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作品名:Dragon Sword Saga 作者:かがみ透

第13回   第1巻 X 話『アストーレ城の陰謀1』〜1〜
 暖かい日差しを受け、ケインは瞼を開いていく。
「……!? 」
 それが、見慣れないアラベスク模様の描かれた天井であることに気付くと、慌てて起き上がった。
 すぐ横の大きな窓にはレースのカーテン。タイルの床はよく磨かれ、光沢がある。
(そうだった。俺とカイルは、アストーレ城に泊まったんだっけ。どうりで、広くて綺麗な部屋なわけだ)
 着慣れないガウンと夜着を脱ぎ、急いで、昨夜の警備服に手を伸ばす。
 しばらくして、女官が朝食の時間を告げに来た。
 女官に案内された部屋には、大きなテーブルに、背もたれの長い、豪華な椅子がいくつも並んでいた。床には、動物の毛皮の、こちらも豪華な敷物が敷いてある。
「よお、ケイン」
 カイルも、やはり警備の制服である。
 二人は、進められるまま、テーブルの端の方に並んで腰掛けた。
「陛下がお見えになるまで、お待ち下さいませ」
 女官たちは、ペコリと頭を下げて、部屋を出て行った。
「へーっ、王様とご一緒に朝食かよ!? すげえな! 」
 カイルは、声が室内に響き渡らないよう、ひそひそ声で言った。
 部屋には、次々と、貴族とおぼしき人々が入室してくる。
 二人は誰が誰だかわからずに、いちいち立ち上がって、ぺこぺこするばかりであった。
「おお、おぬしたち、もう来ておったか」
 そう声をかけたのは、がっしりとした体格の、険しい顔をした、白髪混じりの初老の男だ。
 ふいに、ヴァルドリューズの声が、二人の頭の中に響く。
(そうか、この人が……)
 その男は、彼らの隊――国王の親衛隊の将軍、ダルシウム侯爵であった。
 ヴァルドリューズが催眠術のような魔法でもかけたのか、ダルシウム候は、二人と、まるで面識があるかのように、親し気だった。
 その直後に、アストーレ国王が側近を連れて登場する。
 どうやら、国王だけでなく、国のお偉い方との朝食会に、参列することになっているらしいと、ケインとカイルは悟り、一気に緊張した。
 広いテーブルには、料理が次々と並べられていく。
 その間、国の重鎮たちは、世間話をしていた。
「なあ、ケイン、これって宮廷料理ってヤツだろ? すげー豪華だな〜」
 カイルもケインも、初めて目にする宮廷料理に、目を見張る。
 南海の方でしか獲れないというゴールド・グルクンツナの香草蒸しサルサソースがけ、レッド・チキンのミシア焼き、スモーク・ゴールドサーモン――などと、ひととおりの料理の説明がされた。
 どれも、普段は手の届かない、ケインたち庶民が見たことのないものばかりであったが、給仕が取り分けるので、全員に料理は届く。
 南海のゴールド・グルクンツナは、二人が今まで口にしたサカナとは、全く違っていた。
 皮は碧翠(あおみどり)色から金色へ光り輝いているが、中身は白身魚であった。今が旬のようで、脂がのっている。
 ケインたちには美味いとは思えたが、少し甘めな気もする。
 だが、かかっているサルサソースというのが、スパイスの効いた、少々酸味のあるソースで、魚の甘みと調和が取れているのだった。
(貴族って、朝からこんなにいいもの食ってるのか。いいなぁ)
 感心しながら味わっているケインに、カイルが突いてきた。
「なあ、これなんだ? 」
 銀色の大きな杯に入っている、赤いぷちぷちしていそうなものを、カイルが指差しているが、ケインもわからなかった。
 二人は、見よう見まねで、他の人々のように、スプーンですくい、クリームを塗ったパンに乗せて、食べてみる。
 口の中で、ぷちぷちしたものが弾け、中の汁が出て来たが、甘いわけでもなく、酸味もなく、彼らには、なんと表現していいかわからなかった。
 甘いものと思っていたクリームも、しょっぱかった。
 彼ら庶民には、美味しさがよくはわからなかったが、貴族たちは、実に美味しそうに食べながら、話を弾ませているのだった。

