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作品名:アマトの宇宙(そら) U  作者:サヴァイ

第51回   嵐に向かって A

『M70』対策委員会のメンバーは母親の星に帰ったガイを除く4名と新しい2名が加わっていた。
前回から36年経ってまたこうして僕は対策委員会の席にいる。あの時は宇宙人に呼び掛けられて驚愕したメンバーが今、こうして僕と宇宙人を待っていた。4名の顔はすっかり年を取っていたが中でもあの皮肉屋のヘンリー博士が80歳を過ぎてなお委員会に参加しているのが驚きだった。
ガイが『X』のスパイであり、母親が宇宙人であったことや僕が拉致されてから逃亡にいたるまでをすでに知っていた。ベンやケーシー博士から聞いたのだろう。
科学者として僕が若いままで他の星で生活していたことに非常に興味を抱かれたのは当然だ。
ワームホールや円盤で時空移動するという学術的にはあり得るということを僕が立証したのだ。
コア星のことを詳しく聞かれた。
大気は地球に似ており、木星より大きく、2つの太陽を持つ。1日の自転が地球の何倍もあること、気象のこと、生活居住区のこと、異星同士の交流が活発であること、農業から科学までとても発達していること。そしてそこに住むコア星人や異星人の姿や暮らしに至るまで、僕が目にし、体験したことをすべて話した。
メンバーは聞くたびにため息を漏らしていた。

「では、アマト君の乗って来た円盤はその『コア星』の円盤なのだね」

最年長で1番老け込んでいるヘンリー博士が言った。声こそしわがれているがその言い方は相変わらず威厳を失っていない。

「そうです」
「ベン博士は、宇宙人に教えてもらった円盤の製造ではせいぜい太陽系までが飛行限度だと言っていた。それをはるか上回るということか」

ヘンリー博士の言ったことを受けて新しい若手のメンバーが発言してきた。

「円盤で時空移動するのとワームホールとではどういう違いがあるのですか」

これは僕の答える分野ではない。

──変わって話して

宇宙人の出番だ。

<ワームホールは磁場道です。私のような気体には向いていますし早いです。だが固体生物には負担になります。円盤で時空移動した方が良いでしょう>
新メンバーがきょろきょろあたりを見回した。自分の頭に届いた声にびっくりしたのだろう。

「懐かしいテレパシーですな」

ハイツ博士が苦笑しながら、新しい人に僕と宇宙人のことを話した。
コア星の宇宙領域や気体星人の誕生となる星雲について関心は尽きない。科学者としてもっと詳しく知りたいと思う気持ちはアマトにも分かる。だが今は目前の地球のことが最優先だ。こうして話している間にも地上では次々と犠牲者が増えていっているのだ。
途中、ドアがノックされ、通信員が航空気象学の木村博士のところに駆け寄って何やら報告した。
木村博士は顔をしかめ頷いていた。通信員が去ると

「みなさん。南アフリカで巨大ハリケーンが発生して連絡の取れない居住区が何か所かあるということです……」

その報告がされるやいなやみんな沈痛な面持ちで目を伏せた。
ケーシー博士が僕の耳元で

「連絡が取れないということは、ここでは全滅を意味するのだよ」
と囁いてきた。
「全滅! そんな……」
ハイツ博士がおもむろに顔を上げた。

「悲しいことです。我々は無力感に襲われます。自然の猛威というより我々人間がその引き金となってのことだけに科学者として責任を感じないわけにはいかない」と言ってしばし黙った。
「アマト君、聞いた通りこれが今の地球の姿なのです。我々の出来ることと言えば出来るだけ早く地下居住区を建設することぐらいです。地上のコントロールはもはや手遅れなのです。だが」
ハイツ博士は続けた。
「1人でも多くの人に生きていて欲しい。だから今は放射能除去と医療を最優先で取り組んでいます。だがそんな我々の頭にはいつももう1つの憂うべき難問『M70』の存在が離れないのです。仮に今を何とか乗り切ってもその先に待ち構えている途方もない規模の星雲のことを考えただけで無力感に襲われてしまうのです。細々と炭素電波を地球以外からも送り続けてはいますがこれからどうしてよいかは見通しも立ちませんでした。だから今、アマト君と宇宙人が帰ってきてくれたことは本当に感謝に堪えません。どうか協力をお願いいたします」

