この星の名は「コア」。2つの太陽を持つということを居住区に向かう車の中で話してくれた。 この車というのが音もなく地面からわずかに浮いた状態で滑るように飛ぶものだった。 フィーは行き先を画面に示しただけで運転はしていない。かなりのスピードにもかかわらず行き交う車とぶつかることもなく僕が住むことになる居住区にほどなく到着した。 車が止まった場所は透明な屋根つきのドームの中だった。そこは駐車場のようで何台か同じような車が止まっている。
「ここから歩きます」
スンの言葉に頷き僕は車から降りて地面に立った。上を見上げると、透明な屋根の向こうに薄い空色が広がっていた。それもかなり遠くの天空に。地球よりもうんと空が高い。 駐車場のドームを出るとすぐ前に建物が見えた。多少の高さの違いはあってもどれも平屋で地球のように見上げるような建物はない。そのせいか遠くの方まで見渡すことができた。 フィーとスンは僕に合わせてゆっくり歩いてくれているのだがなにしろ身長のある2人だ。僕は走るようにしてついて行った。 地球でいくと1Kの造り、といってもとても広い部屋がいくつも並び、中央の大きいドームを挟む形で四角い居住区をなしているようだ。
「とりあえずここを使ってください」
フィーはそう言うと大きなドアの前に立ち壁のスイッチを押した。するとそのでっかいドアが横に開いた。ラーやフィー達に合わせた大きさだからだろう。僕にはまるでお城の大扉に見える。 そのドアの上に赤ランプが点灯した。これは住人がいますよと示すためのものだな。 隣の扉も赤いから誰かがすでに住んでいるのだろう。
「この居住区は遠くから来た人やこれから旅立つ人が利用するためにあります。私とスンはこの居住区で働いているのです」
そうか、ここはホテルなんだ。
「じゃあ、あなた方はここには住んでいないのですか」
「私たちの生活は違うところにあります。また案内しますよ」
次に中央のドームに向かった。
「部屋は休むためにあり、その他の生活の用事はこのドームでできます」
ドームの入口は透明なこれも広いトンネルになっており歩道部分の中央はまるでベルトコンベアーのように動いていた。出口に向かうのも隣接して流れていた。僕にはこれは大助かりだった。走らなくて済む。その動く道に乗ってドームの真ん中まで行った。そこはすべての道が集まる中央であり大きな広場となっていた。
「ここに来れば自分が行きたいところが分かるようになっています」
えっ? とフィーを見上げて彼のその丸い目の視線を追った。 なるほどな。これは地球でも同じだ。電光掲示板みたいな標識が方向に向いて立っていた。
「初めは慣れないからここで見てから行けばよいですが、覚えてしまえば途中で歩道から降りていけるようになりますよ」
スンの優しい声が言ってきた。
「アマト、お腹が空いていませんか」
スンに言われてはたと気が付いた。そういえばずっと食べていない気がする。あまりの展開にそれどころではなかったんだ。とたん、空腹を感じた。胃袋が待ってましたとばかりに訴えて来た。
「もうペコペコです」
「それでは一緒に行きましょう。食事の絵の標識を見ます」
アマトにはかなり見上げる高さの所にある。
「もし、見辛かったらほらところどころに音声認識装置が置かれていますから、言葉で言ってみて下さい」
へー、そんな便利なものもあるのか、とアマトはその装置のある所に行って
「食事!」とつい大きな声を出してしまった。すると標識のいくつかが緑の光を点滅した。これなら分かりやすい。 食事の出来る場所はいくつかあったが1番近い所に行った。 何人かの異星人がすでに食事中であったがその光景は異様だ。身長がバラバラだからテーブルも高さがバラエティーに富んでいる。 使われている食器類も大小様々で、食材と来たら見たこともないものばかりだった。 カラフルな液体やゼリーも多い。 壁に取り付けられたメニューの中で地球に近い料理を選んでスイッチを押した。料理の出てくるカウンターで待っているとパネルに僕の選んだメニューが表示されて自動的に運ばれてきた。
「これ、誰かが作っているの」
作っている人らしき姿がまったく見えない。
「奥の厨房で人もかかわって作っていますよ。でも自動システムのが多いですね」
