ドクン、ドクンと何かが音を立てている。それはやがて規則正しく打ち始め、次に身体のいたるところに広がって行くようだ。 それが僕の心臓から出ている音だとようやく気付き始めた。
──僕は……
何をやっているのだろうかと思考が動き始めた。 身体が吸いつかれたように動かない。手に力を込めてみる。動かすのにこんなに苦労がいるとは思わなかった。思いが手に伝わらない。それでも思考のすべてを手に込める。何度か試してようやくわずかに指先が反応するのが分かった。
「気が付いたか、アマト」
すぐ近くで声がした。この声に覚えがある……
「意識は戻ったようだな。聞こえているなら指先を動かしてみろ」
声のままに僕はまた意識を指先に持って行く。
「良かった。プログラム通りだ。だがまだ動くな。おまえは今カプセルの中で蘇生中だ」 ──蘇生中?……カプセルの中……
何を言っているのだろうか。
「私はガイだ。お前は助かったのだ。とにかく意識が戻ったようなら一安心だ。だがこれからまたしばらく眠ることになる。はっきりと回復したら話そう」
遠いところでその声が言ってきている。そうか……あの声はガイだ。そう思った。それからまた意識が消えていった。
アマトが昏々と眠っている頃の地球では宇宙局と『M70』対策委員会が秘密組織『X』の所在地が判明して探索に乗り出していた。 その発見のきっかけは円盤の軌跡をレーダーがとらえたことから始まった。 北大西洋のどこかに基地があるのではという疑いは以前からあった。怪しい飛行艇を衛星でとらえても海洋上でいつも不明になっていたために所在がはっきりしなかったが今回はある島から飛び立つ飛行艇をはっきりととらえたのだ。だがその飛行艇をレーダーで追跡することができなかった。信じられない速さで大気圏から抜けて行ってしまったためだ。 これは今までの飛行艇とは違う。地球上のものでないという見解に至り、国連の宇宙局は島へ乗り込んだ。 その国連の動きは『x』にすでに察知されていた。 ゲオルクは宇宙人に円盤を奪われた時点ですぐ首脳部と打ち合わせて施設の爆破を実行していた。 組織の職員は全員退避した。 国連が乗り込んだのはその後だったのだ。ケーシー博士やヘンリー博士も同行した。 爆後の施設の破壊ぶりに唖然としたがそれでもここで行われていたわずかな痕跡が見つかった。 ケーシー博士はアマトの生存を信じた。宇宙人が付いているのだ。あのすさまじいスピードで宇宙へ去って行ったという飛行物体にきっとアマトとガイが乗っていたと思う。 そうせねばならない何かがここで起きたのだ。そうでなければ連絡してくるはずだ。 おそらく宇宙人はガイを母親の星へ連れて行ったに違いない。ガイの苦しそうな表情を思い出せばそう考えられる。 行ってしまったのか……アマト、無事だろうな。帰って来られるのか……私は待っているからな。きっと帰ってくることを信じてるぞ。
ゴトッという音でアマトは目が覚めた。なんだかとても深く長い眠りから覚めたような感じだった。僕はどうしたのだろう。声がした。誰かが話しているようだ。 目を声のするほうへ向ける。 見慣れぬ部屋が写り、すぐ近くに人がいた。 その1人と目が合った。ああこの人は……
「目が覚めたな。どうだ気分は」
この声……やはりそうだ。ガイだ。だが後ろの女の人は誰だろう。 ガイの後ろから自分を見つめているその人にはだが見おぼえがあるぞ……たしか、そうだ、宇宙人が見せてくれたガイのお母さんの顔だ。しかもこれは映像なんかじゃない。実物ではないか。 僕の驚いた顔を見てガイが苦笑しながら
「私の母だ」と言った。
「無事、着いたんだよ母さんの星に」
どういうことだろう。僕には理解できなかった。
「驚いているようだな。無理もない。おまえはずっと眠っていたのだ」
「眠っていた?」
「そうだ。『X』の基地から逃げ出す時のことを覚えているか」
『X』の基地……その言葉で頭の中に記憶が蘇ってきた。
「僕はあの時ハッチにいて中に入ろうと走ったけど……」
その時、身体にドンっと衝撃があったまでは覚えがあるがあれからどうなったんだ。
「宇宙人は!」
思わず身体を起こしたがぐらっとめまいがしてまた臥せった。
「いきなり起きないほうが良い。お前の身体にはこの星の大気は合わないのだ。俺が地球にいたころのように息苦しくなるからな。そのカプセルの中で寝たままでいいから聞けばいい」
そういえばベットにしては囲われているなと思ったが、カプセルになっているのか。さっきのゴトッという音は蓋を外した音だったのだ。
「ガイ、私達は外に出ていますね」
ガイのお母さんはそう言って僕に向かって微笑んできた。
「大変な思いをしてここまでガイを連れてきていただいて本当にありがとう。これからは私達があなたをお守りいたしますから安心してくださいね」
なめらかな地球の言葉で言われて、この人は地球に住んでいたことを思い出した。 もう1人の人は、医者のようだった。 2人が出ていくと、ガイは僕の横に椅子を持ってきて座った。
「もう苦しくはないの」
僕はガイの方を見て言った。
「ああ、ここの大気を吸ってから良くなってきた。自分が地球人ではないことを実感させられたよ……」
「良かったね」
ガイは黙ったまま口元だけで笑ってよこした。その顔にはもう『宇宙局特捜隊隊長』としての肩書は見られなかった。何もかも捨てて母親の星に帰った1人の人間の顔だった。 「おまえの宇宙人はな、この星に俺とお前を降ろすとベンを地球に送り返しに行ったのだ」
「ベン? えっ、ベンだって! どうして、ベンまでここまで来たの!」
計画ではベンに入った宇宙人はハッチに入るときに抜けることになっていたはずだ。
「その予定が狂ったのだ。おまえが冷却銃に撃たれて心臓が止まってしまったからだ」
「あれは冷却銃だったのか」
「ああ、心臓だけでなくほかの臓器もやられていた。あのままではおまえは死んでいただろう」
そんな大変なことが起きていたのか……じゃあ宇宙人はどうなったのだ。 ガイはそれから起きたことを話し始めた。
|
|