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作品名:Dragon Sword Saga 作者:かがみ透

第14回   第1巻 X 話『アストーレ城の陰謀1』〜2〜
「何ということだ……! 」
 アストーレ王アトレキアが、強張(こわば)った顔で、思わず呟いた。
 王女のお茶会が開かれていたプチ・サロンとは一変して空気の違う軍の作戦会議室に、朝食会の時のお偉い方が集結していた。
 昨日の誘拐未遂で監禁していた男たちが、尋問はこれからという時に、二人とも脱走しているというのだった。
「結局、昨日の事件は、何者の仕業かわからず仕舞いですな」
 そんな声も、ちらほら上がる。
「これは、内通者がいるに違いませんな。牢の場所を知り、脱走の手引きをするなど、外国の方々に、出来るわけはありませんからな」
 公爵の一人が、ちらっと参謀を見る。
「そう言えば、おぬしは朝食会の時、遅れていらしたな」
 もう一人の公爵も、不審な目付きで、じろじろと参謀を見た。
「どういう意味でしょうか? 」
 参謀ダミアスは、無表情で問い返す。
「つまり、あの時、どこかに寄っていたから、朝食会に遅れたのではないか、ということですよ。参謀殿のいうことならば、牢番も聞くかも存じませんからなぁ」
「それに、魔道士ならば、どこでも自在に現れることが出来ますものなぁ。今回の王女殿下誘拐事件は、実は、貴公も一枚かんでいる……などということでなければ、いいのですが」
 二人の公爵は、したり顔で参謀を見ている。一方、参謀の方は、相変わらず、表情はないままだ。
「そなたたち、何を言っとる。ダミアスが、そのようなことをするわけがなかろう! 
 余は、内部のものの仕業などとは、思っておらん! といって、訪問中の外国の方を疑うのは微妙なところ。
 ……ダルシウム候、この件は、そなたに任せる。親衛隊の中から人員を選りすぐり、即刻事件解明に当たってくれ。諸外国の方に気付かれぬよう、くれぐれも、内密にだぞ。彼らは客人だ。不愉快な思いは、させてはならん」
「仰せつかりました」
 将軍は深々と頭を下げた。

 事件解明を命じられたメンバーの中には、ケインとカイルも入っていた。
 親衛隊の上官たちでは、接見の時に室内の警備を担当していたり、顔が知られたりしているため、それ以外の手の空いている者で、比較的動き易い者たちが選ばれたのだった。
 総動員数は十人。
 滞在している一カ国につき、二人の計算になっている。
 ケインの担当は、近隣の一つ、ガストー公国だった。
 カイルは、南海の貿易国ライミアで、朝食に出たゴールド・グルクンツナの産地である。
 まずは、さりげなく見張り、調書を取り、報告するというもの。
 ケインは、さっそく、ガストーの王子と特使のいる室に向かった。

「……僕には無理だって、爺や」
「そんな弱腰でどういたしますか」
「だってさ、他の国、見ただろ? マスカーナ、デロス、クリミアムに、貿易国のライミアまで来ちゃってるんだよ? うちの国が、一番小さいじゃないか。
 ライミアなんか、珍しい国魚なんかをお土産に差し出しちゃうしさ。南方の貿易国と手を結んだ方が、こちらさんだってお得だと思ってるんじゃないの? 」
「ですが、私のお見受けした限りでは、公子様ほどのお美しい方は、いらっしゃらなかったように存じます。何も取り柄の無い国であるからこそ、公子様のその魅力で、王女殿下に見初めて頂くのです。
 昨夜のダンスで、一番にお声をかけて踊られたのは、タリス様、あなた様なのですから、きっと、姫様の印象もお強かったに違いありません。
 接見の時に、それとなく、この爺が、王にお尋ねしてみます故に……」
「ふーん……。でも、あの子に色仕掛けなんて、通用するのかなぁ。な〜んか、幼そうだったけれど」
「これ、坊(ボン)! お口を慎みなされ! 」
「だって、僕は、従姉妹のタリアと将来を誓ってるんだよ? それなのに、お父様は、アストーレと仲良くしたいからって……! 」
 そこで、特使が、ノックの音に気付き、扉を開くと、小姓の格好をしたケインが、酒の入った壺を持って来たところであった。
 彼は、公子とその側近の老人の杯に、王族の飲むカシス酒を注いだ。
 なるほど、ガストー公国公子タリスは、セミロングの金髪に、青い瞳の、端正な顔立ちで、なかなかの美声年であることがわかる。
 そして、爺やと呼ばれていた参謀のこの白髪頭の老人が、お守役であるのだろう。
 他にも、お付きの者が数人いたが、特に変わったところもなく、魔道士らしき人物も見受けられなかった。
 全員分の酒を注ぎ終わると、彼は部屋から出て行った。

