(ミュミュは、結界の中も関係なく行き来は出来る。途中で迷わなければ……)
 となると、自分のすべきことは、時間稼ぎであった。
 ケインは、マスター・ソードを抜いて構える。
 大魔道士は、気を持ち直し、薄笑いを浮かべ始めた。
「ほう、このワシに刃向かおうというのか? ワシが何者かわかっていての行動とは。その心意気は、たいしたものじゃ。だがな、貴様の剣、『そのまま』では、ワシは倒せぬぞ」
「……やっぱり、マスター・ソードのことも、ちゃんと知ってたか」
「なにしろ、その剣を手に入れろと、貴様も知っている魔道士に命じたのは、このワシなのだからな。ワシの野望に邪魔なものは、排除しなくてはのう。それには、不完全な今が――二年前とは違い、その能力を失ってしまった今が、最も適しておるのじゃ……! 」
 アジズが掌を向けた。
 蒼い稲光が発せられる! 
 ケインは、マスター・ソードで遮った。
 びりびりと、衝撃が剣を伝って走る! 
(くっ……! なんて威力だ! )
 大魔道士にとっては、ほんの小手調べなのだろう。
 薄笑いを浮かべたまま、もう片方の掌からも、稲妻がやってくる! 
 剣を通して、全身に受けているしびれが、ケインを苦しめる中で、剣に力を込める。

『剣に棲(す)まいしダーク・ドラゴンよ! 
 今こそ目覚め、
 偉大なるその力を、
 貸し与えよ! 』

 マスター・ソードは、黒い影に覆われた! 
 黒い影は、いつかのように、剣全体を包み、巨大化していくと、黒い炎のように、吹き荒れた!
「ほほう! 見事な黒き竜じゃ! 来るか!? ワシと勝負してみるか!? 黒魔法の王者黒竜『ダーク・ドラゴン』よ! 」
 蒼い稲妻は放電しながら、対象をケインから西洋竜の姿をした黒い炎に向かっていった! 

 黒い炎の竜と、蒼い雷は、お互いを喰らおうとするかのように噛み付き、絡み合い、衝突するたびに、地響きと、強い光を発する。
 だが、雷は太く勢いを増し、竜の全身を駆け抜ける! 
 爆発と爆風が起こり、やがて、竜の姿は煙と化し、消えていった。
「はあっ……! はあっ……! くっ……! 」
 がくっと、ケインが、不安定な空間に、片膝を着いた。
 蒼い稲光が、バチバチッと、彼の身体に巻き付き、蝕んでいく。
 剣は、元通りのロング・ソードの形状に戻り、左手にあった。
「やっぱ……、こ、これが、限界か……」
 途切れ途切れに、ケインは呟いた。
 相手が加減していたとわかっていても、受けたダメージは相当大きい。
 鍛えられていた彼の身体も、まだ立ち上がれない。しびれが全身に残り、思うように動かない。
「不完全とはいえ、そこまでの威力があるとは……。じゃが、今ので、貴様は、自分の持つ精神力と、剣の魔力を使い果たしてしまったであろう? 無謀にも、このワシと勝負しただけ、褒めてやろう」
 不気味な笑いを浮かべながら、老魔道士がゆっくりと近付く。
 ケインは、荒く、肩で息をしながら、なんとか剣を鞘に収めた。
「ほほう、どうやら、貴様もワシの言った意味がわかり、抵抗しても無駄だと悟ったか。ならば、遠慮なく、
貴様と共に、その剣を……! 」
 魔道士の、皺だらけの手が、ケインのすぐ近くまで伸びていく。
「そう……じゃない……! お、お前は、もうひとつの、剣……のことを、……忘れている……! 」
 苦しそうに片目をやっと開き、だが、ケインは笑ってみせる。
「なっ……、なんじゃと!? 」
 動揺した老魔道士は、何かを感じたのか、後退った。
 ケインと大魔道士の間の空間が、僅かに歪む! 
 そして、彼の言う『もうひとつの剣』は、そこから産み落とされるようにして、ケインの頭上から徐々に降りて来たのだった! 
「な、なんということじゃ! ……おお、あの若造魔道士め! ついに、ワシの結界にまで……! 」
 老魔道士の言葉を最後まで聞くこともなく、ケインは、『声』に導かれるままに、その空間を切り裂いた! 

