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作品名:アマトの宇宙(そら) U  作者:サヴァイ

第4回   ガイと球体

「アマトの村に『ドゥルパの洞窟』ってあるでしょ。昔から魔物が出ると恐れられてるって。それってほんとうなの? 」

ドキッとした。ドゥルパの名が出て来たのだ! 一瞬、動揺したがミオンが話そうとしていることを聞かなければと気持ちを落ち着かせ

「ああ、あるよ。でも魔物なんかいないさ。正体はもう明かされたからね。その洞窟がどうかしたのか? 」
「知ってるわ。ガイ隊長でしょ。正体を明かしたのは。やっぱりみんなもう知ってることよね。なのに兄さんたら観光客目当てにこのことは内緒でテレビで世界に報道しようだって。いえ兄さんが進めてるわけじゃないのよ。日本のテレビ局がこのドゥルパの洞窟のことを知って、取材させてくれって申し込んできてるんだって。なんでも『世界不思議発見隊』とか言う番組で流したいからということらしいのよ」
「もう不思議でもなんでもないのにか」
「それはいいんだって。魔物の正体は? と興味をあおり、正体を明かしていくまでをドキドキ楽しませる番組だからだって」
「そんな……」そんなことをしたらドゥルパの洞窟の内部がテレビに映し出されてしまう。たとえ魔物がいなくても洞窟の内部構造を興味本位に調べるだろう。
「ミオン、それってもう決まったことなのか」
「「そうよ、兄さんの管轄なの。首長も乗り気だって。近いうちにバラムに協力をお願いするそうよ。ねえ、わくわくしない。テレビ局よ。わたしもその時はバラムに付いていくわ。アマトもその番組に加われば。日本に、いえ、ひょっとして世界中に映るかもしれないのよ。興奮しちゃうわ! 」

冗談じゃない! アマトの狼狽する様子が興奮しきっているミオンには目に入らなかったようだ。
──聞いたか……
宇宙人もびっくりしているに違いない。
〈聞こえた。困ったことになった。魔物だけで済むなら良いが、洞窟内部の造りに及ぶと明らかに不自然に思うだろう。今はまだ知られたくない。球体が戻らないうちは〉
──どうして?
〈あそこは今、磁場が強い。かなり乱れている。球体があれば抑えることができる〉
──だって、ガイが来た時は正常だったんだろう
〈ガイは球体を持っていた。おかげで不審に思われずにすんだのだ〉
──でも球体はガイが持ったままだよ。博士からまだなにも連絡がないし…… 
どうすることも出来ないじゃないか……
 前の座席を睨むようにして宇宙人と押し問答してたのでミオンが呼んでいることにすぐには気が付かなかった。
「アマトったら、聞いているの? 」
ハッと我に返ってミオンを見るとふくれっ面でこっちを見ている目とぶつかった。同じように興奮しない僕にご不満のようだ。
「聞いているよ。びっくりしたよ」
「嬉しくないの? 」
「ええ……そりゃ、すごいことだしちょっと驚いてたもんだから……」
「そうでしょう! 」
「ねえ、ミオン。その取材っていつになるのかもっとくわしいこと兄さんに聞いておいてくれないか。僕、バラムの人に早く知らせたいからさ」
「分かったわ。楽しみにしていてね」

その日の授業は上の空だった。早くケーシー博士に知らせて球体を取り戻してくれるようにお願いしなくてはとそればかり考えていた。体育の授業があったことすら忘れていたほどだ。
「おい、どうした? きょうは変だぞ。パスがなってないじゃないか」
ジョセが不思議がるほど気持ちが集中できず、取りこぼしてばかりだ。
「少しは本気になってくれよ。もうじき体育祭でクラス対抗試合があることを忘れてないか」
「体育祭じゃ僕はラグビーじゃないよ」
「そんなこと言ってもメンバーは部員でぎりぎりだぞ。補欠にはおまえを選ぶつもりだからな」
「勝手に決めるなよ。僕よりうまいやつは他にもいるだろ」
「ほかのやつは部員じゃないからって尻込みして断られた。頼むぜ」
「ちょっ、ちょっと待てよ。僕なんかこんな始末だ。いまさら力にはなれないよ」
「分かってるさ。おまえは本気じゃないからな。いざ試合になれば本領を発揮することが出来るさ」
「無理だ。だめだ。僕は出ないからな」
「そう、力むなよ。補欠だ。たぶん出番はないさ。それでも練習だけは少し真面目にやっておいてくれよな」