 隊員達のもち寄った情報によると、魔道士を連れて訪問してきた国は、マスカーナ王国と、デロス王国のみだった。
 ケインとカイルは、もう片方の見張りと交代して、自由時間となった。
 カッコいい仕事だと張り切っていたケインには、少々物足りなく、残念だったのだが。

 町の酒場には、ヴァルドリューズとクレアが、既に来ていた。そこへ、ケイン、カイルが加わる。
「貿易国ライミアの特使は、結構やり手っぽかったぞ。ここのところ、国交を盛んにしてきてるみたいだし、今回集まった中では、一番遠方だ。あんなところからの訪問の知らせは、アストーレにとっても、願ったりってところだったんじゃねーのかなぁ」
 言いながら、カイルが、木の実酒を、ぐいっと呷(あお)った。
「お互いに、国交を望んでいるのであれば、アストーレの姫を娶(めと)ったり、小細工なんかしなくても、アストーレとの友好関係は持てるよな。……てことは、ライミアは、今回の騒ぎには関係なさそうだな」
 ケインは、木の実酒を、木の器に注いだ。
「ケインの方のガストーは、どうだった? 」
「ああ、あそこも関係なさそうだったよ。アストーレとお近付きになりたくても、大して特徴のない国みたいだし、公子の腕だけが頼りらしいが、その公子も気が乗らないみたいだった。周りが、煽(あお)ってるだけみたいだったな」
 ケインは、隣に座っているヴァルドリューズに向いた。
「魔道士が同行している国は、マスカーナとデロスの二国だそうだ。どのくらいの能力を持つ奴等なのかは、まだわからないけどな」
 ヴァルドリューズは、木の実酒の入った器をじっと見ていた。
「マスカーナもデロスも、魔道がそれほど盛んというわけではないみたい。魔道士は、代々参謀になっているけど、まじないや占いが少々出来るという程度のもので、どちらかというと、豊富な知識が売りの、学者のような役割らしいわ」
 クレアが代わりに答えていた。
 彼女は、ケインたちが城で警備に当たっている間に、調べものをしたり、合間を縫ってヴァルドリューズに魔法を習ったりしているのだった。
「……そう言えば、またミュミュがいないな」ケインが、きょろきょろ辺りを見回した。
「先ほどから、姿が見えない」ヴァルドリューズが、表情のない声で言った。
「どーせ、どっかで遊んでるんだろーな。あ〜あ、マリスもどこに行っちゃったのかわかんないし、俺たち、いつまでこんなことしてりゃあ、いいんだかなー」
 カイルが伸びをした。
「あ、そーだ、ケイン。お前、俺の剣、ちゃんと探しといてくれよ。忘れてないだろーな? 」
「なんだよ、今は、それどころじゃないだろ? 事件が片付いたら探してやるよ」
「なんだ、その面倒臭そうな態度は!? あれはなあ、俺にとって大事な剣なんだぞ、わかってるのか!? 」
 カイルが絡み出した。
「わかってるって」
「いーや! お前は何もわかっちゃいない! あの剣が、どれほど大事なものか」
 カイルは、木の実酒を追加で頼むと、再び呷った。
「俺が、まだ幼かった頃、町の骨董品屋のばあちゃんが、俺に見せてくれたのが最初だった。
売り物じゃなくて、ばあちゃんが旅の人から譲り受けたんだそうだ。
 鞘や柄に、綺麗な宝飾品が鏤(ちりば)めてあったろ? ばあちゃんが言うには、一流の細工師の手が施されているんだそうだ。それだけで、一級の値打ちのあるものだったが、旅の人は、さらにその剣の価値を上げるようなことを付け加えた、『この剣は、持ち主を災いから守ってくれるのだ』と……」
 静かに聞き入っている皆を、カイルは満足そうに見渡すと、話を続けた。

