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作品名:Dragon Sword Saga 作者:かがみ透

最終回   第1巻 Z 話『因縁の対決』〜3〜
 彼は、いつもと変わらず冷静な碧い瞳で、グスタフを見下ろしていた。
 身長のヴァルドリューズよりも、さらに、上を行くグスタフを、なぜかヴァルドリューズの方が見下ろしているように、ケインには思えた。
「……ヴァルドリューズ、……なぜ、貴様が……! 」
 グスタフは、がくんと膝を付き、胸を抑えて、片方の目でヴァルドリューズを見上げた。
「マリスの作戦で、別行動を取ることとなった。結界がなくとも、彼女の魔力を抑えることが出来、以来、私もずっと気配を消していた。
 すっかり油断し、ケインとの戦いで傷を負い、逆上したお前は、本体を表しただけでなく、結界が解かれ、私が近付いたことすら気付かなかったのだ」
 悔しそうにヴァルドリューズを見上げるグスタフの胸から、どばっと濃い緑色の血液が吹き出した。
 それを、表情を変えずに見つめるヴァルドリューズ。
「……人間であることをやめたか。ならば、なおさら生かしておくわけにはいかぬ」
 何の感情も感じられない声でそう言い終えると、グスタフに翳したヴァルドリューズの掌からは、ボッという音とともに、先とは違う銀色の光の球が浮かび上がった! 

 魔物と化したものにとって致命的な魔法と判断したグスタフは、怯えたように狼狽(うろた)え、開いている方の眼を、ますます大きく見開いた。
 銀色の光の球は、なおも膨張していき、炎のように燃え出す。
 ヴァルドリューズの表情は、いつものように落ち着いていた。
 彼自身が攻撃するところを見るのは、ケインは初めてだった。
 魔道士ではない彼にまで、その魔力の波動で空気が震えるのが伝わってくる。 
 ヴァルドリューズの深く碧い瞳は、いつもと変わらず静かで、何も語ってはいない。
 見ようによって、それは、かえって恐ろしかった。
 グスタフとの因縁が、マリス同様ヴァルドリューズにもあるのだったら、怒りや憎悪などを剥き出しにされていた方が、よほど人間的であっただろう。

(これが、『彼』なのか!? )
 静かだが冷酷に映る、これが戦闘態勢となった時のヴァルドリューズなのかと、ケインは微かに身震いしたのだった。 

「待って! そいつは『サンダガー』の餌よ! 」
 モンスターの返り血を浴びて、白いドレス全身を濃い緑色に染めたマリスが、白いオーラに包まれてやってきた。
 その白い顔には、妖しく、不適な微笑みが浮かんでいる。
 そんな彼女は、戦うエルフのようであり、とても人間離れして見え、ぞっとするほど恐ろしくもあるが、不思議なことに、艶(なまめ)かしく、美しくもあった。
(俺は、とんでもないやつらと、行動を共にしていたのか!? )
 ケインは今改めて、この二人と敵同士ではなくて良かったと思う。

