僕たちはテーブルで向かい合って座った。 ジョセ、ハント、僕、そしてパシカの娘アシネと。 他のバラムの人たちは周りを囲むように床に座っている…… パシカが死んだなんて……認めたくない気持ちを抱えたまま僕の方から切り出した。
「どうして……何があったんだ」
パシカが死なねばならないような出来事のほかにもマライ島や周辺の島々の異常のことも聞きたい。
「アマト、お前がいなくなってからのことを俺が少し話そう」
ジョセは36年前にさかのぼって話し始めた。
「あの頃も、地球温暖化が問題になって世界中が2酸化炭素の削減を目指していたのは知ってたよな」
ジョセの言葉に頷いた。あの頃でさえすでに南太平洋の小さな島は海に浸食され始めていたのだ。
「だがな、大国は本気ではなかった。自分の国では社会問題になるからと、まだ未開発の小さな国に資金を投入して、森や田畑を焼き払い、発電所や工場を建設して石炭や石油を使いたい放題だった。自分たちが儲かりさえすればいいんだ。そこの住民の生活や健康なんて問題じゃないんだ。目先の利益ばかりに魂を奪われた連中だ。おかげで環境はますます悪くなり、南極の氷も解けて無くなり、アルプスの氷山も消え始め、海水の温度は上がる一方だった。地球は狂い始めたのさ」
ジョセは話しながら時々拳でテーブルを叩いた。
「俺たち小さな島国まで環境保護のため援助金を出させておいてだ。大国は野放しだ」
「でも、ジョセ」
ジョセの口を止め
「国連からそれぞれ削減目標を出され努力もしたんだろう。その成果は無かったのか」
「削減目標だって。そんなの口先で言ってただけさ。さんざん利益をむさぼり環境を破壊した後で今度は空気清浄機だの自然エネルギーだのと騒ぎ出したがもう遅かった。海水温が上がったために大気は大荒れ、巨大な竜巻や台風、激しい暴風雨が頻繁にあらゆる国で起こる様になった。おかげで作物や漁業も異変を起こして世界が食糧難に陥った。俺たちのような南国は自然の食べ物がすぐ摂れるからそれほど深刻にはならなかったがな。だがそれだけならこんな地下生活などしなくても済んだ。こんなふうになったのは世界中に放射能がまき散らされたからだ」
「放射能がまき散らされたって……まさか核戦争でも起きたっていうのか」
「核戦争……そんなの起きてたらここで生きちゃいないさ。だがな似たようなもんだ。巨大地震や火山の爆発があちこちで起き始めたんだ。これは科学者が言ってたがな、海水温や、水圧の変化が地殻に影響を与えたのだろうって。これでどうなったと思う……」
海水の上昇、荒れ狂う大気、巨大地震に火山。これだけそろったら地球はどうなったか。いや地球ではない。そこに住む人たち、生き物はどうなったかだ。世界に放射能をまき散らすほどのことが起きたのだ。
「原子力発電所や原爆施設さ。ほらドゥルパの洞窟にテレビ取材に来た日本という国を知ってるだろう。あそこで何万年に1回という巨大火山爆発が起きたことがきっかけだった。近くの原子力発電所がつぶされ核爆発が起きたんだ。俺たちはテレビで見たが悲惨だった。あの地域一体が放射能で汚染されウランの粉じんがアジア地域まで流れて行った。政府はどうすることも出来なかったんだ。国連も乗り出したが火山活動が収まるまでは手が打てれなかった。それからだった。世界各国が地下シェルターを作り始めたんだ。それにアマトが乗ってきたような円盤が発明されて大気圏外に行けるようになったんだ。そこに宇宙ステーションを作り始めるやらそこから月に都市を建設するとかで世界が慌ただしく動きだしたんだ。俺たちにはそんなこと関係なかったが何かが起きるんではと不気味だった。何年かして国連が世界に発表したことでようやく知ることが出来たんだ」
一息入れるためにジョセが黙った。アマトも深呼吸をした。ジョセが今から話すこと、 国連は何を発表したんだ……『M70』のことか。心臓が高鳴った。
「あの巨大火山が幕開けだった」
と言うとジョセがまた話し始めた。
