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作品名:メビヤとヒーリヤ 作者:サヴァイ

第2回   2

「すると、弟さんはともみの歌を流されるとわずかに身体が動くというのか」
「ああ、動くと言っても指とかまぶたとか、どこかがぴくっと反応するんだ」
俺は橋田に弟のことを話した。
橋田は大学時代からの友人で電波工学者だ。
週末に行った病院で主治医の田部医師からこのことを聞かされた。外来の待合室でともみの歌が流れると動いていた人の足が止まり、売店にやって来ていた入院患者もお金を渡す手を止めてしまうほどだった。入院患者からともみの歌を部屋に流してくれるようにという声が起きたのも当然かもしれない。
ためしに流してみると、大声を出していた人もうんうん唸っていた人もその時だけは、しーんとなり、病室に穏やかな空気が流れるという状況の中、弟にこうした異変が起きたということだった。
「ともみの歌は今や世界にまで広がっているんだ。おかしくないか。たいしてうまくもなく、落ち目の歌手だぞ。植物人間状態の弟まで影響があるということはきっと以前のともみの声には無かった何かがあるということだ」
俺は橋田に2枚のCDを渡した。
「ともみの昔のと今のだ」
「これを調べてくれということだな」
「そうだ。おまえなら声の波長を分析できるだろう」
「分かった。やってみよう」
橋田はそう言うと
「実はおれも気になっていたんだ。妙に聞き惚れてしまうんでね」
「おまえがか」
機器類で足の踏み場もないような橋田の色気もない部屋を見ても、この男が流行歌を聴くようながらじゃないのが分かる。橋田はずり落ちそうなメガネをちょいと治しながら
「まあな」と照れた。

2週間後、その橋田から分析が出来たからと連絡が入った。大木も行きたいということで2人で車で出かけた。
「ひじょうに面白いことが分かったんだ」
橋田は声の波長を線で表した記録を見せた。
「こっちが以前ので、これが今のだ」
2枚の記録用紙が机の上に並べられた。大木と俺は食い入るように見比べた。
  「同じように見えるがな……」
俺が言うのを遮るように
 「いや、待てよ…ここを見ろよ。微妙に違わないか」
大木が1小節の終わりの箇所を指差した。だが全く同じ線に見える。
 「分からんな」
 「目の違いだな。俺は対象物をよく見るのが得意だからな」
大木の言葉に
 「その通りだ。同じに見えるが線にとても小さな揺れがあるのだ」
橋田はそう言って拡大鏡を当てた。
 「ほら、分かるだろう。ここだけではないのだ。小節ごとにみられるのだ」
橋田が指差すところを俺は拡大鏡で追った。なるほど確かにその揺れが見られた。ためしに以前の歌の波長も見たがその揺れがないのだ。
 「これが関係しているのか」
 「関係しているかどうか分からんが、違いといえばこれしかない」
こんな小さな揺れのために俺たちは熱狂させられてるのか。
 「それでこの揺れを音で再現してみた。ふつうは聞き取れない音域だが波長を暗号化するとだな」
橋田は電波機のダイヤルを回した。
 「よく聞いてくれよ」
橋田が慎重にある位置を探ると止めた。
 「人間の普通の声とは違う。電子音と思えばいい」
俺と大木は息を止めて音に集中した。
 「どうだ分かったか」
橋田が聞いてきた。
 「メビヤ……とか聞こえるな」
俺がそういうと大木も同じだと頷いた。
 「そうだ。メビヤだ。この音が小節ごとに入ってるんだ。意味はまったく分からんがな」
 「メビヤなんて聞いたことないな。どういう意味だ。なにかの暗号か」
 「それは俺も調べたがそういう意味の言葉は世界にないのだ」

 橋田のところを出て車に戻ると
 「けっきょく俺たちはあのメビヤとやらに引き寄せられてるのかな」
助手席の大木が溜息交じりに言った。
 「俺も分からん……だいたい当の本人からして分かってないんだろ」
 「おい、今夜も行ってみるか」
 「そうだな。気を付けて聴いてみるか」
 「そりゃあ無理だな」大木が苦笑いした。
 「だろうな」
 「だが、頑張って耐えてみるか」
そう言いながらも大木と俺はすでにうずうずと歌に焦がれていた。

この頃、ハワイの巨大展望台の天文学者がある発見に興奮していた。
日本のともみの歌はすでにここでも広まっていた。だが彼は科学者としてこの世界中の現象をそのままにはしていなかった。
彼はともみの歌の分析を始めたのだ。そして橋田と同じように波長からある音を探り当てていた。その波長に彼は何度も首を傾げて記憶を手繰り寄せた。その結果大変な発見をしたのだ。
彼は最近の電波望遠鏡がキャッチした電波の資料を机に広げた。
ある連星星の片方が突然爆発を起こし、その時発生した電波をとらえたものだ。その爆発は腑に落ちなかった。まだ星の最後を飾る過程をえていなかった。だが爆発した。
彼はその波長とともみの波長が同じことを突き止めたのだ。音で表すとそれは「メビヤ」と聞こえた。
この2つは偶然か、必然か。いやまさか関連性があるとは考えられない。だがなにかがある。宇宙からの暗号か。たかが1人の日本の歌手の歌に世界が熱病のごとく引き寄せられているのだ。ふつうではない。
彼はこの事実を上層機関の宇宙局に報告した。

