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作品名:アマトの宇宙(そら) U  作者:サヴァイ

第39回   脱出へ A

アマトはベットごと部屋に運ばれ、自分のベットに移された。その空になったベットを看護師が引いて出て行ったすぐ後に、ゲオルクとベン、警備員が修理を終えて戻ってきた。

「まだ痛がっているのか」

ゲオルクはベットのアマトを見て言った。

「注射を打ったばかりですから。でもじきに効いてくると思います」

ユスタンの説明に頷くと

「ベン、腹に当てている手を取って移行してくれ」

「はい」

アマトは腹を守るように背を向け横向きになっている。その背を被うようにしてベンはアマトの腹に当てている両手の片方に自分の掌を当てた。
ゲオルクは注意深く電磁計測器を睨んだ。オレンジ色が点き、針もいつもの位置を指したのを確認した。これでよし。

「それではアマト君、ゆっくり休みたまえ」

全員部屋から出て警備員が鍵をかけようとした時ユスタンがふとポケットに手を入れて慌てた声で
「あっ、ちょっと待ってくれ」と部屋に戻ろうとした。

「どうした」

「薬を渡すのを忘れました。寝る前に飲むように言われたのです」

そう言ってユスタンがドアを開けた。

「待て」

ゲオルクはそう言ってユスタンの後ろに立った。

「私が計測器を見ている間に渡して来い」

「あっ、そうでした。では」

部屋に入ったユスタンはベット横のスタンドに薬を置き、まだ唸ったままのアマトに飲むように言うと引き返した。アマトに近づいた時も計測器は反応が無かった。ゲオルクはホッとしてユスタンと一緒にドアから出た。考えてみれば宇宙人はアマトの腹痛に対処するため身体から離れることはしなかったはずだ。気の回し過ぎか……
アマト達の計画は成功した。ユスタンが部屋に戻って来た時はすでに宇宙人はアマトから抜けベット下から床、壁、天井へと移動していた。ゲオルクが計測器を見たのはその後だったから何の反応も起きなかったのだ。
薬を置いたユスタンがドアに戻ったその瞬間にドア近くの壁に待機していた宇宙人はユスタンの身体に素早く移行していた。
ゲオルクは監視室に戻り監視カメラのスイッチを入れた。
まだアマトは背を丸めたままだ。電磁分析機で脳波の動きもみた。いつもなら移行が終わればすぐ脳波が活発に動くのに今日は乱れもなく静かだ。会話をしていないらしい。アマトはそれどころではないからな。宇宙人は話しかけるよりも腹痛の治療に専念しているのだろう。
ゲオルクは時計を見た。今夜は首脳陣に修理完了と動力の試運転が成功したことを報告しなければならない。首脳陣も明日の試乗の様子を監視室から眺めることになっている。
その報告資料をまとめ終えるともう1度カメラを覗いた。
さっきはエビのように曲がっていたアマトの身体が伸びて横顔ではあるが穏やかな寝顔に変わっていた。スタンドの薬はそのままだ。どうやら宇宙人が治したようだ。便利なものだ。ひょっとして難病なども治してしまうんじゃないか。
知性をなくしてその能力だけ使えるようになったらさぞかし儲かるだろうな。
皮肉な笑みを浮かべてゲオルクは画面を消した。アマトには宇宙人がいないとは考えもつかなかった。

ユスタンとベンはゲオルクと別れると共に食堂に行った。ベンは普段は1人だがユスタンが何となく付いて来たから一緒になっただけだ。ベンは緊張と興奮の1日でさすがに疲れを感じていた。ユスタンとは話すことなくただ一緒にいた。黙って食べて食後のコーヒーを飲み終えるとベンは先に立ちあがった。ユスタンはとみると黙って遠くを見ている。どうして私に付いて来たんだと不思議に思った。変な奴だ、と一瞥して自分の研究室に向かった。ベンはユスタンを疑うなどもちろん思いもしない。アマトに無事移行を済ませている。まさか宇宙人が部屋から出て、まして自分にまた入ったことなど想像すら及ばなかった。
ゲオルクが首脳陣との会議に向かった時刻にベンは通路を歩いていた。研究室で今日のまとめを記帳している最中、突然立ち上がり、研究室から出たのだ。向かっているのはアマトの部屋だ。もしこの時のベンの顔付をゲオルクが見たならすぐ異常を察知しただろうが、まれにすれ違う者にはなにか急いでいるらしいとしか思われなかった。
ベンがアマトの部屋に付くと同時に向かい側からもユスタンがやって来ていた。
2人の警備員がユスタンとベンを見て怪訝そうに声をかけた。