「そろそろ、ダルシウム候、そなたの方から、あの二人を紹介してくれないか」
 食後のカシス・ティーを、皆で啜っている時、アストーレ国アトレキア王が言った。
「おお、そうでございましたな」
 ダルシウム候が、紅茶の入ったカップをテーブルの上に置いた。
 内心ヒヤッとした二人の心配をよそに、ダルシウムは、彼らを、王女の誕生祝賀会用に特別に雇った傭兵のうちの二人というように、紹介した。
「そうであったか。いや、実に優秀な傭兵を見付けたものだな。
 そなたたち、旅の途中であったか。諸外国の客人たちが帰国なさるまで、引き続き、城の警備の方を任せたい。
 それから、そなたたちの栄誉を讃えた式典は後になってしまうが、昨日の賊を取り調べ、事件を解決してからでもよろしいかな? 」
「光栄であります」二人は、声を揃えた。
「では、今晩からは、正規軍の宿舎で過ごすが良い」
 ケインもカイルも、傭兵の身で、正規軍の宿舎に寝泊まり出来ることに感動し、しばらく浸っていたのだが、貴族たちは、そんなことには関心はないらしく、再び世間話を始めていた。
「そう言えば、ダミアス殿のお姿が見えませんな」
「昨夜のパーティーにも、出席なさらなかったようで」
 いったい誰の話かと、ケインとカイルが顔を見合わせていると、一人の男が入室してきた。
「おお、ダミアス、やっと来おったか! 」
 王が、男を自分の隣に招き寄せた。
「……!? 」ケイン、カイルは、思わず身を乗り出しそうになって、あるものに注目した。
 男は、普通の貴族と同じような服装であったが、黒い髪に隠れた、額の紅い宝石を、彼らは見逃さなかった!
「あれが、噂の参謀……」
「――にして魔道士の……! 」
 参謀は、王の隣に、軽く会釈をして座った。
 あまり特徴のない、痩せた男であった。年の頃は四〇代だろうか、額や目元、口元に深く刻み込まれた皺が、思慮深く、年齢よりも老けて見えてしまっていた。
「昨日の事件は、ご存知ですかな? 」
 公爵の男が、参謀の男に尋ねる。
「王女殿下の誘拐未遂事件ですか? 存じております」
 男は抑揚のない声で、静かに答えた。
「貴公はその頃、どちらへいらしたのですかな? 昨夜、サロンでは、お見掛け致した覚えがないものでな」
 公爵の隣の男が、嫌味のように言う。
「書斎におりました。わたくしは、華やかな場が、どうも苦手でございまして。今までを、思い起こして頂ければ、お解りかと存じますが」
 表情を変えずに、参謀の男は返した。
(ありゃー、なんだか険悪なムードじゃね? )
(……だな)
 カイルとケインが目配せする。
「その時、王女を救ってくれたのが、あそこにおる二人なんじゃよ」
 アストーレ王は、この微妙な空気に気付かないのか、朗らかに参謀に笑いかけ、ケインたちの方に振った。
 ケイン、カイルと、ダミアスの目が合った。
 彼の目は沈んでいるように見え、顔同様、あまり表情がなかった。
「今夜は、特使たちと接見がある。今度は参加してくれるであろうな? 」
「ごもっともでございます」
 参謀は、王に少しだけ微笑んだ。
 その後は、何事もなく、しばらくして朝食会は解散となった。

 ケインとカイルは、本日の警備の打ち合わせのため、ダルシウム将軍の後に続いていった。
 ふと、朝食会に出席していた公爵たちが目につく。公爵二人は、何やらこそこそと話している。
「おい、ケイン、さっきの様子だとさ、どうも噂の参謀殿は、すべての人に支持されてるわけじゃなさそうだよな」
「ふらった現れたよそ者に、参謀の地位を持って行かれちゃったんだからな。面白く思ってないヤツも、ちらほらいるってわけか」
 カイルとケインは、小声でそんなことを話しながら、将軍の後をついて、城の中の長いロビーを歩いていった。

 護衛の打ち合わせが済むと、二人は、正規の親衛隊に混じって、簡単な訓練を受けた。
 もちろん、雇われ兵として、城の軍隊と一緒に行動したことはある。だが、正規軍の中で、これほどのちゃんとした訓練など受けたことはなかった。
 なにしろ、傭兵はほとんど歩兵で、持ちウマがなければ、ウマに乗って戦わせてくれることは滅多にない。
 そして、個人よりも、団体であることが多い。ケインもカイルも、傭兵の仕事の時は単独よりも、他の傭兵達と寄り集まって申し込むことがほとんどだった。
 それでも、いくさでは、切り込み隊や、盾として使われるのだが、自ら志願した場合の報酬は良かった。
 そんな彼らからすると、親衛隊というのは非常に条件が良かった。
 国の大将の周りを預かるのだから、戦況が有利であるうちは出番がなく、安全という楽なポジションなのだ。
 今後、どのように状況が転んでもいいようにということと、情報が入り易いことから、ヴァルドリューズが彼らをダルシウム候の管轄へ忍び込ませたのだろう、と彼らは、今、気が付いたのだった。

