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作品名:アマトの宇宙(そら) U  作者:サヴァイ

第46回   地球へ
時空移動を何度か繰り返した。
めまぐるしく変わる宇宙の姿に気分が悪くなり吐き気と戦いながらようやく天の川銀河にたどり着いた。
これが僕の住んでいる銀河の姿か……
渦巻の中心は円盤のように盛り上がり光り輝いている。その中心にはブラックホールが存在すると言われている。なんて不思議な世界なのだろう。太陽系はその端にある。小さな小さな存在の太陽系のもっと小さな地球に僕たち生物が生まれたのだ。

<太陽系に入るよ>

──地球までは飛ぶだけか

<そうだ。時空移動はもうないから>

円盤のスピードはよく分からない。遠い星の動きは緩慢だ。だが小惑星帯に入って初めて円盤の速さが分かった。

──わっ!

と何度も声を上げてしまった。
前方に見えてきた小さな塊にぶつかる! と思った瞬間、通り過ぎて行く。目が開けてられない。すごい速さだ。
ようやく抜けると遠くに1つの星が見えた。

──あれは

<太陽系の中で1番遠い惑星だ>

──というと海王星かな。

宇宙人が僕の身体に入ってから僕も宇宙のことをかなり知った。
海王星の次は天王星。この2つは地球よりも大体4倍の大きさだが温度はマイナス200度以上の極寒の星だ。
その2つの星も過ぎた。次は氷のリングを持つ土星。真横を通るのではないがそれでも近く感じる。
そして太陽系の中で一番でっかい、第2の太陽になり損ねた木星が縞模様の姿を見せた。
地球の十一倍の大きさだ。
人類が長年かけて苦労しながら宇宙にロケットを飛ばしているというのに僕はこうして自分の目で惑星を眺めている。太陽系を駆けているのだ。それは不思議な気持ちだった。
静寂の中で展開される光景を目で追っていた。
やがてなじみの赤い星、火星が現れた。ということは地球も近い。

──火星って昔は生物がいたのかな

地球でもよく議論されている。川があったらしいから生命が生まれてもおかしくはないのだ。

<私が地球に来たのは1万年前だがその時火星は人間のような生物はいなかったが、生命体はあっただろう>

太陽系遊覧も終わりに近づいた。地球が見えてきたのだ。衛星の月も見える。
それがどんどん大きくなる。青い海と流れる白い雲、そして緑の大地と茶色の陸地が
はっきりしてきた。
帰って来たんだ!
なんか胸にこみ上げるものがあり涙が溢れて来た。僕の故郷……
やっと帰って来たと実感が湧いた。

<アマト、右下を見て>

宇宙人の言う方向を見て

──何、あれ!

びっくりしたのも当然だ。
右下の大気圏外に大きな飛行物体が浮かんでいる。よく見ると少し離れたところにも同じような飛行物体がいくつか浮かんでいた。
僕がいたころにはそんなのは聞いたことがない。

<近づいてみるか>

──気を付けてくれよ。突然攻撃されるかもしれないから

地球で何が起きたのか知らないがこんな飛行物体が浮いていることが謎だ。
ゆっくり近づくにつれその飛行物体から時々、小型の円盤型の飛行艇が飛び出したり入ったりしているのが見えた。
いったい何者だろう……
もっと近づこうとしたとき通信が送られてきた。

「こちらは地球衛星ステーションです。その円盤は地球で登録されているものではありません。どこの国ですか。応答願います」

地球人の言葉だ! ステーションって言ってた。そうか! 宇宙ステーションだ! 実現したんだ!
地球人が大気圏外の宇宙で暮らしているんだ。僕がいない間にここまで発達したんだ。

<アマト、どうする。応答をするか>

──どうしよう

動揺した。僕が名乗ったら分かってもらえるのか。いったい何年経ってしまったのだ。僕のことなど知らないだろうし……
何から答えたらよいかと言葉を選んでいる間にも通信が再び入った。

──よし、返事をするよ。操作して

円盤の通信ランプが点いた。

「宇宙ステーションのみなさん。私の名はアマトと言います。南太平洋のマタイという島で生まれ、その後マライに移りました。私が十八の時、あることから宇宙に出ました。そして今帰ってきました。地球は今何年でしょうか」

私の返事はステーションに衝撃をもたらしただろう。にわかに信じがたいだろう。
ステーションからすぐには応答がなかった。
暫くして返事が来た。

「我々は非常に驚いています。再度確認いたします。あなたはマライ島に住んでいて十八の時、宇宙に出て行った。名前はアマト。これに間違いはありませんか」

「はい、その通りです」

「分かりました。アマト、暫くお待ちください。地上に確認させます。それと質問に答えます。地球は今、二千六十年です。よろしいですか」

「えっ、二千六十年だって! 本当ですか!」

「そうです」

一瞬頭が空白になった。それから数え始めた。僕は何年に飛び出たのだ……確か、二〇二四年だ。ということは……三十六だ! 三十六年も過ぎたんだ!
覚悟ができていたとはいえ心の隅でわずかの年数でありますようにと願っていた。それも見事に打ち砕かれてしまった。
落ち行け、受け入れるのだ。