 ヴァルドリューズは術を切り替え、奇妙な発音で呪文を唱えながら、指で三角形を作る。その中に出来てきた金色の光を、マリスに向けて放った。
 途端に、彼女の身体は金色の光に包まれ、みるみるうちに膨張していくと、そこには、あの見覚えのある金色の甲冑に身を包んだ巨人が現れたのだった! 
 以前、ケインが見た時ほどの大きさではなかった。大きさも、自在に変えられると見える。
「ははははは! 久しぶりに、俺様の出番だぜー! 最近、ちょっと欲求不満気味だから、思いっ切り暴れて解消しちゃうぜーっ!! 」
 真っ暗な森の中に、突然光り輝きながら現れたゴールド・メタルビーストの化身は、手を腰に当て、仁王立ちしている。
 金色の豪華絢爛な、高貴な身なりに似合わず、何処か邪悪さが感じられるのは、彼の緑色の瞳と、口の端がつり上がっているせいだけではないだろう。
「……あ、あああ……! な、何だ、あれは……!? 」
 グスタフは、獣神を見て、あわあわ言っていた。
「まさか、既に……完成していたというのか……!? 」
 マリスとヴァルドリューズのコンビネーション技を警戒して、二人が揃うのを恐れていたグスタフは、ますます狼狽(うろた)えていた。
 サンダガーは、グスタフの倍ほどはある高さから、見下ろす。
「今日は、この変なじじいが、俺の獲物ってわけか。……ちぇっ、マリスのヤツ、もうちょっと美味そうなモン用意しとけってんだ」
 サンダガーは、ぶつぶつ言っていたが、それでも、楽しそうであった。
「よーし、じゃあ、いくぜー! じじい! 」
 彼は、いたずら小僧のような笑顔で、グスタフに向かって勢いよく拳を振り下ろした。
 巻き添えをくらいそうになったケインを、とっさにヴァルドリューズが抱えて飛ぶ。
 バキバキッ……!
 サンダガーが突き出した拳をどけると、木々が潰されていただけで、グスタフは、一瞬で回避し、別の木の枝に移っている。
 ヴァルドリューズは、ケインを連れてサンダガーから離れ、ダミアスの近くで着地した。
「……あ、あなたは……!? 」
 ダミアスが、珍しく目を見開いてヴァルドリューズを見ていた。
 ヴァルドリューズは、ちらっと見ただけで、すぐにサンダガーに向き直った。
「……こ、これは、もしや、ゴールド・メタルビーストの化身……! 」
 杖で身体を支えながら、グスタフが言う。
「はっはっはっ! いかにもだあー! 何を隠そう、俺様は、ゴールド・メタルビーストの化身、獣神サンダガー様なのさーっ!! 」
 以前と同じように、彼は、踏ん反り返り、高笑いをしている。
「ゴールド・メタルビーストの化身とは……! まさか、あれは、あなたが召喚したのか!? 」
 ダミアスが、驚きをはらんだ声で、ヴァルドリューズに尋ねた。
 ヴァルドリューズは微かにダミアスを見ただけで、戦況を見守る。
「おのれ……! 」
 グスタフが、ぎりぎりと歯を軋ませた。
「出でよ! モンスターども! 」
 彼は、ありったけの気力を振り絞り、両手を高々と空に向かって掲げた。
 ごごごごごごごご……!! 
 森中が騒ぎ出し、空からも、木々の合間からも、黒いモンスターたちがざわめきながら、やってきた。その数は、何百匹にものぼった。
 ヴァルドリューズが片手を上げ、ケインとダミアスを含んだ周りに、薄い緑色の結界を張る。
「へっ! しゃらくせえっ! 」
 サンダガーは腰の剣を抜き、一振りした。
 周りにいたモンスターたちは吹き飛ばされ、木や岩、地面などに叩き付けられた。
 だが、それでも襲いかかっていく。
『そんなやつらいいから、早くグスタフをやってよ! 早くしないと、回復しちゃうじゃないの! 』
 どこからともなくマリスの声が響くが、彼女の姿があるわけではない。
「わかってるって、うるせーなー。けっ、なんだよ、あんなトリガラじじい一匹、すぐに片付いちまったら面白くもなんともねーじゃねーか」
 サンダガーが、つまらなそうに、口を歪めている。
『ホントは、あたしがブチのめしてやりたかったのを、あんたに譲ってやったんだからね! 
 面白くなかろーが何だろーが、ちゃんとやってよ! 』
「ちぇっ、しゃあねえな。ってことで、覚悟しな、トリガラじじい! 」
 サンダガーは、ようやくその気になったらしく、剣をグスタフ目がけて振り下ろした。
 ヤミ魔道士の、驚き、見開かれた片方の眼球と、大きく開かれた口には、明らかな恐怖が浮かんでいた。

 突然、落雷のような轟音と、眩し過ぎる強い光が、真っ暗な森に降り注いだ! 

