隣人の名はトンク。 僕がそう聞こえるから勝手につけているが本当のところは分からない。 分からないと言えばすべてが分からない。 ドームの中央にいた人達はトンクや僕と同じくコア星の自転よりうんと短い星に住む人達だった。 その中で僕は異色だった。 彼らは地球人を全く知らなかった。もちろん地球がどこにあるかさえ。 僕の住む天の川銀河の隣にアンドロメダ銀河があると説明してもその名前は地球人が付けたものだから通用しない。星座も地球から見た姿だし、星座に付いている動物や人物の名前も地球のものだ。 1年という単位も距離も時間もすべて通じない世界。 僕は途方に暮れてなにも言えなくなった。
「そんなことは問題にはならない。星同士の違いはあるに決まっている。その星で暮らすのに必要な決め事ではあるが宇宙に出たら違うのが当たり前だ。ただ基準や呼び方は違っても、我々は同じ宇宙空間に生きている生物だ。物質の組成は同じだ。1つを2つとは認識しないだろう」
分かったような分からないような……ただ同じ宇宙から生まれた生物であるということと数の認識、1,2,3は共通だということは納得できた。
「ここの科学館に行けばアマトの属する宇宙空間が分かるだろう。コア星の科学技術、理論は優れているから我々もこうして研究に来ているのだよ」
「トンクは……科学者なのですか」
「科学の1つだろうけど私は食糧製造の勉強に来ている」
食糧製造って地球では農業のことだろうな。
「私の星は気候が荒れやすいので食糧のことが1番大事なんだ。栄養素の抽出はコア星に学んでいる」
栄養素の抽出……というとどうも田畑を耕す技術のことではなさそうだ。地球で言う栄養剤かサプリメントにあたるのか……。 どっちにしても食べるという生物共通のことに携わっているようだ。 食べると言えば……もう長いことバナナもマンゴもパイナップルもココナッツミルクも口にしていないことにはたと気が付いた。食べたい! 考え出したら無性に恋しくなる。生まれた時から培われた僕の味覚が暴れだした。タネおばさんがよく作ってくれたココナッツゼリーがああ食べたい! 明日の食事メニューで真剣に地球に近い食べ物を探すぞ。 トンクは顔なじみの人達とぺらぺら話し始めている。 みんな容姿はいろいろ細かい違いはあるが基本の顏、手足、胴という作りは一緒だ。それは大気が似ているということに関係あるのかもしれない。 話の内容は聞いていると自分達の星についてが多い。地球でいえば国際交流ってところだ。 気候の変動や磁気嵐がどうだとかという話に耳を傾けながら、そういうのは地球と同じなんだなと思った。ただよく聞いていると地球のように異変は人間が招いてしまっている状況に対して彼らは星の異変としてとらえ手立てを講じていることだ。 どこの国が勝手放題だとか協力しないなどと言った中身ではない。 星を大切にして守るというのは彼らの当たり前の基準なのだろう。そうりゃあそうだ。土台は1つ、みんな一緒だ。守らなかったらみんなダメになる。そんな当たり前のことが地球人はなぜできなかったのだろう。気が付いたら汚染していた。気が付いたらオゾン層が減っていた。気が付いたら地球を何回でも破壊できるほどの核兵器を各国バラバラに持ってしまっていた。気に入らないことがあればいつでも破壊のスイッチが押される。その上に生活をしている不安。 危ないと分かっていても協力できない……ケーシー博士は自分ができることはほんのわずかな慰みにしかならないとため息をつくことがあった。それでも小さな努力が増えなければ大きな力にならないのだと国連の保健局の仕事で世界を回っている。 この人達、地球以外のこの宇宙人達の会話からはそうした星の内部での苛立ちや焦燥というのとは違って、星の自然な活動と向き合ってどう対応をするかを話しているのだ。 同じ生物なのに何が違ってしまったのだろうか。 アマトは彼らの会話を聞きながらこの違いはどこから来ているのかと考えていた。
「アマトの星は私達の知らない遠い所のようですがどんな星ですか」
「えっ」僕に話が向いてきて慌てた。
僕の星……頭に浮かんだ地球の姿。
「僕の星は……美しいです」
口から出た決まり文句に言ってから自分でも苦笑してしまった。 案の定、感動の返事は無く、次の言葉を待っているといった目つきで見てきている。
「僕はそれほど科学には詳しくありません。でも地球は大好きです。7割は海に覆われ、人々は3割の陸地にいろんな国に分かれて住んでいます。植物や生物の種類もたくさんあります。空は青く、水蒸気の白い雲が流れています。海にもたくさんの生物がいます」