 訓練の後は、短い休憩時間となった。
 兵士たちは、水筒の中身を飲んだり、木陰で休む者、仲間と喋る者などである。
 ふと、訓練場の警備の兵士が、女官と、ドレスを着た小柄な少女とを連れて、ダルシウム候に取り次ぐ。
 そのドレスの少女とは、アストーレ王国第三王女アイリスであった。
「これはこれは王女殿下、こんなむさ苦しいところへ、ようこそお出でくださいました」
 ダルシウムが、少々驚きを隠せない顔で、深々と礼をした。
「少し見学してもよろしいでしょうか? 」
「どうぞどうぞ、今は休憩時間でして、もう少々すれば訓練の時間になりますが。
 あまり面白いものではないとは思いますが、見守って頂けるようであれば、兵士たちも励みになりましょう」
 続けて、老将軍は宿舎や訓練場の説明をするが、王女はどこか上の空で、まるで何かを探しているように、きょろきょろと見渡していた。
 その視線が止まる。
 そこには、休憩時間でも剣の素振りをしているケインと、木に寄りかかって、彼にペラペラ話しかけている
カイルとがいた。
 王女は、彼らに向かって、方向転換する。侍女も後ろから付いていく。
 すぐに、カイルが気付いた。
「……あ、あのう……」
 王女が、小さな高い声で何か言いかけるが、侍女がそれを制し、前へ出る。
「ケイン・ランドール様と、カイル・アズウェル様でございますね? 姫様から、お話があるそうです」
 そう言って、王女の隣に控えた。
 ケインは素振りをやめ、カイルも木から背中を離し、王女に敬礼し、地面に片膝を着いた。
「あ、いいのです。どうか、面(おもて)を上げてください」
 言われた通り、頭を下げたまま、二人は立ち上がったが、王女は緊張しているのか、まごまごしていて、なかなか話を切り出せない。
 ケインは、本物の王女と対面し、話をするなどということは、今までの人生の中で、初めてであった。
 確かに、今まで目にしてきた町娘たちとは違い、気品もあり、高貴な生まれから来る優雅な物腰が王族ならではと、感心させられる。
(だけど、なんだかまだ可愛らしいというか、幼いというか……? 
 それにしても、なんでお姫様が、こんなところへ? 今までも、兵士達を激励してたとか? 
 いや、それなら、もうちょっと慣れた感じがあっても……。しかし、可哀相なくらい緊張してるなぁ)
 ケインは、王女の真意を汲み取ろうと、見詰めていた。
「……あ、あの……ごめんなさい、訓練の邪魔をしてしまって……お気に障りました? 」
「いえいえ、全〜然、大丈夫ですよ〜」
 カイルが微笑んで見せながら、肘でケインをつつく。
「おい、ケイン、そんな顔するなよ、姫様怖がってるじゃないか。ほら、にっこり笑って」
 別に、ケインは普通にしていたつもりだったのだが、王族に対しては無愛想だったかと、慌てて態度を改めようとした。
 しかし、どんな風に笑ったらいいのか、と一瞬迷ったケインは、口の端をちょっとつり上げただけだった。
「……やっぱり、怒ってらっしゃるのですね」
 そんなつもりは毛頭なかったのだが、不自然な笑いになってしまったかと、反省する。
「そうですわね。お礼を申し上げるのが、こんなに遅くなってしまったのですもの。危険を侵してまで助けて頂いたというのに、その上、剣の練習の邪魔までしてしまって、……本当にごめんなさい……」
 王女は、うつむいた。
 ケインは、慌てて本当に笑顔を取り繕った。 
「い、いや、そんなことどうだっていいんだ……です! その、俺、いや、わたくしは、全然怒ってなどおりませんです」
 失礼があってはいけないと思う故、慣れない言葉遣いに舌を噛みそうになる。
「すいませんねー、こいつ、照れ屋なんで。ホントは、姫様に話しかけて頂いて、超嬉しいはずなんですよー。だから、どんどんお話ししてやって下さいね〜! 」
 カイルが、助け舟のつもりでしゃしゃり出たのだが、ケインは余計に焦った。
「こら、姫様に向かって、何てこと言うんだ! しかも、その言葉遣い、失礼だろ!? 」
 王女は、呆気に取られた顔をしていたが、そのうち、くすくすと笑い出した。
「面白い方たちですのね。言葉遣いなどは、そんなにお気になさらないでください。私にとっては、新鮮ですので。
 ……あの、助けて頂いたお礼は、是非改めて致したいと思っておりますが、とりあえず、よろしかったら、午後のお茶の時間にでも、お二人でいらして下さいませんか? 」
 笑って緊張がほぐれたように、王女は、先ほどよりはリラックスして語りかけいた。
 彼らをお茶会に誘うと、王女は楚々として、帰っていった。
「おい、俺たち、王族のお茶会に誘われたぞ」
 カイルが、ほわ〜んとした顔で、感動する。
「ああ、そうだな。だけど、俺、作法とか全然知らないし……。だいたい、俺たちみたいなのがそういう場にいていいのかな?? 」
「いーんじゃないの? 言葉遣いも気にするなって言ってくれたんだし、俺たち庶民の反応って、王族からしたら新鮮っぽかったじゃん? あのお姫様、いい子だな〜」
 二人とも、初めて招待されるお茶会を楽しみに、訓練が再開されると張り切ったのだった。

