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作品名:Dragon Sword Saga 作者:かがみ透

第7回   第1巻 V 話『黒い竜――ダーク・ドラゴンの力』〜1〜
 アトレ・シティー――
 中原と呼ばれる、西洋と東洋とをつなぐ大陸の、そのちょうど中心の地域(エリア)にある国――アストーレ王国城下町である。
 カイルの仕入れた情報では、数年前に魔道士の参謀が誕生してから、他国との交易も盛んになり、鉱山からは、珍しい宝石の原石も発掘され、急成長しているという。
 タルムの町から森を抜け、川を越え、その間、モンスターにも出会わず、マリス一行は、三日で辿り着いた。
 国境では、身分証明を見せなくてはならないなど、大きい国には付き物の、入国審査があった。
 マリスは、持っていた、いくつものネックレス型ネーム・プレートの中から『マリユス・ミラー』と男性名が彫られたものを選び出し、首から下げている。タルムの町で購入した革の服を着ていて、今回も、少年傭兵で通すつもりのようだ。
 なぜ、そのように、偽名がいくつも必要なのか、ケインは不思議に思った。
 傭兵のケインとカイルも、常に、銀のネーム・プレートを首にかけていたが、当然、本名である。
 ヴァルドリューズも、マリス同様、裏面に偽名の入った魔道士の紋章を、黒いフード付きマントの胸に、付けていた。
 クレアは、巫女の証である名前入りネックレスを、そのまま身分証明に使っていた。
 本来ならば、巫女を辞めた時点で返さねばならなかったのだが、巫女のままということにしておいた方が、世間の信用度も高く、このような入国審査などの場合でも有利なことから、マドラス(マリス)が、モルデラの祭司長に返さなかったのだった。
 気の弱い祭司長が、魔獣を倒したマドラスを恐れ、強く言えなかったのをいいことに。
(ヴァルは、国を追われたって言ってたから、自分の辿った形跡を残さないように……ってのはわかるけど、マリスは……? 国を出て来たっていうのは、亡命? 逃亡? )
 折りをみて、聞いてみたい気もするが、訳ありであるのなら、自分から話してくれるまで、待った方がいいだろう、とケインは思い返した。

 アトレ・シティーは、一行の出会ったモルデラの町よりもさすがに大きく、そして、栄えていることは一目瞭然であった。
 国境から、町の中へ入った途端に、いろいろな店が並んでいて、建築物も西洋文化が取り入れられ、洒落ていた。
 一行は、まず宿を予約した。宿屋の主人も愛想が良く、宿の内装も、手が込んでいた。
 どこへ行っても、印象が良い。
 鍛冶屋の看板を近くに見かけ、ケインが通りすがりの町人に聞くが、誰もが、「あそこ以外の鍛冶屋って、湖のとこにあるやつかね? 腕はいいけど、ちょっと変わった人だって噂だよ」という。
「なあ、マリス、すぐそこの鍛冶屋じゃだめなのかよ? 町外れの湖って、な〜んか遠そうだぜ? 」
 巻き紙の地図を指差して、カイルが尋ねる。
「腕が良くなくちゃ、いやなの」
 マリスに譲る気はなかったので、皆で湖を目指すことになった。

「なあなあ、クレアってさあ、どんな男が好きなの? 」
 まだいくらも歩かないうちに退屈してきたのか、カイルがクレアに話しかける。
「そんな風に、男の方のこと、見たことないわ」
「じゃあさあ、今まで、好きになったヤツとかも、いなかったの? 」
「そんなこと……、別にいいじゃない」