ジョセはまだ僕を買い被っている。試合に出るなんてとんでもない。万が一にもないことだとあきらめさせなければ。

この時ばかりはテレビ取材の件が頭から離れた。自分ではっきり否定しながら、妙に頭から離れず、そのあとボールを投げる手に力が入った。あり得ない……あり得ない、と言い聞かす奥底でやれたらどんなに嬉しいことかと思う気持ちがうごめいている。だがジョセ達の動きを目の当たりにすると、溜息が出た。やはり無理だ。ジョセの足元にも及ばないや。

その夜、さっそくケーシー博士にテレビ局のことで手紙を書いた。今、ドゥルパの洞窟内は強力な磁場が荒れ狂っている。これが報道されたら世界から注目されてしまうかもしれない。球体が戻れば磁場は吸収され、正常になるということ。一刻もはやく取り返す必要があるということを。
「これだけでいいんだね」
〈そうですね……ただちょっと気になることがあるので調べることができるかどうか……〉
「気になる事って? 」
〈ガイという人物についてです。彼の過去について知りたいのです〉
「分かった」
書き終えた手紙の追伸に『もう一人から』と書き添えてそのことを加えた。

アマトからのこの手紙で、ケーシー博士にようやくガイに接触する口実が出来た。

面識が無いうえに国連の保健局と宇宙局とは町が一つ離れていてなかなかきっかけがつかめず、仕事で出張も多く、なんとかしようと博士も焦ってはいたのだ。
博士としては宇宙局のガイの執務室で会いたかった。球体はきっとそこにあると睨んでいたからだ。
だが、博士との面会は国連本部のロビーでとガイから指定されてしまった。本部に行く用事があるついでにということだ。軽く見られたものだ。

当日、指定の場所に行くと面識が無かったにもかかわらず、これが本人だなと分かるほどロビーにいる大勢の男女の服装からはかけ離れていた。どちらかというと軍服に近い。
「はじめまして。ケーシーです。お名前は伺っておりましたがこうしてきちんとお会いするのは今日がはじめてですね」
博士は手を差し出した。ガイは表情を変えず儀式のように博士の手を取って、軽く握手を済ますと手を離した。その目は容易には人を信じないという冷たさを秘めているようだ。
「お忙しいところを申し訳ありませんでした。まあ、どうぞ」
ガイに椅子に座るように進めながら自分も座った。

「早速、用件に入ります。ガイ隊長は以前、南太平洋のマライ島に行かれたそうですが、その時、バラムの村とドゥルパの洞窟の磁気をお調べになったと聞いておりますが、実際どんな結果だったのでしょうか」
ケーシー博士の質問がこんなものとはという顔に変わるのがありありと分かった。博士は慌てて付けくわえた。
「突然のこんな質問にわけが分からないとお思いでしょうから、理由をお話しいたします。私はあなたのバラム訪問より少し前に保健局の仕事でバラムに行っております。そこには私の友人夫婦が海で遭難死して、生き残った一人息子がお世話になっています。その子から今回、ある国のテレビ局がドゥルパの洞窟の魔物を探検するという内容で取材にやってくると聞きました。ところがこの魔物についてはすでにあなたが洞窟に入り、その正体を解明されているそうですね」
ガイは馬鹿らしいとばかりに唇を少し歪め頷いた。
「あほらしいですな。正体はすでに聞いておられるでしょうが」
「はい。まったく拍子抜けするような中味でした。そんなことで長いこと恐れていたわけですからマライでは今はお笑い草の一つになっているようです」
「分かっていてテレビ局が来るのですか」
「そうです。まあ、面白半分のところもあるのでしょうから」
「下らない」軽蔑したように言い捨てて「ところでそれが私に会わなければならないような重要な中身なのですか」
「いえいえ、その番組にあなたも出て下さいというようなことではないのです。ドゥルパの洞窟は魔物もいないし、磁場も変化なしで、もう興味を引くようなものではなくなったわけですから」

博士はちょっと間をおいた。これからがガイの関心を引かせる中味なのだ。
「ところで、ガイ隊長はマタイの洞窟も行ったことがありますか」
「マタイ……いや、あなたは勘違いしておられませんか。私の仕事は洞窟の探検ではありませんから」ガイの憤慨する様子が分かった。
「いや、失礼しました。もちろん存じております。『宇宙局』ですから。私は洞窟の探検に関心があるわけではないのです。ただ、先回、私がマタイに渡った折に非常に興味深い話を現地の長老から聞いたのです。これがあなた方が解明しょうとしている異常磁場と関連があるかどうかは私には分かりませんが」
ガイの顔が動いた。しめた! 関心を引いたようだ。
「ご存じのように、マタイとマライは昔は一つの島でした。ですからドゥルパの洞窟も一つの洞窟でした。それが地殻変動でしょうか二つに分かれ、洞窟も途中で分かれたのです。マタイにある洞窟とマライのとは位置的にも同じだから、信じて良い説だと思います」
ガイが頷いた。ガイはドゥルパの洞窟の奥に入った情景を思い出した。、行き止まりからさらに上に開いている穴まで石壁を登りつめそこからは断崖となって眼前は海となっていた。あの時、海の向こうに見えていた陸はマタイだったのか。そうなら洞窟の続きがマタイにあるのは不思議ではない。
このケーシー博士という男はなにを話そうとしているのか。