「旅人の話だと、自分は、ある国の末裔の者だということだった。ある時、大量のモンスターが一斉に城に襲いかかり、死闘の末に、その国は滅びてしまったのだそうだ。
 気が付くと、まだ幼かった彼だけが、なぜかひとり生き残った。
 そして、手には、知らず知らずのうちに、その剣が握られていて、彼の周りには、モンスター達の残骸が転がっていた、と。
 彼には、まったく身に覚えがなく、恐ろしくなって、その場から逃げ出した。
 だが、剣は、しばらく彼の手からは、離れなかったんだそうだ」
 カイルは、木の実酒を啜った。
「ヴァルス帝国――」
 ヴァルドリューズが、重々しく口を開いた。皆、一斉に彼に注目する。
「突然のモンスターの襲撃に、三日にして滅ぼされてしまったというヴァルス帝国。
 その数年後、魔物ハンターと呼ばれるひとりの剣士が、各国を巡り、魔物に悩まされていた国々を救って歩いた、という言い伝えを、以前、耳にしたことがある」
 カイルが、ヴァルドリューズを見て、にやっと笑った。
「さすが、よく知ってるじゃねーか。その旅人は、まさに、ヴァルス帝国第四王子、フィリウスだったのさ」
「ふーん、じゃあ、あれは、王家に伝わる剣だったのか」と、ケイン。
「そうでもないらしいんだが……。なんでも、時の王様が、珍しもの好きで、どこかの貿易商が持ってきたのを気に入っちまって、王室にずっと飾っておいたんだってさ。
 まさか魔法剣だとは、まったく知らずに」
「それで、その王子様は、そんな大切な剣を、どうして人に譲ってしまったの? その剣で、モンスターを退治してまわっていたんでしょう? 」
 クレア尋ねる。
「病で行き倒れになっていたところを、偶然、骨董品屋のばあちゃんが助けたんだと。
 その頃には、もう大分年も取ってたみたいだし、無敵の剣士も、老いには勝てなかったんだろう。親切にしてくれたばあちゃんに、お礼にくれたんだってさ」
「そうか! そして、今度は、そのおばあさんが魔物ハンターとなって活躍したんだな!? 」
「んなワケあるか! 」
 ケインの、お茶目なつもりのボケに、カイルは即座に突っ込んだ。
「魔物ハンターとなって、いくつもの国を救ったフィリウス王子や、親切な骨董品屋のおばあさん……それに続いたのが、よりによって、あなたのようなチャランポランな人だったなんて、……フィリウス王子も、さぞ、報われない思いでいることでしょうね」
 クレアが美しい顔でずけずけと言い、遠くを見詰めて、祈りの言葉を呟いた。
 ケインも、側で大きく頷く。
「だーっ! なんだよ、二人してグルになりやがって! お前ら、デキてんじゃねーの!? 」
 カイルが喚いた。
「なんて下品な……! あなたって、すぐにそういう方に結びつけるんだから。まったく、信じられないわ!」
 クレアが、また怒り出す。
「……って、俺が、あの剣に執着するのは、何もそれだけじゃないんだ」
 急に、カイルは真顔になり、静かに話し出した。
「知っての通り、あの魔法剣の霊気は人体には無効だ。人相手の戦場では、普通の剣として戦ってきたが、当然戦況が不利だったこともあった。
 そんな時だ。
 そいつを抱えて眠り込んでいると、胸騒ぎがして、ふと目が覚めた。
 なんだか、よくないことが起きるような、妙に落ち着かない気持ちになって、俺は、軍のテントを抜け出した。
 森の中には、モンスターが潜んでいることは承知だったが、なぜだか、そこが安全な場所だという気がして、入っていったんだ。
 しばらくすると、いきなり、ひゅんひゅん音がし、振り向くと、俺が今までいた陣地に敵軍の火矢が降り注ぐのが見えた。
 次々と、テントが燃え上がり、逃げ惑う兵士たちの悲鳴が、俺の隠れている所にまで届いてきた。
 敵の奇襲攻撃を受けて、俺のいた軍は、ほぼ全滅だったらしい。
 こんなことは、一度や二度じゃなかった。
 もともと悪運の強いところはあったが、危険を察知して逃げるような、俺にそんな特殊能力があるとは思えない。なにしろ、俺の魔法能力はゼロに等しいからな。
 そういうことが何度か続くうちに、フィリウス王子の言葉、『災いから守ってくれる剣』ということを思い出し、日増しに実感していくようになったのさ」
 彼は、木の実酒がなくなると、今度は、ミシアの実をかじり始めた。
「――そんなわけで、あの剣は、俺のお守り代わりみたいなモンだったんだよ。
 だから、ケイン、絶対、取り戻してくれよな」
「あ、そうつながるわけね」
 ケインは、苦笑いをした。
「そうだ、ヴァル、あの剣持ってったの、どうも魔道士らしいんだ。空間を渡る術、あんたも使えんだろ? 
なあ、ケインだけじゃ頼りないから、強力してくれよ」
 カイルがヴァルドリューズを、希望に満ちた目で見る。
「……悪いが、その件に関しては、協力出来兼ねる」
 ヴァルドリューズは、感情のない声で答えた。それには、一同、意外であった。
「ええっ!? な、なんでだよ! 」
 カイルが、血相を抱えて、ヴァルドリューズの顔を覗き込む。
「魔道士同士は、戦ってはならぬと、魔道士協定で決められている」
 カイルは、髪を掻き毟(むし)った。
「お前さあ、型破りな魔道士なんじゃなかったのかよ? 『サンダガー』呼び出すなんて禁呪使ってるくらいなんだから、このくらい、いいじゃないか! 」
「心配せずとも、あの剣は、必ずお前のもとへ、戻ってくるだろう」
「なんだよ、気休め言いやがって! 」
 カイルが突っかかっていっても、それ以上、ヴァルドリューズは喋らなかった。
「まあ、なによ! 自分の剣じゃないの。人を当てになんかしないで、自分でお探しなさいよ! 」
 クレアが目の端をつり上げて、カイルに抗議した。
「けっ、まったく、友達甲斐のないやつらだぜ。……ケイン、お前はちゃんと協力しろよ。絶対だからな! 」
 ケインは頷く前に、いつものように呆れたのだった。

