空には、半透明の、若い男の顔が浮かんでいる。 もちろん、本物ではない。どこからか、映し出されているのだと、ケインたちには解っていた。 少しそばかすのある色白の、神経質そうな顔立ち、栗色の巻き毛――それは、間違いなく、クリミアム王国王子、クリストフのものだった! 「まったく、チンケな計画を立ててくれたもんだよ。真相が解った時は、思わず呆れてしまったぜ」 物怖じした様子もなく、ケインが肩をすくめてみせた。 「ほう……、では、どこまで当たってるか、君の推理を聞かせてもらおうじゃないか。それが、遺言にならなきゃいいけどね」 王子の笑い声が、辺りに響き渡る。 ケインは、淡々と、語り始めた。 「今回、魔道士を伴って入国してきたのは、マスカーナ王国とデロス王国の二国だが、実は、あなたも魔道士を連れてきていたんだ! それも、同国の特使には内密に。 あなたは、ヤミの魔道士を雇っていた。クリミアムには、魔道士は、あまりいないらしいからな。 そのヤミ魔道士は、どこからか、よからぬ連中をかき集め、アトレ・シティーで剣を集めさせた。 クリミアムよりも、アストーレの方が、物資は豊かだし、腕のいい鍛冶屋もいることで、武器が充実しているからだ。 だが、アストーレの騎士たちだって、同じ物を使っている。腕だって、訓練を積んでいる騎士の方が、断然いいはずだ。 それに勝つには、剣に魔力を注いで強化し、同行した魔道士連中の攻撃も、簡単に防げるようにしておく必要があったんだ」 空に映し出された王子は、ふふんと鼻で笑った。 「その時、偶然手にしたのがカイルの魔法剣だが、この計画では使えないことがわかり、持ち主のカイルが城にいることを知ると、さりげなく参謀の部屋に置いて、ダミアスさんがうさん臭くなるようもっていった。 幸い、彼を良く思っていない人物が、何も言わなくても後押ししてくれたもんなー。カイルまで、すっかりダミアスさんを疑ってたし。 最初から計画のうちだったかどうかはわからないが、あなたたちは、参謀のダミアスに皆の注意がいくように仕向けた。 魔道に疎いアストーレのことだ。魔道といえば、すぐにダミアスを結びつけると踏んだんだろう」 「へえ、よくわかったじゃないか。いやあ、立派立派! 」 王子は、感心して、手を叩いてみせた。 「確かに、始めは盗賊団の仕業にだけしておこう、という計画だったが、それじゃあ、いろいろとまどろっこしかったからね。ちょうど、アストーレの公爵たちが、参謀のことをよく思っていないみたいだったし、そっちに罪をなすりつけた方が、こちらのヤミ魔道士も動き易くなるだろうと思って、計画を少し変更したのさ」 王子の顔は、くすくす笑っている。 「だけど、僕の目的は、アストーレの内紛なんかじゃないよ。君の推理は、まさか、そこで終わりだなんて、言うんじゃないだろうね? 」 「もちろんだ」 ケインは、再び、話し始めた。 「俺は、王女誘拐未遂事件は、外国人の仕業だと、ずっと疑いをかけていた。 参謀のことも、疑わなかったわけじゃなかったが、極めつけになったのは、犯行の日にちだった。 誘拐未遂のあった翌日に脅迫状――こんなに立て続けに誘拐しようとするなんて、よっぽど自分たちが捕まらない自信があるとも考えられるけど、ひとつは、滞在時間にあったんだ。 あなたたちは、アストーレにいる五日間で、勝負を決めなければならなかった。 そう考えれば、参謀よりも、外国人の方が、しっくりくる」 ケインの隣ではマリスが、後ろでは、クレアが、ずっと黙っている。 「いずれかの国が、姫を誘拐して莫大な身代金を請求するか、アストーレに自国の傘下に入れと要求するものと、始めは考えた。 だが、今日、神殿からの帰り道で、どこの国のヤツが、どんな目的で、というのが、俺には一遍にわかったんだ……! 」 そこで、ケインは、一旦、言葉を区切った。 空の王子は、目を細めた。 「どうしたんだい? 続けないのかい? 」 「あなたの名誉のために、言わないでやることもできるが、ここには俺たちしかいないから、構わないか……」 ケインは、再び空を見上げて、はっきりと言った。 「賊たちを捕まえている時、奴等の一人が『話が違う』とこぼしていたのを聞き、ほとんど無意識だったそいつの視線を辿ってみると、その先にあったものは、物凄い殺気を漂わせて、俺を睨む、あなたのその顔だった! 