「飛行機で移動するなんて贅沢だな博士」 目の前の飛行機にわくわくしながら言った。飛行ルートの敷けないマライ島の住民にとっては羨望の的だ。小型と言えど飛行機なのだ。乗るのは生れて初めてとあって興奮した 「ははは、こちらでは普通のことだよ。これから向かう町まで大陸横断鉄道を使うとしたらどれぐらいの時間がかかるか知ってるか」 「えっ、どれぐらいって……」 島のバスは二時間もあれば一周に充分だ。鉄道だったらもっと早いだろうな。 「想像つかないよ」 「二十時間だ。驚いたろう。それでもこの国の半分も横断してないだろう。この国では飛行機は市民の足だよ」 「すごーい! 」 「飛行機では二時間ぐらいだろう。空からの眺めを楽しむには充分な時間だ」
平日とあって乗り込む客は十数人しかいなかった。博士の言う通り市民の足らしく特に観光らしい服装の客は見あたらなかった。この国ではごく当たり前の風景なんだな。 飛行機が離陸を開始した。機体がぐんぐん空に向かっていく。 空に浮くなんてすごーい! 前方は一面空! 急いで円窓から下を見る。町や人々が小さくなっていく。そして町がすっぽり見渡せるまでに上空に上がるともう周りの広い農場や遠方の草地までも見えて来た。そしてずんずん前に飛び進んで行く。
「すごーい」
さっきからすごいの連発だ。なにもかも初めてなのだから言葉はそれしか出ない。 「博士、見て! もう町があんなに遠いよ! 」 飛行機の後方に町が遠ざかっていく。農場も。そして前方は人も建物もまばらに淋しくなって来た。 円窓から見える範囲の景色を見逃さないとばかりにキョロキョロ身体を動かしていたら隣の博士が小突いて来た。 「飛行機をあまり揺らせないでくれよ。落ちるぞ」 「えっ!」 「ははは、冗談だよ。でも落ちることもあるんだぞ。これからの景色は単調な砂漠になる。じき退屈になるだろう」
博士の言った通り、町も農場も見あたらなくなって淡々とした砂漠が下に広がった。 それでも全くの砂ばかりでなく合間に灌木がかたまっている。そんな景色がしばらく続くと興奮も冷めてきてあくびまで出て来た。
「あれ、博士、見て。動物がいる。それもたくさんだ! 」 単調な視界の中に突然飛び込んできた砂漠の生き物に目を見張った。 「分かった! あれは羊だ! 」 と言うことは……やっぱり! 群れの端の方を探すと犬が見えた。羊を追い立てているようだ。続いて馬に乗った人達が見えて来た。 「わあーカウボーイだ! 博士、こんな砂漠に牧場があるの? 」 「ああ、この辺の砂漠は下に地下水を含んでいて、灌木やら草地などが育つから羊の放牧もできるのだよ」 「ああ、柵も見えて来た。広いんだなー。この牧場一つでマライの島がすっぽり入ってしまいそうだね」 「そうだろうな」
しばらく過ぎるとまた羊の群れが見えた。彼方の地平線を見てもどこまでも同じ砂漠の風景だ。博士は新聞を広げ始めた。旅慣れているから景色などにいちいち興奮するでもなく、時間をすごためのものもちゃんと用意している。周りの客も変わりなくそれぞれ本を読んでいたり目を閉じて眠っていたり、燐客と雑談したりしている。
それにしてもなんて広いんだろう……まだかな……
いつのまにか目を閉じてしまったようだ。 ただ、完全な眠りがやって来る前に単調な砂漠の風景が暗くなったなとは思った。その暗い闇の中を自分はすごいスピードで飛んでいる感覚があった。やがて向かっている前方に無数に光り輝く星が見えた。ああ、これは夜空だなと思った。その夜空の中をさらにすごいスピードで進んでいる。大小の星や銀河や星雲が飛び去っていく。教科書でしか見たことのない宇宙の姿。その中を飛んでいる感覚にどうして? と不思議に思った。突然、前方にボウーっと光っている星なのか雲なのか分からない球体が現れた。 どうやら自分はそこに向かっているらしい。どんどん近づいて行く。あっ、ぶつかる! と思った瞬間、乳白色の霧の中に包まれた。その乳白色の中ではチカチカと細かい輝きが現れては消えている。
なんだ? どうして自分はこんなところに? しかも自分の身体は見えないのに意識だけははっきりしている。夢? かな…… 〈これは私の生まれた星だよ。地球では星と言えば個体を指しているようだがこういう気体の星もあるんだよ〉 意識の中に割り込んで来た覚えのある呼びかけ。そうだ、宇宙人だ。考えてみればどこかで生れてるわけだ。故郷があってもおかしくは無いが、こんな気体の中で生れるものなのか? 〈地球人が発見してきた見方だけでは宇宙は推し量れないよ。宇宙はまだまだ驚くことばかりだ。なにが起きてもあっても受け入れる意識が必要だ〉 そんなこと突然言われても慣れてないから無理だよ。僕は地球のことすらろくに分かってない。小さな島に生れ育った人間だからね。 〈まだまだこれからだ。君の細胞はどんどん成長していく段階にあるから可能性を秘めている。わたしの存在も慣れてきているからね〉 慣れる? まさか、事実だからどうしようもなくて、追い払うことも出来なくて、認めているだけだ。 〈そう、認めるという行為そのものが可能性があるんだ。認められないとわめかれたら頭がおかしくなってしまうだろう。私はアマトのその可能性のおかげでこうして存在出来ている。今の君なら故郷を見せてもきっと受け入れていくだろうと思ったから見せたのだよ。君の見た広い砂漠よりもはるかに雄大な宇宙と時の流れをいつか見させてあげたいと思っている〉 なんだかとてつもないことを言われているのに妙に平気で聞いている自分がいる。やっぱり夢かな……待てよ、今、広い砂漠とか言ってたけど……あれっ! そうだ! 僕は飛行機に乗って砂漠を見ていたんだ!