 正規軍の宿舎に戻り、時間のあったケインは、庭で素振りの練習をしていた。
 カイルはというと……、ベッドメイキングに来たメイドの女の子をからかっていて、既に調子の良さは取り戻しているようである。
 すると、親衛隊の一人が呼びに来て、またしても彼らはさきほどの会議室へと連れて行かれたのだった。
「どういうことだね、ダルシウム! 姫の衣装室にこのようなものがあったとは……! 
 早く事件を解決致せ! 」
 アトレキア王は、イライラした口調であった。ダルシウム将軍は、頭を下げたままだ。
 こともあろうに、王女の衣装室に、王女誘拐を仄めかす脅迫状があったのが、後から駆けつけたケイン達にもわかった。
「姫もすっかり怯えてしまっておる。そなた、特使の見張りにだけ気を取られるのではなく、姫の護衛をいつもの倍に増やすのじゃぞ! 」
 王が、つかつかと、室内を落ち着きなく歩き回っている。普段は、温厚な人柄ではあるが、娘のこととなると、冷静でいられなくなる面もあるらしい。
「し、しかし、おそれながら、衣装室や浴室などまでは……、ご存知の通り、隊には男の者しかおりませんので……」
 将軍は、王の顔色を伺いながら、おそるおそる切り出した。
「では、女官の人数も増やせ! ええい、腕の立つ女官は、いないのか!? 」
「そ、そのような女官などは、聞いたことが……」
 カッカしている王に、八つ当たりのように、管轄外のことまで押し付けられ、将軍は、すっかり困り果てていた。
「……おや、これは……! インカの香の匂いが、微かにいたしますな」
 それまで、脅迫状を眺めていた公爵が、そう言って、将軍に渡す。
 ダルシウム将軍も、匂いを嗅ぐ。
「……確かに、何かの香のような香りが……」
「インカの香とは、魔道士が瞑想する時などに使う、お香ではなかったですかな? 」
「おお、そうでしたな。なんでも、精神の集中を手助けし、修行の効率を図るのだと、聞いたことがありますぞ。……そういえば、参謀殿のお姿が、またお見えでありませんな」
 公爵の二人は、寄り集まって、口々に、そうだそうだと言い合っていた。
「そちたち、まだダミアスを疑うというのか!? 」
 王は、一層目をつり上げた。
「陛下、ダミアス殿のお部屋を訪問してみれば、おわかりになることですよ」
 公爵のひとりが、さっさと室を出て行き、手招きする。
 ぞろぞろと人々が移動するその後に、ケイン達も続いていった。