 妙な感覚に包まれる――
 自由はきかない。どんなにもがいても、まるで、水の中にでもいるような、緩慢な動きにしかならず、彼を素通りしていく空気は、暖かいのか冷たいのかもわからない。
 目は閉じられている。
 彼が、ただ最後に見たものは――
 ヴァルドリューズから受け取ったバスター・ブレードで空間を裂くと、ヴァルドリューズが彼を引き上げた。
 ケインの足の先までが完全に裂け目の中に入ると、空間は塞がって、既に、例の部屋の赤煉瓦は見えなくなっていたのだった! 

「ここまで来れば、もう大丈夫だろう」
 ヴァルドリューズの声が、近くで聞こえる。だが、まだ『止まる』気配はない。
 ミュミュが、あんな危険な結界の中にひとりで入るわけはない、ヴァルドリューズが近くにいるからだと踏んでいたケインは、無謀は承知で、アジズの気を引き付けていたのだった。
「……マリスは……? 」
 横になった姿勢でいるらしいと感じながら、ケインは、一番の気がかりを、目を閉じたままで確認した。
「ミュミュが、ダミアス殿のところへ連れていった。皆には、しばらくアストーレに戻っていてもらう」
「それなら、良かった……! それだけ、あの魔道士は、……危険だからな」
 うっ! と、身体を屈め、あちこちが痛むのを抑える。
「あそこでは、条件が不利だ」
 ヴァルドリューズは相変わらず表情のない声で返す。
「マリスが……、『ゴールダヌスと敵対してる蒼い大魔道士』とか、なんとか……言っていたけど……」
「ビシャム・アジズ――『黒の大魔道士ゴールダヌス』殿に匹敵する力を持つと言われている」
「……だよな。ゴールダヌス自体が、とんでもない魔道士だって言われてるんだろ? そんなもんに匹敵するって言ったら……! 」
「あくまでも、『自称』だ。気にするな」
「……気にするなって、……大魔道士つかまえて、お前も結構言うよな」
 ケインは、痛む身体を庇いながら、苦笑いをした。
「ここだ」
 唐突に強い風圧が起こった後は、ケインの背が地面に着いた。