「科学者の間ではあの火山爆発がきっかけでこれから日本近海で巨大地震が起き、幾つかの原子力発電所が崩壊される。それに巨大津波が押し寄せる。それにともないアジア地域にも巨大地震が発生し大津波が起きる。アジア地域だけじゃない地球の地殻変動に影響が出始めヨーロッパ大陸アメリカ大陸なども地震や火山活動が活発になるだろうと科学的データーをもとに発表したんだ。と言うことはだな、アマト。世界の海岸にある原子力発電所が爆発するということだ。こんな発表をすぐ信じたわけではないが何年かして本当にアジア地域で巨大地震や火山の爆発が起き始めたんだ。それから世界はパニックになった。原子力発電所ってのはいったん始動してしまったらずっと制御してなくてはならないし汚染物資を何百年も管理し続けなくてはならないことなど俺たちは知らなかった。廃炉しても使用済みのウランはどうする。世界にあるウランはどう処理する。人間の手から放たれたらどうなるかなんて考えもしなかった。俺たちのような少数民族や島国には何にも知らされなかったんだ。」
ここまで聞けばアマトにも分かった。 異常気象の上にウランを扱う核施設の崩壊。あまりの規模に打つ手もなく逃げ出さなければならなくなったというわけか……ウランや汚染物資を丸呑みした海もやがて放射能だらけになり魚や海産物はどうなったか。地球規模で放射能汚染が始まってしまったのだ。
「それで宇宙ステーションや月基地を建設し始めたのか」
「そういうことだと聞かされた。だがそんなの俺たちには遠い話だ。そんな建設よりも地上で除去装置の開発をすべきじゃないか。世界中で大勢の人が放射能で亡くなったし癌患者がすごい勢いで出始めた。可哀相なのは子ども達だった……身体が小さいから放射能の影響がすぐ出た。マライには核施設などないのにそれでも白血病やら甲状腺癌などの子どもが増え始めたんだぞ。それだけじゃない。災害や放射能で亡くなっていく人がどんどん増えた上にだ、子どもが出来なくなってきたんだ。放射能が男の機能の染色体を傷つけたことが原因だということだ。もう何もかもむちゃくちゃだ。本当にどれだけの人が死んだと思う。マライの人間が何をしたっていうのだ! 公害をだしたのでもなく放射能をまき散らしたのでもないのに俺たちはこうして取り残され、こんな事態にした大国の1部の奴らはさっさと地球を放って逃げているのだぞ」
ジョセの憤りはもっともだ。聞いているアマトもあまりの事態に胸が塞がった。ここまで来てしまっていた……コアから帰るとき地球を守るため、人類とあらゆる生物を守るために戻るのだと決意していたのに遅かった……
「取り残された人々って、大変な人数だろう。その人たちはどうしているんだ? ここみたいに地下住居にいるの」
「いや、マライはまだいい方だ。とにかく国連から建設支援を受けれたから。ひどい所では外の生活のままだ。放射能だらけでも生活するしかないとあきらめている人が世界にはたくさんいるんだ」
「国連は動いているのか」
「ああ、さすがに大国も責任を感じてはいるのだろう。建設資材や技術面で救援はしてはいるがな」
ここまでの話では『M70』のことは出て来なかった……まだ発表されていないのか。36年も経ったのだ、隠し通せれるものではないはずだ。先進国の科学をもってすれば高性能の除去装置の開発は可能なはずだ。なのにそれよりも地球を逃げたということが『M70』の存在を知っての行動としか思えない。 1部のものしか知らされてないのか……
「ハント、俺の話はここまでだ。パシカのことはお前が話してくれ」ジョセは話し疲れたのかハントを見た。
「そうだな」
ジョセの話にずっと頷きながら聞いていたハントが口を開いた。
「アマト、パシカの時のことも聞きたいか」
ジョセの話を聞く間に僕の表情が苦しくなっていくのを見ていたのだろう。正直言ってこれ以上にさらに悲しい話を聞くのは耐えられない。だがパシカのことに耳をふさぐことはパシカに済まないと思った。 僕は小さく頷いた。