「この中の男じゃあ、誰が好み? 」
 クレアが、困ったように、ケインに目で訴えた。
「おい、カイル、退屈だからって、クレアにちょっかい出すのはやめろよ。困ってるじゃないか」
「いーじゃん、ちょっとくらい。なっなっ? 」
 カイルが、ケインに向かって、片目を瞑(つぶ)る。
「なんだ、それは!? 」
 二人を見ながら、クレアがますます困った顔になった。
「巫女の修行には、恋愛感情は妨げになるの。優れた才能のあった巫女が、修行中に、盲目的に恋に走ったら、一気にその能力が低下してしまったって話もあるのよ。
 黒魔法は、そこまでじゃないけど、やはり、恋愛しない方が、早く術を習得出来るとも言われているわ。
 ましてや、クレアは、今は、魔道一筋でしょう? それどころじゃないわよねぇ? 」
 マリスに助け舟を出されて、クレアは安心したように微笑んだ。
「へー、そうなんだー。しかし、もったいない話だよなあ。せっかく、こんなにかわいいのに、恋愛しちゃいけないなんてなー」
 カイルは、心から残念そうに言った。
「その点、マリスは戦士だから、関係ないんだろ? 良かったなあ」
 カイルが笑いながら、マリスの背を叩いた。
 マリスは、への字に眉を寄せて、カイルを見ていた。
 ヴァルドリューズは、黙々と彼らの最後尾にいた。
「なあ、ちょっと休もうぜー。俺、もう歩けねーよ」
 しばらく山道を歩いた時、とうとうカイルが根を上げて、道端の岩に、へたり込んでしまった。
「カイル、クレアだって、こんな慣れない道、頑張って歩いてるんだからさ、お前が先に根を上げてどうする?」と、ケインが呆れる。
「うるせーなー。俺は、お前やマリスみたいに、鍛えられてねーんだよ」
「まったく、根性なしなんだから……! 」
「いいわ。ここで休憩しましょう」
 マリスの一声で、皆は木陰にそれぞれ場所を取り、座った。
 ふと、ケインは、クレアの、革で編んだサンダルからはみ出た部分が、赤く腫れていることに気付いた。
「大丈夫か? 」
「ええ」
「山歩き用の柔らかい革のブーツがあるから、町に戻ったら、買った方がいいな」
「ええ、そうするわ」
 クレアが、痛みを堪えて微笑んだ。自分の手のひらを向けて、治療魔法をかけている。
「代わろう」
 ヴァルドリューズが、クレアの足の治療を続けた。
「へー、ヴァル、あんたも、やさしいとこあるんだな」
 そう言って、ケインは、はっとなった。
(……まさか、カイルのヤツ、クレアの足を気遣って……。それで、わざと疲れた振りをしたんじゃ……? )
 そのカイルは、何気ない様子で、ポケットから紙巻き煙草を取り出して、美味しそうに吸っていた。
「一本ちょうだい」
 マリスが、カイルと同じ岩に腰掛けた。カイルが、マリスのくわえた煙草に、マッチで火を点けた。
「はー、おいしー。煙草なんて、久しぶりだわー」
 カイルが笑った。
「煙草もやるのか? そう言えば、お前、一体いくつなんだ? 」
「一六」
「ええっ!? 」
 ケインとクレアは、同時に声を上げていた。
 ヴァルドリューズも、いくらか目を見開いている。どうやら、彼も、マリスの年齢を知らなかったらしい。
 カイルだけは、それほど驚いてはいなかった。
「そっかぁ。意外に、俺より年下かも? とは思ってたけど、そこまでだったとはなぁ。俺は、二〇なんだけどさ」
「ええっ!? 」
 またしても、ケインとクレアが驚きの声を上げたのは、同時であった。