 グスタフやモンスターたちの断末魔の叫びというものは、すべてかき消されてしまった。
 ケインたちからは、辺りは煙が立ち込めていて、よく見えないでいた。
 煙が収まっていき、もとの暗がりに戻りつつある時、目の前の光景に、ケインもダミアスも唖然となる。
 森には、木が一本も残っておらず、モンスターの残骸も綺麗さっぱりなくなり、禿げた地面が一面に広がっているだけの、前に見た光景そのままであった! 
 ひらひらと、なにか黒い灰のようなものが、いくつか舞い落ちてくる。
 グスタフのマントの切れ端であった。
 一瞬にして、すべてを消し去るサンダガーの凄まじい攻撃の前では、いくら魔物と化した魔道士といえども、逃げるのは不可能だったとみえる。
 ヴァルドリューズから受けた傷を負っていては、なおさらだろう。
 そして、そこに立っているのは、やはり、彼ひとり……
 サンダガーは腕を組み、その景色を満足そうに眺めていた。
「……なんと素晴らしい光景だ! あれだけのたくさんの草木や雑魚どもの巣窟が、瞬時にしてこんなハゲ山になったというんだからな。いつ見ても、素晴らしい!
 ふっふっふっ…………うぎゃああああああああ!! 」
 途端に、頭を抱え込み、蹲るサンダガー。
『ほら、戻るのよ! 』
 マリスの意志の声が、また聞こえる。
「いっ、いやだあっ! 俺は、まだ遊び足りねーんだ! 」
 獣神は、抱え込んだ頭(かぶり)をぶんぶん振るう。
『何言ってんの! こんなにハデにやらかしといて! だから、あんたを使うのは、いつも気が進まないのよっ! 』
「やめろっ! ……て、てめえ、マリス! ちくしょう! 覚えてやがれーっ!! 」
 捨て台詞とともに、金色の身体は足元から出て来た白いオーラに包まれ、獣神は、みるみる縮んでいく。
 退場の仕方は、なんとも格好悪かった。
「はーっ、やっと終わったわ」
 そこには、元通りマリスが、白い服のまま現れた。召喚前の、モンスターの血まみれ姿ではなかった。
「じいちゃんの敵(かたき)……やっと、討(う)てた……」
 マリスが静かに呟く。
 様々な思いが湧き、紫の瞳の端には、涙がにじんだ。
 ヴァルドリューズの結界が解け、ケインが、彼女に駆け寄っていく。
 マリスは気付かれないよう、とっさに涙を拭った。
「マリス! 大丈夫だったか!? どこか怪我でも……? 」
 必死な面持ちの彼に、マリスは笑いながら、
「大丈夫、大丈夫。ケインこそ、ここ、大丈夫? 」グスタフの杖で突かれたケインの胸の下あたりを、指でつつく。
「うっ……」
 戦いが終わって気が抜けたせいか、ケインは、結構な痛みに気が付いた。
「ヴァル、治してあげて」
 ヴァルドリューズが掌を翳しかけ、僅かに首を傾げた。
「……肋(あばら)が二本、折れている」
「えっ!? 」
 ヴァルドリューズの掌から治療の光線が注ぎ込み、ケインの胸からは、徐々に痛みが引いていった。
「そっかあ、折れてたかぁ。ブレスト・アーマーでも着けてればな……。しかし、あんな木の杖なんかで、グスタフのヤツ、じいさんのくせに何て力だ! 」
 ケインが、ぶつぶつ言うと、マリスが少し真面目な声で言った。
「あいつの恐ろしいところは、そこでもあったのよ。気配が全然ない上に、攻撃力がある。
 見たところ、魔物に魂を売り渡して、更にパワーアップを図っていたみたいだったけど、今のうちに倒しておいて良かったわ。
 ヴァル、次元の穴がまだあるか、ちょっと見てきてくれる? 」
 ケインの治療を終えたヴァルドリューズは、ふわっと飛び上がり、グスタフのいた周辺をゆっくり廻り、しばらくして戻ってきた。
「次元の穴らしきものは見当たらない。グスタフの気配も完全に消滅している」
「そう。ご苦労さま」
 短くヴァルドリューズにそう告げると、マリスは、くるっとダミアスを振り返った。
「ご協力、ありがとう! 宿敵グスタフは倒せたし、どこかにあったこの森の次元の穴も、ついでに塞いだから、これで、もうモンスターは出てこないわ。
 その代わり、山がちょっと削れちゃったけどね」
 マリスが、申し訳なさそうに微笑んだ。
 ダミアスは、穏やかな目で、マリスを見る。
