「どこの国の円盤ですか」
白装束のその人は拡声器らしい小型のマイクで呼びかけてきた。
──どこの国かと聞いてきたがこの円盤は外に声を出せるのか
<通信はできるが声を伝えるスピーカー装置はない。そうだ。小型の飛行艇が積んである。それならスピーカーが付いているから話せるだろう>
飛行艇はハッチの横の格納室に収まっておりそこから外に飛び出せるようにしてあった。 アマトはそれに乗り込むと格納室の飛び出し口を開けた。 宇宙人の指示通り手を動かすと飛行艇がスーっと外に向かった。 白装束の人は飛行艇に驚いたのか後ずさりした。円盤では驚かなかったがこの飛行艇は見慣れないのだろう。 その人の近くに止めるとアマトはマイク越しに呼び掛けた。
「私はアマトと言います。昔、マライのバラムに住んでいました。今、村に行ったのですが誰もいませんでした。ここに来る間、人の姿を見かけませんでした。みんなはどこへいったのですか」
白装束の人はマイクを持った手をそのままにして何も言ってこない。目の部分だけ透明な膜になっている以外はすっぽりと覆われていて表情が分からない。 飛行艇は前部分が透明のカプセルになっているのでアマトはそこからその人をじっと見つめていた。 やがて白装束の人の手がマイクを口元部分に向けた。
「昔、確かにバラムの村にアマトという少年がいました。でも彼は海で遭難したまま行方不明となりました。遺体は見つかりませんでしたが、亡くなったと思います。30年以上も前のことです」
僕のことを知っている! アマトは身を乗り出した。
「僕です。そのアマト本人です。海で遭難したのではないのです。生きてここにいるのです」
これからどう話せば分かってもらえるのか。いきなり宇宙へ行っていたなどと言っても信じてもらえないかもしれない。
「あなたは誰ですか。バラムのことを知っているようですが……」
「私はジョセ。アマトの友人でした」
「ジョセ! ジョセだって! 僕だ! アマトだよ!」
「アマトだって……本当にアマトなのか……」
「本当だ! ああ、ジョセ、無事だったのか。何が起きたのか僕にはさっぱりわからないが、みんな村にいないので心配だったんだ」
「アマトとは信じられないが……ここは放射能で汚染されているから話はゆっくり出来ない。防護服を持ってくるからそれをつけたら建物の中に行こう」
ジョセと名乗った白装束の人が急ぎ足で建物に戻って行った。
防護服の2人が建物に入ると玄関の扉が2重にがっちり閉められた。
「校舎の中は放射能除去装置が取り付けられているから顔を出しても大丈夫だ。さあ、本当にアマトかどうか見せてくれ」
そう言うとジョセが先にフードを外した。 えっ? ディオ…… 思わずジョセの父親と思った。だがそんなはずはない。彼はジョセだと名乗ったのだ。 これが現実か。 ここにも36年の時の隔たりを思い知らされた。 ジョセ……なんと年を取ったものだろう。額や目、口元の皺が地球の過ぎた年月を表しているようだ。それでも表情の中に昔の面影が残っているのをみて懐かしかった。 僕がフードを外したらどんな反応が返ってくるのだろう。 アマトは恐る恐るフードを外した。 顔を表したとたんジョセが驚愕の目で見つめてきた。 声も出ず、時が止まったようだった。
「信じられない……」
ジョセの第一声に僕は小さな微笑みを返した。
「アマト……本当にアマトか」
ジョセは近寄ると手で僕の顔の額や頬を触ってきた。
「生きていたのか。てっきり幽霊かと思ったぞ」
「そうだ。生きている」
「だが年を取ってないじゃないか。まるでタイムスリップしたみたいだ」
「タイムスリップか……そうかもしれない。ジョセ、みんなに話したい。僕が今までどうしていたかを」
「なんか、信じられないな。みんなが知ったら驚くぞ。俺だってまだ信じられないんだ」
「みんな、ここにいるのか」
「みんなというか……取り残されて生きているものだけだがな」
「取り残されてってどういう意味なんだ。僕はあれから地球がどうなったかさっぱりわからないのだよ」
ジョセの顔の皺がさらに深くなるのが見えた。
「いろいろなことが起こったんだ……地球はひどいことになってしまった」
「僕はここへ来る前にバラムに行って、洞窟の近くの占い婆に会ったが婆は地球はお終いだと言っていたがそのことか」
「ああ。ここで話すよりもみんなの所に行こう。そこでアマトのことも俺たちのこともゆっくり話そう。付いてきてくれ」
ジョセの後を歩いていく僕を部屋の中にいた人達が廊下に出て見てきた。 その部屋は昔教室だった。今はコンクリートで覆われている。 ジョセは階段を降り始めた。昔はこんな地下への階段は無かったはずだ。
「驚いただろう。校舎の教室は機械装置や外部通信に使われているが生活はこの階段から地下のトンネルを通って、山の中の地下住居でしているんだ」
ジョセは僕を見るたびに目を瞬かせていた。若すぎる僕にすぐには慣れないのだろうな。 僕の方も老いたジョセが昔の姿とすぐには重ならず違和感がある。ジョセの背を見ながら36年のへだたりをまざまざと思い知らされ、やりきれない感情に襲われた。だが昔には戻れない…… 地下住居と聞いて薄暗いイメージを抱いたがそこに着いて驚いた。 まるで町のような家並みとどこから取り入れているのか高い天井から光が溢れていた。
「こりゃあすごい! 地下とは思えないな」
「ああ、一応世界から援助を受けて建設されたんだからな。それでもこうなるまで10年はかかった」
「マライの人がみんなは入れるほど広いのか」
「とんでもない。ごく1部だ」
「それじゃあ、入れなかった人たちはどうしたんだ」
「入れなかった人たちではない。入る必要のない者たちだ。その人たちはとっくに海外の大陸のシェルターやもっと裕福な者たちは宇宙ステーションや月に行った。ここにいるのは逃げられない残された人たちなんだ。バラムの村の者はほとんどここだ」
あの宇宙ステーションはそういうものだったのか。そして月だって!