「何かあったのですか」

その問いにベンが答えた。

「明日の試乗に見落としていた個所があったから今から宇宙人と修理室に行くことになった。ドアを開けてくれ」

「今からですか……」警備員が片方のもう1人と目を合わせて戸惑いを見せた。

「ゲオルク総長からは何も聞いておりませんが……」

「私が代理で来ている。総長は今首脳会議で抜けられないのだ」

ユスタンが言った。

主要な人物が2人して言ってくるからには大丈夫だろうと気を許したようで警備員が鍵でドアを開けた。
アマトは目を開けていた。眠ったふりをしてこの時を待っていたのだ。
ベンが部屋に入った。ユスタンはドアの所で待っていた。その後ろに2人の警備員が一応レーザー銃を構えていた。
そのドアにアマトが一緒に出て来たので警備員が叫んだ。

「移行しないのですか!」

「ああ、ゲオルク総長が直接連れて行けと言われたからだ」

ユスタンがそう言うとまたまた2人の警備員は目を見合わせた。

「だいじょうぶだ。宇宙人対策として携帯計測器と冷却銃もここに持って来ている。総長から渡されたものだ」

警備員はそれを見て納得顔にようやくなった。
ユスタン、ベン、アマトの3人が去って行くのをドアの前から見送った警備員はやがて3人が通路を曲がって姿が見えなくなると姿勢を崩して壁にもたれた。

「それにしてもいつもと2人の顔付が違うんでびっくりしたな」

「ああ、ちょっと怖いというか表情が動かんというか……」

こんな時間になって滅入ってるのか眠いのかだな」

「ああ、俺達も眠いのは一緒だ。早く明日が終わって欲しいよ」

「まったくだ」

2人は同時に大きな欠伸をした。

ユスタンは途中でベンとアマトとは別に医務室に向かった。
医務室のドアをノックもしないで音をさせないように開けると手前のガイのカーテンをゆっくり開けた。
ガイはドアの開けられるわずかな音に気が付いてベットで身構えていた。
だがカーテンから現れたユスタンを見て思わず出そうになった声を飲み込んだ。どうしたんだ、何があったのだ、逃走が失敗したのか、と考えが一挙に廻り出した。だがユスタンは黙ったままだ。ガイが様子をうかがいベットから動けないでいると頭に呼びかける声が聞こえた。

〈ガイ、だいじょうぶです。ユスタンは思考を止めてありますので後について来て下さい。歩けますね〉

ユスタンに宇宙人が入っていたことにガイは驚いた。一体いつ入ったのだろう。

「そうか……昼間ユスタンが来てから私が元気になったのはやはり君の力か」

〈そうです。私の1部を移したからです。さあ、修理室に行きます〉

「修理室ということは円盤で逃げるのだな」

〈そこでとアマトに落ち合います〉

ガイは早足で歩きながらユスタンをちらちら見たがユスタンは無表情でガイのことなど気にも留めていない。今のユスタンは宇宙人の手足になっているだけだった。
修理室手前の曲がり角でアマトとなんとベンまでがいた。
なぜベンが? 宇宙人はユスタンに付いているのに……まさか……
ベンの顔を見るとユスタンと同じく無表情だ。宇宙人が2人? それとも自分の身体を2分身したというのか。
アマトはガイの怪訝そうな様子が分かったが今はゆっくり説明している余裕が無かった。
 扉の前で警備員が2人、レーザー銃を持って見張っている。彼らがうまく信用してくれるといいが。
警備員が4人に気が付いたようだ。ハッと銃を向けて来たが、ベンとユスタンがいるのを見て銃を下げた。
ベンが2人の前に出た。

