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作品名:アマトの宇宙(そら) U  作者:サヴァイ

第50回   嵐に向かって



コアの円盤の速さは驚異的でスイスへも1時間もかからないはずだった。だが途中の暴風雨も巨大だった。高度を上げて何とか避けたが異常気象とはこのことか。これでは地上で暮らすことはできないはずだ。
スイスが近くなってくるころはどんよりと厚い雲が空を覆っていた。

──アルプスが見当たらないな
<いやアマト、あの山がそうだ>
──あれってただの岩肌じゃないか……ええっ! まさか氷河まで溶けてしまったのか
<そうだろう>

オーストリア、イタリア、ドイツ、フランスに連なるあの大山脈がか。
遠くの方にどんなに目を凝らしても白い色は全く失せていた。
変わり果てた風景に唖然としながら円盤は国連の地下飛行場に向かった。昔の建物の近くにいかつい構造の発着場がありその中に入るとコンベアーに乗って放射能除去隔離室、遺物測定室と流されそこから地下へ降りた。
広い空間が現れた。そこには何台かの円盤が止まっていた。

<アマト、あの円盤は『X』で修理していたのと同じだ>
──なんだって! ここはまさか『X』の基地なのか

国連の誘導で来たところだ。『X』のはずはない。
僕の不安がおおきくなって来たとき、

「アマト、私は2階の管制室にいて今君の円盤を見ている。分かるか」

ケーシー博士の声だ。
スクリーンを向けると窓から手を振っている人がいた。どんなに年を取っていても僕はそれがケーシー博士だと分かった。胸がジーンとなった。
警備員がやって来て円盤から降りた僕を放射能測定した。異常無しということで僕はケーシー博士の待つ部屋に案内された。
ドアが開くと白髪の老人が立っていた。

「博士!」

その時、僕は自分が若いままということを忘れていた。でも博士は一瞬を理解したようだ。
「アマト!」

博士の広げた腕に飛び込んだ。

「よく帰ってきてくれた……」
「うっ……」僕の喉は感激に詰まった。すぐには言葉が出ない。
<博士、ようやくアマトを地球に返すことが出来ました>
「おお、君か。その呼びかけは懐かしいな」
<宇宙に行っていました>
「うん。私はそう思っていた。だがやはり長かったな。アマトは帰れなくなってしまったのかとあきらめていたが、よかった。ありがとう」
「アマト、よく顔を見せてくれ」

僕は腕をほどき博士に向き直った。

「若いままか。物理学の証明だな。うらやましいぞ」

博士の皺に囲まれた目が優しく笑っている。昔のままの笑顔だ。

「さあ、中に入って。会わせたい人がいる」

部屋の中でもう1人の老人、といってもケーシー博士よりは若そうな人がこっちを見てきている。その人の少しはにかんだような笑顔が記憶の中にあった。
この人は……そうだ! ベンだ。
『X』の科学者ベン。宇宙人が何度もその頭脳の中に入った人、円盤の修理をして逃亡時、手違いで一緒に宇宙に行ってしまった人、そして宇宙人の力でドゥルパの洞窟のワームホールに返されたはずのベンだ。

「分かったようですね。アマト君。久しぶりです」
「あの……基地にいたベンですよね。でもそのあなたがどうしてここにいるのですか」
「びっくりしただろう。さあ、椅子に座って話そう」ケーシー博士はそう言ってソファーに腰かけた。
ベンと僕もソファーに腰を落とした。

「ベン博士は今は国連に協力してくれている。円盤を見ただろう。あれは博士が発明したんだ。それに今は放射能除去装置のもっと強力な装置を開発中だ」とケーシー博士が言った。

「では『X』には戻らなかったのですか」

ベンは僕の質問に頷いた。

「私はあの『X』の基地にいて明日は円盤の試乗という晩からの記憶がない。洞窟で国連の宇宙局に保護されるまでの数か月間、意識が閉ざされていたのが残念でならなかった。きっと宇宙に出ていたんだと思うとね。科学者としては意識を止めないでほしかったな」

