「何ということだ……! 」 アストーレ王アトレキアが、強張(こわば)った顔で、思わず呟いた。 王女のお茶会が開かれていたプチ・サロンとは一変して空気の違う軍の作戦会議室に、朝食会の時のお偉い方が集結していた。 昨日の誘拐未遂で監禁していた男たちが、尋問はこれからという時に、二人とも脱走しているというのだった。 「結局、昨日の事件は、何者の仕業かわからず仕舞いですな」 そんな声も、ちらほら上がる。 「これは、内通者がいるに違いませんな。牢の場所を知り、脱走の手引きをするなど、外国の方々に、出来るわけはありませんからな」 公爵の一人が、ちらっと参謀を見る。 「そう言えば、おぬしは朝食会の時、遅れていらしたな」 もう一人の公爵も、不審な目付きで、じろじろと参謀を見た。 「どういう意味でしょうか? 」 参謀ダミアスは、無表情で問い返す。 「つまり、あの時、どこかに寄っていたから、朝食会に遅れたのではないか、ということですよ。参謀殿のいうことならば、牢番も聞くかも存じませんからなぁ」 「それに、魔道士ならば、どこでも自在に現れることが出来ますものなぁ。今回の王女殿下誘拐事件は、実は、貴公も一枚かんでいる……などということでなければ、いいのですが」 二人の公爵は、したり顔で参謀を見ている。一方、参謀の方は、相変わらず、表情はないままだ。 「そなたたち、何を言っとる。ダミアスが、そのようなことをするわけがなかろう! 余は、内部のものの仕業などとは、思っておらん! といって、訪問中の外国の方を疑うのは微妙なところ。 ……ダルシウム候、この件は、そなたに任せる。親衛隊の中から人員を選りすぐり、即刻事件解明に当たってくれ。諸外国の方に気付かれぬよう、くれぐれも、内密にだぞ。彼らは客人だ。不愉快な思いは、させてはならん」 「仰せつかりました」 将軍は深々と頭を下げた。
事件解明を命じられたメンバーの中には、ケインとカイルも入っていた。 親衛隊の上官たちでは、接見の時に室内の警備を担当していたり、顔が知られたりしているため、それ以外の手の空いている者で、比較的動き易い者たちが選ばれたのだった。 総動員数は十人。 滞在している一カ国につき、二人の計算になっている。 ケインの担当は、近隣の一つ、ガストー公国だった。 カイルは、南海の貿易国ライミアで、朝食に出たゴールド・グルクンツナの産地である。 まずは、さりげなく見張り、調書を取り、報告するというもの。 ケインは、さっそく、ガストーの王子と特使のいる室に向かった。
「……僕には無理だって、爺や」 「そんな弱腰でどういたしますか」 「だってさ、他の国、見ただろ? マスカーナ、デロス、クリミアムに、貿易国のライミアまで来ちゃってるんだよ? うちの国が、一番小さいじゃないか。 ライミアなんか、珍しい国魚なんかをお土産に差し出しちゃうしさ。南方の貿易国と手を結んだ方が、こちらさんだってお得だと思ってるんじゃないの? 」 「ですが、私のお見受けした限りでは、公子様ほどのお美しい方は、いらっしゃらなかったように存じます。何も取り柄の無い国であるからこそ、公子様のその魅力で、王女殿下に見初めて頂くのです。 昨夜のダンスで、一番にお声をかけて踊られたのは、タリス様、あなた様なのですから、きっと、姫様の印象もお強かったに違いありません。 接見の時に、それとなく、この爺が、王にお尋ねしてみます故に……」 「ふーん……。でも、あの子に色仕掛けなんて、通用するのかなぁ。な〜んか、幼そうだったけれど」 「これ、坊(ボン)! お口を慎みなされ! 」 「だって、僕は、従姉妹のタリアと将来を誓ってるんだよ? それなのに、お父様は、アストーレと仲良くしたいからって……! 」 そこで、特使が、ノックの音に気付き、扉を開くと、小姓の格好をしたケインが、酒の入った壺を持って来たところであった。 彼は、公子とその側近の老人の杯に、王族の飲むカシス酒を注いだ。 なるほど、ガストー公国公子タリスは、セミロングの金髪に、青い瞳の、端正な顔立ちで、なかなかの美声年であることがわかる。 そして、爺やと呼ばれていた参謀のこの白髪頭の老人が、お守役であるのだろう。 他にも、お付きの者が数人いたが、特に変わったところもなく、魔道士らしき人物も見受けられなかった。 全員分の酒を注ぎ終わると、彼は部屋から出て行った。