「突然だが、急に円盤の不備が見つかったので明日の試乗には間に合わせなくてはならない。今から点検をすることになったので中に入ります」

ベンの声には抑揚が無い。おまけに顔の表情もおかしい。

「えっ、そうですか。しかしゲオルク総長からは何も聞いていませんが」
アマトの部屋の警備員と同じことを言ってきた。ユスタンの価値はここで発揮されるのだ。

「総長は首脳陣会議で出られず私が代理で来たのだから本当だ。急ぐのだ。入るぞ」

「はっ、はい」

警備員が慌てて壁のスイッチを押した。扉がいきなり開いたので、修理室の中の警備員が驚いたように中から銃を向けて来た。外の警備員が慌てて駆け寄って行って事情を説明したので銃は降ろされ中に入ることができた。
それにしても……という表情が4人の警備員に浮かんでいる。アマトはその顔をみてひやひやしながら円盤に向かった。

「ベン博士、お待ちください」

1人の警備員が後ろから呼んだ。
ベンはゆっくり振り向いた。

「信用しないわけではありませんが少年とガイ隊長までご一緒とはどういうわけでしょうか」

「それは今夜は急なことで、総長の監視のもとで移行できないからアマト君の中から作業を確認してもらうことになった。それとガイ隊長は監視役に付いて来てもらったのだ。分かったかね」

アマトは宇宙人のとっさの返事に思わず感心した。よくもまあ、言葉が浮かんだものだ。

「はあ、分かりました……」

歯切れの悪い返事が返ってきた。納得がいかない様子がありありだがそんなのに構ってはいられない。急がねば。
走り気味に円盤の入口のハッチに向かう。この後の問題は円盤が飛び出す出口を開けることだ。その出口のスイッチは管制室と出口近くの緊急ボタンとがある。そのボタンを押す役はユスタンだ。ユスタンだけアマト達と離れてそちらに向かう。
その姿にますます不審を感じたのか警備員が携帯を手に取るのが見えた。ゲオルクを呼びだしたに違いない。
ハッチが近くになった。出口に向かったユスタンは今ボタンを押した。ユスタンを置いて行くわけにはいかない。中に宇宙人がいる。

「ガイ隊長! 先に入って!」

宇宙人の気体の一部で呼吸が楽になったとはいえ走ったためにガイは喘いでいた。
ベンは入口で止まったままだ。どうするのだろう。
携帯を持った警備員の顔付が変わった。

「急いで!」

アマトはユスタンに向かって叫んだ。だめだ間に合わない! アマトはユスタンに向かって駈けだした。

──僕に早く乗り移れ!

〈アマト、来るな!〉

警備員が銃を構えた。

「待て! 動くな!」と警備員が叫んだ。

その間、出口の扉は開き始めている。
ユスタンは警告を無視して走った。そのユスタンに向けてレーザーが飛んだ。

「あっ!」思わず叫んだアマトの頭に

〈大丈夫だ。私は床を伝う。アマトもハッチに行くんだ!〉

アマトは急いで戻った。後ろでドーンと倒れる音がした。ユスタンだ。まさか死んだんでは──だが振り向いている余裕は無い。

〈レーザーは当たって無い。私が抜けて1時的に気を失っているだけだ。急げ!〉

もう少しだ。
そのアマトに向かってまたレーザーが飛ぶ。

「うわっ!」

足元を狙われて思わず飛んで避けたが着地したとたん鋭い痛みが身体に走った。

〈アマト!〉

激痛で顔が歪んだ。それでも走らなくては! 方足を引きずるようにして走った。
ベンが突っ立ったまま無表情でこちらを見てる。どうやら警備員はベンには手を出さないようだ。
ふと、身体の痛みが消えた。

〈アマト、ハッチだ、飛び込め!〉

宇宙人が僕の身体に入ったんだ!
ベンを盾にして後ろのハッチに足を入れたその時、2回の管制室の窓から冷却銃がアマトを狙った。
突然ドン! という感覚が走り「うっ」と1言発したとたんアマトは意識を失ってしまった。


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