賊も、あなたには簡単にやられるよう、事前に申し合わせておき、王女誘拐を勇ましく阻止するという筋書きだった。 すなわち、あなたは、どいつも歯が立たない、豪腕なデロス王子でさえかなわなかった賊に、ひとりで立ち向かい、脅迫状によって怯えきった王女の前で、……いいカッコしようとしたんだろう! 」 王子の顔は、もう薄笑いを浮かべてはいない。 「盗賊たちの手から姫を救い、そのことでアストーレ王に恩を売り、姫との婚約を決定的にする――つまり、この事件は、お前の仕組んだ『狂言』ということだ! 」 ケインは、空の王子の顔に、人差し指を突きつけた。 王子の恨めしそうな顔が、見下ろしている。 「……あの、ケイン、あたしは、その事件とやらのいきさつが、よくわかんないから聞くけど……真相って、それだけなの? 」 遠慮がちに、マリスがケインに尋ねる。 「……俺だって、何度も違うと思いたかったが、どうしても、それが一番つじつまが合うんだ」 ケインが、空を睨む。 「……よく、そこまでわかったじゃないか。……褒めてやるぞ、ケイン・ランドール」 王子の顔は、いくらか青ざめていた。 「えっ……」 マリスとクレアが、げんなりした顔を、王子に向けた。 青ざめた王子の顔は、意気消沈している。 「僕は、ずっと前に、アイリス王女の肖像画をもらった時から、僕の妃に迎えたいと思っていたんだ。 そうしたら、今回の訪問では、あちこちの国からも、王子たちが来ることも知った。 ライミアは、どこの国から見ても有益だ。王子は頭脳明晰と言われている。 ガストー公子は非常な美男子で、ダンスも上手いと聞くし、マスカーナ王子は気持ちも優しく、詩を歌う才能に秀でていて、デロスの王子は武道に長けている。 ……でも、僕には何もない。 このままでは、残りの四カ国と、差がついてしまう。 そう思って、この計画を立てたのさ」 王子の声は、呟くようだった。 「やはりな。最初の事件の時、姫を攫った賊が、ウマで逃走したが、あいつは、自分たちのアジトへ行くでもなく、原っぱへ逃げていった。 後になって、冷静に考えてみると、それはおかしな行動だったし、そもそも、あそこでウマが二頭用意されていたのは不自然だったんだ。 ……あれは、あなたが乗るためのウマだったんだな? 」 その時の様子を知らないマリスとクレアは、お互い顔を見合わせていた。 王子は、低いトーンの声で、再び語り始めた。 「いかにも、お前の言う通り、一頭は姫を攫った犯人用で、もう一頭は、追いかけるように僕が乗る予定だったのだ。それなのに、お前が乗っていってしまった。 二回目の誘拐は、警備の者の中に、お前の姿がないのを確認しておいたにもかかわらず、小姓なんかに化けていたとは……。 またしても、王女を助けるという重要な僕の役どころを奪ってしまった! ……あの後、夕食会でも、姫は、お前の話ばかりしていた。 二度も助けてくれただの、小姓が実はお前だと知って感動しただの、戦う姿に思わず見蕩(みと)れただの……」 「いやいや、それほどでも」ケインは、えへへ、と頭を掻きながら笑った。 「照れるんじゃない! 」 王子が、イライラして喚く。 「本当は、そうなるのは僕のはずだったのに! お前が僕の計画を潰したんだ! 」 空に映った大きな顔は、地団駄でも踏んでいるのか、小刻みに上下している。 天を見上げて、それまで黙っていたマリスが口を開いた。 「王子たちの中で、自分が一番見劣りするからって、イジケてないで、堂々としてればいいじゃないの。中身さえ良ければ、下手に小細工しなくたって、女心はゲット出来るものよ」 それで慰めているつもりなのか、王子に向かって彼女はつけつけと言っていた。 「それが出来ないから、小細工してるんじゃないか? 」 「あ、そっか」 ケインとマリスのやりとりを見て、王子は余計に地団駄を踏んだ。 「うるさい! 黙れ黙れ! 僕は、貴様らの三バカトリオを見に来たんじゃないやい! 」 「三バカって……! 私は、何も言ってないじゃないの! 」 クレアが、それに向かって怒り出した。 「うるさい! そいつの仲間は、みんなバカだ! 」 「なんですって!? 」 「おいおい、変なことでケンカすんなよー」 ケインがクレアを宥める。 「……まあ、幸い、誰にも怪我はなく、賊も捕えたことだし、そいつらのせいにして、事件の真相は黙っててやってもいい。 