「……と、そこで、俺は、持っていた魔法剣を引き抜き、その巨大モンスターを消し去ったのさ! 」
「まあ、勇ましい!カイル様って、お強いのね! 」
 カイルのホラ話を、貴族の少女たちは真面目に聞き、崇拝の目さえ向けていた。
 ケインとカイルは、王女に招待された、プチ・サロンでのお茶会に来ていた。
 王女の従姉妹(いとこ)や女官など、十数人が集まり、にぎやかに話をしていた。結局、ここも、町娘の集まりと大して代わり映えはしなかった。
 それにしても、彼女たちのする話は、どこの高級焼き菓子が美味しいとか、どんなデザインのドレスがどうだとか、誰々の詩集が素晴らしいなどということばかりで、十人が十人、同じものに興味を持っているようだった。
 それが、ケインには、とても不思議で、好感を持つというよりも、どちらかというと嫌悪感を覚えるほどであった。
 カイルは、ちゃっかり自分のペースで楽しんでいるのに比べ、彼は、ちっとも楽しくなんかなかった。
 お茶に誘った当の王女は、話が出来るほどの距離にはいない。
 いったい、なぜ自分達が呼ばれたのか、彼にはわからなかった。
 なんとなく居心地が悪い気がしたケインは、ふらっと部屋を出ようとした。
「おや、もうお茶会は終わりかね? 」
 扉を開けたところで、ちょうどアストーレ王に出くわし、ケインが慌てて最敬礼をすると、「よい、よい」と笑いながら手を振り、王は室内へ入っていった。気さくな王の人柄が現れていた。
「まあ、お父様! 」
「おお、アイリス。今日はなんだか賑やかだのう。私も入れてくれないかね? 」
「ええ! どうぞ、こちらへ」
 王も、お茶会に加わり、ケインは何となく退室しそびれてしまった。
「ランドール、君も華やかなところが苦手なのかね? 」
 王がケインに尋ねてきた。
「はい。慣れていないものですから」
「ほっほっほっ、はっきり言うものじゃのう」
 ちょっと無遠慮だったかと、ケインは取り繕おうとしたが、王は気にも留めていないようだ。
 ケインは、窓辺の方へ行き、外の景色を眺めた。
 やはり、自分は、女の子とお喋りしているよりも、町を歩き回って見物したり、剣を振り回して悪い奴等をやっつけたりしている方が、性(しょう)に合っているのだ、とつくづく感じていた。
 窓から見える、草一面の広い庭を眺めていると、ふと、マリスのことを思い出した。
(そういえば、あいつは変わってたな。女でも、俺と同じ戦士の性質を持っていた。今は、どこでどうしてるんだろうか……? なんで、急にいなくなったんだろう? )
 一緒に武器屋を回ったり、モンスターを倒したことを思い浮かべているうちに、彼は、ここにいることにますます違和感が募るのと引き換えに、無性にマリスに会いたくなった。
 そんな彼を、王女は時折見つめていたのだが、取り巻き達に囲まれていて、なかなか動けないでいる。
 そこへ、「失礼します! 国王陛下、至急、将軍のもとへ、お出でください! ランドール、アズウェル、召集だ! 」
 国王親衛隊の一人が現れた。
 その声の調子から、尋常でないことを感じ取ったケインとカイルは、顔を引き締めて、王と側近よりも先に部屋を出て、親衛隊隊員に続いて走っていった。


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