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作品名:アマトの宇宙(そら) U  作者:サヴァイ

第52回   旅立ち @

ハイツ博士がこれまで『M70』の存在を公表しなかった経緯を話し始めた。代表者たちの反応から見てすでにそのことを承知しているようだ。驚くこともなく聞き入っている。
『M70』とは何かという質問も出なかった。その代り目を引いたのは僕だ。ハイツ博士の話す間に何度か僕を見てくる目とかちあった。
その僕の存在がいよいよ明かされる時が来た。
『M70』に対して取って来たこれまでの対策は実は宇宙人からの提案からだったとハイツ博士が言ったとたん、代表者のほとんどの顔から聞き間違えたのかなという戸惑いが見られた。
ハイツ博士はその戸惑いを無視してさらに今後の対策を述べだした。
この磁場照射が50年にわたること、そしてそれと並行してアンドロメダ星雲から酸素の電波が送られ、向きを変えた星雲をアンドロメダ手前のブラックホールに吸収させてしまうというところまで話を続けた。
会場からざわめきが起きている。

「これは提案というより決定として皆さんには理解と協力をお願いするしかありません。もちろんこれが空想ではないことをみなさんに証明できるようになったからここで初めて公表したのです」
急に静かになった。
ハイツ博士が後ろの僕に向き直り、博士の隣の席に来るように言ってきた。
いよいよだ。
みんなの視線が僕に集まった。

「みなさん。この方はアマトと言います。ごらんのようにまだ20代の若い方です。ですが実際の年齢は54歳です。信じてもらえないかもしれませんが我々は『M70』対策委員会が発足して間もないころにこのアマト君とそして彼の中にいる宇宙人とは対面しています。その時に今回の対策が立てられました。だがアマト君はその頃の秘密組織『X』に拉致され、宇宙人は円盤の修理をさせられました。その修理を一緒にしたのがその後、国連に協力して今の円盤を発明したベン博士です」

みんなの視線に応えベン博士は立ち上がると頷いて見せた。

「アマト君が拉致されていなければその時、宇宙人の存在を明かしていました。残念ながら36年も経ち我々はすっかり宇宙人の協力をあきらめていました。そこへ帰ってきてくれたのです。地球はすでにこんな状態ですが『M70』に対してはまだ間に合います。当初の計画を実行できるのです。資料にありますようにこの磁場に影響のある地域や宇宙ステーションは移動をお願いします。特に地下居住がこれにあたるところの住民は国連が他の居住区を用意します」

ハイツ博士はいったん話を打ち切り、みんなの反応を眺めた。
みんな、資料を見たりハイツ博士を見たり隣の人と首を傾げあったりしていて、そのうち1人の人が挙手をして立ち上がった。

「今の話に大変驚いています。信じ難いですがあなた方科学者がわざわざこの場で嘘をつくようなことではありません。ですから先ほどから話に出てくる宇宙人を我々に信じさせるためにこの場に紹介してください」

ハイツ博士は僕を見て

「できますか」

と言ってきた。
対策委員会みたいな少数ではない。テレパシーはみんなに届くのか。

<ハイツ博士、やってみます。もし遠くまで届かなかったらアマトに移動してもらいます>
ハイツ博士は頷くと

「みなさん、これから宇宙人はみなさんに声を届けますが、気体星人ですので姿はありません。声はみなさんの頭にテレパシーで届きます。では聞いて下さい」

みんなハイツ博士に促されて神妙な顔つきで待った。

<代表者のみなさん。私が今紹介された宇宙人です。みなさんのような固体ではなく気体の身体です。気体星雲第40惑星からやってきました>

みんなの顔が驚きに変わっている。どうやら全員に伝わったようだ。あたりをきょろきょろし始める人もいた。

「手品ではありません。実際に存在しているのです。これで信用していただけたと思います。これから我々の準備ができしだい宇宙人は磁力線を5か所から発射させ、アンドロメダに向かいます」

「質問があります。よろしいですか」

大きな声を出して言った人にみんなが振り向いた。
代表者の中でも若く身体も大きくてがっちりした人だった。

「どうぞ」
「私は宇宙ステーションに住む者です。地球がなければ宇宙ステーションも成り立ちません。どんな協力も致します。地球は我々の故郷だからです。だが宇宙人にとっては全く縁のないこの地球をなぜそこまで援助して下さるのかが不思議なのです。我々はそうしてもらってもあなたにお礼できるものがないのです」

お礼、という言葉はアマトには意外だった。その裏にはなぜそこまで協力するのかという猜疑心すら見える言葉だ。いやこの人はただ素直に思っただけかもしれない。地球人の礼節のようであり見返りを求める意味も含むこの言葉。
<質問に答えます。私にはお礼という意味が理解できませんがなぜ協力するかということ
は答えられます>

