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作品名:メビヤとヒーリヤ 作者:サヴァイ

最終回   4

だが別室に移されてまもなくともみは意識を取り戻した。
「あら、私どうしてここで寝ているの」と首をかしげるともみは普段と変わらなかった。
このところずっと忙しかったから疲れが出たのかしら…とマネージャーがホッとした様子で言った。
ベッドから降りてすたすた歩くともみを見て俺は心底安心した。責任を取れと迫られたらどうしょうかと内心びくびくしていたのだ。
田部医師は弟のベッドの脇にいてじっと弟の顔を見つめていた。まるで何か顔についてでもいるのかと思うほど見入っていた。
病室に入って来た俺とともみとマネージャーを見て
「おや、元気になられましたね」と、ともみに軽く微笑むとまた弟に目を向けた。
弟は先ほどの反応が嘘のように元のままだ。
「けっきょく変化無しですか…」
俺は落胆して言った。あの大きな変化を見ていただけに失望も大きかった。無理言って来てくれたともみにも申し訳なく思った。疲れさせただけだった。
「ふーん…何とも言えませんが」と顔を上げた田部医師は
「ちょっと違うのですよ。顔付が。なんていうか…くつろいで休んでいるふうで。無機質な感じがしないのです」
田部医師に言われて俺も弟の顔を覗き込んだ。そういえば表情がなにか違う。柔らかい感じがするのだ。息遣いも穏やかで、そのうちパチッと目が開きそうな気さえする寝顔になっている。
「今夜は看護師を交替でつけようと思います。いつ目を覚ましてもいいようにね」
「すみません。俺も付いていてやりたいのですが、この方たちを送って行かなければなりませんので後はよろしくお願いします」
外はすっかり闇だった。とんぼ返りでともみ達を東京に帰さなくてはならない。
田部医師に見送られて病院を後にした。入れ違いに闇の中からけたたましい音が聞こえてきた。救急車だ。
事故だろうか。家族が襲われた事故から俺は救急車の音に敏感になっている。いつ聞いてもどきんとさせられる。
 高速への道路へ入ろうとした時、
「少し回り道していただけませんか」と後部席のマネージャーが言ってきた。
「回り道ですか…いいですけど、もう遅いですよ。早く帰らなくていいんですか」
「よろしいのです。今からの予定はありませんし、明日は準備で午後からのスケジュールしかありませんから」
「はあ、それなら構いませんが…それでどちらへ」
「ほら、あの病院の窓から見えた高い山がありましたでしょう」
「窓からっていうと…ああ、あれですか。このあたりでは1番高い山ですが」
「そこへ行けませんか。きっと夜景がきれいでしょう。もう長いこと景色らしい景色を見ていないものですから人のいないところでのんびりしたいのです。ねえ、ともちゃん」
「ええっ…うんまあ、私はどっちでもいいけど」
ともみは大きな欠伸をした。
「眠いわ」
と言うと、マネージャーの肩に頭を預けて目を閉じてしまった。景色などともみはどうでもいいに違いない。のんびりしたいのはマネージャーだろう。
頂上までのスカイラインを俺は黙って飛ばした。ともみは熟睡とみえる。マネージャーだけが窓から闇の樹木を眺めている。
頂上の見晴台に車を止めると「着きましたよ」と言って俺は先に降りた。大した夜景ではないが、それでも遠くの中心街は明るく輝いている。それが郊外になるにつれ、住宅のぽつぽつとした灯りの点在になっていく。
本格的な夏にはまだ間があり、顔にあたる風は涼しい。
「ともちゃん、起きて」
車の中ではマネージャーがともみの肩をゆすり起こしている。何も無理に起こさなくても良いのにな。
見せるほどの夜景でもあるまいし。俺は病院の灯りを探した。けっきょく弟は戻らないのか…なんだかばかみたいだったな。奇跡が起きると期待しすぎたのだ。
「ほら、ともちゃん目を覚まして」
ふらつくともみを支えながら2人が俺の横に並んだ。
「ああ、気持ちがいい!」
マネージャーが夜景ではなく星空に向かって叫んだ。確かに、灯りが少ないだけに星が良く見える。
こんなにたくさんの星があったんだと俺も感心した。東京では星があることも忘れていた。
マネージャーは首を上げたままだ。どうしたんだろう。流れ星でも待っているのだろうか。
「たくさんの星ねー」
ともみが間の抜けたような声でマネージャーに言っている。ようやくお目覚めのようだ。
「ともちゃん、今までありがとう。そして新井さんもありがとう」
突然マネージャーが言い出した。
おかしなマネージャーだ。山頂の星空の下で感謝かよ、と俺は吹き出しそうになった。
ともみは首をかしげている。
「新井さんが、ヒーリヤと教えてくれなかったら私たちの星は助からなかったのです」
「??」
「私はある連星星からやってきました。連星星は常に引き合い作用しあい成り立っています。ところが近い時期に巨大な磁気嵐がやって来ることが分かり、それに対応するべく私たちは2つの星の周りに磁気を跳ね返す異空間を形成することになりました。それぞれの星でその波長を準備し、合体させるのみという段階まで来ました」
「ちょっ、ちょっと待った、マネージャーさん。どうした?」
マネージャーは俺とともみを見ながらとうとうとしゃべりだしたのだ。顔の表情をまったく変えず、まるでテレビに出てくるロボットが向かい合ってしゃべっているみたいだ。
頭がおかしくなったんじゃないか。