 参謀の書斎に着くと、公爵が扉をノックする。
「ダミアス殿、おいでか? 」
 しばらくして、ドアが開き、魔道士の顔が覗いた。
「失礼いたすぞ」
 公爵が部屋にずかずか踏み込んでいく。
「……何用ですか? 」
 顔色を変えずに、魔道士が問うが。
 公爵は、部屋の週王にしばらく立つと、にやりと笑った。
「さっきの脅迫状と、同じ匂いがする……! やはり、貴公が犯人だったのだな、ダミアス殿! 」
 会議室にいた全員が書斎に入ると、間違いなく脅迫状と同じ香の香りが、室内に漂っていた。
「犯人とは、穏やかな話ではありませんね。それに、脅迫状とは、一体何のことです? 」
 ダミアスは、少しも同様などはしていなかった。
「……とぼけおって……! 」
 公爵が、吐き捨てるように言った。
「ダルシウム候、こやつを即刻、事件の重要参考人として、しょっ引いて行かんか! 」
「いや、しかし、これだけでは、逮捕までは……」
「まだそんなことを言っておるのか!? インカの香など、魔道士しか使わぬもの。我が国では、こやつしかおらぬ。外国の者には、城の中を行き来など出来ぬのだぞ? これだけ条件が揃っておれば、もうこやつが犯人だと決定的ではないか! 」
「いや、しかしながら……」
 そのように、公爵とダルシウムが口論していた中――
「あーっ! 俺の剣!! 」
 その声にびっくりしたケインは、隣を見た。カイルが、部屋の隅を指差し、叫んだのだ。
 一同が一斉に注目する中、カイルは進んでいくと、部屋の隅に立て掛けられている、宝飾品の鏤(ちりば)められた剣を取り上げた。
「一体、どうしたというのだ? 」
 ダルシウム候が、カイルに尋ねる。
「これは、昨日盗られた俺の剣です。……間違いない! ……剣を持っていったのは、五人の男たちだったが、奴等は、剣ごと空間に消えやがったんだ……! 」
 ケインとダミアス以外の連中は、ざわめいていた。
「それは、まことか? 」
「はい! 」
「空間に消えるなどとは、並の人間に出来ることではない。お主のような一流魔道士ならば、出来ないこともないだろうがな」
 公爵が、ダミアスを挑戦的に見た。ダミアスの静かな瞳が、一瞬鋭く光ったように、ケインには思えた。
「おい、この剣を、どうやって手に入れた? 」
 カイルが、いかにも疑わしい目で、参謀に問いただす。
「私は知らない。……いつからか、そこに立て掛けてあったのだ」
「……てめえ、まだシラを切るつもりかっ! 」
 カイルがダミアスに掴み掛かる前に、ケインが飛び出し、押さえ込んだ。
「やめろ、カイル! 落ち着けって! 」
「放せよ、ケイン! これで、もうハッキリしたじゃないか! こいつが、俺の剣を持ってった張本人なんだよ! こいつ、きっと、俺の魔法剣を使って、良くないことを考えていたに違いねぇ! 」
 頭に血が上って暴れているカイルを、ケインが押さえ付けているのと、ダミアスとを、一同は、困惑しながら、ただ見つめていた。
「……わしには、何が何だかわからん。……ダルシウム、そなたに、この場を任せる」
 王は、ふらふらと、参謀の書斎を出て行った。
「……ダミアス殿、とりあえず、ご同行願いたい」
 複雑な表情のダルシウム候が、ダミアスの腕を取ると、彼は素直に従った。

