ようやく着いた時にはやっと船から降りられる解放感に満たされ、オーストラリアの大きな港を目にしてからはまだ気持ちの端にくすぶっていたジョセの存在がすーっと消えた。 「すごーい! 」と目にする景色にあっけにとられ興奮してきた。マライでは見ることもないような大きな客船が港の近くにたくさん停泊しているし、港ではいろんな肌の人達がカラフルな色や形で、また背広姿でと様々な服装で歩き回っていた。アマトは珍しげにキョロキョロと周りを見回しながら博士の待っている場所にようやくたどり着いた。 「きょうはもう遅いからここで一泊して明日、飛行機で現地に飛ぶからね。なにかおいしい物でも食べに行こう」 博士がホテルに案内してくれた。
「アマトは島から出たことはないのか」 ホテルのレストランから見える夜景に圧倒され、窓にぶつかりそうなほど顔を近ずけていた僕の姿に笑いながら聞いて来た。 「マタイよりはもっと大きな島に見学に行ったことはあるけれどね。こんなの初めてだ! 本当は僕が学校に進級する時にオーストラリアに連れて行ってくれるって父さんが言ってたんだ」 「そうだったのか……」博士の顔にちらっと哀しげな色が走ったようだったがすぐに優しい笑顔を向けて来た。 「オーストラリアはいろんな国の人々が移り住んでいる国だよ。もちろん昔からの原住民もいる。沿岸地域に発達した都市は新しく移住してきた人達が開拓して発展させてきたんだ。国土は広い。農業も牧畜も盛んだ。明日、行くところのすぐ近くには砂漠もある」 「砂漠だって! アフリカだけじゃないんだ! 」 「砂漠は世界のいたるところにあるんだよ。これから世界にも目を向けて勉強して行かないとな」 言われてなんだか懐かしい気がした。そうだ、博士の言い方がまるで父さんみたいだったからだ。 「おっと、肝心な話しをしよう」
その時、料理が運ばれてきた。 「君の友人は料理よりも話しの方が早く聞きたいだろうが、目の前の料理を我慢することはないだろう、さあ食べよう」 「うん、こりゃあ、すごい! これ何の肉なの」 鉄板の上でジュウジュウと熱々の音をさせている焼き肉がまわりにおいしい匂いを放っている。マライの島では嗅いだ事のない香りが混じっているようだ。 「これはラム、子羊の肉だ。うまいぞ。オーストラリアは羊の名産地だからな」 「おいしい! 」 肉だけではない。野菜も果物も僕の島では見たこともないのが出た。 「どうだ、果物は」 「うーん、おいしいけれど、やっぱり島の方がもっと濃厚な甘さがある気がする」 「そりゃあそうだろう。本場南国の味には勝てないだろう」 僕のガツガツさに博士が感心したように見て来た。 「すごい食欲だな。大きくなるわけだ」 「うん、タネおばさんも言ってた。服がすぐ小さくなるって」 「目はお母さん似だが体格はお父さんの血を継いだようだな」 博士はもう腹が膨れたと言って食べていない。アマトの食べっぷりに目を細めて、優しく微笑んでいる。 「食べながら聞いてていいからね。話しを続けよう」 ワインを一口飲むと、さてと話し始めた。
「私とアマトのお父さんが行っていた大学と偶然だがガイも同じだったんだ。それが分かって大学にそのまま教授になっている友人がいたから会ってきたよ」 博士はちらっと外の夜景に目をやったが顔を戻すと、また続けた。
「ガイは私らより五年後に大学に入ってきた。かなり秀才だったそうだ。大学に残って物理の研究をしていくものと教授達も思っていたのに国連のしかも少し変わった組織『宇宙局特捜隊』の仕事につくと聞かされた時は周りの人間は驚いたそうだ。友人は直接面識がないからガイの学部の教授から聞いた話だそうだが、もともと変わっていたというか、とっつきにくい人間だったらしく、特に親しい友人ができることなく卒業している。その教授はガイの生い立ちを少し知っていたようで気にかけてはいたそうだが」