「ジョセ、人は月にまで行くようになったのか」
「ああ、20年ぐらい前から月都市の建設が始まった。アマトが乗ってきたような円盤が完成してからだ」
「円盤だって! じゃあ円盤に乗って宇宙にまで出るようになったのか」
密かに円盤の研究をしていたのは『X』だ。ひょっとして『X』は円盤の製造にたどり着いたのか。 2人が話す間にも何人かがすれ違うたびに「変わったことは」 とジョセに聞いてきた。そのたびにジョセが首を横に振る。聞いてきた人はそれを見て
「そうか……」と首を落として離れていく。
「さっきから何を尋ねられてるのだ」
「外からの情報だ。俺はここで外部通信役だからな」
「それで校舎にいたのか」
ジョセは頷くとついでに大きなため息を吐いた。
「みんな期待しているんだ。何かが変わり、ここから出られるんじゃないかとね。だが何も変わらないことも知っている。変わるどころかますます悪くなる一方だ」
吐き捨てるように言い放つと
「ここだ」と指差した。
通路から横に曲がったところに門らしき扉があった。
「ここがバラムの人の居住区だ。みんなびっくりするだろうな」
ジョセが先に扉を開けた。 広い大部屋になっていてそこにいた何人かの男女や年寄りが一斉に見てきた。 僕にはすぐ誰だか見分けがつかないが、向こうは若いままの僕を見たわけだからすぐに ジョセの後ろにいる僕にくぎ付けになったようだ。 口に手を当てて目をぱちくりさせている人や「ひやー」と奇声を出す人やらで部屋の中は突然、騒然となった。
「ま、まさか……」
1人の老婆が近づいてまじまじと見てきた。
「母さんだよ」
「えっ、ジョセの母さん……サキおばさんなの」
あの威勢のいいサキおばさんがすっかり老けてしまっている。
「信じられない! アマトなの」そう言う声まで婆さんのようだ。
「そうだよ、母さん。アマトだ。生きていたんだ。今、円盤でやって来たんだ」
ジョセは母親に説明した後、みんなを見渡した。
「みんな! 覚えているだろう。アマトだ。帰って来たんだ。海で遭難したんじゃなかったんだ。年を取ってないのが不思議で信じられないがアマトの話を聞こう。だれかハントと家族を呼んできてくれ」
「ハントだって! 懐かしいな」アマトは声を弾ませた。
太った女性がジョセの横にやって来た。
「ミオンだよ覚えているか。俺の奥さんだ」
ミオン! あのミオンか! よく見ると皺に囲まれていてもキラキラ輝く大きな目とぷっくらとした唇はそのままだ。
「奥さんだって! そうか2人は結婚したんだ! 」
僕はそういいながら目はさっきからパシカを探していた。ミオンもいる。どこかにパシカがいるはずだ。僕の声を聞いて分からないはずはない。小さくて可愛かったパシカ。今はどう変わってしまったのだろう。タネおばさんはどこだろう。サキおばさんがこんなに老けたということはタネおばさんも分からないぐらい老けてしまっているのだろうな。 ジョセがハントの名しか言わなかったのが腑に落ちなかったがきっとパシカやタネおばさんも当然のように呼んできてくれるだろう。 ハントを待つ間に僕を知っている村人が徐々に声をかけてきてくれた。 皺が増え身体つきも変わってはいても笑う顔に昔の面影が残っている。大体の人の名前を当てることが出来た。 それにしてもたったこれだけの人数ではないはずだ。
「ジョセ、村の人はまだどこかに行ってるの」
「ああ、畑、といっても地下の中だけどな、そこや建築作業とかに出ている者もいる。それでもずいぶん減ってしまったんだ……」
ジョセの顔が苦痛に歪んだようだった。昔はこんな顔をするジョセではなかった。落ち込むぐらいなら練習しようぜとみんなを奮い立たせるリーダーだった。
「ハントが来たよ」
ミオンが扉を見て言ってきた。アマトが振り返ると同時に5,6人の人が勢いよく入って来た。その中にいる若い女性を見て
「パシカ!」と思わず叫んだ。あの小さな少女が大人の女性になったんだ! アマトは駆け寄った。 ところが女性の方はアマトに駆け寄られて驚いて隣の年配の男の後ろに隠れてしまった。 目が見えている! 彼女ははっきりと僕を見て隠れたのだ。パシカではないのか……
