「アマト、じゃあ行ってくるわね」パシカがタネに手を引かれて出ていくと家の中はしーんとなった。
「やれやれようやく静かになったな、クロ」
クロは僕の気持が通じたようにクーンと答えて尾っぽを振っている。クロも落ち着かなかったんだな。 学校が休みの朝は、のんびりと寝ていられるのに今日はいつもの寝坊助のパシカが朝早くから目を覚まして大はしゃぎで、ゆっくり寝てなどいられなかった。僕は関係ないと布団から出ないでいたら「ねえねえ私って何色が似あう? 」と飛び乗ってきて聞いてくる。 「アマト、聞いてるの! 」 パシカだけじゃない。きっと村中の女達も同じに違いない。 朝一番のバスに乗って町へ洋服を買いに行くために。 それもこれもあのミオンの兄が言ってきた日本のテレビ局が来週にもやって来ることがはっきりしたためだ。
「ちょっと、それって外国のテレビに私らが映るんだよね」 「そうだよ。きゃあ、どうしょう。私、ろくな服しかないよ」 「私もだ! 」
村の集会所でテレビ局の取材の話しが出たとたん、女達の固まりが騒ぎだした。 「おい、こら、静かにしてくれ」ダセが注意した。 「それで、男衆は急で申し訳ないが洞窟までの灌木や茂みの伐採を頼みたい。なにしろ機材もあるからな。通れるようにしてくれ」 女達がまた賑やかくなっていくのを無視してダセは声を大きくした。 「取材を受ける者も後から選んでおくが、どうなるか分からないから、言っておくが絶対に魔物の正体を言ってはならない。いかにも恐れているようにふるまうんだぞ。バラムの村の名誉がかかってるんだからな。女衆、分かったか」 「ああ、村長、分かってるよ」サキが軽く返事をする頃には女衆は町に服を見に行こうと話しが出来あがっていた。
さて、パシカも、サキもいない。村の男衆は道作りに出かけてしまう。村にいるのは年寄衆と子どもぐらいだ。どうしよう…… アマトは再び寝床に横たわったもののもう眠くはなかった。 起き上がると壁に置いたカバンの横のラグビーボールに目がいった。体育祭に向けて練習に励むラグビーのメンバーの姿が浮かぶ。補欠だからと気を抜くなよ、とジョセに言われながらも練習の中に入り込めない。コートの外にいて、はみ出たボールを拾いに行くたびにマタイにいたころと変わらない自分を見ているようで情けなく、どうにもみじめな気持にさせられる。
「クロ、おまえに分かるか……」 声をかけられクロはキョトンと首を傾けた。おまえおかしな顔をしてるな。返事に困ってるのか。そうだろう。クロは目をそらせた。 僕の言葉はさっぱり分からないとばかりについにクロは出ていった。 犬を相手に愚痴ってどうするんだ。 ガバッと起き上がるとボールを手に取った。 「クロ! 浜に行くぞ」
すでに陽が高くなっていて暑さが始まっていたが、浜の砂はまだ夜明けの冷たさが残っていて裸足でかけていても気持ちが良かった。 走って走って見えない相手を交わす。クロ! パス! 投げる真似をする。ゴールは向うの二本のヤシの木だ。また敵だ。相手は……クルスだ! 負けたくない。ボールを渡すものか! ジョセ、パスだ。頭の中で試合を展開させる。次は自分はこう動く……こう動けたんだ。前なら……。 足がもつれた。心臓が高鳴っている。あの時とは違う! 出来ない。これが自分の限度なんだ。自嘲気味な笑いが起きた。何を期待してたのか。 自分から手助けを断ったのだ。頼ってはいけない。もう一度やろう。練習だ。 ゴールのヤシの木が近づく。 「トライ! 」ボールを砂地に置く。取ったー。クロ、点を入れたぞ。
そのまま砂地に身体を横たえ息の治まるのを待った。陽射しが眩しい。目を細めて空を見上げる。南国の真っ青な空……警備艇のデッキでケーシー博士と見上げた空と同じだ。 ─地球が危ないなんて思えないな……岸に寄せる静かな波音や小鳥たちのさえずり……なんの変わりもない平和ないつもの生活、当たり前のように繰り返されてきたこの営みが本当に終わるようなことが起きるのだろうか。 博士はどうしているだろう……手紙を出してから日が経っている。ガイになかなか会えないのかもしれない。