「……!? 」
 うっすら目を開けてみると、そこは、緑の木々に囲まれた、ある森の中のようであった。
 知らない植物、草花、空の青さまでが、どこか違う。気候は、暖かだ。
 なんとなく、彼が今まで見て来た国とは違うような、なんというか、少々現実離れしているようなところに思える。
 その景色の中でアクセントとなっている、黒いフード付きマントに身を包んだヴァルドリューズが、屈んで、ケインの身体に手を近付け、回復魔法をかけた。
 ケインは、ヴァルドリューズの顔を見て、やっと安心した。
 身体の痛みも、徐々に薄れて行く。
「ここは……? アストーレじゃないのか?」
「キシール国だ」
 ケインの耳にしたことのない国名であった。
「キシールの民の国。我々の住む人間界の、裏側だ」
「裏側……? 」
 ケインには、マスター・ソードを手に入れた時のことを、彷彿とさせる。人間界ではない、別の世界の存在を――! 
 ヴァルドリューズが『治療』を終えると、ケインは、身体を起こした。
「サンキュー、ヴァル。助かったよ! 」
 もうどこにも痛みはなかった。腕をぐるぐる回してみてから、ヴァルドリューズの碧い瞳を見る。彼には、ヴァルドリューズの真意は、全く見えて来なかった。
 そして、またしても、予想外の言葉が、ヴァルドリューズの口から発せられた。
「『或る晴れた日に吟遊詩人が見える』」
「? 」
「マリスの暗号を使ったのは、まんざらウソではない」
「……ああ、何かの手掛かりを見つけたっていう、あの暗号のことか」
「ここに、『黒の魔石――ダーク・メテオ』がある」
「……なんだって!? 」
 ケインは、しばらく彼をまじまじと見つめていた。それから、左手で、マスター・
ソードの柄を触る。
「……そうだよな。あの大魔道士だって知ってたんだもんな。……ヴァルも知ってたのか、マスター・ソードの秘密を」
 ヴァルドリューズは、ゆっくりと頷いた。
「マスター・ソード――お前の持つドラゴン・マスター・ソードは、伝説の剣のうちのひとつだと言われてるが、具体的にどのような能力を持つのかは、はっきりとは知られていない。その剣を手にした者にしか伝承されないからだ。
 剣を手にする者は、純粋に正義を貫き、悪を倒すことを目的とする以外は認められない――私が知り得ることは、そのくらいだ。おそらく、他の魔道士たちも」
 ケインは、立ち上がった。
「確かに、そう聞くよな。だから、この剣を手に入れた時、俺は本当に正義の使者なんだと、さすがに誇らしかった。
 だけど、今は、このままでは、あまりに魔力の高いものには通用しない……」
 ケインは、マスター・ソードを手に入れた後のことを、思い起こす。彼としては、ちょっとせつない想い出もまつわるため、普段はバスター・ブレードを使い、マスター・ソードは予備として使うようになっていた。
 最近では、アストーレで護衛の仕事をしていたのもあり、城の中では物騒に見られるため、バスター・ブレードはヴァルドリューズに預け、マスター・ソードの方を主に使うようにはなったが、それは、実は、二年振りのことなのであった。
「それにしても、剣の本当の力を引き出す三つの魔石のうちのひとつ、黒の魔石『ダーク・メテオ』が、こんなところに……!? もしかして、あの暗号を使って、ヴァルが呼び寄せたかったのは、マリスというよりも、……むしろ、俺の方だったのか……? 俺のために……? 」
 ヴァルドリューズは、それには応えず、すっと、前に進み出た。
「こちらだ」
 その肩に、ぽっとミュミュが現れ、後ろ向きに座り、ケインと目が合った。
「ミュミュ、無事だったか……! 」
 ほっとした笑顔のケインに、ミュミュも笑ってみせた。
「マリスは無事だよ。ミュミュがダミアスのおじちゃんのところへ連れてって、アストーレでひなんしてるようにって、お兄ちゃんからの伝言伝えといたから」
 ミュミュは、にっこり笑った。
「それにしても、マスター・ソードと魔石が合わさるところを見られるなんて、ミュミュ、ツイてる〜! 
ミュミュがケインと出会った時は、ケインが力を使い切っちゃってからだったんだもん」
「……あーっ、ミュミュだろ? 魔石のことヴァルに教えたの」
 ミュミュは、ぱたたっと飛んで、ヴァルドリューズの反対側の肩に移った。
「いーじゃん! ヴァルのお兄ちゃんはいい人なんだから! 」
「なんだよ、それ? 」
「心配するな。他言はしない。例え、マリスにも」
 ケインは、意外な顔で、ヴァルドリューズの背を見つめた。
「むしろ、魔石の力を取り入れるところは、マリスに知られてはいけない――厳密には、マリスの守護神には――」
 またしても、意外なことを聞いたケインは、聞かずにはいられなかった。
「……なんで、あの獣神に……? 」
「奴だけではない。他の誰にも、その秘密を知られてはいけないのだろう? 
知っているのは、自然界の生き物と、それと渡り合える妖精……くらいであろう」
「……」
 ケインは、黙って着いていった。
 ヴァルドリューズのことは、初めて見た時から、黒魔法の使い手だとわかったが、どうも他の魔道士とは違う波動のようなものも感じられる。
(ミュミュが、これだけ懐いているのも珍しい。黒魔法は、怖がってあまり近付かないのに……)
 魔道士との戦闘で見せた冷酷な面とは打って変わり、もしかすると、自然の中にいてこそ、本来の彼の素の部分が滲み出ているのではないかと、ケインは、そんな気がしてならなかった。


← 前の回  次の回 → ■ 目次

■ 20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ トップページ
アクセス: 35