僕は死神だ。
というと、人間は恐ろしいものを想像するだろう。
大鎌で魂を奪うとか、命を食料にしているとか。
そんなことはない。そんな大それた存在ではない。
僕たちの仕事は「案内人」だ。
人間の最期に立ち会い、魂を冥界の入口まで案内する。
迷わずこの世と別れられるように。死んでなおこの世に縛られないように。
生を確かに終わらせるために。
たまに「目に余る」とかいう理由で殺してこいなんて命令もあるけれど。
まぁそんなところだ。
さて今日も仕事だ。
「えーと、18時27分駅前ビル。死因は・・・あー自殺か」
自殺した魂に付き添うのはあまり好きではない。
苦労話を聞かされたり、大声で泣きつかれたり。
ほんとは死にたくなかった、なんて言う奴もいる。
要はめんどくさいのだ。
「それにくらべりゃぁ」
僕はふと20年ほど前に付き添った老婆の魂を思い出した。
その老婆は100歳を超えての大往生で、家族に見送られての最期だった。
母との思い出や子育ての苦労、初孫ができたときのことをうれしそうに話してくれた。
「いい人たちに巡り合えて、私の人生は本当に幸せでしたよ。あなたもがんばってね。案内してくださってありがとう」
微笑んで死ねるとは何と強い人なんだろう。僕は清々しい気分でこの老婆の魂を送った。
再度、今日の仕事を確認する。
「自殺ねぇ。理由くらいは聞いといたほうがいいのか?」
僕たちの仕事は世論調査みたいなものも含んでいる。
なぜ死んだのか。生きている間何をしていたのか。どんな生き方をしたかったのか。
神様が次の魂を創るときに参考にするらしい。
とにかく僕は僕の仕事をするまでだ。
18時20分。僕はビルの前にいた。
ビルの前ということは多分飛び降りだろう。
憂鬱だ。今まで何百と人間の最期に立ち会ってきたけれど、飛び降りの現場には一向に慣れない。
24分。ビルの屋上に人影が立った。通行人がそれを発見し、あたりがにわかにざわつき始める。
27分。飛んだ。
屋上の淵から歩きだすように前に進み、静かに空気を切って落ちてくる。
地面に接触した瞬間、肉が潰れる音、骨が砕ける音、血が飛散する音が同時に聞こえてくる。
ビルの前はもうパニックだ。
「さて、と」
僕は死体に近づく。淡く乳白色に発光する球体を見つけた。
これが人間の魂だ。
「僕は死神です。あなたを冥界まで案内します。さぁついてきて」
球体は形を変え、生前の姿をとった。
小柄な女性。制服を着ているので学生だったのだろう。
「え? あれ? 私死んだんじゃ・・・」
「はい。確かにあなたは死にました。だから僕が遣わされた」
実は死んだからといって全員のところに死神が来るわけではない。大体の魂は迎えを出さなくても勝手に冥界に向かってくる。
特殊な場合のみ僕らが遣わされる。
魂の調査といったところだろうか。その特殊というのも神様が勝手に決めてリストを寄越してくるだけなので、死神にも基準はわからない。
少女が話す。
「死んでも意識ってあるんですね。何もなくなるんだと思っていました。記憶も、痛みも。覚えているんですね。・・・全部」
そこまで言うと少女はへたり込んで泣きだしてしまった。
あーもう、めんどくせぇな。
「とにかく、早く冥界へ行きましょう。そこですべて忘れられますから」
適当なことを言って急かしてみる。この仕事とはさっさとおさらばしたいのだが、放っておくわけにもかない。いこういう魂を地上に放置しておくと自縛霊になったり悪霊になったりで後が余計めんどくさいのだ。
人間の世界の怪談話に出てくるお化けなんてのは大体この類で、きっと死神がほったらかしたか忘れているのだ。
「・・・わかりました。案内してください」
しばらくして少女はふらふらと立ち上がるとそういった。
僕たちは冥界の入口に向けて歩き出した。
少し歩いたところで少女が話しかけてきた。
「私どうなるんでしょうか・・・?」
「実のところ僕にもよくわからないんです。人間が想像してるように天国や地獄に行くのかもしれないし、もしかしたら生まれ変わるのかもしれない。とにかく僕の仕事はあなたを無事、冥界まで送り届けることです」
「そうなんですか・・・」
案内役の死神なんて冥界では底辺職もいいとこだ。ろくに理由も教えられず、魂に付き添うだけ。冥界に着いた後、魂がどうなるのかなんて知るはずもない。
ついでに言えば冥界の制度なんて知りもしないから報酬も安ければ昇進もない。大体の死神は自分がなんで死神をやっているかすら覚えていない。
気まずい沈黙が流れる。
どちらも黙りこんでしばらく歩いた時、不意に少女が口を開いた。
「あの、神様っているんですか?」
「あ?」
突然変な質問をするものだからこっちもとっさに変な声が出た。
「ご、ごめんなさい。死神・・・さん、だったら知ってるかなって」
「さぁね。でも今更神様の存在を確認してどうするんです?」
「そのあとは・・・わかりません。ただ本当にいるのかどうか知りたかっただけです」
それきり少女はまた黙ってしまった。
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