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作品名:アマトの宇宙(そら) U  作者:サヴァイ

最終回   53
 アマトはその後、ケーシー博士と世界の居住区を廻った。外に出る時はいつも防護服を身にまとわなければならなかった。
北極圏や南極近くの大陸は放射能が高すぎてもうだれも住んでいなかった。それにオゾン層の破壊も深刻だった。

「紫外線を浴びると免疫力が落ちて病気にかかりやすくなり、癌や失明になった人が大勢出たのだよ」

 極端な天候のせいで砂漠化も進んでいた。
 地上に出ることはもはや死を意味する。生き残った人々は地下居住区で限られた食糧でしのいでいた。その居住区すら間に合わない小さな部族は山に穴を掘っただけという生活で放射能から完全に逃れることさえできない状態だった。マライのような赤道近くは逆に放射能が薄く、地下居住と言っても食糧には恵まれていた。
 どこへ行っても放射能の影響で生まれた子どもは身体をむしばまれ、核施設があった近くの居住区は子どもすら出来なかった。
 お腹をパンパンに腫らした子、頭が身体ぐらい膨らんだ子、がりがりに細った子……正視するのが耐えられない。でも博士は声を掛けながらその子たちを診察して廻っている。
 こういう状態の中で僕は移住の話をしなければならなかった。ここから逃れられるなら移住の話には本気になってくれると思っていた。だが実際はそうはいかなかった。
特に年寄りはまだ何十年かは暮らせるならこの地球で終わらせたいという気持ちが強かった。
 散々逃げまどい、ようやく地下居住で落ち着いたのだ。遠い宇宙の見知らぬ星へいまさらまたどんな苦労が待っているかもしれないというのに動くのは嫌がった。
 またある人は地球人としてここで終わるのを受け入れると言い張った。
 若い人も両親を置いて去ってはいけないし、子どもも出来ないなら移住する意味がないと考えていた。
 宇宙ステーションや月基地にも行った。中に入ってしまえば放射能の心配もなく食料品も培養技術の発展のおかげで困ることはない。地球よりも生活は豊かに見えた。だが月も宇宙ステーションも大気が無い。建築物は永久ではない。いつか摩耗し疲労する。それを補う技術や物質も保証はない。ひとたび外に出たら宇宙線を浴び、死しかない。絶えずそのことにおびえながら生活しなければならないのだ。
 彼らは地球を眺めながらその偉大性にようやく気が付いた。地球がまた元のように住めるようになるのを祈っているのだ。あと何十年の辛抱だと。
 あと何十年……この声をいつも耳にする。
 それに望みをかけているのだ。

「博士、僕はそれ以上は言えない。宇宙人からはっきりどうなるかなんて聞いていないから……」
「アマト、焦るな。今はじっくり考えられないからだ。価値観や思想は簡単には乗り越えられないだろう。だがきっと、考え始める人たちが現れる。覚悟をもって挑む人たちがな」

1年経ち2年、3年も過ぎた。

 僕はマライに戻った。宇宙人との約束だ。いつ連絡があるのだろうか。
 最後はマライのバラムの人と過ごしたかった。僕の移住する決意は固かった。マライの居住区で僕はみんなに移住をするよう説得した。だが年配者は首を横に振った。同じだった。
 サキおばさんとディオはもう歳だからとやはり断ってきた。せめてジョセやハントやまだ残っている若い者は地球人の未来のためにと何度も説得した。だが時間をくれと言ってなかなか決められないようだった。
 そしてとうとうその日がやって来た。身体に感じた宇宙人の合図……帰って来ただ。国連に通信を送った。その日が来たらケーシー博士とベンがまた迎えに来て、洞窟に宇宙人を迎えに行く手はずになっていた。
その迎えの円盤が校庭に着いた時、僕はバラムの居住区の人たちに最後になる声をかけた。

「みんな、とうとう迎えが来ました。僕はこれから宇宙人を迎えに行ってそのまま国連に行きます。おそらくじきに移住の希望者は集まることになるでしょう。最後です。どうか1人でも移住を決意してください」