<アマト、だいじょうぶか。しっかりして>

大きく深呼吸をして動揺を抑えた。

──まさかそれほどとは思わなかったからちょっとショックだったよ

<すまないと思う。私がもっと早く迎えに行ってやれたらよかった>

──ううん……君は本当に僕のためによくやってくれたと感謝している。どれだけ助けられたことか。僕こそ謝らなくては。大丈夫だ。もう立ち直ったよ。ただ年数が違っただけだ。覚悟はしていたから

<そうか。良かった。それでこれからどうする。ステーションの返事を待つか>

ステーションは地上と連絡を取っているのだろう。三十年以上も前の僕のことでなにか分かることがあるのだろうか。博士……今、あなたはどこにいるのですか。何歳になったのですか。タネおばさん、パシカ、ジョセ、バラムの村の人達はどうなったのか。
お爺ちゃん! そうだお爺ちゃんはどうなったのだ! 考えることもなかった……
三十年以上という歳月は祖父との別れを意味していた。
これから起こることはそういうたくさんの別れとも遭遇するということだ。

──バラムに行きたい。どうなっているか早く知りたい。ステーションに先に寄ったら大騒ぎで後回しになりそうな気がする。いやきっと質問攻めだよ。

<そうだな。よしマライ島に行こう>

円盤は急降下を始めた。目指すはマライ島のバラムだ。ステーションは慌てるだろうが、名乗ってあるからやがて後から関係者がやってくるだろう。
大気に突入し円盤が光り輝く。反重力装置が作動して強力な磁場が円盤を覆う。
やがて海が眼下に大きく見えてきた。南太平洋だ。だが何としたことだろう。
たくさんの小さな島々があったはずなのに消えてしまっている。

──ゆっくり行って。どうしたんだろう。ほらあそこに見える島だってもっと大きかったはずなのに先端が無くなっている。

<海面が上昇したのかもしれない>

──マライやマタイは大丈夫だろうか

不安がよぎる。

マタイとマライの上空まで来てその不安が現実になった。
港や浜だった海岸が海の下になっていた。
バラムの村も山側の畑あたりまで海水になっていた。集会所もバス停も海岸べたの家々も。
 
「ひどい……」
 
アマトは眼下の光景に呆然となった。
 三十六年といえどここまでなるのだろうか。温暖化を食い止められなかったのか。
 
<洞窟に行ってみよう>

 宇宙人の言葉にもただボーっと頷いただけだ。

円盤はゆっくりと山側に飛んだ。
畑はすっかり荒れて灌木も伸び放題に茂っている。もうここには誰もいないのだ。
みんなどこに行ったのか……
洞窟の小川も倒れた木に埋もれていたし、洞窟の入口の穴は草や木々で見えなくなっていた。
村人の姿は山の中にも見られない。

<どこかに避難したのだろう>

──どこかって。まさか宇宙ステーションに。

それならあんな少ない数のはずないじゃないか。地球人全員が避難なんてできっこないよ。

<他を探してみよう>

洞窟をあきらめて移動したとき、ふと煙のようなものが木々の間から見えた。

──待って、あの木の近くに寄せて

円盤が降りられるような空地もないので覆い茂る木々の上に停止してアマトは木を伝って下に降りた。
かすかに煙の臭いがしていた。そちらに向かって行った。
やがて草が茂る中に今にも壊れそうな小屋が現れた。アマトはそれを見たときこれは占い婆の家だと思い出した。
煙はその屋根から出ている。誰かがいる。アマトは擦り切れた布がわずかに入口に垂れているのを見ると、その布を手で押した。

「誰かいますか」

中は薄暗く嫌な臭いが充満している。かまどから燃えさしの炭が見えている。
もう一度呼んでみた。
かすかに唸る声がした。声は隅に積み上げられた布やら布団やらの間からしてきた。
アマトはもっと近づくと屈んで目を凝らした。
ぼろぼろのかび臭いにおいの布団の中に身体を曲げてうずくまっている人がいた。
かなり年寄りのようだ。

「こんにちは」

大きな声で言った。
その声で曲がっていた人の身体が少し動いた。

「誰だ」

と言ったような気がするが声がかすれていて聞き取れにくい。

「こんにちは。僕はアマトと言います。あなたはひょっとして占い婆さんじゃないですか」

僕の声に反応して年寄りがもそもそっと身体を起こしてきた。やがて半身だけ起こすと眩しそうに目を細めてじっと僕を見てきた。その目が驚いたようにわずかに見開かれ、口から細く「ひいー」という声を漏らした。
しわくちゃの手が上がり僕を指差し