聞きながら料理をたいらげたアマトを見て博士は話しをまた中断して近くのウエーターを呼んだ。 「ああ、飲み物を頼む。アマトは何がいい? 」 「僕はオレンジュース」 「じゃあ、それと私のワインももう一杯」 「かしこまりました」 ウェーターが二人の空いた食器を片づけて去っていくと話しを戻した。
「教授がそれを知ったきっかけと言うのは、入学したての学部生を連れて科学博物館に行ったおり、昼食に近くのレストランに入ったらそこのウエーターが、ガイじゃないか、と声をかけて来たのだそうだ。その時のガイが一瞬眉をしかめてからウエーターをちらっと見ただけで、返事もせず無視した態度を取っていたので相手も気まずくなって去って行ってしまったんだが、教授は気になって、後日そのレストランに出向いてウエーターに会い、ガイとどういう知り合いなのか尋ねたそうだ。それでガイの出生地が分かったんだよ」 「えっ、分かったの! 」 「ああ、彼はガイと同じ故郷で幼馴染だったそうだ。炭鉱の町で同じアパートに住み父親も同じ炭鉱夫として働いていたんだが、小学校に上がって間もなくガイの父親は炭鉱の爆発事故で亡くなって、その後、母親が炭鉱街の食堂で賄い婦として働きガイを育てていたのだが……」 「お待たせしました。飲み物です」 ウエーターが両足をピタッと付けてテーブルに飲み物を置いた。 「ありがとう」 ウエーターが去っていくのを見届けてから 「さあ、飲もう」 博士はちょっと間をおいていよいよ話しの核心に触れた。
「九才のころの話しだ。ある日ガイの母親がいなくなるという事件が起きたんだ。いや初めは二人ともだったんだがガイだけアボリジニーの村で発見され、戻ってきたそうだ。戻ってきたガイは周りに母親を助けてくれって大騒ぎをしたそうだが、それがとんでもないことを口走るもんだから、ガイは気がふれたんだろうってことにされてしまい、近くに見寄りもなくとうとう精神療養施設に送られたそうだ」 「彼がガイと分かったのはその後、偶然、町の中等教育学校で一緒になったからなんだそうだ。そうでなかったら分からなかっただろう。九才の頃から会ってなかったら面影などうっすらとしか覚えてないし、まったく顔立ち、身体つきも変わってしまうからな。ちょうどアマトが今、どんどん成長しているようにね」 「彼は、驚いて懐かしく声をかけたのだが、ガイの人柄が全く変わってしまったことにさらにびっくりしてしまったそうだ。小さい時から同じアパートで育ったから、よく遊んだ仲だ。知らない者同士ではないから懐かしんでくれると思ったらとんでもなく、まるで心を閉ざしてしまったようで、昔のようには戻れなかったそうだ。預けられた施設から通っていたガイは誰とも打ち解けず、孤独な存在だったが、成績は小さい時と一緒でずば抜けて優秀だったので、周りは余計に近寄りがたかったそうだ。そしてガイはさらに奨学金で上の学校に行ったということだ」
アマトはジュースを飲みかけたままだったことも忘れ話しを聞いていた。強い関心が湧くのを感じていた。それは自分でないアマトの内部の宇宙人の意志も働いているのも感じていた。 最近では、自分の意思と宇宙人のなせる意思が分かるようになってきた。 「聞きたいのは分かっている。ガイの口走った内容だろう」 コクりと頷く。ガイの人格をガラッと変えさせたものは何だ。 「さすがにそのウエーターも言い淀んでいたそうだ。昔の友の古傷をえぐるようなないようでもあるし、あまりにバカらしく思われるんじゃないかと躊躇したんだろうな。友人が、ガイは優秀な私の学部生であるから親しくなりたいと思っていると説得してようやく話してくれたのが……」 博士が声を落とした。周りのテーブルに目を配ると 「驚くなよ。ガイは母親は『宇宙人にさらわれた』とみんなにわめいたそうなんだ……」 「えっ! 宇宙人! 」 ずんと衝撃が起きた。 「そうだ……」