隊員達のもち寄った情報によると、魔道士を連れて訪問してきた国は、マスカーナ王国と、デロス王国のみだった。 ケインとカイルは、もう片方の見張りと交代して、自由時間となった。 カッコいい仕事だと張り切っていたケインには、少々物足りなく、残念だったのだが。
町の酒場には、ヴァルドリューズとクレアが、既に来ていた。そこへ、ケイン、カイルが加わる。 「貿易国ライミアの特使は、結構やり手っぽかったぞ。ここのところ、国交を盛んにしてきてるみたいだし、今回集まった中では、一番遠方だ。あんなところからの訪問の知らせは、アストーレにとっても、願ったりってところだったんじゃねーのかなぁ」 言いながら、カイルが、木の実酒を、ぐいっと呷(あお)った。 「お互いに、国交を望んでいるのであれば、アストーレの姫を娶(めと)ったり、小細工なんかしなくても、アストーレとの友好関係は持てるよな。……てことは、ライミアは、今回の騒ぎには関係なさそうだな」 ケインは、木の実酒を、木の器に注いだ。 「ケインの方のガストーは、どうだった? 」 「ああ、あそこも関係なさそうだったよ。アストーレとお近付きになりたくても、大して特徴のない国みたいだし、公子の腕だけが頼りらしいが、その公子も気が乗らないみたいだった。周りが、煽(あお)ってるだけみたいだったな」 ケインは、隣に座っているヴァルドリューズに向いた。 「魔道士が同行している国は、マスカーナとデロスの二国だそうだ。どのくらいの能力を持つ奴等なのかは、まだわからないけどな」 ヴァルドリューズは、木の実酒の入った器をじっと見ていた。 「マスカーナもデロスも、魔道がそれほど盛んというわけではないみたい。魔道士は、代々参謀になっているけど、まじないや占いが少々出来るという程度のもので、どちらかというと、豊富な知識が売りの、学者のような役割らしいわ」 クレアが代わりに答えていた。 彼女は、ケインたちが城で警備に当たっている間に、調べものをしたり、合間を縫ってヴァルドリューズに魔法を習ったりしているのだった。 「……そう言えば、またミュミュがいないな」ケインが、きょろきょろ辺りを見回した。 「先ほどから、姿が見えない」ヴァルドリューズが、表情のない声で言った。 「どーせ、どっかで遊んでるんだろーな。あ〜あ、マリスもどこに行っちゃったのかわかんないし、俺たち、いつまでこんなことしてりゃあ、いいんだかなー」 カイルが伸びをした。 「あ、そーだ、ケイン。お前、俺の剣、ちゃんと探しといてくれよ。忘れてないだろーな? 」 「なんだよ、今は、それどころじゃないだろ? 事件が片付いたら探してやるよ」 「なんだ、その面倒臭そうな態度は!? あれはなあ、俺にとって大事な剣なんだぞ、わかってるのか!? 」 カイルが絡み出した。 「わかってるって」 「いーや! お前は何もわかっちゃいない! あの剣が、どれほど大事なものか」 カイルは、木の実酒を追加で頼むと、再び呷った。 「俺が、まだ幼かった頃、町の骨董品屋のばあちゃんが、俺に見せてくれたのが最初だった。 売り物じゃなくて、ばあちゃんが旅の人から譲り受けたんだそうだ。 鞘や柄に、綺麗な宝飾品が鏤(ちりば)めてあったろ? ばあちゃんが言うには、一流の細工師の手が施されているんだそうだ。それだけで、一級の値打ちのあるものだったが、旅の人は、さらにその剣の価値を上げるようなことを付け加えた、『この剣は、持ち主を災いから守ってくれるのだ』と……」 静かに聞き入っている皆を、カイルは満足そうに見渡すと、話を続けた。