「この森のモンスターどもには手を焼いていて、いずれ対策を、と思っていたところでした。お礼を言わなくてはならないのは、私の方です」
 ダミアスが、深々頭を下げた。
 聞けば、朝食会に遅れたり、パーティーに顔を出さなかったのも、それらが城に攻めて来ないよう見張っていたからだという。
 だが、皮肉なことに、それを公爵たちからは不審に思われてしまい、本当のことを知らせれば人々が怯えると気遣い、ひとりで何とかしようとしていたのだった。
(苦労してたんだな、この人……)
 ケインは、ダミアスを見つめていた。
「……失礼ですが、あなたは、ヴァルドリューズ殿ではありませんか? 」
 ダミアスは、ヴァルドリューズを振り向いた。
 外見では、ダミアスの方が年上に見えるが、やはり、マリスに対してと同じく、彼は敬語を用いていた。
「いかにも」
 そして、ヴァルドリューズの口調は、ケインたちに対するものと、あまり変わらない。
 それを、ケインは、もともとそういう人物とばかり思っていたのだが。
「やはり、そうでしたか。……実は、『魔道士の塔』本部で、あなたを何度かお見掛けしていたものですから。このようなところでお会い出来るとは、光栄です」
 ダミアスは、いくらか親し気な口調になっていて、少し微笑んでもいた。
「噂では、確か、ラータン・マオ王国の宮廷魔道士になられたとか? 」
「訳あって、今は国を出てきている。『魔道士の塔』からも脱退しているので、そちらから見れば、私もグスタフ同様ヤミ魔道士に変わりはないだろう」
 ヴァルドリューズは、抑揚のない口調で語る。
 ダミアスは、意外そうな表情になった。
「……そうでしたか。……しかし、それでは、なぜ、カシスルビーが付いたままなのですか? それは、授けた者から授かった者へと、お互いの魔力が引き合ってこそ、初めて額に付くというもの」
 言われてみればそうだと、ケインも思った。
 ヴァルドリューズは、もう宮廷魔道士ではないのだから、宝石は本来ならば取れてしまうはず。
「これは、ラータンのものではない。ベアトリクス王国のカシスルビーだ」
「ベアトリクスの……!? なぜまた……? 」
「ベアトリクス王国の元宮廷魔道士、ゴールダヌス殿から頂いたものなのだ」
 ダミアスの顔色が変わった。
「ゴールダヌス……! あの大魔道士ゴドリオ・ゴールダヌス殿だというのですか!? 」
 ダミアスは、しばらく言葉が告げないでいる。
 そのダミアスの驚きぶりで、ケインは、その大魔道士が、とてつもなく偉大な存在だと知った。
「私は、彼から彼女を守るよう、使命を受けたのだ」
(ベアトリクスの元宮廷魔道士が、マリスを守れと、東洋のラータン・マオの宮廷魔道士であったヴァルドリューズに命令した……? )
 どちらも、大きな国として知れていたが、国交があったとはケインは聞いたことがない。
(なぜ、そんな国の魔道士同士が……? ヴァルも、ベアトリクスの宮廷魔道士になったんだろうか? いや、それは、前に否定してたし……。
 それに、ヴァルは、ベアトリクス王からではなく、『元宮廷魔道士』からルビーを預かったと言った。……いったい、どういうことなんだろう? そして、マリスは……? 騎士とか隊長だとかってのは……? )
「その話は、折りを見て話すとして、ダミアスさん、悪いけど、もうひとつ頼まれてくれないかしら? 」
 考え込んでいたケインであったが、マリスのあどけない声に遮られた。
「お茶をご地層して頂けない? あたし、喉渇いちゃったわ。
 できれば、マラスキーノ・ティーがいいんだけど」
 話の腰を折ったマリスを、恨めし気に見るケインであったが、詳しくは、皆が揃った時に改めて話すということになり、話はそこで終了してしまった。
 町の酒場で、ケインたちは紅茶を飲み終えると、ダミアスは元通り独房へ(ケインは、それを、なんだか可哀相に思った)、ヴァルドリューズは宿屋へ、マリスは、女官になったという話であったが……
「いやよ、あたし、お城に長くいると、アレルギー起こしちゃうのよ! 」
 と、おかしなことを言うと、マリスも単独で取った宿屋へと帰っていったのだった。

