濃密な電子星雲の中でアマトの宇宙人はエネルギー充電のために漂っていた。 ここは地球人が名づけているところの気体星雲第40惑星の中心部。 地球でもその存在だけは知られていたがあまりに遠い星雲のためかなり大きいということ以外は未知の星雲であった。
「レプトンNO9、あなたはそのエネルギーを動力に使いましたか」
「はい、センター」
「それ以上の粒子の消失はあなたの意識能力をも無くさせるものでした。理由はすでに読み取りました。地球歴1万年前に地球生物の生態を調べに訪れてから2回目でこんな事態にさせられるということは、救う価値のある生物とは思われません。それでもあなたはその少年の元に行くのですか」
「はい。私は必ず迎えに行くと約束しました。彼は今、コア星で私を待っています」
「なぜコア星に向かわせたのですか」
「私の力が地球にまで行くのが無理だったこともありますが、彼に地球人が原始に持っていた資質を見たからです」
「地球人同士の争いの絶えない歴史の中で理知の脳意識は弱まっています。星を理解し大切にする意識は1万年の間に育っていません。原始の資質は蘇りますか」
「はい。争いの絶えないのは彼らの出発が間違っていたからです。彼らの生まれたての時の脳の思考は何もありません。そこに恨み、憎しみの感情を植え付けられ、それが連鎖して次の世代にも引き継がれ、内部で分裂し、争う歴史が続いています。でも決してむやみに争いを好んでいるのではないのです。理由をつけて、たいがい自己の利益のためですが、とにかく意味を必要として他者と争っています。戦いはある1部から始まります。ほとんどは戦いを好みません。戦う必要がなくなれば地球人は変わります。変えるには自分たちがたくさんの星の生物の一員であることに目覚めさせなくてはいけないと思いました。そうでなければ地球人は自滅するでしょう。私は地球人を見てきて自滅を見過ごすことが出来なくなりました。アマトという少年とともに地球人を星の仲間にしていきたいのです」
「しかし、これまでも地球人のような生物がたくさん自滅していっています。あなたは地球人のその少年に感情移入して事実を見抜けていないのではないですか」
「それは無いとは言えません。でも地球人の中でもたくさんの人が争いをやめるように努力しています。過去の大きな争いから命の大切さを学びました。科学を追いすぎてそれが地球異変を起こしていることも知りました。ここから出発です。気が付いている人たちが大勢生まれています。可能性はあります」
「分かりました。NO9,無機質だったあなたの意識にこのような感情を持たせるようになった地球人の可能性を見守りましょう。あなたの答え次第では、炭素星雲をそのままにしておき、あなたは他の星に行かせるつもりでした。充電を終えたら事を初めてよろしいでしょう。また地球に向かうことを許可します」
「はい、センター。ありがとう、の地球言葉をあなたに送ります。では炭素星雲に対して地球からの磁場照射を行ってよろしいのですね」
「そうです。その時が来ましたら連絡しなさい。かなり大きな星雲ですから、たくさんの照射がいるはずです。それとレプトンNO9、あなたの思考の中にあるもう1つの行動も認めましょう。なぜ迷いなく言わないのですか」
「それは……地球の環境異変を起こしたのは地球人だからです。無知から来る科学の方向性の無さと使い方が利己的に向かったことが大きな原因でした、それに立ち向かうことは地球人がしなければならないということが分かっているからです」
「地球人はそれをしないのですか」
「いいえ、しようとしています。ただ変化の速さに対して対応が遅れています。このままいくとかなりの生物に被害が出ます」
「地球が落ち着くまでに起きることを防ぐのは出来ません」
「分かっています。ただ私の予想では逃げて回復を待っていられる地球人はほんのわずかです。地球ではお金というものが生活に格差をもたらしています。そのお金をたくさん持っている1部の人は地球の外に逃れるか地下に避難できるでしょう。でもそれも助かる道ともいえないのです。人間集団のつながりを断たれたら社会がなりたたないのです。1つの星の中で生きあう者が持たなければならない大切な思考が欠けているのです」
「それでコア星に少年を送ったのですね」
「そうです」
「コア星は地球の何倍も大きな星です。広大な土地には移住者も多くいます。コア星人は社会を全員の英知で機能させています。あの領域の星間同士が交流しあい、争いのない宇宙空間を築いています。確かに地球人がそこに行けば思考は育っていくでしょう。新しい地球人が生まれるでしょう。しかし地球は忘れ去られるかもしれません。移住は最終手段です。レプトンNO9,その判断はあなたに任せます」
もう何日経ったのだろうか…… コア星での1日を終え、夜空を見上げるとどうしても地球のことが浮かんでしまう。 初めの頃、アマトは自分の長い眠りが来た時を地球の1日と考えて紙につけていたがその間隔が長くなって来ていることに気が付いた。
