村の呪(まじな)い師は、この眼を魔眼と呼んだか。
見たものを殺す眼、とか何とか。
頼る当てもなく、一人で泣いていたところをいきなり眼隠しされ、この話を聞かされた。
戸惑う僕に呪い師は言った。
眼を閉じていろと。
そうすれば、怖いことはもう起こらないからと。
それ以来、僕はその呪い師の世話になった。
呪い師は名前を伊達鏡子(ダテキョウコ)といった。
70過ぎの老婆だ。一緒に暮らし始めてから婆ちゃんと呼んでいる(実の祖母はすでに他界している)。
代々この村で呪い事を生業としていたらしく(僕は会ったことが無かったが)祭りや祝い事にはちょくちょく顔を出していたという。
村の人達が死んだとき、その様子を見ていた他の村人から話を聞き、魔眼という結論に至ったそうだ。
魔眼の伝承は結構有名で、それに纏わる話や僕の眼の事もわかった(検証するわけにもいかないので、あくまで可能性の話だが)。
魔眼は邪眼、悪魔の眼とも呼ばれ、伝承地によってさまざまな能力が伝えられるが、大凡の共通項は見られたものに災禍を齎すこと。
有名な物を一つ挙げるとするなら、ギリシャ神話のメドゥーサだろう。彼女は見たものを石に変える魔眼を持っていたらしい。
魔眼を見る、ではなく魔眼に見られることが原因であるので、魔眼をもった生き物(つまり、ここでは僕だ)が眼を開かない限り、害はない。
以来、僕の眼は見えないことになっている。
しかし、口に戸は立てられぬとはよく言ったもので、魔眼の噂はすぐに広まった。
辛かった。
いじめられたのではない。
魔眼を怖れて誰も僕の正面には立たなくなった。
みんな僕を怖がったのだ。
眼隠しをしているにも関わらす学校の席は常に一番前だったし、先生も僕の正面に立とうとしなかったことは気配で分かった。
そう言えば、身長は高いほうのはずなのに背の順でも一番前だったなぁ。
よく婆ちゃんに泣きついていた。言ったところでどうしようもないことを、ぶつけていた。
婆ちゃんはいつだって僕の話を真剣に聞いてくれた。
一度だけ、中学の時だったか、自暴自棄になっていた僕は耐え切れずに泣きながら怒鳴った。
「眼を潰して! どうせ何も見れないんなら、こんな眼いらない!」
次の瞬間、頬にビンタが飛んできた。
初めて婆ちゃんにぶたれた。吃驚して涙も止まった。
「ふざけんじゃないよ!」
驚くほど痛くて、婆ちゃんが本気でぶったことはすぐに分かった。
「あんたが何をしたって言うんだい。たまたま魔眼だっただけじゃないか。それで何か悪さでもしようとしたのかい? 違うだろう? あんたの眼は見えるんだ。せっかく授かった眼を無暗に潰すだなんてお言いでないよ!」
いつも冷静な婆ちゃんがここまで激昂するのは初めてだった。
怒っているのか悲しんでいるのかはわからなかったが、声が震えていた。
暫しの沈黙を挟んで婆ちゃんは言った。
「その眼は・・・」
・・・
「その眼は大切にしておくんだよ。いつか本当に大切なものを見つけるために・・・」
婆ちゃんは立ち上がった。
「魔眼なんかに負けるんじゃないよ」
一人っきりになったあと、僕はこっそり泣いた。
中学卒業と同時に僕は村を出た。
やっぱり村では暮らしにくかったし、実は婆ちゃんも僕を追い出すように村人から迫られていたらしいのだ。
もちろん婆ちゃんはそんなことを口には出さなかったし、ずっと変わらず僕の世話をしてくれていたけど、僕のことでもう迷惑はかけたくないって思っていたので、それも村を出る決意の一要因になった。
村を出る日。駅まで見送りに来ていたのは、やっぱり婆ちゃん一人だった。
「無理するでないよ。辛くなったらいつでも帰ってきていいんだからね」
「わかった。ありがとね。頑張ってみるよ」
高校は婆ちゃんの伝手で盲学校に入った。眼が見えなくても気にしなくていいので、僕の高校生活の三年は平凡そのものだった。
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