ハイツ博士の懇願は科学者というより1人の人間としての声だ。
他の人も真剣な目で見つめてきている。

<ハイツ博士、そしてみなさん。あなた方の偽りのない真剣な気持ちに私は応えたいと思います>

全員に届いた宇宙人の言葉。
お互いが顔を見合わせ希望の灯がともされたのを喜び合っている。
ヘンリー博士までつっと顔を伏せて手を目に持って行っている。
ここまで気持ちが追い込まれていたのか。

<皆さんは当初の計画通り炭素電波を送ってくれました。こんな状況の中でも実行していたことに敬意を表します。突発な出来事で遅れてしまいましたが次に私がすべきことに着手します〉
「では、アンドロメダ星雲からの酸素電波が始まるのですね」
<そうです。すぐにその準備に入ります。そしてもう1つ、あの時皆さんには話していない計画があります>

それは初耳だった。僕にも話してないことか。

<それをするには皆さんの理解がいります>
「どんなことでしょうか。我々でできることならどんな協力でもします」
<地球には磁場が乱れているところが何か所かあります。そのうちの5か所はワームホール、つまり磁場道です>

これにはみんなどころか僕まで驚いた。ドゥルパの洞窟だけがワームホールではなかった。他にまだ4か所も存在していたとは。

<この5か所は私が1万年前に地球にやって来たときに設置しました>
「えっ、ということはあなたは1万年も前にすでにやって来ていたということですか」

宇宙生物学博士のエミリー博士が信じられないとばかりに驚いている。

<そうです。人類にとっての1万年は長いかもしれませんが地球や宇宙の規模からしたらわずかです。その時、あなた方人類の祖先にあたる類人猿の時代でした。やがて文明を切り開く予兆が見えていました。私は炭素星雲のことも知っていました。もちろんまだ地球に向かってはいません。人類がどのように今後発展していくか。それによってワームホールでの利用も考え、また万が一、星雲が向かうようなことがあれば対応できるようにとも考えたからです>

1万年前のことをつい先日のように話す宇宙人の時間感覚は理解を超えている。人間ってなんて狭くてちっぽけな世界の中で歴史を作って来たのだろう。それでもう終末を迎えようとしているなんて……
突然絶滅したとされる恐竜時代でも1億6千5百万年もの間地球の王者だったのだ。人間は……人間は文明の始まりからして1万年にも満たない。なのにこの様だ。地球からしたらわずかにいたかいなかったぐらいの存在だ。怒りと悔しさと無念さと悲しみが入り混じって情けなくなってしまった。
僕のこの心境には構うことなく宇宙人は話を続けた。

<その憂いていたことが起きてしまいました。このワームホールを開放すれば地球からの炭素電波は強力になり『M70』炭素星雲ははっきりと気が付くでしょう。私はワームホールを作動させてからアンドロメダの計画を進めます。協力というのはこのワームホールが作動すると5か所からの磁場が大気上空の1点に集まり強力な炭素電波となって星雲に向かいます。その磁場を避けるということです。通信基地や、宇宙ステーションが磁力線上にありますと機器が狂います>

宇宙人は地球の地図を用意させるとワームホールの位置を示した。南と北半球に2か所そして1番中心点がドゥルパの洞窟だった。それから磁力線を引いた。
集中する1点の周囲100キロには近づかないようにとなると数か国の宇宙ステーションは移動が必要だった。

「ところで、その電波は何年ぐらい続けることになりますか」
<おそらく地球時間で50年ぐらいあれば効果が出てくるでしょう>
「50年!」
これには一同があっけにとられた。
「私は、当然この世にいないがここにいるみなさんも同じですな」
ヘンリー博士の一言にメンバーは黙りこくった。言葉が出ない。

何と長い闘いだ。世代をまたいで引き継がねばならないのだ。
長い……確かに人間にとっては長すぎる。
だが宇宙は違う。僕がコアで過ごしたのはきっと1,2年ぐらいだったと思っている。それが地球では30年以上も経っていたのだ。地球では長いが宇宙では短いとも言えるのだ
気の遠くなるような計画を前にして静寂が漂った。
答えは決まっているのだ。協力するしかない。『M70』は太陽系の半分を覆うほどの規模だ。宇宙ステーションも月都市も免れない。惑星にわずかでも酸素があったとしても奪われるだろう。そうなったらどうなる。星雲に包まれるということは、太陽の光線量が変わるということでもある。
地球の激変どころではない。