ガイはマタイに行くだろう。その時は球体を必ず持って行くに違いない。
こちらの意図どおりに事が運びそうで博士は安堵した。ガイと別れると広いロビーを早足で抜け玄関に向かった。 
誰かとすれ違ったが、このことを早くアマトに伝えることに気が向いていてそのまま出ようとしたら
「おや、博士、ケーシー博士じゃないかね」と呼びとめられた。
とっさに誰か分からなかったが「やあっ」とにっこりされて分かった。
「ヘンリー博士! これはお久しぶりです」
大学で学んでいたころの教授だ。問題をちょっとひねって学生たちをからかったりする変り者で有名だったが私はしぶとく喰らいつく生徒の一人であったせいか顔を覚えられていた。
「君は確か保健局に配属してたな」
「はい。覚えて下さってるとは光栄です」
「そういえば、最近『南太平洋の公害による異常児出産報告書』を読んだが君のだったね。頑張ってるじゃないか」
「ええ、ようやく解決したばかりです。お目にとまってくださりありがとうございます」
国連のあらゆる分野の報告書は膨大なものだ。いちいちすべてに目を通すのは至難の業といってよい。
「いや、たまたま南太平洋のある現象について興味があったから目がいったんだ」
「ある現象というと……それはもしかしたら異常磁気に関連することではないですか」
「ほう、よく知ってたな」
「いや偶然、私が調べに入った村に後から宇宙局がやってきたと聞きましたから。なんでもガイ隊長という方が魔物が出ると村で恐れられていたドゥルパの洞窟を調査され、正体は海から入り込む風だったと分かったことで島では有名な話になっています」
「ああ、例のドゥルパの洞窟か。ガイ隊長は憤慨してたな。宇宙局を洞窟探検隊扱いしてるとな。報告書では魔物のことなど全く触れてない。磁気の測定値のことばかりだ。彼はプライドが高いからな」

報告書には載ってないようなガイの個人的な考えをなぜヘンリー博士は知ってるのか……これはひょっとして博士とガイとは面識があるのではないか。
「実はついさっきここでガイ隊長と初めてお会いしたばかりなのです。その異常磁気に関して新たな情報をお知らせしにですが、彼はなかなか頑なで打ち解けにくい雰囲気を持ってますね」
「君は彼のことを知ってるかね」
「はあ? 」
ヘンリ博士が寄って来て小声で「彼は宇宙人だよ」と囁いた。
「……」
言ってから私の戸惑った様子を窺うように見て来た。口元は笑いをこらえている。
「先生! 」学生時代の呼び名で言ってしまった。
「はははっ」ヘンリー博士が豪快に笑った。
「冗談だ。だが相変わらず真面目なやつだな」
「冗談にしてもおかしな冗談ですね。でまかせにしてもどうしてそうなるのですか」
宇宙人という言葉に敏感に反応してしまった。アマトの顔が浮かんだからだ。笑って流せない気がした。
「いや、彼にはそう言わしめる逸話があるんだよ。まあ、そのせいで彼は人を素直に受け入れなくなったんだろうが。彼は優秀な物理学者になれただろうに、その道を蹴って宇宙局特捜隊に行ってしまったんだ。私に似て偏屈なんだな」
「その逸話を教えていただけませんか。私はこれから彼と一緒に行動するかもしれないのです」
「そんなのはあだ名と一緒だ。言うわけにはいかんな。それにバカらしいことだ。人となりを知りたければ自分で調べたらよかろう」急に冷たい返事が返ってきた。
ヘンリー博士に言われるまでもなく、根拠のないうわさに飛びつく対応は科学者として恥ずべきことだ。それぐらいのわきまえはあるつもりだ。だが一刻でも早くとっかかりが欲しい。ヘンリー博士の冗談を真に受けて失笑を招いてしまったがいたしかたない。地球の運命がかかっているのだ。こだわってなどいる場合ではない。
「先生は彼と親しいのですか」
「君もしつこいな。私はもう行かねばならないから失礼するよ」
手を軽く上げると背を向けてエレベーターのある方に向かい始めた。
行ってしまうー。これ以上は無理か……
大きな溜息が出た。
その時まさかその溜息が聞こえたわけではないだろうが私の落胆ぶりを見抜いたように博士の身体がこちらを向いた。
「彼は君と同じ大学出だ。そこからは自分でやれ」


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