「アマト」
女性の代わりに僕の前にその年配の人が立って僕の名を呼んだ。 その顔は……ああ、覚えているぞ
「ハント!」
ハントと僕はお互い手を差し伸べ肩を抱き合った。 それからしみじみと顔を見合った。
「呼ばれてまさかと思ったが本当だったんだ。生きていたんだ。こんなに若いままで」 皺に囲まれた目に涙がにじんでいる。 その涙を見てなぜだか僕まで胸が熱くなった。 後ろで驚いたように立っていた女性がハントの手を取ってきた。
「そうだな……おまえに紹介しなくては」ハントは女性にそう言うと
「アマト、この子は私の娘だ……そしてパシカの娘でもあるのだよ」
「えっ? パシカの娘って……」
僕はまじまじと女性を見てしまった。たしかにそうだろう。口元や目、眉がそっくりだ。そのあとハントの娘という言葉が頭を打った。そうか2人は結婚したんだ。その2人の子なんだこの女性は。 36年……考えてみればパシカは50歳近くになっているはずだ。こんなに若いはずないじゃないか。 そうか……パシカが結婚しているのは当然だよな。妹のように感じていてもだんだん娘らしくなっていくパシカに時々ドキッと心がときめくときもあった。大人になったら一緒になってもいいかなとふと思ったりもしたものだった。 地球に帰って1番に会いたいと思い続けてきた。だがここでもまた年月が2人を隔ててしまった。 ハントなら良かったじゃないか。アマトはそう思い直した。きっと幸せだろうな。それでいいんだ。
「アシネって名だ。ほらアシネ。母さんががよく話してくれたアマトだよ」
「こんにちはアシネです」
ちょっとはにかんだ様子で僕を見てきた。ああ、声までがパシカに似ている。
「この子の名はアシネ、君のアとパシカのシとタネのネからつけたんだよ」
「えっ、僕のアだって。しょうがないなパシカは。ハントからとるべきなのに」
「いや、いいんだ。君がいなくなってからもパシカはずっと君を待っていたんだ。みんながもう死んでしまったからと言っても納得しなかった。きっとどこかで生きているからとね……まさかパシカの言ってたことが本当になるなんて……」
ハントが声を詰まらせた。
「この通り僕は生きていたよ。パシカを喜ばせよう。驚くぞ。パシカはどこ? さっきから気になってたんだ」
アシネという娘が僕の言葉に首を傾げて不安そうにハントを見つめている。ハントはそんな娘の眼差しに悲しい表情を見せた。 うん? なんだろう……みんなもどうしたんだ。黙ったままで。 ジョセも目を伏せて応えようとしない。
「どうしたの」
嫌な予感がよぎった。
「アマト……」
ハントが顔を起こした。 だが何と悲しい目をしているのだろう。それだけで僕はこれから話されることが僕にもハントにもここにいるみんなにも辛いことに違いないと予想できた。身体がこわばるのが分かった。
「パシカはもうこの世にはいないのだ……死んだんだ」
1番聞きたくない言葉、最悪の言葉がハントの口から出た。パシカが死んだなんて…… そんな……嫌だ! 嘘だ! あのパシカが死ぬなんて。おしゃべりで明るくって、目の見えないのが嘘のように活発なパシカが。
「本当か」
思わずジョセに問い詰めた。 ジョセは黙ったまま首を縦に振った。隣のミオンの瞳が濡れている。アマトは目を宙に浮かしたように他の人を見まわした。みんな目を伏せ悲しみに沈んでいる。
「どうしてなの……じゃあタネおばさんは」
「おばさんもだ……」
おばさんも!
「おばさんはパシカを助けようとして津波が襲ってくる家に戻ったんだ」
「津波? マライに津波などあるの。サンゴの環礁に守られているじゃないか」
「それは……」
ハントは話そうとしたが思い出すのが辛そうだった。
「ハントにアマト」
ジョセの声だ。
「向こうのテーブルに行って座ってからお互いの今までのことを話そう」 そう言って2人を促し先に歩き出した。
「父さん、行きましょう」
ハントはアシネに、僕はサキおばさんにそれぞれ手を取られてジョセの後について行った。
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