「旅人の話だと、自分は、ある国の末裔の者だということだった。ある時、大量のモンスターが一斉に城に襲いかかり、死闘の末に、その国は滅びてしまったのだそうだ。 気が付くと、まだ幼かった彼だけが、なぜかひとり生き残った。 そして、手には、知らず知らずのうちに、その剣が握られていて、彼の周りには、モンスター達の残骸が転がっていた、と。 彼には、まったく身に覚えがなく、恐ろしくなって、その場から逃げ出した。 だが、剣は、しばらく彼の手からは、離れなかったんだそうだ」 カイルは、木の実酒を啜った。 「ヴァルス帝国――」 ヴァルドリューズが、重々しく口を開いた。皆、一斉に彼に注目する。 「突然のモンスターの襲撃に、三日にして滅ぼされてしまったというヴァルス帝国。 その数年後、魔物ハンターと呼ばれるひとりの剣士が、各国を巡り、魔物に悩まされていた国々を救って歩いた、という言い伝えを、以前、耳にしたことがある」 カイルが、ヴァルドリューズを見て、にやっと笑った。 「さすが、よく知ってるじゃねーか。その旅人は、まさに、ヴァルス帝国第四王子、フィリウスだったのさ」 「ふーん、じゃあ、あれは、王家に伝わる剣だったのか」と、ケイン。 「そうでもないらしいんだが……。なんでも、時の王様が、珍しもの好きで、どこかの貿易商が持ってきたのを気に入っちまって、王室にずっと飾っておいたんだってさ。 まさか魔法剣だとは、まったく知らずに」 「それで、その王子様は、そんな大切な剣を、どうして人に譲ってしまったの? その剣で、モンスターを退治してまわっていたんでしょう? 」 クレア尋ねる。 「病で行き倒れになっていたところを、偶然、骨董品屋のばあちゃんが助けたんだと。 その頃には、もう大分年も取ってたみたいだし、無敵の剣士も、老いには勝てなかったんだろう。親切にしてくれたばあちゃんに、お礼にくれたんだってさ」 「そうか! そして、今度は、そのおばあさんが魔物ハンターとなって活躍したんだな!? 」 「んなワケあるか! 」 ケインの、お茶目なつもりのボケに、カイルは即座に突っ込んだ。 「魔物ハンターとなって、いくつもの国を救ったフィリウス王子や、親切な骨董品屋のおばあさん……それに続いたのが、よりによって、あなたのようなチャランポランな人だったなんて、……フィリウス王子も、さぞ、報われない思いでいることでしょうね」 クレアが美しい顔でずけずけと言い、遠くを見詰めて、祈りの言葉を呟いた。 ケインも、側で大きく頷く。 「だーっ! なんだよ、二人してグルになりやがって! お前ら、デキてんじゃねーの!? 」 カイルが喚いた。 「なんて下品な……! あなたって、すぐにそういう方に結びつけるんだから。まったく、信じられないわ!」 クレアが、また怒り出す。 「……って、俺が、あの剣に執着するのは、何もそれだけじゃないんだ」 急に、カイルは真顔になり、静かに話し出した。 「知っての通り、あの魔法剣の霊気は人体には無効だ。人相手の戦場では、普通の剣として戦ってきたが、当然戦況が不利だったこともあった。 そんな時だ。 そいつを抱えて眠り込んでいると、胸騒ぎがして、ふと目が覚めた。 なんだか、よくないことが起きるような、妙に落ち着かない気持ちになって、俺は、軍のテントを抜け出した。 森の中には、モンスターが潜んでいることは承知だったが、なぜだか、そこが安全な場所だという気がして、入っていったんだ。 しばらくすると、いきなり、ひゅんひゅん音がし、振り向くと、俺が今までいた陣地に敵軍の火矢が降り注ぐのが見えた。 次々と、テントが燃え上がり、逃げ惑う兵士たちの悲鳴が、俺の隠れている所にまで届いてきた。 敵の奇襲攻撃を受けて、俺のいた軍は、ほぼ全滅だったらしい。 こんなことは、一度や二度じゃなかった。 もともと悪運の強いところはあったが、危険を察知して逃げるような、俺にそんな特殊能力があるとは思えない。なにしろ、俺の魔法能力はゼロに等しいからな。 そういうことが何度か続くうちに、フィリウス王子の言葉、『災いから守ってくれる剣』ということを思い出し、日増しに実感していくようになったのさ」 彼は、木の実酒がなくなると、今度は、ミシアの実をかじり始めた。 「――そんなわけで、あの剣は、俺のお守り代わりみたいなモンだったんだよ。 だから、ケイン、絶対、取り戻してくれよな」 「あ、そうつながるわけね」 ケインは、苦笑いをした。 「そうだ、ヴァル、あの剣持ってったの、どうも魔道士らしいんだ。