ベンはいかにも悔しそうに苦笑いを見せた。

それからケーシー博士が僕が逃亡した後のことを話してくれた。

「『X』の基地は破壊されていたよ。円盤が飛び立ったのを宇宙局の衛星がキャッチして基地の場所が分かったからね。我々が着く前に『X』が証拠隠滅を図ったのだろう。宇宙局が駆け付けた時はもぬけの殻で建物はすべて爆破されていた。ただなにかを製造していた痕跡はあった。私はそれを見て、アマトはきっとここから円盤で脱出したのだと思った。ガイも宇宙局には戻らなかった。バラムではアマトは海で遭難したと言われていたが、私は生きていると確信していた。きっと宇宙へ、ガイのお母さんのいる星にいったのだと。そしてその通りだったね。本当に嬉しい」

「では『X』はあれからどこかに移動したのですか」

「ああ、そういう動きはあったようだが、ベンが国連に協力することになって慌てたのだろうな。ベンが円盤の製造に成功してしばらくして同じような円盤がある大手企業から発売された。おそらくその後ろには『X』が関係しているとみた。正体はおおよそつかんではいたが証拠がないから捕まえることも出来なかったがね」
 
「ベン、あなたは地球に戻ってからよく『X』に連れ戻されずに済みましたね」

 あの『X』が大事なベンを放っておくはずはないと思った。

ベンは僕の質問に気持ち良く答えてくれた。

「私の記憶が戻った洞窟はその時、宇宙局の警備下にあったから私が洞窟から出ていくとびっくりされたよ。そのまま国連に保護されこちらのケーシー博士と初めて会った。私が行方不明の科学者のリストに載っていたから、厳重な警護が敷かれてね。『X』が簡単に誘拐できなかったのだと思う。ケーシー博士は私を『M70』対策委員会の席に連れて行って、メンバーに紹介してくれた。私は恥ずかしいことだが『M70』のことを知らなかった。その頃はあの地下基地で円盤にかかりっきりだったから。私は『M70』のことを知って初めて科学者として目が覚めた気がする。科学はなんのためにあるのだと真剣に考えた。対策委員会からアマト君の宇宙人のことも聞いた。人類を救うために宇宙人とともに立ち向かおうとしていてくれた宇宙人を『X』は拉致してきてしまったことを知った時、私はそれまで自分が基地でしていたことやアマト君や宇宙人のことを話す決意をした。『X』がなんの目的で何をしているのかを深く考えもせず、設備の整ったところで研究や制作できることに喜んで没頭していた自分が恥ずかしかった。だから私は協力を誓った。私が円盤の構造を宇宙人から学び修理できたことはおおいに役立つことになったのだよ。地球以外の太陽系の惑星からも炭素星雲に炭素電波を送るためにロケットではない円盤なら容易に装置を運び設置できるからだ。そして今はそれを実現している。ただ、地上ではその科学が営利を優先してしまった。危ないと知っていながら原子に手を出して、制御できないのを承知で核爆弾や原子力発電所を次々製造してしまった。科学者は権力や金の力には無力だと痛感した。だが対策を立てなくてはいけない。それも科学の力だ。私はだから今は放射能の除去に取り組んでいる。絶望だけを見ているわけにはいかない」

今のベンはあの基地にいたベンとは違う。目を見れば分かった。自分の意思をしっかり持った強い輝きが宿っている。

<ベン、今のあなたの思考は地球人の科学者として素晴らしいと思います>

この言葉はベンにあてたものだ。ベンはハッと僕の頭を見てきた。

「おお、宇宙人ですか。懐かしい」

ベンには何度も乗り移っていたからベンの感動が分かる。

<円盤を完成させたのはすごいことです。それを地球の役に立てたこともです>
「できれば宇宙も見せてもらいたかった……」
<あの時は非常事態でした。宇宙ならこれから見ることも出来ます>
「私はこんなに年を取ってしまいました。そんな機会があるのだろうか」
<円盤があります>
「円盤か……確かに太陽系までなら飛ぶことが出来る。だが私はあの修理はなにか欠けていたのではと思う。エネルギーが弱いのです。そこでふと思ったのは宇宙人はわざとここまでしか教えなかったのではとね」
<さすがです。あの時教えませんでした。原子を理解し制御できない地球人にはまだ危険だからです。太陽系以外に飛び立っても何のために宇宙に出るのか、科学者はまた踊らされませんか>
「そうですね……正しい判断だったと今は思います。あの時の私が知ったら夢中で成功させることばかり考えたでしょう。その先がどうなるかまで考えが行かなかったでしょう。『X』がそれを何に使うかを考えると知らされなくてよかったと思います」
<ベン、今は宇宙の1部である地球を守りましょう>