ジョセやハント、村の人と別れの握手をしていくうちに悲しみが押し寄せてきた。別れるということはこういうことなんだ。涙がにじんできた。こんな思いをするのだ移住者は……
 出口にアシネが立っていた。パシカの娘だと思うと余計に別れが辛い。
 アシネがそんな僕の目を見つめている。どんなに来てほしいと願ったか。

「さようなら……お父さんを大切に」

それだけをなんとか言ってからアシネを抱きしめた。

 宇宙ステーションから緊急連絡が入った。
 それは僕たちが洞窟に宇宙人を迎えに行きそのまま国連に着いた時だ。
 巨大な円盤が地球の大気圏外に現れたということだった。
国連の対策委員会がすぐ招集された。そしてその円盤が移住者を迎えに来たことを宇宙人から知らされた。
 移住が現実となってきた。
 国連は世界に移住希望者は国連に集まるように連絡をした。
 アマトの心は複雑だった。別れがどんなに辛いかを経験しただけに果たして何人の人が集まるかも予想すらできない。この間、みんなに説得してきた。僕の話で決意してくれた人はいるのか……
 指定した日がやって来た。アマトは広い地下駐車場で対策メンバーとケーシー博士、ベンとともに待ち受けた。
 来た! 1台の円盤が到着したのを見てアマトは目頭が熱くなった。月基地からの円盤だった。ハッチが開いて降りてきたのは若い男女数人と赤ちゃんを抱いている夫婦らしきカップルだった。不安な面持ちで僕たちの方にやって来た。僕は進み出て手を差し伸べた。
 お互い無言だ。だが気持ちは通じている。これからともに生きあっていく仲間なのだ。
それからは奇跡だと思った。円盤が次々とやって来たのだ。降りたのが1人だけというところや10人以上というところもあった。だいたいは数人だったがそれでも人がだんだん増えて集団になっていくにつれみんなの顔が明るくなっていくのが分かった。そして僕にとって最高の贈り物が目の前に降り立った。あきらめていたマライからの移住者が10名以上もいた。その中にジョセとミオン、ハントとそれにアシネの姿があったのだ。僕は思わず駆け寄ってみんなを抱きしめた。涙が溢れていた。

「来るって言ってなかったじゃないか……」
「驚かそうと思ってな」と僕の肩にジョセが腕を回して笑っていた。それも泣きながら。

ハントが今のは冗談だと言って

「いや、本当はぎりぎり迷っていたのだよ。もうお前みたいに若くはないしな。でもジョセの親がお前たちは行けって。俺はアシネだけでも行かすつもりだったがこいつがお父さんも一緒でなければいやだって言い張ってな」

 ハントは娘のアシネを苦笑しながら見た。
 アシネはハントに微笑み返すと僕を見てきた。
 パシカ……僕は思い出していた。その微笑はパシカそっくりだ。生きていたら絶対連れて行っただろう。パシカも付いていくと言っただろう……
 楽しかった日々……クロがいて、タネおばさんがいて明るくおしゃべりなパシカがいた日々。
 僕だけじゃないここにいる人たちもみんなそんな思い出の日々がある。その思い出を胸に旅立つのだ。

「アシネ、よく決意してくれたね。とても嬉しい。お母さんの分も生きていこうな」

アシネの手を取り固く握りしめた。

「おいおい俺は子どもは出来ないからな。俺たちは子守爺と婆だ。なあ、ミオン」ジョセの言葉にミオンが笑って頷いた。2人とも明るく振る舞ってはいるが親や村の人と別れるときは泣いたことだろう。そして決意してくれたのだ。

移住者は300人を超した。世界から見たらごくわずかだ。だがこれは地球人の残りを掛けた偉大な数だ。
 ハイツ博士がヘンリー博士がそしてキムラ博士にエミリー博士もこの集団を見つめていた。
出発の時が来た。
ハイツ博士が用意された壇上に立ち