アマトは立ち上がった。今はすることがある。トライしたんだ。ゴールキックしなくちゃな。 「いいか、クロ。トライするとコンバートゴールって言って、二本のポールの間を三メートル以上の高さでキックボールが通ると二点加算できるんだ。タグラグビーの時には無かったことなんだ。トライで五点、コンバートゴールで二点。合計七点も取れるんだぞ」 アマトは木から離れて位置を定めるとボールを砂地に置いた。少し狭いがやってみよう。気持ちを二本の木の間に集中させるんだ。この間をボールが通れば点が加算される。大切なキックだ。 「えいっ! 」 あっ! しまった! 蹴った瞬間分かった。思いとは裏腹にボールは木の外側に向かって行った。おまけに高さも足りない。がっくりするアマトとを残してクロがいさんで駈けて行った。 「だめだなー」 パスや走りが下手でもキックが正確に出来れば味方にボールを渡すことができるのに。 補欠でもひょっとして……ということが頭にある。やっぱり出たい。こんなんでは無理だと分かっていても。 「クロー、持ってこいー」 楕円形のボールはクロには咥えれないので端に細い紐を付けてある。クロも喜ぶしこっちも手間が省けるわけだ。 「もう一度だ」 今度こそと蹴ったのに木の幹に激突した。うまくいかないものだな…… クロだけはこの変化あるボールに喜んでるようだ。 咥えて持って来られると苦笑してしまう。 「よしよし、あきらめるなってことだな。何度もやるよ」 今度は低過ぎて間を通ることは出来たが転がってしまった。
まさかこの様子をジョセが密かに見ているとは知らなかった。 ジョセは朝のバスで町から帰って来たばかり。終点のバラムに降りたのは俺一人だったが入れ替わりに乗り込んで来た賑やかな女性群に驚かされた。母さんやパシカ、タネおばさんまでいた。 「おや、ジョセ、帰ってきたのかい」 「ああ、今日は部活がないんだ。服を取りに来たんだけど、母さん達はどこへ行くんだよ」 「町に服を買いにさ。テレビ局が来るからね。食べるもんなら棚に入ってるから適当に食べてね」 そういえばアマトが言ってたな。 家に向かう途中で今度はティムやハントの父さんやら何人かの男達を見かけた。 「おい、ジョセ」 「あれ、父さんも……」手に鎌を持ってる。 「どうしたんだ。漁に行かないのか」 「ああ、今日は洞窟までの道づくりだ。テレビ局が来るからな」 父さんはそう言うと行ってしまった。
なんか祭りみたいになってるな。飛び回ってるチビどもの姿も見あたらない。来週か。俺も見たいな。でも部活があるだろうな。村の雰囲気が伝染したしたみたいにわくわくしてきた。アマトはなにしてるんだろう。後で行くか。 ジョセがそう思いながら家に近づいてきた時、クロと浜の方に向かうアマトを見かけたのだ。 「あいつ、ボールを持ってたな」ジョセはニヤッとして後ろ姿を見送った。 後から追って自分もアマトと練習しよう。 だが、浜の木陰からアマトの姿を見て、ためらった。授業で練習している姿にはない真剣さが見てとれた。今、俺が声をかけたらそれがぶっ壊れてしまうに違いない。見ている限りでは動きはまだうまいとは言えないが必死さが伝わって来てる……本当は出たいんだな。 ジョセは黙って見ていた。アマトがキックを始めた。 そうとは知らずアマトは何度目かの失敗の後、しばらくゴールを見つめた。 どうしてか……タグラグビには無かったゴールキックの感触が分からない。 一度だけ……試合ではないし、だれも見ていないんだから良いだろう。 宇宙人に呼びかけて見た。
──力を貸してくれよ
そのまま待っていたが返事が無い。そうだよな。虫が良すぎるよな。 あきらめて、ボールを砂地に置く。努力しかない。 「えいっ! 」 えっ? 蹴った瞬間みなぎった足腰の力強さ。ボールは見事に曲線を描いて狭い木の間を抜けていく─
──君か! 今の! そうだよね。ありがとう!
