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作品名:Dragon Sword Saga 作者:かがみ透

第8回   第1巻 V 話『黒い竜――ダーク・ドラゴンの力』〜2〜
 まるで、夜になってしまったかのように、辺りは暗くなっていた。
 湖から姿を現した、その巨大な生き物は、体中に藻や苔がくっついていて、もとの色がわからないほどだが、皆が目を凝らしてよく見てみると、白い触手が密生していたのだった!
 中でも、一際長い触手が三本、頂上でうねっている。
「中級(ミドル)モンスターだわ! 」
 マリスが、叫ぶと同時に立ち上がると、触手の一本が、クレア目がけて降り掛かる! 
「きゃああ! 」
 とっさに、カイルが、クレアを草むらの上に押し倒した。
「クレア、カイル、大丈夫か!? 」
 ケインもマリスも、二人に駆け寄る。
「ケイン! カイルが……! 」
 起き上がったクレアは、青白い顔で訴えた。
 カイルが、右腕を押さえながら、ゆっくり身を起こす。
「お、お前、やられたのか!? 」
「大丈夫だ……、擦(かす)っただけだ」
 そうは言うものの、傷口は、皆が思ったよりも深く、紫色を帯びている。
「どうやら、あいつの触手は、毒を持っているようね」
 マリスが、化け物から目を離さずに言った。
「毒ですって!? 」
 クレアが、泣き出しそうな目で、カイルを見た。
「大丈夫だって……」
 というカイルの額には、脂汗が早くも浮かび上がってくる。
 マリスが布を取り出し、カイルの腕の、傷よりも上の方に固く縛り、毒が全身に回るのを防ぐ。
「即効性の毒を持つモンスターのようね。ちょっと厄介かもね」
 そうマリスが言う前から、クレアが毒治療の呪文をかけている。
 幸い、モンスターは、陸までは上がって来られないらしく、湖に浮かんで、三本の触手をバタバタさせているだけだ。
 カイルの顔色が、ますます悪くなって行く。
「だめだわ。私の知ってる呪文じゃ、モンスターの毒には効かないみたい。いったい、どうすれば……! 」
「落ち着くんだ。何か方法があるはずだ。とにかく、モンスターから離れよう」
 泣きそうな顔のクレアを諭すと、ケインは、カイルを抱き上げ、なるべく動かさずに、クレアと、水辺から離れたヴァルドリューズのところまで避難する。
 そこで、マリスが、傷口に唇を押し当て、毒を吸い取り、吐き出した。
 血と混じった紫の液体が、草の上に溜まっていった。
 ケインが、マリスの肩に手を置く。
「代わるよ」
「いい。モンスターの毒の場合は、普通の人は、直接口に含まない方がいいわ。私は、免疫があるから、ちょっとは大丈夫なの。さっきの変な魚とかモンスター化したものを食べると、多少は魔物の毒に免疫が出来るって、じいちゃんから教わってて」
 クレアは、マリスの隣で、カイルに回復の呪文を唱え、両手を向けていた。
 治療にはならなくても、失われて行く体力を少しでもつなぎ止めておこうというのだった。
 だが、それも、毒治療をしない限り、唱え続けていないとならないので、このままでは、クレアの魔力が尽きる時が、カイルの命の尽きる時となる。
「ヴァルは、まだ目覚めないのか!? 毒治療も出来るんだろ? 」
「ええ、彼ならモンスターの毒治療も出来るわ。でも、こっちから呼び醒(さま)すことは出来ないの。彼の魂が永遠に『時空のはざま』で彷徨(さまよ)うことにもなり兼ねないから」
 こんな時に――!
 誰もが、同じ思いであった。
 ケインは、立ち上がると、決意に満ちた瞳で、苦しんでいるカイルを見下ろした。
 意識が朦朧(もうろう)としているのか、半分目を閉じたまま、辛そうに肩で息をしている。
「……死ぬなよ、カイル……! 」
 ケインは、背中のバスター・ブレードを降ろし、布を解いた。
 湖の怪物は、白い触手をくねらせて、まるで手をこまねいてでもいるかのようだった。
 ケインは、バスター・ブレードを構えた。
 長い触手のうちの一本が、ゆるゆると近付いてくる。
 間近で見て初めてわかったが、その触手自体が、細かい刺が繊毛のように覆っているのだった。
(この刺が肌をえぐり、毒を浸透し易くするんだろう。ミドルモンスターなら、倒せない敵じゃない! )
 ケインは、触手の動きを見逃さず、間合いを詰めて、一本を斬りつけた! 
 
 ぶしゅうううう!
 
 切り口からは、モンスター特有の、黒ずんだ緑の体液が吹き出した。
 それも毒を含んでいるかも知れないと思い、彼は、念のため、バスター・ブレードを盾にして防ぐ。
 モンスターは、きゅいきゅい言って、痛みを感じているのか、暴れ回り、残りの触手を振り回す。
 同じように切り刻むが、数えきれないほどの触手が襲ってくるので、切りがなかった。
 しかも、モンスターには、それほどダメージは見えない。
(やっぱり、本体を攻撃しないことには倒せないか。あんまり使いたくなかったけど、仕方ない)
 ケインは下がると、バスター・ブレードを地面に置き、そして、腰に下げていたマスター・ソードを抜き取る。
 クレアは、必死で回復魔法に全力を注ぐ間、応急処置を終えたマリスは、戦況を見守っていた。