「たくさんの生物というとあなたのような知的生物が他にもたくさんいるのですか」
1人が聞いてきた。 知的生物の範囲はどこまでかと考えた。芸を覚える動物ならいる。でも生活を意識して物を作り出してきた生物の代表はやはり人間だろう。
「地球の代表的な知的生物は僕のような人間と呼ばれる生物です。家族という単位がたくさん集まって大きな社会を作っています。科学も発展してきて空を飛べる飛行機も海に潜る潜水艇もあります。でも宇宙に出始めたのは最近です。それもまだ重力の問題があり飛ぶのも大変な燃料がいります。あなた達のように他の宇宙人と交流することもないのでほとんどの人は地球以外に宇宙人がいるとは思っていません」
最後の部分を聞いた多くの人達は驚いていたようだ。
「僕もその1人でした。偶然、気体星人を知ることになり、わけがあってこの星に来ることになってしまったのです。きっと皆さんには僕が最初の地球人になると思います」
もし地球人が初めからいろんな星の人たちと交流し合っていたら考え方もずいぶん違っていただろうな。 僕だって生まれてから地球人としか接触して来なかったから自分に住み着いた気体星人を知った時のショックは大きかった。宇宙人がいるなんてことすら考えたこともなかったのだ。 コア星のドームの中でこうして違う星の人達を受け入れるまでになってきている自分が不思議な気がした。 僕だってこうなれたんだ。きっと地球人はもっといろんな星の人達と交流するようになれば変われる。そうなれば自分達を守ってくれている地球のことも真剣に考えるに違いない。 こんなにはっきりとした考えを持ったのは初めてだった。彼らの質問に答えているうちに湧き起こってきた地球への想い。こんなに地球のことを愛していたなんて……心が熱く燃えあがる。 お父さん、お母さん、マタイの友人、バラムの村人、タネおばさん、パシカ、ジョセ、 自分がかかわってきた大勢の人達の顔が次々と思い出された。 みんな同じ地球人だ。僕の知らない人達も、あの悪人と思った『X』でさえ同じ地球人なのだ。 変わらなければ……地球人は変わらなければ。
「地球は今、僕たち人間の勝手で急激に異常現象が起きています。星の活動という自然の流れを理解もできず、自分たちの都合の良いように使ってきました。その報いを今受けています。何とかしなければと呼びかけている人たちもいます。でもその一方で、自分さえよければという人もいます。地球への気持ちはまだバラバラで異変を食い止める手立ては遅れています。心配です。僕は皆さんの話を聞いていて本当に悲しい気持ちになりました。皆さんのような人ともっと早く、人間の始まりから交流があったら地球人も考え方が皆さんのようになれたと思います」 悲しいという表現はふさわしくないかもしれない。でもその時僕はその感情が起きたのだ。淋しいとも言えるほど。 「アマト」
トンクが呼んだ。
「君の言うように私達の領域の星では星をみんなで守るという考えが根付いていますが、この広い宇宙空間のすべての星がそうだとは限らないのですよ。地球のような星もたくさんあることも知っています。残念ながら生物の絶滅もあります。自ら破滅していってしまったのです。でもすべてではありません。アマト、あなたのような方が生まれ、そういう人が増えていけば星と人は守られて生き続けられます。そのためにアマト、あなたは地球の人達に教えてあげるのです。美しいという地球のために」
トンクの瞳が優しい。目の形や顔の作りが違うのなんて関係なかった。思う心は同じなのだ。 僕を励ましてくれている。それがうれしかった。うれしいだけでなく、ふつふつと僕に芽生えてくる感情があった。 このままではいけない。僕の故郷の南太平洋の島々は海に侵されて来ている。もしこのままの勢いで温暖化を抑えられねば浸水騒ぎだけでなく動植物の生態系や極端な気象の変化がどんどん起きるようになってしまう。 300年後の『M70』よりももっと差し迫った問題だ。 トンクの言う、地球人の滅亡さえあり得るのだ。 何とかしなければ……どうすればよいのだ…… 僕の出来ること……このコア星まで来てたくさんの星の人達を知ることが出来た僕には何かできるはずだ。自分はそれをしなければならない。
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