「それはアマトの身体がコアの大気に順応し始めたからだ」
とフィーが教えてくれてからは付けるのを辞めてしまった。 暗闇の天空に砂粒のようにばらまかれている星。あの星の中には地球はない。もっと遠いのだ。 コアの科学館で宇宙図鑑を見てそれが分かった。フィーとスンが僕のおぼろげな宇宙知識を頼りにだいたいの、地球の存在する天の川銀河の位置を探り当ててくれた。 ビッグバンで四方に広がって行った宇宙の中でコアの属する銀河と天の川銀河は中心点から90度の角度で離れて行っている。
「こんなに離れてしまって……僕は帰れるのだろうか」
「それは大丈夫だ。ほら」
フィーがパネルに宇宙図鑑を映し出し、地球とコアの銀河を線で結んだ。
「この線上に空間移動をしていけばたどり着けるはずだ」
「空間移動ってそんなに簡単に出来るの」
「簡単ではないが道を知っているものがいれば出来る。アマトは気体星人が付いていたからここまで来れたんだろう」
そうだった。地球から円盤で空間移動したとガイが言っていた。だが円盤の動力は弱くその代償に宇宙人は自分の命を削ってくれたのだ。 その宇宙人からまだなんの連絡もない。
「気体星人は磁場道でワープするから宇宙をよく知っているからね」
磁場道か。ドゥルパの洞窟のワームホールもその1つだった。
「フィー。磁場道って僕や君のような固体生物は通れるの」
ベンを地球に返すのに円盤でなくワームホールを使って行ったのだ。
「通れるがそれは細胞の負担が大きい。気体星人が付いておれば楽だろうけれど」
そうか……宇宙人はすでに弱っていたのに無理をしてベンを地球まで送り、その身体で今度は僕をコア星に届けたのだ……
「でもコアのワームホールはいつも人が使っているのはどうして」
「コアのはワームホールの機能と固体生物の空間移動の機能とが同じ場所だからだ」
フィーとスンは僕の質問に快く答えてくれる。彼らにしてみれば当たり前のようなこともだ。 ホテル居住区からフィーとスンの住む生活居住区に僕は移動していた。 ここもコア星人だけでなく様々な体型の人達が一緒になって生活していた。
「アマトは何をしてみたい」
フィーに言われて僕は食事するたびに思っていたことがあったので
「食糧をどのように生産しているかを学びたい」と言った。
どこの居住区もホテル居住区のように様式は似ていた。
食事はみんな食堂で摂る。家族はあるが食事も仕事も子どもの世話も仕切りはなく自由に行き交っている。 コア人は一応家族形態をとっているが自分の子どもだけという仕切りが感じられない。 フィーの家に行くといつも兄弟だけでなく他の星からの子どもも一緒になって遊びまわっている姿をみかける。
「僕の弟たちも友達の星によく行くよ」
「学校は無いの」
「学校って?」
「地球では同じ年齢の子たちが1つの部屋で勉強する場所のことを学校と言ってるけど、そこで言葉や数字、社会のこと、地球というより国の生い立ちみたいなことを学んだり、またみんなで身体を動かして遊ぶ、スポーツをしたりするんだ」
「ああ、そういうことを学ぶ場所のことなんだね。それならある。みんなと行っているよ。子どもの脳に合わせて知識は入れられていくようになっている。1番大切なことは知識を身体で覚えることだ。学校も家庭も居住区も一緒になって身に付くようにしているよ。たくさんのいろんな星の子どもと遊びを通して、理解し合う力、助け合う思考、宇宙の一員としての心構えなどをしっかり身につけさせてやるのがコアの責任だから」
子どもへのしてやるべきことがはっきりしていることに驚かされた。
フィーは教師でもない。それでも子どもを見る目はしっかりしている。どんな子でも分け隔てなく将来の宇宙を担う子をみんなで育てる…… 地球でも言葉ではそれに近いことを学校で聞かされてはきたが、大人社会はその通りにはいかないのが現実だった。
コアの子どもはそうして大きくなり大人になって仕事は自分に合っていると思うものに就くようだ。この仕事がコア星のみんなの生活を支えているという考えが根付いている。 フィーは僕の希望に応えて農業区の仕事を世話してくれた。 作物の生産現場は居住区の外にあり、そこに働きに行く人たちと飛行艇で向かった。フィーとスンはホテル居住区の職員だから今日は一緒ではない。 ある程度は労働も覚悟していた。バラムでもバナナやヤシの実など採るために木登りもしたし、タロイモや野菜、パイナップルなどの畑も耕した。だから農作業には慣れていた。 だが着いた途端、地球の技術よりはるかに進んだ農業技術に驚いた。 遠くの方まで長い金属のパイプがずらーっと並んでいてそのパイプの穴から野菜が葉を伸ばしている。 食糧生産区の職員が僕を案内してくれた。
「ここは葉野菜を育てています。果物とか根物は別の場所です」
鍬だの鎌だのをふるっている様子もない。働いている人たちはそのパイプの間の農道にいる。それも動く農道だった。
「何をしているのですか」
「栄養水の状態とか野菜の育ちを見ています。収穫近くになると採取作業もあります。必要な量の収穫管理も大切です」