「あの津波はオーストラリアの近海で起きた地震のせいだ。そのころマライに残った男たちはこの地下施設の建設に来ており村に残っていたのは女や子ども、年寄りばかりだった。このころは世界で津波の対策が取られていて警報装置も取り付けられていたからそれほど心配してなかったんだ。それにマライは環礁に囲まれているだろ。だから余計に軽く考えていたんだ。あの時も、警報が鳴った。1時間ほどでやって来るだろうということだった。バラムの村にも警報があるからたいして心配してなかったんだ。それがとんでもない巨大津波だった。俺たちは山でこの地下を建設中だったから安全だったが海岸の様子が一望できる場所だった……港が、道路が、車が、町がどんどん海に呑まれていくのを目の当たりにしたんだ。信じられなかった……逃げ遅れた大勢の人たちが呑まれていく様子を見ているしかなかった。何度も押し寄せた後ようやく引いたがもう町はめちゃくちゃだった。俺たちは山から下りてまだ息のある人たちを助けにかかったが、バラムのことが心配でたまらなかった。目の見えないパシカやまだ赤ん坊のことをどれほど心配したか。帰りたくても道路も港も使えずジョセと俺はそれでも山伝いに歩いてバラムに向かった。どこもかしこもひどかった。なんとか1日がかりでバラムに着いたが海岸沿いの家は津波で家ごと流されたのだろう。何もかもなぎ倒されていた。ジョセの家も俺の家も跡形もなかった。俺はパシカの名を呼びながら必死で捜し歩いた。そんな俺たちの声に気が付いて村人が山から下りて来たんだ。ミオンやサキおばさんが俺とジョセのところに飛んできた。ミオンの腕に抱かれていたのは俺の赤ん坊、このアシネだった。俺はパシカとタネはと聞いた。そしたら2人とも津波に呑まれてしまったと聞かされたのだ」
その時の情景を思い出したのだろうハントの声が詰まった。
「私がそれから話すよ」
サキおばさんがジョセの横に来ると言った。
「あの時、私がもっと引き止めればよかったんだ」目を真っ赤にはらしたサキおばさんがその時のことを話し始めた。
「警報が鳴ったので私達は子どもや年寄りを連れ出し山に急いだんだ。小さな津波は時々あったし避難訓練も受けてたからそんなには驚かなかった。タネさんはパシカの手を取り、赤ん坊はミオンが抱いた。途中まで来てパシカが慌てて戻りたいと言い出したんだ。わけを聞くと、オルゴールを忘れたから取りに行くと言ったんだよ。私らは津波が来るからやめなと言ったんだけどその時はどういうわけかパシカがこの津波は違う。嫌な感じだ。どうしてもオルゴールが心配だからと言い張ってね、それで仕方ないからタネさんも付いて急いで家に戻って行ったんだ。どういうわけかあの年取ってよぼよぼしていたクロまでが後を追い始めたんだよ。クロもきっと異変を感じ取っていたのかもしれないね。クロの去っていく後ろ姿が私の頭にいつまでも焼き付いていて今でも浮かぶんだよ……可哀相に」
サキおばさんの目からまた涙がこぼれた。
「その津波に呑まれたんですね、パシカもタネおばさんもクロも……」
サキおばさんは声も出ず頷いた。
「パシカにとって思い出のある大事なオルゴールだったんだよ」
ハントが言った。
「アマトがスイスに行った時買ってきてくれたものだ。覚えているだろう」
スイスのオルゴール……ああ、あの時どんなに喜んだことか。それからいつもいつも聴いていた。パシカ……バカだな、なんで取りに戻ったんだ! 命のが大事だろう。生きていればそう怒鳴ってやれるのに、オルゴールなどまた買ってやれたのに! パシカ! アマトは顔を伏せた。思い出した途端、どうにも涙が抑えられなくなった。 サキもジョセもハントもアシネも同じだった。亡くなったのはパシカたちだけでない。ここに残った人達もみんな似たような人たちだった。予想以上の大きな津波に逃げ遅れて波に呑まれた肉親の姿が重なって、静まり返った部屋のあちこちですすり泣きが聞こえた。
「みんな」
ジョセが椅子から立ちあがった。
「また思い出してしまったが、さあ、涙をぬぐうんだ。俺たちは亡くなった人の分も生きると決めたんだ。今日はアマトに再会して湿っぽくなったが、もうやめよう」
ジョセの声に励まされみんなの顔が上がった。僕は昔のジョセの姿を見てうれしかった。 ああ、ジョセらしい。こんな状況にありながらみんなの気持ちを前に引っ張っていっている。
「さあ、今度はアマトの話だ。こんな若いままで戻ってきて、びっくりさせられたぞ。何としても聞かなくてはな」
みんなの目が僕を見てきていた。死んだと思っていた僕が36年も経って若いままで突然現れたのだ。 僕はみんなを見まわした。これから話すことを信じてもらえるだろうか。
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