自動システムで味の方はどうなのか心配になった。 南国マライの豊富な果物、野菜、新鮮な魚介の味に慣れた僕の味覚に合うものが出るのか。 ガイの星では地球で暮らしたガイの母親のおかげで味は地球人向けにつけられて助かったが。 不安を伴いながら噛みしめると特に濃い味付けを施しているわけではなく材そのものの味なのか果実っぽいのやら塩気のあるものやらが口の中に広がっていく。これなら食べられそうだ。 食べるという行為はどんな生物も一緒だ。何を食べるかは違ってもだ。生きるために。僕もこの星の人も他所から来た人も。 僕に住み着いた宇宙人は何を食べてエネルギーとしているのだろうか。今頃、その食事をしているのだろうか。ラーは気体星人は半永久的に生きると言っていた。そのための食事だ。時間がかかるのだろうか。 またまた地球時間のことが頭をもたげてきそうになって、頭を振ってその考えを追い払った。焦っても仕方がないのだ。今はここの生活に慣れよう。 食事を終えてまた中央の広場に戻ると、食事以外の生活に必要な施設や地球で言えば文化的娯楽設備また科学館、図書館などの標識も教えてくれた。
「シャワーのようなものは……」
異星人でも身体をきれいにはするだろう。ここの空気はさらさらしているのかマライのような汗もかかない。でもかといって何日もシャワーも浴びずにいるのは嫌だ。
「それは部屋にありますが、ドームにも広い温水場があります。水浴びの好きな星の方も見えますので」
スンの言葉でほっとした。
今は自分の部屋でシャワーを浴びて眠りたかった。ここに来てからどれだけの時間がたったのかさっぱり分からない。ここの星の一日はどうなってるのかとフィーに聞いたら今は太陽の二つの内の一つが天上にいて下がりつつあると言った。
「えっ! じゃあ下がってもまたもう一つの太陽が上がってくるのでは夜は無いの」
僕の質問にフィーは丸い目を細めて笑ったようだ。スンなどかなり細めて口もゆるゆるだ。
「そんなことはありませんよ。ちゃんと夜もやってきます。二つの太陽は遠い所に向き合うようにあり、コアはその中間に位置しているのです。詳しくは科学館で見た方が分かりやすいでしょう」
確かに。言葉で説明されても地球の知識の範囲しかイメージが浮かばないから映像でこの星のことを知った方が良さそうだ。 今下がりつつある太陽が沈むまでどのくらいかかるか分からないが僕の身体はそれまで待てそうもなかった。急激な睡魔にさっきから襲われている。 動く歩道でドームを出て部屋の前でフィーとスンと別れた。
「明日の朝、また来ます」
そう言って去る二人を見送ると部屋の中に入った。 部屋の中は広くて明るいが何もない。ただベットルームだけは仕切られていてそこは暗くなっている。隣がシャワールームだ。あまりの眠たさにシャワーもしないでベットに倒れこんだ。 どれくらい寝ていたのだろうか。 はっきりと目が覚めたので朝だと思って起き上がったら部屋の中は真っ暗だった。 あれ、まだ明けてない…… 仕方ないのでまた横になったものの眠気は来ないし頭は冴えてしまっている。 外に出てみようとベット横の照明のスイッチを押した。 部屋に明かりが点いたのでベットから出るとドアを開けた。 前方の生活ドームの透明な屋根の中央あたりが明るいのと入口もライトが点灯している。 上を見上げてびっくりした。暗闇が張り付いていて星は遠くの方に砂粒のようにしか見えない。マライ島の夜空は星がたくさん輝いている。それに見慣れていたせいか怖いほどの暗い空だ。
「おやあなたも眠れないのですか」
突然近くで声をかけられ思わず「わっ!」と声を上げてしまってからアマトは声のした方へ目を凝らした。
「これは驚かしてしまいましたか」
暗がりの中、扉の赤のランプの下で人がいた。隣の人らしい。身長は僕と同じくらいのようだが容姿ははっきり分からない。
「この星の夜の長さにはなかなか慣れませんよ。私の星はとても短いのです」
この人も僕と同じように起きてしまったらしい。
「そうですか。あとどれくらいで夜が明けるのですか」
とつい聞いてしまってから意味のない質問をしてしまったことに気が付いた。時間の概念が地球と全く違うのだ。仮にこの人が答えたとしても基準が違うから分かりようもなかった。
「ドームに行きませんか。同じような仲間がいると思いますよ」
眠くないのに部屋の中でまだかまだかと朝を待つよりはいいかもしれない。 アマトはその人と一緒にドームの入口に向かった。
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