「みなさん」と呼びかけ始めた。
「よくここまで決意してくれました。あなた方はこれから地球を出て見知らぬ星で新しい地球人の歴史を刻みに行くのです。元気で生きぬいて下さい。そしていつかまたもとの優しい地球を訪れることがあることを私は心から願っています。ここに残る我々は出来る限りの努力をして地球と人々を守っていきます。我々のことを思い悔やまないで前を見て進んでください」

 博士の目から涙が溢れている。最後の声は震えて詰まらせながら言っていた。
 あちらこちらから鼻をすすりあげ、むせび泣く声が聞こえた。
 送る人も去っていく人も切なく辛い。身が切られる思いなのだ。

「さあ、昔で言えば船出です。大艦船がみなさんを待っています。航海の無事を祈っています」そう言うとハイツ博士は壇上から降りた。

 泣き腫らした目で僕の方に来た。

「アマト君、我々の勇者を紹介しよう。君とともに旅立つ勇者を」
僕の前に人が立ち始めた。対策会議のメンバーで新しく加わったまだ若い科学者たちだ。
「そして、私もだ」
と言ったのは
「博士!」
ケーシー博士だ!
「もうこんな齢で役には立たないかもしれないが、健康管理の相談ぐらいは出来ると思う。それに私の親友だったラファンの息子と別れるわけにはいかない。行ってもいいかな」

「いいかななんて……博士、ありがとう」
<博士、大歓迎です。よく決意してくれました>

70歳を超えた博士が僕のためについてきてくれる……僕はまたまた涙腺が緩んだ。
思えばマタイから家族で脱走をして遭難し両親が死んでからこれまでケーシー博士は僕を見守り、歩んできてくれた。宇宙人が僕にいることを知ってからも苦しむ僕を理解し励ましてくれた。僕の第2の父親といっていい。
ベンがそんな僕とケーシー博士の手を取って来た。

「アマト君、向こうでも頑張って下さい」
「ベンは行かないのですか」
「私は、まだ地球でやらねばならないことがあります。私の発明を待っている人たちがいます。ここで頑張るのが私の使命だと思っていますから悔いはありません。科学者としてはコアの発達した文明を見てみたいですがね、それは私でなくこちらの若い科学者が学んでくれるでしょうから」

ベンはそう言って微笑んだ。迷いのない澄んだ眼差しだった。

こうして我々移住者は国連を後にして大気圏外で待つコアの大きな円盤に向かった。
我々を降ろした円盤と宇宙ステーションや月からやって来たたくさんの円盤が我々の旅立ちを見送るためにやって来ていた。
 地上では荒れ狂っている地球も外から見るとまだまだ青い空や海が美しかった。
 住めなくさせてしまったのは人間だ。地球は太古の昔からあらゆる生物を育んできたというのに我々はなんという仕打ちを地球にしてしまったのだろう。

「さようなら」

「さようなら」

口々にスクリーンに言葉が掛けられた。地球と見送ってくれるたくさんの地球の仲間に。
円盤が動き出した。
 スクリーンの地球がどんどん遠ざかり小さくなっていく……やがてそれはたくさんの星の1粒になった。
 