土からでなく水耕栽培とでもいうのだろうか。それも大規模だ。
「それでは私とやってみましょう」
職員がアマトを誘って動く農道に乗った。動きは緩やかだ。野菜の様子を見るのにあった速さだ。
「栄養水と温度の管理は機械がやっています。パイプの途中に何か所かセンサーがあります。そのセンサーの異常も見ていきます」
葉はそのおかげでみずみずしく育っている。時々葉の裏側も調べてみるが異常など見られない。 「今は、気候が良いからいいのですが太陽の影響で大気上空が荒れる時があります。事前に分かりますがそれでも野菜に影響が出る時があるのです」
「僕の住んでいる地球では食物の成長は、水不足で枯れたり悪天候で育たなくなったりと天候にとても左右されるのですがそういうことはないのですか」
「全くないとは言えません。めったにないのですが天候の急激な変動に対応が遅れる時があります」
「そうなったら食糧不足に困りませんか」
「そんなことはありませんよ。食糧区はここだけではありませんから、他から廻ってきます。それにどうしても無理な場合は栄養補給は抽出物で補えますから」
地球では災害にあって物資や食べ物の援助物資が途中で奪われてしまったり、人々が暴徒となって商店を襲うなど、ニュースで流れるのをよく目にした。この人に言ったらなんでそうなるのですかと逆に聞かれるだろうな。
「不安はないのですか……」
「不安?」
「はい。食べ物がなくなるという不安です」
職員はそれを聞くときょとんとした表情で
「そのようには考えません。不安だったらその対応を考えて、作り出しますから」
きっぱりとした答えだった。おそらく彼は地球で起こるような不安の経験をしたこともないし、ここではありえないのだろう。
「コアの科学工学区は常に先のことを考えて必要な対策を立てます。困ったことが起きたらそこで解決するようになっています」
連係プレーが確立されているのだ。コア星と住民を守る連係が。 こうして1つ1つの違いを目の当たりにしてますます見えてくる。コアと地球人のそもそもの歴史の始まりからして違ったものになってしまったのだと…… でも待てよ。地球人だって知られてないだけで自然の恵みをみんなで分け合う部族がいることをケーシー博士から聞いたことがある。物は豊かでなくても助け合い暮らしている。 だからその部族の人は心を病む人がいないと言っていた。バラムの村だって助け合っている。村の人は明るくて優しい。これは原型ではないか。決して地球人は初めから争う生物ではないのだ。その部族に見るように分け合っていたんだ。それならコアの人と思考はつながる。希望はあるのだ。 こうしてコアの生活に慣れた頃、アマトは初めて『コアの嵐』と言われるものを見た。 その日は、全員建物から出ることがなかった。 2つの太陽の間を公転するコアはある位置に来ると磁場が乱れ、上空で強風が荒れ狂う。コアの建物が地球のビルのように上に建築されないのはそのためだった。 厚い大気を持っているので地上まで届くような嵐はないそうだがそれでも風が巻き込んで来るから外出はしない。それが3日も続く。その間はワームホールも円盤も使えない。 学校も休みとなって生活ドームの中は子ども達で溢れていた。それも大人と同じく様々な体型の子どもが一緒になって遊んでいる。 小さい時から当たり前のように触れ合っていると違和感もないのだろうか。 地球で人間以外の動物、たとえば犬とか猫、ウサギから「こんにちは」と挨拶されることを想像してみるといい。童話ではそんな世界もあるけど。現実にはありえないことを大人は知っている。それがあり得てしかも人格を持っているのだ。 子どもなら受け入れるだろう。このコアのように。だが地球の大人は驚愕して付き合うなんて考えもできないだろうな。 自分の最初もそうだった。身体の造り、色、と様々な宇宙人と接する中で、もう不思議とも思わない。逆に地球人の僕の方が変な造りと思われてるかもしれない。いや変なというのは僕の偏見だ。どれが絶対なんてない。星の数だけ生物の姿も違うのだ。 地球人もいつか当たり前のようにそうした人たちと接する時が来ることを願う。 『コアの嵐』から数日後、農作業に出ていた僕の所へフィーが飛行艇でやって来て
「気体星人がアマトを迎えに来たよ」
と告げてきた。
とうとう……その日が来たのだ。
もうあれから何日経ったかも分からない。ずいぶん、過ぎてしまったような、短いような、なんとも僕の気持ちは複雑だった。だがじきに気持ちが蘇った。
──帰るのだ、地球へ!
フィーの飛行艇に乗って発射する前にもう1度、この広い農業区を見渡した。
──ここで働いていたんだ
自分がいたこの場所を胸に焼き付けた。いつかまた来ることがあるだろうか。
「行くよ」フィーが言った。
「うん」
ワームホールの管理局へと飛行艇は飛んだ。 宇宙人が待っている……身体はもう大丈夫なのだろうか。懐かしい感情が湧きあがってきた。
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