「なんだよ、お前ら、さっきから」
「カ、カイル、お前……年上だったのか……? 」
「なんだよー、見りゃわかんだろ? このセクシーさは、オトナの男じゃねえと醸し出せねえだろーが」
「はあ、……セクシーねぇ……」ケインが、怪訝そうな顔で見ている。
「そういうお前らは、いくつなんだよ? 」
 そして、判明したのは、ケインとクレアが一八歳、ヴァルドリューズは二四歳ということだった。
(それにしても、マリスが一六なんて……信じられない! それで、あんな恋愛の演技が出来たってのか? )
 女にしては、背も高く、一七〇セナ近くあり、あどけない中にも大人びた雰囲気に、たまに気取ったような言葉使いをしていたことや、どことなく、しぐさに気品があることから、自分よりも年上なのかと思っていた。
 そうなると、タルムの山での出来事は、より一層腹立たしい。
 ますます、彼は、一六歳の小娘などに騙(だま)され、振り回されるわけにはいかない、と強く思ったのだった。
(ヴァルのヤツにしたって、二四という異例の若さで、もう一流の魔道士とは……)
 ケインが、ヴァルドリューズを、ちらっと見て、そのように考えていた時だった。
「いけないわ! 煙草は一八になってからよ! 」
 治療を終えたクレアが、マリスに近付いて行く。
「なによー、カタいこと言わないでよー」
 クレアは、マリスの煙草を取り上げると、岩に擦り付けて火を消した。
「そこまですることないじゃないのー! 」
「いいえ! あなたの身体を思えばこそよ! 」
 睨みつけるマリスに対して、クレアも引かなかった。
「カイルも、煙草は、周りの人にも悪影響なんだから、今後気を付けてよね! 」
 クレアの注意は、カイルにまで及んだ。
 とばっちりを受けたカイルは、口をあんぐりと開け、思わず煙草を落としていた。
「んもう、……それじゃあ、出発ー」
 不機嫌なマリスの一言で、一行は、湖のほとりにあるという、鍛冶屋を目指し、再び歩き始めることになった。

「ほう、お坊ちゃんたち、どういったご用件かね? 」
 鍛冶屋に着くと、そこには、想像し得なかった光景が広がっていた。
 店の中は、そのまま工房になっていて、壁際の棚には、いろんな形の瓶や壷が並ぶ。
 奥には、助手だろうか、顔に生気のない、ひょろひょろした男が一人、異様な色の煙があちこちから立ち込めている中、うろうろしているのが見える。
 そして、一行の目の前に立っているのが、横に幅広い顔の半分が焼け爛(ただ)れ、不揃いな大きさの目は赤く充血し、まだそんな年ではないだろうに、背中の丸まった、妖し気な風体の男だった。
 室内だけでも充分不気味であったのだが、それに加えて鍛冶屋の主人は、一層不気味に人目に映ったことだろう。
「腕のいい鍛冶屋ってのは、あんたのことか? 」
 マリユス(マリス)は、そんな不気味な男にでも、一向に引く様子はなく、懐かしそうにも取れる笑みを浮かべて、話しかけたのだった。
 主人は、にったりと笑った。
「腕がいいか悪いかは、そのお客の決めること。お気に召すまで、料金は頂かない主義で、やっておりますゆえ」
 マリユスは、ふふんと笑った。
「わかった。じゃあ、お宅に頼むことにするよ」
 マリユスは、ケインに持たせていたケースを開け、中にある、銀色の甲冑を見せた。
「ほう、これはまた、お見事な甲冑ですな」
 主人は、爛れていない方の口の端を少し上げて微笑んだつもりが、歪んだ笑いになり、余計に人に恐怖感を与えた。