だから、これからは、正当な方法で、姫の心をつかんでみな。じゃあ」 ケインは、空に向かって手を振って、歩き出した。 だが、王子は、それだけでは、気が済むはずもなかった。 「誰が貴様をこのまま返すと思うか? そこは、既に、僕の魔道士の結界の中だ! 貴様らの処分は、彼に任せてある。 ……ケイン、貴様さえいなければ、姫は僕のものだからな! 」 「……どんな根拠があって、そんなことを言ってるんだか……。それなら、最初から堂々とすればいいだろ?」 ケインが呆れ果てるが、王子はもう落ち着きを取り戻し、「それじゃあ、僕はもう眠るとするよ」と言うと、空に浮かんでいた彼の顔が消えていき、入れ替わりに、黒いフードを被った魔道士の姿が現れた。 フードの中は影になっていて、皆からはよく見えないが、王子の時とは違い、黒い全身が映し出されている。 かなり長身の男らしいが、横幅は、あまりない。 干涸びた手のような、茶色の木の杖を持ち、その手には、緑色の大きな宝石の指輪と、銀色のヘビの形をした指輪とが嵌められていた! 「ケイン、この人だわ! あの時、空間の中にいたのは! 」 クレアが叫ぶ。 「やっぱり、そうか! クリストフ王子の雇ったヤミ魔道士……! 」 魔道士は、頭上から、彼等をゆっくりと見回しているようだったが、ピタッと動きが止まる。 「ほほう、これはこれは、珍しいところで、お会いしましたな、ベアトリクス王国近衛兵及び、流星軍騎士、その後は辺境警備隊長マリス殿。あの辺境では、何かとお騒がせいたしましたな」 魔道士の低い歓喜の声が響く。 「た、隊長って……お前、ほんとに……」 マリスは、そういうケインをちらっと見ると、微かに笑っただけで、すぐにキッと空を見上げた。 「残念ながら、今はもう近衛兵でもなければ、警備隊長でもないわ。亡命したのは、あなたも知ってるんでしょ? 」 「それはそれは、存じ上げませんで、失礼致しました。……にしても、よく御化けになられましたね。そのようなお姿とは。てっきり、商売女かと思いましたよ」 魔道士は、クックッと笑い声を漏らす。 「あんたこそ、出世したじゃないの。王子サマなんかに雇われてさ。『ヤミ魔道士グスタフ』! 」 それこそが、先ほどマリスが参謀と思い込んでいた魔道士に、他ならなかった。 ケインも、クレアも、気を引き締めて、空を見直す。 「覚えて頂いて光栄です。時に、御連れの魔道士の方は、いかがされたんです? 」 「あんたなんかを欺くために、今回は別行動を取ったのよ。 思惑通り、まんまと出てきてくれちゃったわね」 マリスが勝ち誇ったように言った。 魔道士は、ほほほと笑った。 「さすがに、勘の鋭い御方だ。この国に、私がいるかも知れないと、最初から踏んでいたというわけですか」 「あんたとは、辺境警備隊時代からのよしみ。何者かが呼び出した中級モンスターたちが、このエリアで最近増えたって聞くし、行くとこ行くとこに次元の穴が開いてて、モンスターばっかり吹き出してたら、あんたの仕業かも知れないって見当が付いて当然でしょ? あたしがヴァルと離れたら、案の定、こうして姿を現したことだしね! 」 マリスが言い放つが、魔道士は一向に動じた様子はない。 「あなたがた二人を同時に御相手するのは、いくら私でも難しいでしょう。 しかし、ここは既に私の結界の中。 例え、彼のような一流魔道士でも、私に気付かれずに、ここに入ってくるのは難しいでしょうな。となると、私は、魔法を使えないあなたを御相手するだけでいのです。なかなか楽しませて御覧にいれますよ」 魔道士グスタフは、ケインとクレアなど、まったく眼中にないような口ぶりだった。 「それは、どうも。でもね、あたしも、あんたを少しは楽しませてあげられるかも知れなくってよ」 「ほほう、それは、楽しみですな」 彼は、面白そうな声を上げた。 「そうそう、実は、このような拾い物をしたのですが、見覚えはありませんかな? 」 彼が手のひらを、上に返し、そこに浮かび上がったのは、木でできた小さな檻の籠だった。 籠の中では、ピンク色の小さな妖精が、檻につかまり「出してー! 出してー! 」と、叫んでいた! (ミュミュ……!! ) 三人は、声には出さなかった。 マリスは、顔色も変えない。 「別に、ただのニンフじゃない。珍しくも何ともないわ。あんたも趣味が悪いわねぇ。