 宿への帰り道を、マリスとヴァルドリューズが並んで歩いていく。
「……倒せたね、あいつを」
 ぼそっというマリスを見もせずに、ヴァルドリューズは無言で頷く。
「じいちゃんの編み出した召喚技『サンダガー』で……、やっと……」
 立ち止まると、マリスは、ヴァルドリューズの胸にすがりついた。
 小さく嗚咽する彼女を、ヴァルドリューズは柔らかく包み込んだ。
「ひとつの戦いは終わった。だが、まださらなる大いな敵が潜んでいる。
 今夜は、ゆっくり休め」
「うん。あなたもね、ヴァル。あたしには、これと、魔力を抑えるあの甲冑もあるから、もうしばらく別行動でも大丈夫よ。それに、もうちょっと一人を楽しみたいしね」
 そういって、マリスは、胸元の、小さな碧い石の付いたネックレスに、手を当てる。
「ヴァルも、ゆっくり休んでね。ヤツへの攻撃と、獣神の召喚で、結構魔力消費しちゃってるんだから。幸い、アストーレではお祝い事で何でも安くなってたから、インカの香もまあまあの量、手に入ったし、しばらく、結界には、それを使えばいいわ」
 ヴァルドリューズは、マリスの部屋に着くと、棚にある香炉にインカの香を、少量入れる。指をパチッと鳴らすと小さな炎が香に灯り、燃やしていく。
「ありがと。お休み、ヴァル」
 マリスは、何も言わずに部屋から出て行くヴァルドリューズの背中をしばらく見送ってから、ドアをゆっくり閉めた。