やはり宇宙人には通用しない言葉だった。

<私は地球に来て当時少年だったアマトの身体に入りました。何か目的があったわけではありません。1万年前と人類の脳がどのぐらい変わったか関心があったからです。そのあと事件がいろいろ起こり『M70』という名の炭素星雲が地球に向かっていることが分かり地球人が全滅をするのを防ぐために協力することにしたのです>

質問したその人はテレパシーの答えを聞いて黙ったがさらに違う人が手を挙げた。

「私は科学に疎いのでアマト君がその若さで実は56歳というのは驚きです。なぜ36年も地球を離れていて今戻って見えたのですか」

この質問にはヘンリー博士が答えた。物理学で地球と宇宙での時間の違いはあることは理論的にはあり得るということ。そしてなぜ36年もかかってしまったかということを僕の代わりに話してくれた。
対策委員会の提案は反論もなく全員の同意を得られた。
ハイツ博士が閉会しようとした時、

<国連の代表者のみなさん。私から提案したいことがあります>

突然、宇宙人が呼びかけた。僕もケーシー博士もびっくりした。なにかを提案するとは聞いてなかった。

<ハイツ博士、話してよろしいですか>

対策委員会のメンバーも宇宙人が話そうとすることに関心と緊張が起こったようだ。
会場の代表者たちがハイツ博士の言葉を待っている。

「どうぞ話してください」

静寂が漂った。
なにを宇宙人は話すのか。
みんなの視線が僕に注がれている。僕にも知らされてないことなのか……

<みなさん。私はアマトと地球に帰ってきて地球時間では36年経っていたことを知りました。そして地球とそこに住むみなさんがひどい状況においやられているのをアマトの目を通して知りました。私は人類の始まりを知っています。どこの星にも生まれる生物がいます。脳が発達し知性が芽生え文明を開いていく生物はその星の主役になります。その生物が助け合い、共存し合って生きていく思想が根付けば争うことなく、科学は自然の摂理を知り生物の生活と星との共存のために貢献するのです。人類の初期に見たあなた方のある種族は自然の恵みを分け合い助け合って暮らしていました。それが文明とともに奪い合い殺し合うという手段で生き延びる方向に流れていきました。あなた方は残念なことに科学の方向性を見失い、自らの存在を危うくし、星に異変をもたらしてしまいました。私はあなた方を責めているのではありません。このような方向に発達した知性に非常に残念で悲しい思いをしています。あなた方は初めから原始からそうではなかった。生まれたての子どものようにやり直せます。ただ、今の地球では出来ません。この荒れた地上はまだ何十年と続くでしょう。地下住居での生活がこの年数を耐えていけるのか。科学は厳しい条件の中で生活を立て直す技術を開発していけるのか。次の子孫が生まれることすら困難になっています。その中で誕生した数少ない子どもを守っていくにはどうしたらよいか。すでにみなさんはそのことに気が付いています。心の底では人類は滅亡するのではということを恐れているはずです。それでも国連やみなさんはあきらめずになんとかしようという気持を捨てていない。それは原始の共存の思想がまだ根付いている証です。私が協力をおしまないのもそれがあるからです。地球人はやり直す力があります。自滅してはいけません。『M70』の協力だけでなく私はさらにもう1つの協力を提案します>

それから宇宙人が提起した内容は会場を大混乱に陥らせた。
宇宙人は移住を薦めたのだ。それも僕が行っていたコア星へ。
これはこれから生まれて来る子どものためにですと言った。
それから宇宙人は自分の投げた波紋を見守るように黙っている。
ケーシー博士も僕も宇宙人がここまで考えていたことを知らなかった。いきなり聞かされたのだ。
ヘンリー博士が興奮でざわつく会場を見渡し

「みなさん、冷静に!」

80才でありながら両手で騒ぎを押さえる姿はまだま威厳があった。

「突然の話で驚かれるのは当然です。私も今初めて聞かされました。メンバーもです。が、冷静になって考えて下さい。宇宙人がここまで申し出たということの深さを知るのです。私はこんな齢だ。人類がどうなるかを見定める前に地球で死ぬだろう。だが人類が続くことを心から願っている。それは地球でなくてもよい。子孫が生き延びるために旅立つのを死の底で祝福したいと思っている。だから驚いたが今は感動している。さあ、宇宙人の言う移住の話に胸を開けようではないか」