ハッと目が開いた。いつの間にか眠ってしまったんだな。それにしてもすごい夢を見て……いや、そうじゃない。あれは宇宙人が見せてくれたんだ! そうだ、宇宙人の故郷とか言ってた! 「起きたようだね」 ガバッと、身体を起こした僕の気配に博士が言ってきた。 「ほら、見てごらん。土の色が変わっただろう」 「土? 」
さっきの生々しい宇宙の映像から抜け切れていない頭で窓に目を向けた。あれっ、いつの間にか砂漠の色が赤茶けた色に変っている。 「本当だ。赤っぽい」 「この辺の土地は鉄分を多く含んでいるからだ。この辺はオーストラリアのほぼ中心なんだよ。もうじき左前方にエアーズロックと呼ばれる巨大な岩が見えてくるはずだ。見えたら目ざす街が今度は右手に見えて来るからね」 「もう……というか、博士、僕どの位眠ってしまったの」 「そうだな、三十分ぐらいかな。慣れぬ旅で疲れてるんだろう、ぐっすりだったよ」 「三十分か……」 たった三十分で宇宙を突っ走ってきたんだ。 「博士、その三十分の間に僕、宇宙旅行に行って来たよ。僕のここ……」 と言って頭を指差した。前の席に客がいるから『宇宙人』と言うのは避けた。 「の人が故郷を見せてくれたんだ。想像つかない世界だった」 「ほうー。それはすごい! 驚きの目で博士が言った。 「私もぜひ見たいものだな。伝えておいてくれよ」 「うん」
まもなく、博士の言った岩が遠くに現れた。 「エアーズロックだ。やれやれ、やっと空から降りられる。実は私は飛行機はすきではないのでね」 そう言って新聞を畳み始めた。他の乗客もカバンに物をしまっている。町が見えて来た。 砂漠も緑が多くなり、農場も見え始め、やがて建物がかたまっている町の手前の飛行場に機体は着地した。そこから、すぐバスに乗って町の中心で降りるとホテルに向かった。 「博士、砂漠の町と言ってもすごい賑わってますね」 前をさっさと進む博士から離れないようにしながらも周りの人や建物、乗り物に目を奪われた。 「マライ島の一番の町、パモナよりうんと大きいなー」 レストランも商店も町と言っても都市並だ。 博士はホテルに入ると、フロントで宿泊の手続きを済ませ、アマトと自分の大きな手荷物を預けた。それからロビーの一角にある喫茶に入って言った。 窓側の席で男の人が大きく手を振っているのが見えた。 博士も手で応えて向った。 「あの人がジャクソン? 」 「そうだ。彼が今日は案内してくれる」 博士とジャクソンは両手でしっかり握手を交わして久し振りの再会を喜び合った。 「今回は、君に世話になって悪いが、現地のことはさっぱり分からないから、よろしく頼むよ」 「だいじょうぶだ。幸い、診療所も今は暇だし、助手がいるから」 ジャクソンは医師だ。僕を見て来た。優しく頷く。博士から僕の事は伝わっているようだ。だが宇宙人の事は言ってない。
ジャクソンの運転でさっそくガイの故郷の炭鉱街に向かった。 「昔と違ってあの炭鉱も近代的に整備されたし、アパートがそのまま存在してるかどうかわからないな」 ジャクソンが運転しながら言ってきた。
車はじき町はずれに出た。これからまだ一時間ほどかかるという。 飛行機からは見えていたエアーズロックは全く見えなかった。道路はきちんと舗装されていて時々、小さな町を通過したりして炭鉱街にようやく着いた。 ジャクソンがガソリンスタンドで目ざすアパートを聞いて来た。 「建て替えられたが、まだあるそうだ」 ジャクソンの運転で車はガイが小さい時に住んでいたというアパートに向かった。 果たしてまだそこにガイの事を知ってる人が住んでいるだろうか。不安と期待を抱きながらアマトと博士は車の進む方向を見つめた。
|
|