空間を渡る術、あんたも使えんだろ? なあ、ケインだけじゃ頼りないから、強力してくれよ」 カイルがヴァルドリューズを、希望に満ちた目で見る。 「……悪いが、その件に関しては、協力出来兼ねる」 ヴァルドリューズは、感情のない声で答えた。それには、一同、意外であった。 「ええっ!? な、なんでだよ! 」 カイルが、血相を抱えて、ヴァルドリューズの顔を覗き込む。 「魔道士同士は、戦ってはならぬと、魔道士協定で決められている」 カイルは、髪を掻き毟(むし)った。 「お前さあ、型破りな魔道士なんじゃなかったのかよ? 『サンダガー』呼び出すなんて禁呪使ってるくらいなんだから、このくらい、いいじゃないか! 」 「心配せずとも、あの剣は、必ずお前のもとへ、戻ってくるだろう」 「なんだよ、気休め言いやがって! 」 カイルが突っかかっていっても、それ以上、ヴァルドリューズは喋らなかった。 「まあ、なによ! 自分の剣じゃないの。人を当てになんかしないで、自分でお探しなさいよ! 」 クレアが目の端をつり上げて、カイルに抗議した。 「けっ、まったく、友達甲斐のないやつらだぜ。……ケイン、お前はちゃんと協力しろよ。絶対だからな! 」 ケインは頷く前に、いつものように呆れたのだった。
正規軍の宿舎に戻り、時間のあったケインは、庭で素振りの練習をしていた。 カイルはというと……、ベッドメイキングに来たメイドの女の子をからかっていて、既に調子の良さは取り戻しているようである。 すると、親衛隊の一人が呼びに来て、またしても彼らはさきほどの会議室へと連れて行かれたのだった。 「どういうことだね、ダルシウム! 姫の衣装室にこのようなものがあったとは……! 早く事件を解決致せ! 」 アトレキア王は、イライラした口調であった。ダルシウム将軍は、頭を下げたままだ。 こともあろうに、王女の衣装室に、王女誘拐を仄めかす脅迫状があったのが、後から駆けつけたケイン達にもわかった。 「姫もすっかり怯えてしまっておる。そなた、特使の見張りにだけ気を取られるのではなく、姫の護衛をいつもの倍に増やすのじゃぞ! 」 王が、つかつかと、室内を落ち着きなく歩き回っている。普段は、温厚な人柄ではあるが、娘のこととなると、冷静でいられなくなる面もあるらしい。 「し、しかし、おそれながら、衣装室や浴室などまでは……、ご存知の通り、隊には男の者しかおりませんので……」 将軍は、王の顔色を伺いながら、おそるおそる切り出した。 「では、女官の人数も増やせ! ええい、腕の立つ女官は、いないのか!? 」 「そ、そのような女官などは、聞いたことが……」 カッカしている王に、八つ当たりのように、管轄外のことまで押し付けられ、将軍は、すっかり困り果てていた。 「……おや、これは……! インカの香の匂いが、微かにいたしますな」 それまで、脅迫状を眺めていた公爵が、そう言って、将軍に渡す。 ダルシウム将軍も、匂いを嗅ぐ。 「……確かに、何かの香のような香りが……」 「インカの香とは、魔道士が瞑想する時などに使う、お香ではなかったですかな? 」 「おお、そうでしたな。なんでも、精神の集中を手助けし、修行の効率を図るのだと、聞いたことがありますぞ。……そういえば、参謀殿のお姿が、またお見えでありませんな」 公爵の二人は、寄り集まって、口々に、そうだそうだと言い合っていた。 「そちたち、まだダミアスを疑うというのか!? 」 王は、一層目をつり上げた。 「陛下、ダミアス殿のお部屋を訪問してみれば、おわかりになることですよ」 公爵のひとりが、さっさと室を出て行き、手招きする。 ぞろぞろと人々が移動するその後に、ケイン達も続いていった。