「そのまま聞いて下さい」
俺の言葉など跳ね返してマネージャーはまたその顔で続けていく。
「波長は『メビヤ』と『ヒーリヤ』と名付けられました」
えっ? 今の名は…俺はマネージャーが話そうとしている内容に突然の興奮を覚えた。いや恐怖に近い。マネージャーは頭がおかしくなったのではない。なんかとんでもないことを聞かされそうな予感がした。
「ところが手違いが起き、メビヤだけが発射されてしまいました。私たちはすぐそれを追いました。そしてこの地球の日本と呼ばれているところに飛んだことが分かりました。すぐに発見し、回収できることは簡単なことでした。メビヤの波長を流せば反応し、やって来るはずでした。その波長を流すため、あまり目立たない歌手を選びました。そして目立たないマネージャーを」
目立たない歌手、の言葉に俺は考えもせず頷いてしまい、ともみはと見ると、うんうんと頷いている。自分のことだと気が付いてないのか。いや話の内容が分かってないのだろう。
「ともみの歌はみんなを魅了させました。世界で流されるようになりました。でもメビヤは現れなかった。
そのわけがようやくわかりました。新井さんの弟さんの身体に入ったメビヤは寝たきりで意識がなく動けない弟さんから出られなかったのです。弟さんが元気なら必ず弟さんの意識に働きかけともみの所へ来たはずです。メビヤは機械を通して流れるヒーリヤの波長にわずかでも反応を見せました。新井さんの弟さんで良かった。この反応に気が付いてくれてこうして無事メビヤを回収することが出来たのですから。今からなら間に合います。我々はすぐ連星星に帰らなくてはいけません。だから、この山の頂上に来る必要があったのです」
話し終えたマネージャーは星空の真上に手を挙げた。俺とともみはただただぽかーんとあっけにとられたままだったが、待て何かを話さなければと俺の思考回路が戻った。
「ちょっと待った。マネージャーさん。つまりだな、弟の身体にそのメビヤとかいう波長だか何だか知らんが、入っていて、ともみの身体にはヒーリヤとかいうのが入っているということか」
「そうです」
「で、あんたは…というかマネージャーさんは前からいたんだろう。となると今話しているのは誰なんだ」
「連星星のヒーリヤを担当した星の者です」
「者?って…つまり宇宙人?」
「地球の人から見ればそうなります」
「じゃあ、マネージャーさんは宇宙人になったのか」
「いいえ、彼女の身体はそのままです。私は彼女の意識に入っています」
「意識だって!じゃあ姿はないのか!」
「いえ、あります。でも地球の方には見えないものです」
俺だって記者の端くれだ。ETだの猿のような宇宙人だのの類の嘘っぽい話ぐらいは知っている。だが見えない宇宙人なんてのは聞いたこともないし考えも及ばない。
なんだかだまされているんじゃないかと思いたくなる。
「私の身体にはヒーリヤさんが入っているの?」
突然ともみがぽつっと呟いた。そのまま信じている口調だ。
「そうです。それに病院で弟さんの手を通してメビヤもともみさんの中にいます」
それでか、と俺はともみが突然倒れたわけに納得した。
「もう迎えが来ました。行かなければなりません」
迎え? 誰も他にいないし、よく言う輝く円盤らしきものもあらわれていないのに…
表情の乏しいマネージャーはともみの前に立った。
「ともみさん。手を出してください」
ともみは言われたまま片手をマネージャーの前に出した。
その手をマネージャーが握った。
一瞬の出来事だったが、手を離されてともみはちょっとふらついた。
「なんか力が抜けたみたい…」
「今、メビヤとヒーリヤが私に移りました。ともみさんはこれで以前のともみさんに戻ったのです」
「以前の私…」
「そうです。これでもう騒がれることもなくなるでしょう」
「そうなの。ちょっとさびしいけど、仕方ないわね。私の実力で歌うしかないわ」
これってホントか! と俺はまだ信じられないというのにともみは何とも単純で疑うことも驚くこともしない。
「このマネージャーさんは海外へ行く準備中から意識がありません。病院に行くのも、この山に来たのもすべて私が動かしてきました。ですから今から私が去った後、マネージャーさんの身体は東京に戻るまで意識がないでしょう。彼女は何も知りません。このことを知っているのは新井さんとともみさんだけです。ありがとうございました」
マネージャーは俺とともみにそう言うと、顔を真上に向けた。
何かあるのかと俺もともみも見上げた。何もないと思ったが、星のきらめきが真上だけ消えていてもっと暗い闇が穴のように見えた。
その穴に向けてマネージャーは手を上に伸ばした。かと思うと手から光の線が伸び始めあっという間にその穴に光は吸い込まれていった。
俺とともみは呆然と顔を上げたままだ。と、俺の頭に声が入った。弟さんは朝になれば意識が回復しています、と聞こえた。どこからか分からない声だがはっきりと聞こえた。
その時、ばさっと音がした。マネージャーの身体が崩れ折れたのだ。
それでほんとうに宇宙人が抜けたことが分かった。光線になってあの穴に行ってしまったのだろうか。そんなことあり得るのか。現実についていけない俺の頭は空白だ。まるで映画じゃないか。そこに俺が出演してるだけなんじゃないか。
「マネージャーさん、マネージャーさん」
ともみがマネージャーを抱き起して呼んでいる。
「車に運ぼう。大丈夫だ。明日の朝、目が覚めて、海外行きの準備をまた始めるさ」