「アマトだと」と言った。

「そうです。ほらアマトです。占い婆さん」

「ま、まさか……幽霊か」

「幽霊じゃないですよ。本者です」

占い婆はがくがくと震えている。本当に幽霊と思ったのか
婆はすっかり老け込んでいた。無理もない。もう八十に近いはずだ。それでも僕を覚えていてくれた。

「お婆さん。バラムのみんなはどこに行ったのですか」

「本当にアマトか。アマトなら海で死んだはずだ」

「僕は遠い宇宙に旅に出ていたのです。今日帰ってきてびっくりしました。みんなはどこです」

「宇宙? 何をぬかす……昔、海で遭難したのじゃ。もう何十年も前のことじゃ」

「遭難なんかしていないのです。ほらここに無事いるでしょ」

「そんなこと言ったってなぜ若いままなのだ」

「宇宙にでると時間の経つのが遅いからです」

婆には理解できないことだろう。

「婆さんはどうしてここにいるの」

婆はいまだ信じられない目つきのままで

「みんなは町に避難したがわしはどうせ避難しても助からないなら死ぬのはここでと決めたのじゃ」

「みんなは町に行ってからどうしたの」

「わしは知らん。どこへ行っても一緒じゃ。地球はもうお終いじゃよ」

地球はもうお終いだって! 占い婆からこんな言葉が出るなんていったいなにがあったのだ。

「お婆さん、パシカは、タネおばさんはどうなったの」

「ああ、パシカか。あの子は目が見えなくてかわいそうな子じゃ。そう言えばアマトと仲良く暮らしておったな」

「どこへ行ったの」

「あの子もタネもみんな町へ行ってしまったわい」

婆はそれだけ言うとああ、お終いじゃ、お終いじゃと呟きながらまた横になってしまった。
本当に僕だと信じたかどうかは怪しいがみんなが町に避難したことは確かなようだ。
とにかく町に行ってみなければ。
占い婆に行こうと誘ったが頑固に嫌じゃと言い張るのでそのままにしてアマトはまた円盤に戻ると町に飛んだ。
通っていたバス通りまで海水の下だ。
僕がまだいたころから地球温暖化で海水が上昇することが大問題になっていたが、それが現実になってしまったのか……この規模だとマライだけでなく世界に起きているはずだ。
マライで1番大きな町、パモナの港も消えていた。
山側の田畑はまだ無事のようだ。家もぽつぽつ見えている。

──学校に行こう。あそこは高台にあったから。

僕が通っていた町の中学校はどうなったか。
円盤は学校に向かった。

──あれだ! よかった! 無事だ。

コンクリート建ての白い校舎と学生寮が見えている。

<どうする>

──校庭に降りよう

30年以上の時が経ってしまったとは思えない。僕は数年前までここに通い、この校庭でラグビーの試合をしたんだ。懐かしかった。
でも校庭が近づき運動場の状態が見えて来た時、そこはすでに長く使われていないということが分かった。周囲は草に覆われそれはグランドまで伸びつつあった。
円盤はそのグランドに着地した。
円盤が来たというのに誰も出てこない。

──どうしたんだろう。外に出てみようか

<いや、アマト……待って>

──どうして

<今、大気中の成分をみて分かったことがある>

──何が

<ほら、パネルを見て>

そのパネルの成分表は人体に影響のある数値には色が付いていた。
その色のついている成分とは……すべて放射能だ!

<ウランの微粒子だ>

ウランは放射能を放出しながら最後は鉛になる。だがその放射能が半分になるまでに45億年かかると言われている。そんなウランの微粒子がどうしてマライのような小さな島国の学校の校庭に見つかるのだ。
ケーシー博士が嘆いていたことがある。
原子力発電所で不要となった劣化ウランがミサイルの弾となって戦争で使われ、大勢の人達が被爆していると。
博士たちがそのことを問題にしても使った大国は、大したことにはならないはずだとまた次の紛争地で使ってしまう。まるでやっかいな武器を片付けるかのようにここぞとばかり小さな紛争地に膨大な兵器を投入するのだ。兵器で儲けるために戦争を仕掛けているようなものだと。このままいったらそのつけはやがて全人類に回ってくるだろうと。
その結果がこの数値だというのか……まさか……核戦争が起きてしまったのでは。
そこまで考えが行くと頭を振った。違う……人間はこんなことで自滅してはいけない。
きっと、放射能を避けてどこかに避難しているはずだ。
宇宙ステーションに避難できない人々が大勢いるはずだ。
 
誰もいない静かな校庭を見つめながら怒りとも悲しみともつかない感情がぐるぐる渦巻く。36年……遅かったのか。僕には何もできないのか。
 
──スイスに行ってみよう。国連本部があるはずだ。
 
きっとある。あって欲しい。そこでケーシー博士に会いたい!
 
<分かった。では行こう>

 円盤が浮き上がる。
 これが見納めになるのだろうか……
 そう思ってもう1度眼下の校舎に目を向けた時、2階の1つの窓に白いものが動くのを見た。
 
──待って! 
よく見ると他の窓にもちらちら動く姿が見られる。

──人だ! いるんだ! 円盤を降ろして!

円盤がまた校庭に着地すると待っていたように玄関から白装束にマスクを付けた人が現れた。

 


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