(いよいよ、あの『ドラゴン・マスター・ソード』を使うのね……! )
 マリスは、自分が戦いたくてウズウズしていたほどなのだが、モルデラではケインの戦いを最後まで見られなかったのを残念に思っていたので、この場では、見守ることに決めた。
 それと、カイルはもちろんのこと、クレアが心配でもあった。
 カイルが自分を庇って、危険な状態にあることに責任を感じていることと、彼の命は自分にかかっている、とプレッシャーで押しつぶされそうになっているクレアの側についていた方がいいように思ったのだった。
 ケインは、バスター・ブレードを振った位置よりも、モンスターから距離を取っていた。
(マスター・ソードは、あんな遠くからでも、使えるのかしら? )
 マリスにも、マスター・ソードは、まったくの謎であった。
 ケインは、触手を伸ばしてなんとか彼を捕えたそうにしているモンスターを、見据えた。

『剣に棲まいし黒い竜――ダーク・ドラゴン――よ
 今こそ目覚め
 偉大なるその力を
 貸し与えよ! 』

 ケインが剣を握り直すと、剣は、黒い影に覆われた! 
「なっ……! なんなの、あれは……!? 」
 思わず、マリスは目を見開いて、その光景を見つめた。
 黒い影は、剣全体を包み、巨大化していくと、黒い炎のように、吹き荒れたのだ!
 ケインは、それを、まったく気にも留めず、モンスター目がけて放つ! 
 炎は、ダーク・ドラゴン――長い首と尾、丸みのある胴体から生えた、悪魔のような、コウモリのような黒い翼を持つという、伝説の黒い西洋竜――の形を連想させ、モンスターを突き破って行ったのだった!

 それは、一瞬の出来事であった。
 黒い炎は消え、モンスターは、自分が貫かれたことすら気付かないようで、触手を、だらんと下げ、あたかも放心状態のようだ。
 すかさず、ケインは、元に戻ったマスター・ソードで、次々と薙(な)ぐ! 
 きゅううう! と、モンスターは高い音を発すると、湖の中へと、落ちて行ったのだった。
(……なんだったの、あれは? 召喚魔法に似てたけど、ちょっと違うような……? ドラゴンそのものを召喚したんじゃなくて、まるで、……影みたいな。それとも、いったい何を――? )
 マリスは、ケインを――マスター・ソードを、食い入るように見つめた。
 モンスターが消滅したようなのがわかると、ケインが湖に向かって、構える。
 マリスたちの話から、『魔界への入り口』も、塞ぐつもりだ。
 構えたマスター・ソードは、またもや実態のない黒い竜に覆われ、竜巻のようにぐるぐると渦巻いていくと、先ほどの何倍もの大きな規模となって、湖に打ち降ろされた! 
 すると、湖全体が黒々と染まり、まるで、魔と戦っているかのように、あちこちでビカビカと、稲妻の如(ごと)く、輝いた! 
 光が収まると、もう化け物は現れず、湖の色も、徐々に、澄んだ碧色へと変貌していった。
 マリスは、一人納得したように、頷いた。
 戦いが終わったケインは、倒したことに安堵したり、ましてや、満足感に浸るなどとは思い付かない様子で、ただひたすら、その身を案じていたカイルの元へと急いだのだった。

 ヴァルドリューズが、カイルを治療しているのが見える! 
 草むらに座ったクレアが、カイルを抱きかかえ、心配そうな面持ちで見守っていた。その隣では、マリスがじっと見守っている。
「ヴァル! 戻ってたのか!? 」
 ケインがほっとして、顔をほころばせた。
 ヴァルドリューズは、両手をカイルに翳(かざ)したまま、ゆっくりと見上げた。
「遅くなって、すまなかった」
 カイルの顔色が、だんだんと良くなっていくのを見ると、皆も、ほっとしていった。
 治療が終わると、クレアの膝の上で、カイルが、うっすらと目を開く。
「カイル! 大丈夫!? 」
 カイルは、ぼんやりと、クレアを見つめた。
「……ああ、クレア? ……大丈夫だったか? 」かすれた声で、かすかな笑いを浮かべていた。
「何を言ってるの! 私よりも、あなたの方が大変だったんだから! 」
 クレアの瞳からは、ぽろぽろと涙がこぼれ落ちた。
「ごめんなさい。私の為に……本当に、ごめんなさい……」
 クレアは、流れ落ちる涙を拭いもせずに、同じ言葉を繰り返していた。
 カイルは、横たわったまま、手を伸ばすと、彼女の涙を、指に吸わせた。
「大丈夫だって。俺には、きみの涙は、もったいない……」
 彼は、涙を拭った手で彼女の顎を軽くつかむと、そのまま自分の顔へ引き寄せていく――

 ――が、そこへは、ケイン、クレア、マリスの三人の鉄拳が、彼に降り注いでいた! 

「冗談だよ、冗談! ひでーよ、お前ら、ケガ人に寄ってたかってさ、おお、いてえ!」
 カイルは、起き上がって、腹と頭とをさすった。
「じょ、じょーだんで、こんなことっ、しないでよねっ! 」
 クレアは、怒りの余り、言葉がとぎれとぎれであった。
「へー、じゃあ、本気だったら、良かったわけ? 」
「あ、あなたって人は……! 最低っ! 」
 クレアが、つんのめりかけて叫んだ。
 マリスは、クスッと笑ったかと思うと、すぐに真面目な表情になった。
「ヴァル、あの湖を調べてくれる? 」


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