「これを、別の甲冑に作り替えてもらいたい。なかなか、これ以上の甲冑にお目に掛かれないもんでね。これ自体を作り替えた方が、早いんじゃないかと思ってさ」
「デザインを変えて、ということですかな? 」
「色もだ。それと、オレ、こう見えて、魔法能力も高くてね、魔道士を目指してるから、魔力を抑える効果も欲しい」
「それでは、魔力を抑える石を、埋め込みましょう。正規の魔道士協会のものを使用しないと、見つかった時に後々面倒なので、少々値が張ってしまいますが……? 」
「構わんさ。金なら、あるからな」
 主人は、紙と羽ペンを持って来て、インクを付け、しばらくマリユスと交渉していた。
「ところで、この甲冑は、どうされたんですかな? 見たところ、これは、相当高価な代物のようで、おそらくは、どこかの国の騎士のものではないか、という気が致しますが? 」
 ひととおりの打ち合わせが終わった時、主人がマリユスに尋ねた。
「拾ったんだよ。モルデラの山に転がってたんだ。持ち主が捨てていったんじゃないかな? たまたま通りかかって見付けたんだけど、いいものみたいだったからさ、勝手に持って来ちゃったんだ。誰にも言うなよ」
 マリユスは、いかにもいたずら小僧を装って、ウィンクした。
「ほう、拾い物でしたか! それでは、坊ちゃんのサイズに、直さないといけませんなあ」
 主人は目を思い切り見開くと、メジャーを持って、マリユスに歩み寄り、はあはあと荒い息をした。
 不気味さが、ますます募る。
「えっ!? い、いいよ、いいよ! サイズは大丈夫だったからさ、この通り作ってくれればいいからさ! 」
 主人は、少し疑い深そうな、だが残念そうにも取れる顔をしたように、皆には見えた。

「なあ、マリス、あんな妖怪地味た、いかにも怪し気なじじいなんかに頼んで、本当に大丈夫なのかよ? 」
 鍛冶屋を出て、開口一番は、やはりカイルだった。
 それを聞いたクレアが、じろっとカイルを睨む。人を見かけで判断するな、と言いた気だ。
「あーゆーのに限って、腕は良かったりするものよ。ワケありのものも、扱い慣れてるみたいだったしね」
 マリスは、一向に気にしていなかった。
 夜には、甲冑が出来上がるというので、彼らは、そのまま湖で時間を潰すことにした。

 しばらく、座っていると、周りを見渡していたケインが、近くに茂っていた木々の中から、手頃な枝を見付け、形を整えると、草の蔓(つる)を糸代わりにくくりつけて、釣り竿にする。
「おっ? 釣りか? そうだな、時間潰しには、それがいい」
 カイルも真似して、竿を作る。
 ケインが、クレアとマリスの分も作りかけ、ふと近くに座っているヴァルドリューズを振り返る。
「ヴァル、お前もやるか? 」
 だが、彼は、座ったまま、身動き一つしない。
 やれやれ、また興味なしか……と思うが、どうもおかしい。
 ケインが、ヴァルドリューズの顔の前で、手を振ってみるが、何の反応もない。
「瞑想(めいそう)に入ったわね」
 ケインの隣では、マリスが屈んで、ヴァルドリューズを見ている。
「時間がある時は、いつもそうなの。高い魔力を常に保っておく為に、イメージ・トレーニングしてるのよ」
「だったら、せめて、目くらい閉じてくれればいいのに。ああ、びっくりした」
 魔道に疎(うと)いケインの反応が、逆に新鮮だったのか、マリスが吹き出して笑った。
「さ、ヴァルのことは、放っておいて、みんなで釣りを楽しみましょう」