この感触を忘れないように頑張るよ。 この一瞬をジョセも見ていた。やった! 素晴らしいキックだ! あんな難しいコースを決めるなんてすごいじゃないか。アマト、やっぱり君は本気を出せばやれるんだ。 興奮してきた。このごろの学校での練習を見てきてアマトの力量に不安になっていたけど、そうじゃなかった! なぜか分からないがみんなの前では隠してるだけなんだ。もう辞めたからと遠慮してるのかもしれない。でも今分かったよ。本当はやりたい気持ちが。また一緒にやれる日を待っているぞ。
「えー、みなさんこんにちは」 ダセの紹介を受けて日本人が集会所の庭で挨拶を始めるとそれまでの喧騒が嘘のようにシーンと静まった。 「日本のテレビ局からやってきました。番組名は『世界不思議発見隊』と言います。みなさんのご協力をよろしくお願いします」 バラムの人に負けず劣らず日焼けした浅黒い顔で、にこやかにあいさつする若者のわけのわからない言葉を聞いてから次に隣で通訳するマライの人の言葉を待った。 それからニコニコと反応する村人たち。
「南国の花のように明るく元気なみなさんにお会いできて嬉しく思います」 通訳を聞いてダセはいつもはこんなじゃないぞと腹で苦々しく思うほど、女衆のあまりにカラフルな装いと装飾に呆れていた。さすがに男衆はわきまえているのかぐるっと遠巻きにして立っていたが中にはかみさんにでも買ってもらったのか真新しい服を着こんでるのもいた。と言ってもわしもそうだがな。しかたないだろう村長だからな。 挨拶する若者の後ろで、大きなテレビカメラを抱えた人が角度を変えながら写しているのが分かってから、そっちを向いて手まで振っているのもいた。 「それでは今の様子をお見せしましょう」 えっ、聞いた、見せるってよ。ガヤガヤとざわつき始めた村人の前に三脚の付いたテレビが置かれた。 わあーとテレビに群がった。映像が流れだす。 「あれ、私だよ。あんたが横にいる」 「すごいね! 」興奮するやら感心するやらで押す押すなの大騒ぎとなった。 映像が切れてやっと興奮が収まった頃を見計らってまた話しが始まった。 「こんな具合に映るわけです。それではこれからインタビューに入ります」 マイクが用意される。 ダセがおもむろに前に出た。 「こちらはバラムの村の村長さんですね。お名前は? 」 「はい、ダセと言います」 どこかでプッ、と吹き出す声が聞こえた。 さいわい緊張しているダセには聞こえなかったようだ。 「この村の山奥には昔から魔物がいると恐れられている洞窟があるそうですが本当でしょうか」 「はい、あります。わしらはそれをドゥルパの洞窟と呼んでいます」 「村長さんはその洞窟に入られたことはありますか」 「ほんの入り口までです。若いころは肝試しの場所にもなってましたから」 「どうして魔物がいると言われるのですか。誰か見たことがあるのですか」 「いや、見た者はいないですよ。声を聞いたものはいますが」 そこでいったん終わって、今度はディオがマイクを持った。ジョセの父さんだ。何を言うのだろうか。アマトはずっと端にいて見守っていた。何が話されるか冷や冷やなのだ。そのアマトの横には役場の兄に同行してきているミオンがいた。 取材班はすでに役場でマライの首長や観光係のインタビューを終えてバラムに来たので兄にくっ付いているミオンは集会所でアマトを見つけると、役場での様子をさっそく事細かに話して来た。 隣のパシカを見ると「あなたがパシカね。私、ミオンよ。アマトからよくあなたのこと聞いてるのよ。よろしくね」 よく? 冗談じゃない。そっちがしつこく聞いてくるのでほんのちょっと返事を返してるだけじゃないか。パシカがなんと取ったか分からないがまた帰ってから根掘り葉掘り聞いてきそうだ。 カメラが回るようになってミオンの口がようやく閉じたのだ。 「それでは、ディオさん。あなたは洞窟の中でその声を聞かれたのですね」 「はい」 「どんな声でした」 「うーとか、がーとか、言う感じでしたがなにか唸っているようでとても不気味でした」 「奥まで確かめに行かれましたか」 「いや、とんでもない。通路は狭くて何本か分かれて行き止まりだったりして怖くていけませんよ」 通路の話しが出たとたんアマトの腕はぎゅっとつかまれた。パシカだ。ディオの話しから自分が誘拐された時を思い出したのだろう。パシカの取材を断って良かった。洞窟の奥まで入った者は少なかった。誰がインタビューに応えれるかという話があった時、パシカの名が挙がったがあの恐怖をまた思い起こさせてはかわいそうだと断った。 「だいじょうぶか……」パシカにだけ聞こえるように声をかけるとコクンと頷いたが、しがみつく強さは変わらない。我慢してるな。 ミオンが怪訝そうに見て来たのには気が付かなかった。 「それでは今からそのドゥルパの洞窟の探検に向かいます。さて本当に魔物がいるのか今だ未踏の地に初めてカメラが入ります」集会所でのインタビューはこの言葉で締められ、いよいよ現地に出発だ。