高齢で声音に勢いがなくとも一言一言に説得力があった。
会場はまた落ち着きと静けさを取り戻した。
ハイツ博士も姿勢を正すと

「みなさん、騒ぐだけでは解決しません。ヘンリー博士が言われたように宇宙人の話を冷静に聞いて本当に今後どうしたら良い方向に行くか考えましょう」

会場の様子にハイツ博士は頷くと

「それでは移住のことをもっと詳しく話してください」

ハイツ博士の言葉で宇宙人はまた話し始めた。僕はハッと気が付いた。宇宙人はみんなが冷静に聞く姿勢になるかどうか見ていたのでは。

<突然移住と聞いて驚かれたようですが、実は広い宇宙の中では星の寿命に伴って生物が他の星に移住することはよくあることなのです。私がみなさんに薦めたコア星のことはさきほどアマトの紹介の中ですでに聞かれたように、とても大きな星で大気が地球に似ています。他からも時々移住してきます。そういう異性間の宇宙人と共存して生活します。移住するに当たっては自分の国とか自分の星とかの所有的な考えを改めないとコアでは生活できないでしょう。宇宙に生まれた生物の1つであり、星に生かされているという自覚が必要です。地球の人は異星人の姿にまずびっくりし怖がったり嫌悪したりするでしょう。アマトも初めはそうでした。でも彼は変わりました。それぞれの星に適応して出来た生物ですから姿や形は違っているのが当たり前です。地球人の姿も1つの形なのです。コアに移住してそこで生まれた子どもは地球を知らない世代になります。遊び相手はいろんな星の子どもたちです。違和感もなく当たり前に受け入れ共に育っていきます。そして地球に戻るかどうかはその新しい人類の選択になります。移住は強制ではありません。その道を選ぶ者のみです>

話が終わった。壮大なスケールの人類の展望だ。地球を知らない人類の誕生……
僕はどう考えてよいか戸惑っていた。

「うーん」

ハイツ博士は顔の皺を伸ばすように手で撫でつけながら唸った。
それからおもむろに立ち上がった。

「今の宇宙人の話ですが……突然の提案で非常に難しいというか。今まで考えにも及ばなかったことですので。みなさんもただ驚かれていることだと思います。ですから今ここで国連として移住をすすめるという話を決議するのは出来ません。また地球を出ていくという決断は個人が真剣に考え判断する内容に思えます。ただみなさんは代表者ですから情報は提供して下さい。移住するうえでの心構えは今宇宙人が話してくれた通りに伝えて下さい」

博士が言い終わるや否や

「いきなり移住と言っても簡単にはいかないでしょう。今の話では地球を出たらすぐには帰って来れないようだし……コアに行ったらいつ帰って来れるか分かるのですか」

代表者の一人が手も挙げずに発言してきた。

<地球が落ち着くまでです。おそらく300年後になります>
と宇宙人が答えた。

「300年!」

複数の声が叫んだ。

<地球ではそうですがコアでは30年ぐらいでしょう>

「ということはコアで30年暮らして地球に戻ると300年以上が経っているわけか」
ぽそっと言ったのはヘンリー博士だ。
「そのコアへはどうやって誰が連れて行ってくれるのですか」
「いつまでに決めればいいのですか」
「人数に制限は……」

ぽつりぽつり質問が出始めたのは冷静に考え始めた証拠かもしれない。

<コア星人が彼らの円盤で迎えに来てくれます。移住するのは私がこれから磁力線の放射とアンドロメダ星雲からの酸素電波の磁力線の手配をしてコア星に行き、戻って来るまでですので3,4年先です。人数のことですが地球人の身体ですと500人までは搭乗できるでしょう>

かなり具体的に答えてくれた。僕はコア星人が来てくれるということにまず驚いた。宇宙人はいつコア星人と話してきたのだろうか。

「それではみなさん、『M70』の今後の対策とそして今話された移住について住民に説明してください。特に移住については3,4年という考える期間があります。地球を出るということは今いる人たちと永久の別れを意味します。地球に残るか、新しい星の人となるか。自分の意志でしっかり考えたうえで答えを出すように話してください」