「おお、良かった、ダミアス! やはり、そなたは事件の首謀者などではなかったのだな! 」
 アストーレ王は、釈放された参謀ダミアスの手をしっかりと握っていた。
 夜が明け、朝食の後、ケインは、事件の真相を、サロンに集まった人々に説明する。
 事件は、北の森に潜んでいたヤミ魔道士が、アストーレの内紛を企んで仕組んだ、ということにしておいた。
 森に落ちていたグスタフのマントの一部を、倒した証拠に見せる。
 クリミアム王子クリストフは、終始青白い顔をして、ケインを気にして、ちらちらと見ていたが、ケインは、彼のことには何も触れないでおいた。
「よく解決してくれた、ケイン・ランドール。そなたには、後日まとめて褒美を授けよう。
 そして、明日からは、正規の警備隊として迎え入れ、王女の直属の護衛に任命したい。
 今度こそ、引き受けてくれるであろうな? 」
 王の隣にいる不安げなアイリス王女と目が合った。
 その後ろでは、ダミアスが、微かに微笑んでいる。
「謹んで、お受け致します」
 ケインが、そう最敬礼すると、王女の顔は、パーッと晴れ上がっていった。
「明日は、外国の方々の、最後の滞在日でもある。
 今夜は、最後の舞踏会じゃ。盛大に、執り行おうぞ! 」
 王の言葉に、その場にいた人々は、歓喜の声を上げた。