           エピローグ


居住区の駐車場はごった返していた。
というのも今日は子どもたちの遠足でコアの隣の星に行くからだ。

「あれ、パシカは」

 ジョセとミオンまで見送りに来た。

「とっくに友達の所へ飛んでったさ」と僕が言うと
「あらあそこよ」

 妻のアシネが指差した。

 地球の子はここでは小さいから見つけにくいがさすがに母親だ。
 大きな体格のコア星や異星の子は地球の大人ぐらいはある。
 その中にまぎれて見え隠れする地球の子が数人。異星の子たちとはしゃぎ、たわむれている。その明るい顔を見ていると、移住という道を取ったことは間違いでなかった、よかったんだと思えるようになった。
 コア星に着いてから8年が過ぎていた。移住した当初、予想した通り移住者は異星人の体型や生活の違いになかなかなじめず、ともすると地球人通しで固まってしまうことが多かった。
 だが異星人の方から分け隔てなく声をかけられているうちに少しずつなじんでいくようになった。若い者が多かったこともあって幾組かのカップルが生まれ、子どもが出来る人もいた。だが地球で放射能を浴びている身体から正常な子が産まれるかどうかという大きな問題を抱えていたからみんなで心配したものだった。
 ケーシー博士や医者が身体に入った放射能除去のことでコアの医療技術の力を借りて
胎内にいるうちに異常を発見し治療することが出来るようになり、このことがきっかけでコア星人に感謝し積極的に接していけれるようになったのだ。
 僕も自然とアシネと結ばれ、そして娘が生まれた。名は迷うことなく2人ともパシカと決めていた。
 ハントが、俺はお爺さんか、アマトの子が自分には孫になるとはなと嘆いたりしたが、パシカの可愛がりようは孫に対する愛情そのものだ。

「出発ですよ」

と声を上げているのは引率者の教師だ。
パシカが走ってやって来た。

「お爺ちゃん、お父さん、お母さん、ジョセおじさん、ミオンおばさん、行ってきます」
「おお、気をつけてな」初めに名を呼ばれてハントは顔を崩している。
「行こう」

隣のコアの子がパシカの手を取った。背は高いが顔を見るとコアの特徴の大きな丸い目がまだ顔の下側にあって幼いのが分かる。
「うん、行こう」
2人で集まっている友達の中へ駆けて行った。
にぎやかな子どもたちを乗せた円盤が飛び立って行った。

「何日行ってくるんだ」とジョセが聞いた。
「5日だって」
「うらやましいなー。俺も子どもの時にあんなふうに宇宙遠足に行きたかったなー」とジョセが言うと
「じゃあ、今度夫婦で宇宙旅行に行きましょうよ」
ミオンが言い返した。
「おまえとか」
「まあ、他に誰がいるの」
ぷくっと口をとがらす癖は年をとっても変わらないな。
「ところでアマト、宇宙人はあれから来たか」
あれからというのはパシカが赤ん坊の時だ。
「いや」
「ずいぶんと経つな」
「宇宙人にとってはわずかな時なのさ」
「8年か……」
ハントが呟く。

 その気持ちは地球人には通じる。ハントやジョセのように50歳代で移住した者には特にだ。予定は30年。そして8年が過ぎた。なんとか生きているうちに再び地球に帰りたいという思いはこの年代だから強い。ケーシー博士のような高齢で来た科学者はコアで没することを覚悟してのうえだ。移住する者の役に立てばそれでいいと身を決めていたから年数に執着がなかった。

「地球はまだ荒れているだろうな」

ふっと目を空に向けてジョセも呟いた。

「お父さんに叔父さん。だめだめ弱気にならないで。私たちは地球に帰った時にまた同じ道に戻らないと決めているのよ。コアやこの宇宙領域の思想を身に着けて変わらなければね。生活や生産方法など学ぶのよ。きっと役に立つわ」

ジョセとハントはアシネにたしなめられて

「やり込められたな」

二人は目を見合わせて苦笑い。

 僕にはジョセたちの気持ちも分かるしアシネの前を向いた考えも分かる。僕は両者に属しているからだ。
 だがもっと変わっていくのは子どもたちだ。地球を知らない新世代の子どもたちはなんなく身に着けて当たり前のようになっていくだろう。

「この前、パシカを科学館に連れて行って地球の映像を見せてやったんだ。これがお爺ちゃんの生まれた星だよってな」とハントが言った。
「そしたら、にこにこしてな」
「それで」ジョセが聞く。
「私が大きくなったらパイロットになって連れて行ってあげるとさ」
「そうよ、だからそれまで元気で生きていきましょ」
アシネは2人にそう言うと僕を見てきて微笑んだ。
コアの空は高くて遠い。
パシカたちを乗せた円盤はとっくに見えなくなっていた。


                         完



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