橋田のところで「メビヤ」と聞いてから2週間後のことだ。
田部医師が上ずった声で「弟さんの口が動いて何か言ってるみたいだ」と知らせてきた。
ともみの歌が聞こえると反応するという。
「歌っているのでは」
俺がそう言うと
「いや、毎回同じ口の動きに見える。歌に合わせて開いてるのと違うようです。とにかく脳の中で何かが目覚めてきているのかもしれない。とても珍しい反応だ」
「ということは意識が戻るかもしれないのですか」
「まだ何とも言えないが、これは私の考えなのだが、ともみの歌をもっとはっきり耳元で聞かしてみたらどうだろうか」
弟は院内のスピーカーから流れるのを聞いて反応している。それならもっとはっきりともみの生声に近い音で聞かしたらどんな反応が起きるかやってみたいということだった。
「分かりました。ともみの歌っているクラブで録音したら持って行きます」
俺は早速その日の夜クラブへ行って1番前の席を確保し、ともみの歌を録音した。ともみは連日の過密スケジュールで寝不足なのだろう眼の下に隈が出来ていた。あれほど愛嬌を振りまいていた顔も元気がなく声もかすれ気味だ。それでもひきつけられるのが不思議だ。
大木は弟のことを聞くと病院までついてきた。メビヤのことが頭から離れんのだ。だから弟の反応が見たいと言った。
俺と大木と田部医師は弟のベッドを囲んで立った。
「じゃあ、流しますよ」
俺は弟の耳元でスイッチを押した。1小節目の終わりで手がびくっと動いた。2小節目で弟の口が開いた。3小節目で口から何か発し始めた。反応の速さに驚いたが3人とも耳を澄まして聞くことに集中した。
だが何を言っているのか分からなかった。言葉というより空気を吐いているようだ。
歌が終わると弟は何事もなかったように口を閉じてしまった。
「これは、すごいことです。意識的に口を動かしています」
田部医師は気持ちの昂ぶりを抑えられないようだ。
「だがいったい何を言っているのか…先生、方法はないのですか」
これが弟の意識を回復させる一歩につながるのか。弟は何を言おうとしているのか。
「おい、もう1度流してくれ、ちょっと思いついたことがあるんだ」
大木が言った。
それからカバンの中を探り録音機を出した。取材用のだ。
「弟さんの口元から流れる音を録音してみよう。それをまたお前の友人の橋田だったかな、分析してもらったらどうだ」
「そうか、おまえもたまには気がまわるな」
それからまた歌を耳元で流した。今度はすぐ口からの反応が出た。小節が終わるごとに口が動く。曲が終わるまでそれが続いた。
その後、録音したのを聞きなおしてみた。だが何もわからなかった。空気が流れるような音だが強弱があるようだ。
田部医師は結果をぜひ知らせてほしいと言った。そこから治療の糸口が見つかるかもしれないのだ。

橋田からの返事はなかなか来なかった。
俺と大木はそれからもクラブへ通い続けた。小節ごとに含まれているメビヤとはなんなのか。直接ともみに聞いてみたい。あんたは意識しているのか。
そのともみが近いうちに海外に行くからしばらくクラブに来ないということが分かった。スクープだ。
ともみの所属するプロダクションに問い合わせが殺到した。
海外でも生声を聞きたいという声も強く、公演することになったからと発表した。
だが具体的にはどこで公演するのかには触れなかった。
海外記者に問い合わせるとまだ決まっていないと言ってきた。。予定も決まってなくて行くのはおかしくないか。それで記者にもっと調べてくれと頼んだ。

このことで急に慌ただしく何日かが過ぎたある日ようやく橋田から連絡があった。
大木は待ってましたとばかりにくっついてきた。弟は何を言っているのか。
橋田はこの前と同じ部屋に案内すると、さっそく言ってきた。
「空気の流れのような音だが、波長にするとまた不思議な言葉を発見したよ」
「まさかまたメビヤか」
先に俺が答えると橋田はにやにやして首を横に振った。
「新しい言葉だ。なんの意味かまだ分からんがこう言っている。ヒーリヤと」
「ヒーリヤ?」
俺と大木が同時に声を出した。
「ああ、興味深いな。ともみはメビヤと言い、弟さんはヒーリヤと言っている。関係あるのかな」
 メビヤとヒーリヤ…いったいなんだ。
 「暗号か?」大木が言った。
 「名前じゃないか」橋田が言った。
 「だとすると呼び合っているのか。お互い知らないんだぞ」
 植物人間になってしまった弟がどうしてそんな言葉を発したか…
 「おい、どうだ。ここはひとつあたってみるか」
 「大木、お前心当たりがあるのか」
 「いやともみにじかに聞いてみるのさ。ひょっとするとなにか反応があるかもしれないぞ」
「あまり当てにならないな。ともみすら自分がメビヤなんて発してるとは気づいてないだろ、あのたれ目のちょっと間の抜けたような娘だからな」
 それでもとにかくクラブに行ったらなんとかともみと接触して聞くことにした。急がないと海外に行ってしまう。その前にしなければならない。


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