参謀の書斎に着くと、公爵が扉をノックする。 「ダミアス殿、おいでか? 」 しばらくして、ドアが開き、魔道士の顔が覗いた。 「失礼いたすぞ」 公爵が部屋にずかずか踏み込んでいく。 「……何用ですか? 」 顔色を変えずに、魔道士が問うが。 公爵は、部屋の週王にしばらく立つと、にやりと笑った。 「さっきの脅迫状と、同じ匂いがする……! やはり、貴公が犯人だったのだな、ダミアス殿! 」 会議室にいた全員が書斎に入ると、間違いなく脅迫状と同じ香の香りが、室内に漂っていた。 「犯人とは、穏やかな話ではありませんね。それに、脅迫状とは、一体何のことです? 」 ダミアスは、少しも同様などはしていなかった。 「……とぼけおって……! 」 公爵が、吐き捨てるように言った。 「ダルシウム候、こやつを即刻、事件の重要参考人として、しょっ引いて行かんか! 」 「いや、しかし、これだけでは、逮捕までは……」 「まだそんなことを言っておるのか!? インカの香など、魔道士しか使わぬもの。我が国では、こやつしかおらぬ。外国の者には、城の中を行き来など出来ぬのだぞ? これだけ条件が揃っておれば、もうこやつが犯人だと決定的ではないか! 」 「いや、しかしながら……」 そのように、公爵とダルシウムが口論していた中―― 「あーっ! 俺の剣!! 」 その声にびっくりしたケインは、隣を見た。カイルが、部屋の隅を指差し、叫んだのだ。 一同が一斉に注目する中、カイルは進んでいくと、部屋の隅に立て掛けられている、宝飾品の鏤(ちりば)められた剣を取り上げた。 「一体、どうしたというのだ? 」 ダルシウム候が、カイルに尋ねる。 「これは、昨日盗られた俺の剣です。……間違いない! ……剣を持っていったのは、五人の男たちだったが、奴等は、剣ごと空間に消えやがったんだ……! 」 ケインとダミアス以外の連中は、ざわめいていた。 「それは、まことか? 」 「はい! 」 「空間に消えるなどとは、並の人間に出来ることではない。お主のような一流魔道士ならば、出来ないこともないだろうがな」 公爵が、ダミアスを挑戦的に見た。ダミアスの静かな瞳が、一瞬鋭く光ったように、ケインには思えた。 「おい、この剣を、どうやって手に入れた? 」 カイルが、いかにも疑わしい目で、参謀に問いただす。 「私は知らない。……いつからか、そこに立て掛けてあったのだ」 「……てめえ、まだシラを切るつもりかっ! 」 カイルがダミアスに掴み掛かる前に、ケインが飛び出し、押さえ込んだ。 「やめろ、カイル! 落ち着けって! 」 「放せよ、ケイン! これで、もうハッキリしたじゃないか! こいつが、俺の剣を持ってった張本人なんだよ! こいつ、きっと、俺の魔法剣を使って、良くないことを考えていたに違いねぇ! 」 頭に血が上って暴れているカイルを、ケインが押さえ付けているのと、ダミアスとを、一同は、困惑しながら、ただ見つめていた。 「……わしには、何が何だかわからん。……ダルシウム、そなたに、この場を任せる」 王は、ふらふらと、参謀の書斎を出て行った。 「……ダミアス殿、とりあえず、ご同行願いたい」 複雑な表情のダルシウム候が、ダミアスの腕を取ると、彼は素直に従った。
「良かったー! 俺の剣が戻ってきて。ああ、どこにも傷はついてないみたいだし、本当に良かったー! 」 正規軍の宿舎では、カイルが、剣を眺めては、鞘に頬擦(ほおず)りしていたが、ベッドに腰掛けて腕を組み、 考え込んでいるようなケインに、気が付いた。 「なんだよ、浮かない顔して。俺の剣が戻ってきたってのに、お前、嬉しくないのか? 」 カイルが、部屋に着いてから黙りこくっているケインの顔を、じっと覗き込む。 「……」 「……なあ、どうかしたのか? 」 ケインには、あることがずっと引っかかっていたのだった。 「カイル、お前、本当に、お前の剣を、あの参謀が盗ったと思うか? 」 「当ったり前じゃん! お前も見ただろ? 現に、俺の剣は、ヤツの部屋にあったんだぜ? それが立派な証拠じゃないか」 「じゃあ、姫の控え室に脅迫状を置いたのは? 」 「それもやっぱり、あいつなんじゃないの? あの五人の男どもを使って、武器を集めさせたのか、魔法剣とわかって横取りしたのかは知らないけど、手に入れた魔法剣が、人間には効かないことがわかって、そのうち改造しようと思ってたか、或は、見た目も綺麗だし、部屋の飾りにでもしてたってところなんじゃねーの? つまり、あいつは、姫様を人質にして、王を降伏させ、城を乗っ取ろうとしてたんだよ」 カイルは、解り切ったことを聞くな、とでも言いたげな顔であった。 「……そうかなぁ。