 湖の水は、濁った青緑色をしていて、深いのか浅いのかもわからなかった。
 暇つぶしでなければ、誰も、こんなところで釣りなどしたくはなかったのだが、わざわざ町に戻るのも面倒臭かったので、仕方なくである。
 餌になりそうなムシを、地面を掘って見付け、蔓と小枝と一緒にくくると、カイルが、懇切丁寧に、釣りのやり方を、クレアに教える。
 クレアは、ムシを怖々見ていたが、カイルに言われた通りに、水面に投げ入れた。
 マリスは、経験があるらしく、ケインの隣で、勝手にやっていた。
「小さい頃、じいちゃんに教わったんだー」
 マリスが懐かしそうに、邪気の無い笑顔で言った。
 一瞬、その和やかな笑顔に魅入ってしまったことを、恨めしく思いながら、ケインは気を取り直した。
「おじいちゃんと、一緒に住んでたのか? 」
「ううん。森の中に、一人で住んでた魔道士のおじいちゃんでね、あたしは家を抜け出して、しょっちゅう遊びに行ってたわ」
 『糸』を湖に投げ直して、彼女は、続けた。
「ゴドーじいちゃんは、何でも知ってて、何でも教えてくれたの。見た目からして変わってたから、みんなは変人扱いしてたけど、あたしは好きだったわ」
(そうか。それで、一風変わった人にも、慣れてたわけか)
 納得してから、ケインは、また尋ねた。
「魔法は習わなかったのか? 」
「なんか、魔法って面倒くさい気がして。ゴドーには教わらなかったわ。彼も、教えようとはしなかったし、魔法で使用される『ルーン語』は、家庭教師に習わされたけど、習った魔法は白魔法だったしね。
 ああ、『サンダガー』の召喚で、あたしが唱えたのは、白魔法なのよ。
 今では、あの魔法しか使えないの。神を召喚するための、あの『全身浄化』のみ。
 まるで、それが出来るようになったのと引き換えみたいに、それまで使えた白魔法が、使えなくなっちゃって」
 ケインは、マリスの様子を見ていて、それは、作り話ではないと思った。
「白魔法を家庭教師に習ってたってことは……? 」
「あたしの母親が、……実は、巫女で、それで、あたしも、まあ、……貴族の生まれだったから、神殿に、巫女の修行にも行かされたこともあって……」
 マリスは、言葉を選び選び、ケインの顔をなるべく見ないようにして、言った。
(……ホントかな? なんだか、今までと違って、歯切れの悪い言い方だし……。
 でも、こんなことでウソついて、何になる? )
 ケインが、疑いの目を、彼女に向けていると、
「マリス、お前、巫女の家系だったのかよ!? じゃあ、両親とも神官か!? 」
 少し離れたところにいたと思ったカイルが、竿を替えに、近くまで来ていたところだった。
 ひどく驚いて、後退(あとずさ)っているカイルの後ろから、クレアも駆け寄って来た。
「それなら、マリスも巫女だったの!? 」
「なんだと!? ウソつけ! 」と、即座にカイル。
 マリスが慌てて言い訳した。
「ちょっと、大声出さないでよ、恥ずかしい! ほらね、どうせ、誰も信じてもらえないし、驚かれると思ったから、あんまり言いたくなかったのに」
 恥ずかしさで上気した顔は、演技ではないだろう、とケインは判断した。
 マリスの本心を垣間見れたことで、ケインは、微笑ましいのと、してやったりと両方の思いでくすくすと笑った。
「ああっ、んもう、ケインまで……! 」
 マリスは、更に顔を赤らめた。
「ねえ、洗礼は受けたの? ベアトリクスには、確か、有名なティアワナコ神殿があったわよね? 