マネージャーをともみと俺とで担いでマンションに送り届けたのは真夜中だった。
突然に起こった信じられぬ現実に頭がまだついていかないのか眠気がやって来ない。それでも明け方近くにはうとうとし始めたのだろう。突然、携帯が鳴った。
記者にはよくあることだ。さっと体が反応する。ベッドから手を伸ばし、はい、ととにかく返事をすると
「田部です。新井さん、弟さんが目覚めましたよ!」
「弟…」
わずかに俺の頭は理解が遅れた。だがすぐに追いついた。宇宙人の言葉が蘇る。
「意識が戻ったのですか!」
「そうです。早朝、付き添っていた看護師から、弟さんの目が開いているという知らせで私もすぐ駆けつけ検診しました。話も出来ます。意識ははっきりしています。これから一応ほかに異常がないか調べていきますが、事故からこれまでのことはお兄さんであるあなたからのが良いでしょう。出来るだけ早く来てください。弟さんを安心させてください」
田部医師が勢い込んで話してくるのを聞きながら、前夜の出来事がようやく本当だったと納得がいった。認めるしかない。あんな宇宙人がいるんだ。世界が引っくり返るような出来事に俺は遭遇したのだ。ともみはどうだ。あれも不思議な女だな。普通なら、えーっ!と驚くところを、そうだったのー、だもんな。
宇宙人に言わせるとともみはもう前の声に戻っている。とすると海外ではどうなるのか。可哀相な気がする。