「良かったー! 俺の剣が戻ってきて。ああ、どこにも傷はついてないみたいだし、本当に良かったー! 」
 正規軍の宿舎では、カイルが、剣を眺めては、鞘に頬擦(ほおず)りしていたが、ベッドに腰掛けて腕を組み、
考え込んでいるようなケインに、気が付いた。
「なんだよ、浮かない顔して。俺の剣が戻ってきたってのに、お前、嬉しくないのか? 」
 カイルが、部屋に着いてから黙りこくっているケインの顔を、じっと覗き込む。
「……」
「……なあ、どうかしたのか? 」
 ケインには、あることがずっと引っかかっていたのだった。
「カイル、お前、本当に、お前の剣を、あの参謀が盗ったと思うか? 」
「当ったり前じゃん! お前も見ただろ? 現に、俺の剣は、ヤツの部屋にあったんだぜ? それが立派な証拠じゃないか」
「じゃあ、姫の控え室に脅迫状を置いたのは? 」
「それもやっぱり、あいつなんじゃないの? あの五人の男どもを使って、武器を集めさせたのか、魔法剣とわかって横取りしたのかは知らないけど、手に入れた魔法剣が、人間には効かないことがわかって、そのうち改造しようと思ってたか、或は、見た目も綺麗だし、部屋の飾りにでもしてたってところなんじゃねーの? 
 つまり、あいつは、姫様を人質にして、王を降伏させ、城を乗っ取ろうとしてたんだよ」
 カイルは、解り切ったことを聞くな、とでも言いたげな顔であった。
「……そうかなぁ。空間移動が出来るくらいの一流魔道士が、わざわざそんな小細工までして、国を乗っ取ろうなんてするのかなぁ。
 そんなヤツなら、武器や魔法剣の力を借りなくたって、ひとりで充分なんじゃないか? 
 脅迫状にしても、香の香りが付いたまんまにしておくなんて、……参謀にまでなったヤツの犯すミスだとは、俺には思えないんだ」
 ケインの話を聞きながら、カイルは、ベッドに、ごろんと横になった。
「……だったらさあ、あれか? この国は、魔道士が珍しかったみたいだから、ちょっと魔道をカジったことのあるダミアスが、すごい魔道士に見えてしまった。
 間抜けな、人のいい王様は、そいつを参謀にして、もう怖いもの知らずの気でいた……とか? 」
「間抜けって……ったく、失礼なことを」ケインは、苦笑いした。
「それだったら、空間を移動して、お前の剣を盗っていったのは、違うヤツってことになるぞ」
 カイルは首を捻った。
「じゃあ、あれかな? ……あの公爵たちが、日頃からよく思っていなかった参謀を、ハメようとしているとか? 
 あいつら、この国の人間にしては、やたら魔道士のやることに詳しかったからな。どっかで、闇の魔道士でも見付けて、ダミアスに濡れ衣着せたとか? 
 今回の事件は、アストーレのお家騒動だった……ってのはどうだ? 」
 カイルは得意気であったが、ケインは、まだ腑に落ちない顔であった。
「う〜ん、それだったら、何も、姫様の誕生日に合わせることないんじゃないかな。普通の日でもいいんだし。しかも、昨日の今日だろ? 」
 カイルが、眉をへの字にした。
「だから、ヤミ魔道士がいい日を占ったら、偶然、姫の誕生日だったんじゃねーの? 外国人たちがたくさん訪れるから、目眩ましにもなるしさ。失敗したら、全責任を、参謀であるあい
つに押しつけ、娘を思う王の親心を利用し、参謀(あいつ)をクビに追い込もうと企んだ……」
「……それって、結構、ムリがないか? 」
「じゃあ、ケインはどう思ってるのさ? 俺は、今言ったことくらいしか思い付かないぞ」
 カイルは、パタンと、ベッドにフテ寝した。
「まだ、わからない……」
 カイルは、への字眉のまま、口をひん曲げた。
「ああ!? わかんねーだあ? なんだよ、人の言うことに散々ケチつけておいて! 」
「とりあえず、クレアに会いに行ってくる」
 すっくと立ち上がったケインを、カイルは、あんぐりと口を開けて見上げた。
「会いにって……今からか? 」
「ああ」
 カイルが起き上がって、まじまじとケインの顔を覗き込む。
「……夜這いか!? 」
「違うよ!! 誰が、そんなことするかっ!! 」
 カイルが、にんまりと笑った。
「そうかー、そうだよなー、お姫様よりは、身分的にはクレアの方が近いから、まだ可能性あるかも知れないもんなー。よーし、ガンバレよー! 」
 にやにやしながら、カイルがケインの背を、ばんばん叩いた。
「バカ! 俺は、ただ……ちょっと気になることがあったから、クレアに確かめに行くだけだよ! 」
「そーか、そーか、クレアの気持ちを確かめに……。だけど、彼女は、俺に気があるかも知れないぞ? 悪いなー、ケイン」
「……あのな、どこをどーしたら、クレアがお前に気があるってんだ? いつも『最低! 』って怒ってんのに」
「バカだなあ、お前、ホント女心がわかってねーなぁ。いやよ、いやよも好きのうちって言うじゃないか。俺の今までの経験から言うと、あれは絶対、俺に惚れてるね。それか、惚れるね」
 自信たっぷりのカイルに呆れてから、ケインは宿舎を出て行った。

 外国特使たちの滞在期間は、約五日間。既に、二日が過ぎようとしていた。
 この三日中に、なんとかしなければならない。
 真相は、実は、カイルが上げた通り、参謀か公爵が黒幕なのかも知れないとは、ケインも思った。
 だが、彼には、どうしても、引っかかっていることがあったのだ。

 ひとつは、王女誘拐を仄めかす脅迫状。
 そして、もうひとつは、空間の割れ目から覗いた『人の手』――。

 ケインは、クレアの泊まっている宿へと、次第に足を速めていった。


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