ベンの顔に笑みが湧いた。

僕は『M70』対策委員会のことが気になっていた。ベンの話で地球以外の惑星からも電波を送り続ける活動はやっているようだが、ジョセたちバラムの村の衆は知らされていない。どうしていまだに非公表なのか。

「ケーシー博士。どうして『M70』のことを公表しないのですか」
「バラムの居住区で聞いたのか」
「そうです。1人、年寄りが昔聞いたことがあると言ってましたが国連から正式に公表されたようではありませんでした。僕が話したらジョセたちは怒っていました。宇宙ステーションや月への移住に躍起になっている理由はそれだったのかと」

博士の皺のある顔が少し歪んだようだ。手のひらで顎を掴んで考えるしぐさをした。博士の癖を見て懐かしさについ口元が緩んだ。

「それはだな。アマトが拉致されないで炭素星雲への対策も実行に移すことが出来てからすべてを公表する予定だったそうだ。その時は宇宙人の存在も明かすことになっていた。ところがアマトがいなくなって対策が遅れてしまった。ベンが加わってくれて円盤の製造が可能になり電波を送ることまではこぎつけれた。だがこれからどうするということが議論になった。向きを変えさせてアンドロメダに向かわせる役は宇宙人だからだ。その宇宙人がいない。しかも異常気象と、海水上昇、火山爆発の連動と原発施設の崩壊と放射能の世界的拡散という事態が起きてしまってこれに酸素を奪う炭素星雲の存在など知らされたら大パニックが起きるのではと対策委員会としては今は公表しないと決めたのだ。問題が山積みで身近に迫った放射能との戦いに全力を傾けなければならなくなったのだ。だが隠し切れるはずはない。天文家の間ではとっくに知られている。放射能や星雲から逃れるために一部の資産家、大企業は宇宙進出を目指した。ベンの円盤が出来てからしばらくして構造は同じだが大小の円盤が作られた。我々はこれに『X』が関与しているとみている。これで膨大な利益をまたえているわけだ。だが逃げられるのは1部の人間だ。少数民族や貧しい途上国は荒れ狂う地上に置いて行かれる。放射能や災害で多くの人が亡くなりいまや世界の人口はアマトがいたころの3分の1にも満たないだろう。しかも子どもは生まれなくなっている。ジョセたちに聞いたことと思う。本当に子どもたちは悲惨だ。放射能で病気になっていく子どもたちが後を絶たないのだよ。私は行く先々で助けてと叫ぶ子どもの治療にあたっているがどうすることも出来ないことのが多い。身体の中に入ってしまった放射物質が体内をむしばんでいくのだ」

 博士の脳裏に子どもの叫びが蘇ったのだろう。固く目を閉じて暫く黙ってしまった。
 
「いや、今はその話ではなかったな。すまない」

そう言ってまた話を続けた。

「こんな状況でもう公表どころではなくなってしまった。宇宙人もアマトもいない。何年過ぎても戻って来ない。あきらめたんだ。250年先のことに構っていられなくなった。その時はその時で考えればよい。科学の力で方法が見つかることに賭けたようなものだな。電波を送り続けることだけはやめなかったが、それも気休めかもしれない。公表しなかった理由がこれで分かったかな」

あまりに暗い現実だった。世界の現状に詳しい博士から聞かされただけにその悲惨さに返す言葉も出ない。

「ひどすぎる……」
アマトはこれしか言えなかった。
ベンは黙ったままだ。

「だからアマト」

ケーシー博士の眼差しが僕に向けられる。

「君と宇宙人が帰ってきてくれたことがどんなに嬉しいか分かるだろう。待ち望んでいたんだ。長いこと」

博士が立ち上がった。

「アマト、君が帰って来たことで『M70』対策委員会は沸いている。君は希望をもたらしたんだ。対策委員会が待っている。私の話が終わったら会いたいと言っている。どうかな。会ってくれるか」

僕をそして宇宙人を心待ちにしていてくれた。あまりの時の長さに、希望があきらめに変わっても、それでももがき続け、闘いつづけている人たちがいる。
僕はこの時間を取り戻さなくては。

──協力してくれるな
<……>

どうしたんだろう。返事がない。

──対策委員会に行くからね
<アマト>
──なに
<これから何が起こるか分からないが君の力になることを約束する。私は地球人の目覚めを信じる>
──ありがとう。
その時、宇宙人が言った言葉の本当の意味は理解していなかった。一瞬の静寂を見せた宇宙人の返事に彼の覚悟が秘められていたことを。


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