間が開いた。
博士は腕を組んだ。今でこそ『宇宙人』と聞いて動揺することは無くなったが、大学教授の友人の戸惑う様子が手に取るように分かる。 「ただ、そのウエーターは言ってから、これは違うかもしれない。僕は本人からそう聞いたんだけど僕の父から、本当は宇宙人なんかじゃない。おまえにはまだ分からないことだと言われ、それ以上周りに言いふらすな。と叱られて、アパートの大人達もそのことにはもう触れないような雰囲気があった。ガイは精神療養施設に預けられ、ガイのお母さんのことはだんだん忘れられていったそうだ」 「……」アマトは黙っているが身体の中はざわざわと落ち着かない。 「私の友人もさすがに鵜呑みにはできなくて、たぶん、子どもの目には分からない大人の事情があったのだろうと言っていたがね」 「博士、でももしガイの言ったことが本当だったら……」 「うーん、私もそれを考えたんだ。これは真相を調べたほうが良さそうだなとね」 「そうだよ。『宇宙人』」 アマトの声が大きかったので博士が慌てて口元に人差し指を立てた。 「アマト、声を小さく」 「あっ、……そうだった」思わず首を縮めて周りに目をやった。 「だって、本当にいるんだから、きっとそうだよ」 「そう興奮しなくても、ちゃんと、その手はずを取ってあるから」 博士が苦笑して言った。 「明日、ガイの故郷の炭鉱に行って、そのウエーターのお父さんに会おうと思っている。それと、ガイを発見してくれたアボリジニーの村にもね。幸い私の知り合いが近くで療養所を開いているから、彼に案内を頼んであるから」 「すごい、さすがに博士だ」 博士はニヤッと笑い「さあ、明日からちょっとハードスケジュールだぞ。今日は朝から船に揺られ疲れただろう。寝るとしよう」そう言うと立ち上がった。 「そうそう私の都合で学校の方は休ませてしまったがだいじょうぶだったかな」 「あっ……」 ガイの謎にすっかり飲み込まれてしまい、現実を忘れていた。 「うん、体育祭が終われば、長い期末休みに入るんだ」 「体育祭が近いのか」 「三週間後だよ……」ジョセの顔がまた急激に蘇った。 「浮かない顔だな。今週にしたのはまずかったかな」 僕が一瞬眉を寄せたので博士は何かあると見抜いたようだ。 「体育祭か……アマトはラグビ―に出るのか」 図星を突かれて返事に詰まった。 「ラグビーは僕より強いのが一杯いるから選手じゃなくて、補欠になっているだけ。僕はクラス対抗のリレーの選手だよ。だからだいじょうぶだよ」 「ほんとうはラグビーがやりたいんだろ。ジョセ達と」 「うん、それはそうだけど……寮には入れないから」 「寮か……」博士が呟きながらちょっと苦笑して僕の頭を見て大げさに言った。 「アマトはたいしたものだ。よく我慢してる」
思わず僕も苦笑したが、なんとなく後ろめたい笑いだ。 博士は僕がタグラグビーの試合で活躍したことを知っていて、我慢する僕を褒めてくれているのだ。まさか宇宙人の力を借りていたことは知らない。僕自身だってその時は自分の中にそんなのがいるなんてことを知らずに有頂天になっていたんだから。 自分の本当の力量がわかってるから、それを知られるのがみじめだから逃げたんだ。そのことで悶々と悩み苛立ち、宇宙人と言い争ったりを繰り返した。そしてようやく自分自身の力でやっていけばよいのだという気持ちに落ち着いたばかりだ。 博士はこうしたいきさつを知らないから僕に同情して宇宙人に言い聞かすようにわざと言ってくれてるのだろう。さいわい、宇宙人は博士に反論するという感情は抱かなかったようだ。いまいましいという感情も持ち合わせてないのかもしれない。地球人とは異質なのだ。
|
|