取材班と一部の村人がジープで出発した。アマトもどうしても見たいと言って後に続く役場の車に乗り込んだ。ミオンは森に入るのを嫌がり集会所で待機するのでホッとした。 途中から灌木の茂みに入る。そこからは徒歩だ。歩くのには困らない程度に伐採してある。カメラは周りの茂みや出くわした動物や鳥を撮り、いかにも未踏らしい映像を仕立てていく。発見隊のメンバーと案内人の村人以外は映らない。アマト達は後からぞろぞろと付いて行った。 小川に出た。思い出したくもない場所だ。 河原にモニターカメラが設置される。洞窟の中に入るのは数名だ。後の者はこのカメラに写し出されるのを見ることになる。 土手に見えるぽっかり開いた穴に向かっていく。アマトは入口まで付いて行った。その入る手前で発見隊の一人が、磁石を見て不思議そうな顔をしている。隣のディオに何やら話しかけ頷く。 「おい、カメラ、磁石を大写し」 発見隊のリーダーがカメラを抱えた人に手に持った磁石を映させている。 どうしたんだ? アマトはカメラが回ってる間にさっとディオに聞いた。 「ディオ、なにかあったの? 」 「ああ、磁石の方角が狂っていると言うので、この辺は磁鉄鉱が多いから昔から磁気が強いところだと言ったんだ」 言いながらもディオは首を傾げている「前の宇宙局のガイ隊長が見えた時は正常だったんだがな……」 「ふーん」何気なく装って返事をしたものの内心穏やかでは済まない。まさか磁石が映されるとは思いもしなかったことだ。 アマトはモニタ―カメラに戻った。カメラは入口に入る様子が映っている。 僕の目を通して宇宙人も見ているだろう。
大人一人が通れる狭い入口を過ぎると広い空洞に出た。パシカが誘拐されて置いて行かれた場所だ。 ライトが空洞の床、壁、天井と映していく。
「自然の洞窟とは思えない整然とした石並びです! 大昔、住居として使われていたのでしょうか! あっ! 通路を発見! これは奥に向かっているようです」 細い通路がライトに照らされていく。 「さあ、奥に入ります」
ディオはこの通路の途中までは行ったことがある。さらに奥に入った者はパシカだろう。そしてガイはもっと奥の別の通路からこの洞窟を制覇したことになる。 こわごわ向う様子の発見隊は正体を知ってるから安心して大げさに見せてるのだ。 ただガイ達長の時は目的が違った。異常磁気の手がかりもなく洞窟を戻ってきただけだ。この発見隊は違う。カメラにさらされて初めてその造りが公にモニターカメラに写し出されていくにつれ、感嘆の声が見る者から出始めた。 発見隊も魔物の正体よりも今まで見た洞窟と違った不自然さに大げさでなく本当に驚いているようだ。 途中、枝別れのような通路にもカメラは入る。行き止まりだ。また戻って来る。そして発見隊が止まった。
「なにか聞こえます。奥からです。唸っているような。おや左にも別通路があります」 アマトは冷やっとした。いや、僕の感情から来ているのでなく宇宙人だと分かった。僕自身はその通路は覚えてないのだ。パシカが魔物を避けてまぎれこんだその通路の奥…… それこそ隠し通さねばならないワームホールだ。 もちろん見つからないだろう。石壁で塞がれ、他の通路みたいに行き止まりになっている。 「こちらの通路も石壁にぶち当たりました。しかしこの石壁は見事に平らで不自然ですね」 カメラが念入りに映していく。 ──そんことより魔物に向かえよ いらだちを他の人に見られないようアマトはハラハラした。 ようやくまた元に戻り、いよいよ唸り声に向かい始めたようで緊張が解け、ホッとした。 あとはガイがたどった道を進み空洞にぶち当たったらガイが登ったようにして海が見えるのだ。もう、いい。それからはさっさと戻って来るだろう。 魔物の正体が分かってしまった以上、もう冒険家達がやって来ることはないだろう。だが心配なのは鉱物などの工学関係者の目にどう映ってしまうかだ。 近いうちに放映されるこの番組が日本という国だけでなく世界中に知れてしまったらどうなるのか。マライとしては少しでも観光の脚光を浴びる物が欲しいだろうから、これから役場が乗り出すかもしれない。飛行のルートを引けない神秘な島、などと銘打って世界にアピールしていくとミオンの口から聞いた。球体をワームホールの天蓋に嵌めこまない限り洞窟内の磁場は狂ったままだ。早くしなければ……
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