「発言してよろしいですか」

重苦しい空気の中、航空気象学のキムラ博士が声を上げた。
ハイツ博士が無言で頷くとキムラ博士はゆっくり立ち上がり、口元をいったん引き締めてから話し始めた。

「今の話に衝撃を喰らっているのは私も同じです。50年は私たちには確かに長いと感じますが、さらに100年後の不安があり、また、もし何もしなければ250年後にこの魔物が待ち構えているという次第です。そう考えれば50年でこの魔物だけでも退治できるのですからそれくらいの協力は当然するべきです。私がもっと憂うのは実はその後のことです。今地球に残っている各国の協力者が総力をあげて取り組んでいるのは放射能除去です。今のところ地下居住区においては効果を上げていますが、天候の荒れ狂うう地上では思うようには進みません。地上の放射性物質の半減期が300年かかるのもあります。気温はその影響を受けて高温状態が続いています。海水温も同じです。この放射性物質による高温状態はまだ100年ぐらいは続くと思われます。地球の内部も暖められ海水は蒸気をたくさん発生させ火山もますます活発化するでしょう。問題はその後です。放射能の多くが消滅をはじめると気温が下がり始めることと上空の厚い雲により太陽光線の減少が重なり、やがて地球内部も活動が収まってきますと一気に氷河期に突入するのではという懸念です。どのシュミレーションもそこに行きつくという結果が出ています。それと『M70』に対する磁場照射がどんな影響を与えるかも未知数です。平均気温が数度下がるだけでも地上の寒冷化は進み、植物の多くは絶滅するかもしれません。我々はそこまでを見通して、今後、何をしていかなければいけないか。『M70』だけでなく大局的な計画をしっかり立てなくてはいけないと考えます」

キムラ博士の発言でまた会場に重苦しい雰囲気が戻った。頷く人や眉をひそめる人と受け止め方はそれぞれのようだ。

「よろしいですか」
今度はエミリー生物学博士が声を上げた。

「私はもっと憂いていることがあります。子孫が継承されないこと。つまり子どもが出来なくなっていることです。今後ヒトの遺伝子が変異するにしても急激な進化はあり得ません。個人でありながら集合体で生活しなければ生きていけない人間がこんなに大規模に減少し、放射能で生まれて来る子の大半は異常児で亡くなっていく。人類の滅亡を防ぐためにもクローン人間の技術開発をこの際真剣に取り組むべきです」

「いや、クローンは良くない。進化を待つ方が良い」

エミリー博士の言葉を途中で止めたのはヘンリー博士だった。

「ヘンリー博士、失礼ですがこのような非常時に倫理観で解決は出来ないのではないですか」
「いや、倫理観ではない。環境に適応する生物は生き残る。その種は強い。クローンは長くは生きられない。生きるのにひ弱だからだ。過酷な環境の中で新しい進化の遺伝子が誕生することに私は望みをかけている」
「それは賭け事です。もしそうならなかったら人類は滅亡し、地球から姿を消してしまうことになるのですよ」
「私は地球にしがみついている必要はないと思っている。今から100年あれば月や火星などに一時的にでも避難して過ごせるまでの科学技術の進歩があると思うからな。地球が住めるまでに回復したら戻るのだ。贅沢は出来ないだろうがそれまで子孫を絶やさないように頑張るのだ」
「そんな、それでは地球に残っているほとんどの人は死んでもいいと言われるのですか。今宇宙ステーションや月に行っている人はわずかな裕福層と建設技師、科学者ぐらいです。無理です」
「私は今すぐとは言ってない。今は地球でも放射能を除去しながら生きていられる。だがその後だ問題は」