 モルデラからも、そこへ修行に行ったというベテランの巫女の方がいらして、実に誇らし気だったわ」
 クレアは、嬉しそうであったが、マリスは、逃げ腰であった。
「あそこでの修行の日々は、……正直、あんまり思い出したくなくてね。どうしても、行かなくちゃいけなくて、イヤイヤだったから」
 本当に、嫌そうな表情であった。
 根が武人であるマリスに、巫女の修行は合わなかったのだろうと、ケインは納得していた。
 魔法も、あまり好きじゃない、というのも本当だと思った。
 実は、彼も、魔道士は、苦手だった。
 魔道自体が得体が知れず、魔道士たちは皆、表情はなく、言葉も抑揚がなく、つくづく感情を読み取るのが難しいのを武器に、裏をかかれそうで、いまいち、信用が出来なかった。
 武人の方が、わかりやすくて、付き合い易い。
 そんなことを考えていると、ケインの竿に、ビクッと、何かが喰わえ付いた感触が伝わった。

「ケイン、きたの!? 」
 マリスが、目を輝かせた。
「おっ! なかなか大物っぽいじゃねーか! 」
「すごいわ! 何が釣れたのかしら! 」
 カイルもクレアも、期待する。
 ケインは冷静に、魚との駆け引きを手応えで読み取り、力を込め、一気に竿を引き上げた。
 そうして、草の上に跳ね上がったのは、見たことのない灰色の魚だった。
 体調は、二〇セナくらいで、さほど大きくなく、肉厚だった。
 目が大きく、鱗も大きい上に、タイルのように固そうで、口から、緑色をした袋状の内蔵を吐き出しかけていた。
 背と顔の両側には、黄色い水かきのような膜が付いていて、鰭(ひれ)のようである。
 尾が三つ又になっていて、それぞれが黒いヘビのように、にょろにょろと動き続けていた。
 頭を寄せ合い、期待に目を輝かせて覗き込んでいたはずの彼らは、お互いの表情が次第に曇っていくのが、見なくてもわかった。
「……奇形ね……」
 マリスが、呟いた。
「いや、それだけじゃないと思うが……」
 ケインも、ぼそぼそと応えた。
 我ながら、なんという気色の悪いものを釣ってしまったのか、この湖には、こんなものしかいないのか? 
 ケインは、胸が悪くなるような思いがした。
「気にすんなよ。続けよーぜー! 」
「ええっ!? まだ続けるの? 」
 カイルが精一杯笑いかけているのを、クレアが不安そうに見る。
「これ、食べられるかしら? 」
 マリスが、指をくわえて呟いた。
「よせよ、マリス! こんなモン食ったら、死ぬかも知れないぞ! 」ケインが慌てて止める。
「焼けば大丈夫よ」
「んなムチャな! 」
「ケインたら、心配性ねー。じゃあ、クレア、念のために、これを白魔法で浄化してみて」
 クレアもカイルも、呆気に取られていた。
「『浄化』って、魂に対して行うものであって、『消毒』じゃないんだけど……」
 と、自信なさそうに、クレアは両方の手のひらを魚に向け、一応、浄化の呪文を唱える。
 マリスは、手が直に触れないように、木の枝と短剣とで、鱗(うろこ)を取り、魚の口から出かけた内蔵を引っ張り出し、枯れ枝を集めてきて、魚を串刺しにして焼いた。
 その間、カイルは、呪文を唱え終わったクレアを付き合わせて、湖に向かって投じる。
「あいつら、まだやるか!? 」
 ケインは、すっかりやる気をなくし、足を抱えて、焚き火の前に座っているマリスと一緒に、魚が焼けるのを見守っていた。
「これって、深海魚よね? 」
 彼にとっては、そんなことは、どうでもよかった。
 ただ、マリスって、時々変なこと言うなぁ、と思った。
 だが、マリスは、真面目に考えているようであった。
「どうして、湖なのに、こんな魚がいるのかしら? あの『糸』じゃ、そんなに深いところにまで、潜れないのにね」
 そのうち、魚が焼けると、マリスは嬉しそうに串を手に取り、短剣で、そうっと魚に切れ目を入れて、中まで火が通っていることを確かめると、いきなりかぶりついた。
「だ、大丈夫なのかよ!? 」
「平気、平気」
 慌てて覗き込むケインに、マリスは、口をもごもごさせて、けろっとした顔を向ける。
「ちょっとパサパサしてるけど、思ったよりイケるわよ。ケインも食べてみる? 」
「お、俺は、いいよ」
「これで、マラスキーノ・ティーがあればねー。ま、我慢するかぁ」
「ゲテモノ食い……! 」
 ケインは、こわごわ彼女を見ていた。
 ふと、ヴァルドリューズの様子を気にするが、まだ瞑想中のようであった。
「やっぱ、だめだー。全然釣れねーや」
 カイルとクレアが、引き上げてきた。
と、その時!
 さばさばさば……!! 
 湖の中から、山の形をした巨大な物体が現れた! 


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