 アストーレ城を包んでいた不穏な空気は一気に吹き飛ばされ、晴れ渡った青い空のような人々の心からの笑顔が、広間をいつまでも賑わしていた。


エピローグ


 ケインは、カイルとともに、宮廷舞踏会のサロンの隅に、紺の詰め襟の警備服で立っていた。
 パーティー用のため、金色の紐や、アクセサリーが付いていて、普段のものよりは、上質な装いである。
 一連の事件を解決した後なので、警備と言っても気は楽であった。
「良かったな、ケイン! 明日からは、お姫様とお近付きになれるじゃん! 」
 カイルが、こそこそ耳打ちして、肘でケインをつついた。
「バーカ、俺は、真面目に仕事するんだからな」
 ケインの方も、くだけた様子である。
 長いテーブルには、いろいろなパーティー料理が並べられ、宮廷音楽家の奏でる優雅な調べが、室内に充満していく。
 貴婦人たちは、ごてごてのドレスを重たそうに引きずり、焼き菓子をつまみながら、お喋りを楽しんでいて、男性貴族たちは、美しく着飾った女性たちに、ダンスの申し込みをしている。
「時に、ランドール。君は、ダンスは出来るかね? 」
 ふと、王がダミアスを連れて、ケインに尋ねた。
「ダ、ダンスでありますか!? ……私は、粗野な武人でありますので、ダンスなどと優美なものとは、あまり縁がないものですから……」
 俺も、敬語がすんなり出るようになったな、などと、ひとり感心している場合ではなかった。
「そうか。……いやいや、失礼した」
 王は、にこにこ笑いながら去って行った。ダミアスも軽く会釈して、王についていく。
 何の話だったのか? まあ、いいか、とケインが思い直していると、
「ねーねー、この赤いぷちぷちなあに? 」
 ミュミュが、貴族たちの好む、例の赤い粒々の食べ物を、何粒か手に持って飛んでくる。
「おい、ミュミュ、見付かったら騒ぎになるから、どっかでおとなしく遊んでこいよ」
 妖精などとは、貴族は滅多に目にすることはない。モンスターのいる場所と似たようなところに、密かに棲息しているのだから。
 ところが、ミュミュは、ケインの忠告など聞きもしない。
 彼女にとってはボールのような赤い粒に、大きく口を開いて、カプッと大胆にかぶりつく。
 ケインとカイルの予想通り、赤い汁が、ぴゅっと飛び出した。
「あ〜ん! 汚れちゃった〜! 」
「あーあー、もう、しょうがないなー。だから、おとなしくしてろって言ったのに」
 ケインは、近くにあったナプキンで、彼女の、赤い液体のかかった部分を拭こうとした。
「や〜ん、何すんの、くすぐった〜い! ケインのエッチ! 」
「なっ、なんだよ! 拭いてやってるんじゃないか」
 ミュミュは、白いナプキンをケインから奪い取ると、それに素早く包まった。
 白い布が、スーッと空中を移動していく。
「こら、余計目立つぞ! 相変わらず、変なヤツだなぁ」
「あいつも、あれで、一応、女の子なんだよ」
「ふ〜ん、そういうもんかなぁ」
 ケインがぶつぶつ言い、隣では、カイルが笑った。
「お飲み物は、いかが? 」
 見ると、クレアが、丸い銀色のトレーに、酒の入った杯をいくつか乗せて、ケインたちの前に現れた。
「警備の方に、陛下から差し入れよ」彼女は、にこっと微笑んだ。
「クレアじゃないか! いやあ、似合うねぇ、その女官服! 」
 カイルが銀色の杯をひとつ取って、クレアにデレデレ笑いかけた。
 ケインも、杯を受け取る。
 クレアは、淡い水色の詰め襟と、半袖のシンプルなドレス姿だ。動きやすいよう、膝から下は広がる形である。
 彼らからしても、普段の清楚な神官服も似合うが、パーティー用の女官服もなかなか女性らしく、似合っていると言えた。
 目鼻立ちも整っているクレアは、そのようなシンプルな服でも、その辺のやたらに飾り立てた貴族たちよりも、よほど綺麗だと、ケインもカイルも認めた。
「やっぱ、かわいいよ、クレア! ……あああ、ホントに、恋愛しちゃいけないの? もったいないなあ! 」
「やだ、カイルったら! そんなこと、大きな声で言わないでよ、恥ずかしいじゃないの」
 クレアが、顔を真っ赤にして、慌ててそそくさと他の警備兵のところへ、杯を配りに行ってしまった。
 ケインも、微笑ましそうに、その後ろ姿を見守っている。
「そういえば、ヴァルとマリスは、どうしてんだろうな? 城には、現れないつもりかぁ? 」
 と、いいながら、カイルが、テーブルの上から骨付き肉を取ってきて、かぶりつく。
「おい、勤務中だぞ」仕方のなさそうに、ケインが一応忠告してから、答える。
「ダミアスさんが、ヴァルに何か頼みたいことがあるんだそうだ。だから、ヴァルは、そのうち宮廷にも顔出すんじゃないかな。
 マリスは……、あいつは、よくわからないけど、ヴァルの用が済むまでは、この国で遊ぶんだって言ってた。ここでの自分の仕事は、もう終わったんだと」
 カイルが驚いて、ケインを見た。
「マリスに会ったのか!? 」
「え……? ああ、昨日、偶然な。あれ、言わなかったっけ? 」
「聞いてねえよ」
 昨夜、クレアと牢に行った時、マリスとは途中で一緒になり、その後、北の森でヤミ魔道士やモンスターたちと戦ったことを、ケインは簡単に説明した。
「ふ〜ん。……あいつ、結構スタイル良かっただろ? 」
 カイルは、平然と肉を頬張りながら、話の本質とは全然違うところに反応していた。
「は!? ……ああ、まあな。なんで、そんなこと知ってるんだ? 」
 カイルは、得意になった。
「そんなのわかるって。この俺様の眼力を持ってすれば、例え男装してたって、女のスタイルくらい、いつでも見抜けるのさ! 」
 『マドラス』と一週間も一緒にいてさえ、彼がその正体を見抜けなかったことを思うと、ケインはおかしくてしょうがなかった。
「とにかく、今のところ、この国にしばらく滞在するってんなら、ちょうどいいや。俺も遊ぼーっと! 」
 いつも遊んでいるようにしか見えないカイルであったが。
「おい、カイル、城の者には手を出すなよ。例えば、女官とか」
「鋭い!! 何でわかったんだ!? 」
「今までの行動パターンを見てりゃ、わかるって。これからは、俺も姫の護衛で、いちいちお前に構ってられなくなるんだからな。ちゃんと自分で気を付けてくれよ」
 言っていて、ケインは、カイルの保護者みたいな気がして、イヤに思った。
 ちらっと、クリストフ王子と目が合ったが、相手は、バツの悪そうな顔で、すぐに目を反らしてしまった。
 王女には、相変わらず、マスカーナとデロスの王子たちが話しかけていた。
 婚約までは発表されなかったが、姫の婚約者もいずれは決まるのだろう、それも、王族の運命(さだめ)か……と、ふと、ケインは考えていた。

 舞踏会は、盛大に、空が白み始める頃まで続いた。
 よくもまあ、あのような重量のあるドレスやタキシードで、一晩中踊っていられるものだと、ケインのような庶民は感心するほどであった。
 数時間後には、王女の護衛の仕事と切り替わる。

 その晩――もうほとんど明け方であったが、ケインは、仕事を終えると、宿舎の
ベッドに倒れ込んだ。

 しばらく過ごすアストーレでの新たな生活が、これから始まろうとしていた。


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