その後、俺の心配は当たった。ともみの海外公演は不発で、期待が大きかっただけにさんざんな悪評を頂戴することになった。
日本に帰ってきても同じだった。クラブに通っていた連中も減っていき、今では昔と同じく、歌うそばで客は雑談にふけり、いてもいなくても同じ扱いだった。
弟は、意識もすっかり戻り、事故のことに触れた時はしばらく悲しみに臥せっていたが、ようやく、これからの生き方に目が向いたようだ。今では衰えてしまった身体の筋肉をつけるためのリハビリに取り組んでいる。若いからすぐ取り戻すだろう。退院したら俺と一緒に暮らしながら大学へ通うことになっている。

「おい、あの時、病院で何があったのだ。ともみは行ったんだろう。変じゃないか。弟さんは意識が戻りともみは下手になってしまった。何が起こったんだ」
ともみが散々な思いで海外から還り、またこのクラブで歌い始めた最初、大木はしきりと探りを入れてきた。
「俺にも分からん。ともみがベッドで歌うと弟が口で反応し始めたんだがそれでおしまいだったんだ。だが朝になって意識が戻った。何が刺激になったのか、とにかく意識が戻ったのは事実だ」
「ともみはエネルギーを弟さんに持ってかれちゃったのかな…」
「分からん。世の中にはたまに不思議なことが起きるというじゃないか。その類だな。きっと…」
俺は宇宙人のことを誰にも話す気になれなかった。話したとしてだれが信じるか。話したらまずテレビ局が飛びついてくるだろう。不思議なことは大いに好まれるのだ。
弟にはともみという歌手の歌がおまえを励まし、一役買ってくれたんだと言ってある。田部医師もあり得ないがそうかもしれないしそうじゃないかもしれない、けっきょくよく分からないと言い、人間の身体の不思議さに驚かされることはよくあるとそれほどこだわっていないようだった。

俺は落ち目のともみの歌を聞きにそれからもちょくちょくクラブを訪れていた。
大木はあきれた。弟さんの恩に報いるためにか、お前はそんなに義理堅い男だったのかと揶揄してきたが俺は笑っていた。
ステージが終わったともみを席に呼び、話したことがある。
「あのことは誰かに話したのか」
「ううん。誰にも。話したらまた大騒ぎになるじゃない。わたしもうそんなのいやだから」
「そうだな。俺もだ」
2人だけの秘密が親しくさせるのだろう。垂れ目で甘ったれた女だと思っていたが、あんがい自分が分かっているようだと見直し始めた。
「こんなことになってもまだ歌うのか」
「うん。前に戻っただけだもん。それでいいの。わたし歌っていたいの。好きなの。下手だってわかってるわ。でもやめないわ。ここはまだ歌わせてくれるもん」
「そうか…」
俺は自分のグラスに酒を注ぐとともみに差し出した。
「まあ、俺はちょくちょく来るよ」
「ありがとう」
微笑むと特徴のたれ目になる。それが今日は可愛く感じた。ともみはグラスの酒を何回かに分けて飲みながら
「でも無理しなくてもいいのよ」と言った。
「無理じゃない。そうだ、弟が近いうちに退院して東京に来るんだ。1度ここに連れて来るよ」
「わたしも会いたいわ。わたしの力じゃなかったけどお役に立てたんだもの」
宇宙人の力か…ともみと俺しか知らないことなのだ。
それからは話すこともないが、俺がいるとともみの顔が明るくなるのがわかる。ひょっとして俺もそうなのかもしれない。あれだけ騒がれ叩かれてもスタイルを変えることなくともみはただ好きだから歌い続けている。

天文学者の報告で、宇宙局は特別な計器装置を施したホールを用意した。そこでともみを公演させたが結果は指摘されたような波長など検出されなかったしあれほど熱狂させた声も何も感じなかった。自国の下手な歌手と同じかそれ以下という判断を下すともう見向きもしなかった。
天文学者も首をかしげるばかりで、今やともみの歌など聞きたくもなかった。
そうして数か月後、天文学者はずっと観察している連星星の片方が異常に輝き始めたのを発見した。
その輝きは外へ外へと広がり、まるで2つの星を守るように囲っていった。
天文学者はその輝きの波長を捉え分析して驚きを隠せなかった。
それは2つの波長から成っていた。
「メビヤ」と「ヒーリヤ」だった。


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