ヘンリー博士がなおも言おうとしたところで

「まあまあ、ちょっとお二人での議論になってしまわれているようですので中心となる問題点に絞りましょう」

とハイツ博士の提案で、

「5か所からの磁場照射による協力に関しては了承ということで皆さんよろしいですか」
これには反論もなく全員一致で決まった。
「それでは『M70』の存在を国連の名の下で公表するために、これから地球に残っている各国と宇宙ステーション、月都市の代表会議を招集します。その席で対策についても提案し、宇宙ステーションや地上で磁場にあたるところから離れるように指示を出します」
ハイツ博士はそう言ってから僕に
「その会議の席にはアマト君と宇宙人、ケーシー博士も参加ください。この対策が空想ではないことのあかしに宇宙人の存在を明かしたいと思っていますがよろしいですか」

<はい。協力します>

宇宙人はなんのためらいもなく即答した。
その返事を聞いて僕もケーシー博士ももちろん頷いた。
こうしてとりあえず『M70』に関しては解決の一歩を踏み出すことが出来た。
なんだかひどく疲れた。地球に帰ってから次々と知らされる問題の深刻さが僕の中で荒れ狂っている。
ケーシー博士と僕は地下のホテルに案内された。

「疲れただろう」
「はい……とても僕には理解できないような事態になっていて……博士」
「うん」

博士の返事も弱い。無理もない博士は年を取ってしまっている。僕とこうして共にするのも身体には負担かもしれない。
「さっきの話の中で子どもが生まれなくなっていることや生まれてもほとんど異常時だってこと本当ですか。治らないのですか」
「ああ、大体その通りだ。放射物資の微粒子は煙よりも細かいのだよ。吸い込んで身体に入ってしまうと取り除くことが難しい。ピンポイントでどこに付着したかまでは分かるようになったが肺に入ると手術できないのだ……」
「ジョセから聞きました。男性の染色体が傷つき子どもが出来ないと……」
「ああ、気流や海流、地球の自転などの関係で放射能にばらつきがあって弱い所ではまだ正常な子が生まれてはいるが……それもいつまで保てるか」
「ヘンリー博士は他の星に一時避難することを言ってましたがそんなこと出来るのですか」
「一部の企業が共同で月に都市を建設しているが大気の無い環境は厳しいだろう。まだまだ地球を拠点にして行き来している状態だ。火星となるともっと遠くなり簡単に行き来は出来ないだろう。本当に一部の選ばれた人間だけが住むための居住区の建設は可能だろうが、大変な設備がいる。もし人類が絶滅となることがはっきりしたら科学者は子孫を残すためにその道を選択せざるを得ないかもしれない……」
「絶滅なんて……博士、まさか本当に起こるのですか。努力してもですか」
「人間の時間の歯車と地球の歯車は比べようがない。いったん動き出したら人間の造った歯車を止めるようなわけにはいかないだろう。荒れ狂う海がいつ静まるか。それが短いことを祈るしかない。科学者がこんな言葉を言うなんて嘆かわしいがな」

深いしわに悲しみを滲ませて話す博士の姿にアマトはもう何も言えなくなってしまった。
それでも博士は点在する居住区の子どもたちを訪れることを止めないのだ。未来の絶望を抱えていても今を捨てることはしない。ケーシー博士はそういう人だ。
代表者会議が1か月後と決まり、それまでの間ケーシー博士に付き添って保健活動に廻った。
天候によっては地下で待機していなければならなかったり、目指す居住区に着いた時にはすでに何人かの死に出会ったりして僕は世界の現実を目の当たりにしなければならなかった。
大国の都市の居住区は頑強な設備で中の生活も快適に暮らせるようになっていたが、それでも食糧は固形の保存食で賄うことが多かった。水も貴重だった。放射能をろ過してからしか使えないからだ。
悲惨なのは地上の動物たちだ。いたるところで死骸が見られた。浸水で山に逃れても放射能にやられていく。人間のように地下に避難することも出来ない。地球は人間だけのものではないのに人間のせいで生命を勝手に奪われてしまったこの膨大な動物の死骸……
海岸を埋め尽くす鳥たちの死骸。渡り鳥は行く手を阻まれ死ぬしかなかったのだろう。
なんてことを人間はしてしまったのだろう……
山あいに生き残った動物の姿が見られたときは心が震えた。何もしてやれないのに彼らは必至で生きている。生き残ってくれ! と願った。

会議の日がやって来た。地下飛行場は代表者の円盤で一杯になった。
僕と宇宙人そしてケーシー博士は司会者のハイツ博士の後ろ席に腰かけ、次々と席に着く代表者の姿を目で追っていた。


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