空間移動が出来るくらいの一流魔道士が、わざわざそんな小細工までして、国を乗っ取ろうなんてするのかなぁ。 そんなヤツなら、武器や魔法剣の力を借りなくたって、ひとりで充分なんじゃないか? 脅迫状にしても、香の香りが付いたまんまにしておくなんて、……参謀にまでなったヤツの犯すミスだとは、俺には思えないんだ」 ケインの話を聞きながら、カイルは、ベッドに、ごろんと横になった。 「……だったらさあ、あれか? この国は、魔道士が珍しかったみたいだから、ちょっと魔道をカジったことのあるダミアスが、すごい魔道士に見えてしまった。 間抜けな、人のいい王様は、そいつを参謀にして、もう怖いもの知らずの気でいた……とか? 」 「間抜けって……ったく、失礼なことを」ケインは、苦笑いした。 「それだったら、空間を移動して、お前の剣を盗っていったのは、違うヤツってことになるぞ」 カイルは首を捻った。 「じゃあ、あれかな? ……あの公爵たちが、日頃からよく思っていなかった参謀を、ハメようとしているとか? あいつら、この国の人間にしては、やたら魔道士のやることに詳しかったからな。どっかで、闇の魔道士でも見付けて、ダミアスに濡れ衣着せたとか? 今回の事件は、アストーレのお家騒動だった……ってのはどうだ? 」 カイルは得意気であったが、ケインは、まだ腑に落ちない顔であった。 「う〜ん、それだったら、何も、姫様の誕生日に合わせることないんじゃないかな。普通の日でもいいんだし。しかも、昨日の今日だろ? 」 カイルが、眉をへの字にした。 「だから、ヤミ魔道士がいい日を占ったら、偶然、姫の誕生日だったんじゃねーの? 外国人たちがたくさん訪れるから、目眩ましにもなるしさ。失敗したら、全責任を、参謀であるあい つに押しつけ、娘を思う王の親心を利用し、参謀(あいつ)をクビに追い込もうと企んだ……」 「……それって、結構、ムリがないか? 」 「じゃあ、ケインはどう思ってるのさ? 俺は、今言ったことくらいしか思い付かないぞ」 カイルは、パタンと、ベッドにフテ寝した。 「まだ、わからない……」 カイルは、への字眉のまま、口をひん曲げた。 「ああ!? わかんねーだあ? なんだよ、人の言うことに散々ケチつけておいて! 」 「とりあえず、クレアに会いに行ってくる」 すっくと立ち上がったケインを、カイルは、あんぐりと口を開けて見上げた。 「会いにって……今からか? 」 「ああ」 カイルが起き上がって、まじまじとケインの顔を覗き込む。 「……夜這いか!? 」 「違うよ!! 誰が、そんなことするかっ!! 」 カイルが、にんまりと笑った。 「そうかー、そうだよなー、お姫様よりは、身分的にはクレアの方が近いから、まだ可能性あるかも知れないもんなー。よーし、ガンバレよー! 」 にやにやしながら、カイルがケインの背を、ばんばん叩いた。 「バカ! 俺は、ただ……ちょっと気になることがあったから、クレアに確かめに行くだけだよ! 」 「そーか、そーか、クレアの気持ちを確かめに……。だけど、彼女は、俺に気があるかも知れないぞ? 悪いなー、ケイン」 「……あのな、どこをどーしたら、クレアがお前に気があるってんだ? いつも『最低! 』って怒ってんのに」 「バカだなあ、お前、ホント女心がわかってねーなぁ。いやよ、いやよも好きのうちって言うじゃないか。俺の今までの経験から言うと、あれは絶対、俺に惚れてるね。それか、惚れるね」 自信たっぷりのカイルに呆れてから、ケインは宿舎を出て行った。
外国特使たちの滞在期間は、約五日間。既に、二日が過ぎようとしていた。 この三日中に、なんとかしなければならない。 真相は、実は、カイルが上げた通り、参謀か公爵が黒幕なのかも知れないとは、ケインも思った。 だが、彼には、どうしても、引っかかっていることがあったのだ。
ひとつは、王女誘拐を仄めかす脅迫状。 そして、もうひとつは、空間の割れ目から覗いた『人の手』――。
ケインは、クレアの泊まっている宿へと、次第に足を速めていった。
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