早く逃がしてあげなさいよ」 それを聞いたミュミュが、魔道士に向かって叫ぶ。 「だから、ミュミュは知らないって言ったでしょ! あのおねえちゃんとは関係ないんだから、早く出してよおー! 」 「……そうか、知り合いではなかったか」 魔道士が、ミュミュとマリスを見比べて言う。 「そうだよー! そうだよー! だから、出してー! 」 マリスも、素知らぬ顔をしている。 「では、お前には可哀相だが、私の魔獣どもの餌になってもらおう」 「なっ……!! 」三人の顔色が変わった。ミュミュも泣き止む。 魔道士の足元に、ぽっかりと黒い穴が開き、そこには、魚を原形としているらしいが、更に様々な動物をかたどり、合成された黒いモンスターたちが、何十匹と口をパクパクさせて、餌を待っていたのだった! 魔道士は、そこへ、ミュミュを捕えた籠を、徐々に近付けていく――! 「いやーっ! 助けてー!! 」 ミュミュが、わーっと泣き出すと同時に、ケインが一歩出る。 マリスがケインを手で制してから、諦めたように言った。 「待って、グスタフ! ……確かに、その子は、あたしの知っているニンフだわ。だから、こっちへ返して」 「やはり、お知り合いでしたか。いいでしょう。返してあげますよ」 魔道士は、『そこ』から、籠を放った。 「うわ〜ん! 何すんのさ、バカー!! 」 ミュミュが泣き叫びながら籠ごと回転して、落ちていく! そのままでは、地面に叩き付けられる! ケインは、夢中でミュミュを受け止めようと飛び上がった! ……と、後ろから、何かが飛んで来て、そのまま空に浮かぶ魔道士に突き刺さった――! ――に見えたが、それは、彼の半透明の身体を突き抜けて、そのまま飛んでいき、落ちた。 マリスが短剣を放ったのだ。 「ほっほっほっ、何もしやしませんよ」ヤミ魔道士が笑う。 ケインが籠を無事取り返し、着地する。 「危ないじゃないの、マリス! ケインやミュミュに当たったりしたら……! 」 「ケインの援護をしただけよ」 それだけマリスはクレアに言い、すぐに空を睨みつける。 「本体は別のところにいるみたいね。そろそろ出てきたら? あたしと勝負するんじゃなかったの? 」 彼は、またクックッと笑った。 「まあまあ、そうお急ぎにならずとも。とりあえず、『彼等』の餌になって頂いてからにしましょう。お預けを喰らってしまって、『彼等』も引っ込みがつかなくなってしまったようなんでね」 途端に、魔道士の姿は消え、その足元でパクパクしていた黒いモンスターたちの影は、徐々に本体を表し、そのまま口をパクパクさせながら、天からゆっくりとなだれ込んできたのだった! その口の中には、無数の牙が詰まっていた! 「うわ〜ん! 早く出してー! 」 ミュミュが泣き叫ぶが、剣で斬りつけても、籠は壊れない! 中にいるミュミュの身を考えると、ケインも思い切り斬りつけることは出来なかった。 「無駄ですよ。その籠は、そんなことでは壊せません。籠の中にいる間は、ニンフの特殊能力は使えませんよ。空間移動や回復の技などを使われては厄介ですからねえ」 グスタフの声だけが、どこかから聞こえてきていた。 「しかたないわ。クレア、ミュミュをお願い! 」 マリスが、天を見据えたままで言う。 クレアは、ミュミュの籠を自分の足元に置くと、両手を合わせて精神を集中させる。 ケインは、マスター・ソードを構え、マリスを後ろへ庇った。 「大丈夫よ。あたしも戦うわ」 マリスが、ずいっと横に出る。 「何言ってるんだ! あんな大量のモンスターたち相手に、素手で向かおうってのか? むちゃ言うなよ! 」 マリスは、ケインの方に顔を向け、にこっと笑った。 「あら、剣ならあるわ。ここにね! 」 そう言うと、マリスは、いきなり自分のドレスをふわっと捲(まく)り上げた! 「えっ!! な、何する……!? 」 露(あらわ)になったマリスの太腿に、思わずケインの目は釘付けになっていた。 そこには、細い革のバンドで括(くく)りつけられた彼女のロング・ブレードが存在していたのだった! ずびっ! ずばっ! ずしゃあっ! どばっ! 彼女は、とうにモンスターたちに応戦していた。 かっ捌かれた黒い肉片が、飛び散る。 驚いたせいで一足遅れながらも、ケインも魔物たちを捌きにかかった!
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