宇宙人はユスタンから僕に移った分身にベンのも加わり完全に1つの身体に戻って僕に円盤の操縦をさせるはずだったのが、僕が冷却銃で撃たれたことでベンにそのまま残り一緒に円盤に入らせ操縦をさせざるを得なくなった。
「おまえの身体にいた分身は、冷却銃で機能を止められた心臓やほかの細胞を復活させるためにおまえから抜けられなくなったんだ。円盤の3階にあったカプセルは医療器具で蘇生装置でもあったからおまえをカプセルまで俺が担いで行って寝かせたのだ」
ガイ自体も呼吸が困難だったはずなのに運んでくれたのか。
「俺もおまえを入れると他のカプセルに入った。円盤を動かすのには宇宙人の電磁エネルギーも使わなければ足りないから俺の中にいたわずかな1部と、カプセルで蘇生装置が起動するとおまえの中の分身はベンに移ったのだ」
「ベンはそのことを知っていたの」
「いや、ベンの意識は止めたままだ。だからベンは何も知らない。宇宙に飛び出てこの星に来たことも、また戻って行ったことも」
「科学者だから知ったら喜んだかもしれないね」
ベンは『x』の組織にいても科学者としての研究と実践に埋没できれば良かった。施設は恵まれていたから居心地はよかったのだろう。円盤を見て未知の世界に心震わせて、宇宙人も受け入れたベンのことだ、意識があったらさぞかし感動しただろう。
「見せてあげてもよかったのに」
「そんなことしたら面喰って操縦に身が入らなかっただろうな」 確かに。 でも僕以外にも地球人として他の星や住人を知ってくれる人がいたら良いのに。 ケーシー博士に見せてあげたい。博士なら受け入れることができる。 博士は今どうしているのだろう。パシカは、ジョセは。 僕が宇宙に飛び出てガイの星に来たなんて、知ったら驚くだろうな……
「僕はどのくらい寝ていたの」
「正確には分からない。円盤は時空軌道を通ったし、この星の自転は地球のより遅いのだ。ただこれだけは言える。地球の方が時間が早く進んでいるはずだ」
地球の方が早い……そんな。まさか帰ったらみんな僕より年を取っていたりするんじゃないだろうな。そう言えば、宇宙人が1度僕から抜けてガイの星に行ったことがあった。戻ってきたのは3年後だった。僕がずいぶん遅かったじゃないかと言ったら、宇宙人は行って帰って来ただけだといってたな。 もしそうなら一刻も早く地球に帰らなければ。1,2年の差なら大したことないけど10年も経ってしまうなんて嫌だ。 宇宙人がやってくるのを待つ間、僕はガイのお母さんの手料理と身の世話をしてもらった。カプセルから出ることはできたが酸素吸入マスクを付けてしか外出できなかった。 早く来て! と空を見上げると薄緑色をしていた。地球の青い空と違う。 その空に時々いろんな形の飛行艇が行き交っている。飛行艇がそうだから見かける人と呼ぶしかないが、やはり地球人とは異なった姿形もよく見かけた。だれもそのことを不思議がるようでもない。ごく日常の風景なのだ。いつか、地球もこんなふうに異星人と区別することなく当たり前になる日がくるのだろうか。 何回かの星の自転が繰り返されたある日、ガイが「朗報だ!」と部屋に飛び込んできた。 ガイは移住局の仕事についていた。 ワームホール部からの依頼で地球人のアマトという少年を迎えにきたことを知ったのだ。
「円盤で来たのじゃないのか」 僕は円盤でベンを送って行ったと思っていた。
「いや、円盤はこの星の格納庫に置いて行った。ベンはワームホールで帰って行ったのだ。その方が早いし、エネルギーも少しで済むとか言っていた」
そうか、きっとドゥルパの洞窟に行ったんだな。まだ宇宙局で警備されているならベンは保護されるだろう。ベンや宇宙局の人たちがびっくりする様子が目に浮かぶようだった。 このことを理解できるのは『M70』対策委員会とケーシー博士、そして僕たちが脱出した後どうなったかわからない『x』の組織ぐらいだろう。
「いよいよお別れだな」
ガイの横でガイのお母さんが別れを悲しがって涙を流していた。
「お世話になりました。幸せに暮らしてください」
僕はガイの母親を軽く抱きしめた。地球にいた人だからこの抱擁の気持ちが分かってくれた。 もうここに来ることはないだろうな。 この地上の風景も薄緑色の空も2度と見られないのか……ふと切ない気持ちが起きた。だが僕はここの人間ではない。みんなのいる地球に早く帰らなければ。 ワームホールの部屋の前で立ち止まるとガイを見つめた。 この人とはいろいろあったな……でも見られるのもこれが最後だろう。同じ地球人としての最後の別れだ……そう思うと胸が詰まった。
「元気でな……」
初めて見るガイの淋しげな笑顔。
「うん……あなたも」
2人ともなんとなく手を差し出した。
<ガイ、元気でいてください>
ワームホールの中から宇宙人の声が聞こえた。 懐かしかった。
「ああ、ありがとう……本当にありがとう」
ガイが答えた。その目が潤むのを見た。この人にも涙があったのかと一瞬驚いたが、ただ1人の同郷の地球人との別れだ。さすがに胸に堪えたのだろう。その潤んだ目で僕がワームホールから消えるまで見届けてくれていた。
僕はてっきりドゥルパの洞窟に行くものだと思っていた。だから意識が戻った時、そこが岩に囲まれた洞窟内とは全く違っていたので、あっけにとられて周りを眺めていた。 移動に失敗したのか……でもそこはガイの星のワームホールの部屋とも違っていた。 ミルク色のような部屋の中だ。
──洞窟以外にこんな場所もワームホールとしてあったのか
もちろん僕は地球であることを信じて疑わなかった。
<アマト、よく聞いて欲しい>
宇宙人が答えてきたが遠くで言ってるようではっきりしていない。
──なんだか元気ないぞ。はっきり聞こえないよ
<その通りだ。私は元気がない。だから簡単に言う>
こんな宇宙人は初めてだ。なにかあったのだろうか。
<私の身体はエネルギーを使いすぎて地球までのワームホールに君を届ける力が残っていないのだ。ここは私の生まれた気体星雲の近くの星で地球に大気が似ている。とても大きな星だ。私がエネルギーの再生をして戻ってくるまで君はここで待っていて欲しい。ここの星の住人は移住者が多く、だれでも迎え入れてくれるから安心だ>
──えっ、ちょっと待って! ここは地球じゃないとすると僕はいつ帰れるんだ
これ以上さらに待たされたらますます地球の時間が過ぎて行ってしまう。
──誰か他の宇宙人でもよいから僕を地球に送ってくれないか
<いや、それは出来ないのと君はこの星を知った方が良い。もうこれ以上は私はとどまれない。待っていて……>
──えっ、そんなー。ちょっと待って!
だがもう僕への返事は無かった……頭の中が急に空っぽになったみたいだ。
──行ってしまった……
異星に置いてかれるなんて、想像もつかない事態になってしまった。この間にも地球は時間がどんどん過ぎていく。なのに帰るめどが立たないのだ。自分1人ではどうすることもできない……絶望に襲われワームホールの部屋の床に座り込むと頭を抱えてしまった。
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