会議が解散し僕はホテルに戻った。ケーシー博士はその後、代表者の何人かと会談があって僕だけ先に帰った。

──まったく驚いたよ。いきなり移住なんて言い出して
<話すことでどんな反応が返って来るか見たかったからだ>
──コア星の人といつ移住の話をしたの
<アマトを迎えにいった時、君と会う前にコア星の各区代表者会に図ったんだ>
──僕にはそんなこと話してくれなかったね
<私もその時はここまで地球がひどい状態になっているとは考えられなかった。ただ私は星の生物が自滅していく過程を何度か目にしている。地球人にはそうなって欲しくないという考えになっていたからもしもの時にはコアに移住できるようにしておきたかったからだ>
──自滅ってどんな場合なの。環境の変化で生きていけなくなったとか。地球の恐竜みたいに
<そうとは限らない。知的生物もいた。地球人よりも高度な科学力を持っていた星もある>
──ええっ、それでも自滅したの
<ある星の場合は他の星を奪いに行ったからだ。反撃されて生物は途絶えた>
──途絶えたって……核爆弾を使ったのか
<原子の中の中性子を使ってだ。それも強力な反応を起こさせてだ。星や建築物はそのままだが生物の細胞を死滅させる>
──助かった人はいないの。今の地球みたいに放射能除去装置ぐらいあっただろう
<中性子は物質を通り抜けるし戦いは一瞬だ>
──君はそれを黙って見ていたのか
<私はかかわっていないし、星の生物の生きざまに干渉しない。思想の発展はその生物自身が切り開いていくものなんだ>
──干渉しないって……じゃあ地球の場合も地球人自身が乗り切らなくてはならないと言えるだろう。だけど君は『M70』が地球を襲うのを助けてくれるし地球人の子孫を守るために移住まで考えてくれたじゃないか。本当は干渉してはいけないのじゃないか。
<その通り、干渉してはいけない。だが『M70』の場合は自滅ではない。ドゥルパの洞窟のワームホールの球体が外れたことが原因を作った。そのワームホールを設定したのは私だ。だから責任がある>
──それなら分かる。でも地球人自身が招いた地球温暖化や放射能汚染は君の責任ではないはずだ。でもそれにも救いの手を差し出してくれたのはどうしてなんだ
<それはアマト、君の存在だよ。私は君を通して地球人の可能性を信じた。文明の方向で間違いはあったが本来の姿は共存、共生だということが分かった。だからアマトのいるこの地球を救うことを決意した>
──僕を通して決めたということか
<君を守ることは地球を守ることにつながる>
──僕は科学者でも英雄でも立派な理論家でもないのに
<それは問題ではない。海岸で遭難して死にそうになっていた君の身体に入った時からずっと見てきた。それで出した結論だ>

僕を見て出した結論……
宇宙人のこの言葉に僕は胸がジーンとした。僕のどこを見て言っているのかは自分では分からないがそれでもいい。地球がこんなことになっているというのに僕は何をしていけばよいのかわからない状態だっただけに僕がきっかけとなって地球人を救う方向に動いてくれたというのだ。本来は干渉してはいけないことかもしれないのに。

──ありがとう

心底から礼を言った。

<大変なのはアマト、これからだ。私は磁力線からの避難が済み次第、君から離れることになる。移住を薦めていくのはこれからアマトがしていくことになる。今度私が来たときは君は地球と別れることになるのだよ。でも嫌なら無理とは言わない。行きたい人だけを乗せて私も君と別れることになるだろう>
僕が移住を薦める牽引車になる。宇宙人が会議の席で移住の話をし出した時からこれをみんなに薦めていく役割は僕しかいないなとは考えてはいた。でも僕も地球から永久に分かれることになるのだ。そのことにまだ真剣には向き合っていない。

地球上の地下居住区に、宇宙ステーションに、月基地に『M70』の存在と宇宙人と僕のことは知らされた。世界は驚愕と不安と動揺に襲われながら、宇宙人と僕に望みをかけ始めた。

いよいよ宇宙人が地球を離れる時が来た。

ドゥルパの洞窟まで国連の円盤で行った。ケーシー博士とベンも同乗した。
円盤は洞窟の上空で止まった。

<ケーシー博士、ベン、元気でいて下さい。アマトを守ってやってください。彼はこれから移住という道の先導者です。混乱すると思います。そしてあなた方だけに言います。私は移住をすべきだと>

宇宙人にしては珍しくその先の言葉を言わなかった。それだけにただならぬ出来事が地球に待ち受けているのではと思わざるを得ない。
移住は地球人の子孫のためにと言っていた。

<アマト、私は今から君と離れる。今度来るのは地球時間で3,4年先だろう。その頃にはマライにいて欲しい。以前離れた時のように私が帰って来たときに分かるようにわずかに私の1部を残していく。元気で>

その言葉の後、僕は身体の力がふっと抜けた感覚を覚えた。
行ってしまった……

「行ったのか」

ケーシー博士が聞いてきた。僕は力なく頷いて見せた。

「では、我々も帰ろう。いよいよ始まるのだ『M70』の闘いと我々自身の闘いがな」

僕の肩に博士は手を置いてきた。
その手は皺に刻まれていた。長い年月の苦労の証のような手。その手を取り、繋ぐのは今度は僕だ。しっかりしろ。僕がやるべき道があるではないか。

「はい、博士。明日が始まりますね」

ベンが微笑み、僕とケーシー博士もその笑みに応えた。


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